特別支援学校教師の研究ポートフォリオ

特別支援学校の教師が開設しているブログです。特別支援教育について丁寧にご紹介することを目指します。                                                                                        

2008年10月

金子書房の月刊誌「児童心理」の中でひときわ異彩を放つ連載がある。阿部利彦先生(所沢市健やか輝き支援室)の「子どものやる気・根気・勇気を引き出すズバッと解決ファイル」である。

4月号から始まった連載だが、毎回1つのケースファイルをもとに、阿部先生の分析と、その道の専門的な立場の先生(ここでは「達人」と呼ばれる)の「私ならこうする」の2本立てで話が展開される。これまでのケースでは、以下のような子が取り上げられている。

・すぐにあきらめてしまう子
・失敗をおそれる子
・乱暴な子
・落ち着きがない子
・おしゃべりが止まらない子  など

冒頭で「異彩を放つ」と表現したのは、心理・カウンセリング領野の文章が続く中で、さりげなく“裏道”の特別支援教育が語られているところだ。ケースとして取り上げられた子たちを見ても、それが感じられるし、達人として登場するのは、現場レベルでの支援に携わる特別支援教育関連の先生方ばかりである。毎回、こんな子にこんな言葉かけはよくないというNGワードや、状態像の丁寧な分析を楽しみに拝読させていただいて、ハッとさせられることが多く、迷いの森の中で急に開けた広場に出たようなそんな印象を与えてくれるので、研修会などでもしばしば引用させている。

10月12日に発売された同誌11月号で取り上げられたケースは「字を書くのが嫌いな子」。達人には、僭越ながら筆者が選ばれている。

阿部先生がNGワードとしてあげたのは、「よく見て書こうね」「丁寧に書こうね」である。まさに同感。この言葉かけは指導にも支援にもならない。

筆者の立場からは「私ならこうする」を3つのポイントから示した。以下、同誌pp.118-119からポイントのみ抜粋。

その1 一つの動きを五つの言い方で
その2 手を添えて、手の動かし方を伝える
その3 うまく書けたら、その場で一緒に喜ぶ

以上、引用終わり。

最近、書字のさいの教師側の手添えのコツに関する研修オファーが増えてきたし、ある自治体の学習支援員養成講座でもその時間を設けさせていただいている。

文字を書くのが嫌いな子は、その多くが国語という教科が嫌いというレベルでとどまらず、学習全般に苦手意識をもつ。もちろんパソコンのワープロ機能を使えれば・・・という支援機器の活用可能性が広がればよいのだがとの思いもあるが、自分で書けた!という成功体験を踏まえて、支援を受け入れる態度の形成を幼少期にはぜひねらいたいものである。今回の記事がそんなことを考えていただけるきっかけになると嬉しく思う。


児童心理 2008年 11月号 [雑誌]
児童心理 2008年 11月号 [雑誌]

ジアース教育新社より、飯野順子・授業づくり研究会I&M編著「障害の重い子どもの授業づくり Part2 〜ボディイメージの形成からアイデンティティの確立へ〜」が発刊された。

これまでの「授業づくり研究会I&M」(当ブログでも頻繁に紹介しているので、過去記事を参照のこと)にて行われた講演や実践報告を中心にまとめられた書籍で、感覚運動期の発達段階の子どもたちを対象とした授業づくりの考え方、配慮点から授業の実際にいたるまで丁寧にまとめられている。

基礎感覚(触覚・固有感覚・前庭感覚)+視知覚・聴知覚の発達に焦点をあてた実践がずらりと並んでいて(そういう術語を使わないあえて使用していない実践も基本的な路線はほぼ同じ)、全体的な統一感が感じられるのではないだろうか。編者の飯野先生の「障害の重い子だからこそ、認知発達にもっと目を向けて授業づくりをしてほしい」というメッセージがひしひしと伝わってくる。

実は、前作「障害の重い子どもの授業づくり 〜聞く・支える・つなぐをキーワードに〜」において、編者の飯野順子先生(特定非営利活動法人地域ケアさぽーと研究所代表)はあとがきの中で、編集プロセスでの出来事について以下のようにお書きになっていて、筆者はそれがものすごく心に残っていた。

以下、前作のp.286より引用。

「いただいた原稿には、必ずといってよいほど『悩んでいます。』『悩んでいる人がいる。』とありました。この表現は、子どもたちの尊厳を損ねると思いますので、多くの先生たちの思いには共感しつつ、消しています。」

以上、引用おわり。

障害の重い子どもたちを前にしての「悩み」とはおそらく自らの専門性を振り返る原動力となるのであろうが、それが前面に出すぎることは子どもたちの立場を揺るがす事態になりかねない、先生はそう言いたかったのだろう。そうした反省を今回の執筆者の皆さんが踏まえられているどうかはわからないが、第2作目となる本書の教育実践からは、「よし、もっとやってみよう」という意欲をかき立てられる、そんな気がする。

本書の中で、まず真っ先に読むことをお勧めしたいところは、pp.16-17の「障害の重い子どもにとって、質の高い授業とはどんな授業か」(飯野先生執筆)である。飯野先生曰く、質の高い授業とは、「子どもの主体性を引き出し、子どもが分かる授業、子どもが変わる授業」のこと。そのための要素として、「指導内容に関すること」9項目、「教材・教具の質に関すること」5項目、「指導者の働きかけに関すること」6項目が挙げられている。日々のチェック事項にしたい。

また、安部井聖子さん【練馬区重症心身障害児(者)を守る会会長】の書かれた「先生のための授業ではなく、子どもに合った教育を」(pp.25-26)は、常に胸に留めておきたい言葉が並んでいる。

以下に、いくつかの文章を抜粋する(引用部分はすべて同書p.26)。

「思い入れだけの授業は先生のための授業であって、子どものための授業にはなりません。」

「親も専門的な指導を受けられる所に行き、親同士で情報交換をし、互いに高めあい、子どもにとって必要な働きかけはどうあればよいかなど、常に授業に対して真摯に向き合っています。」

「目の肥えた親がいることは、先生たちにとってマイナスではありません。一緒に手を取り合い、車の両輪のごとく成長を促せる関係づくりも必要だと思っています。」

以上、引用おわり。

さらに、もう一遍。pp.160-173に掲載された田中美成先生(都立小平特別支援学校)の『「物の永続性」をテーマにした「みる・きく」の授業づくり 〜ターゲットの行動を絞り、段階的な支援方法を考える〜』は、極めて秀逸な教育実践と丁寧な記述で大変参考になるので、ぜひ読まれることをお勧めしたい。特に、p.168の発達の最近接領域について触れておられる部分や、p.172の子どもに期待する行動を明らかにしていくと、支援方法を何段階も考えることができるという部分は、障害の重い子どもの教育評価の視点からも首肯するところが大きい。

ところで、同書には、筆者も親筆者の一人に加えていただいている。、『実態把握と授業づくりに役立つ「触覚」のはなし 〜触覚防衛の軽減が、ボディイメージを高め、“世界”を広げる〜』というタイトルで、pp.218-237を参照されたい。特に、p.231に掲載されている「教師のねらい」と「児童の目標」の表あたりは、上述の田中美成先生の実践と同じような考えのもとに設定していることがわかると思う。

同書に掲載させていただいたKくんの実践報告をさせていただくと、必ずといってよいほど触覚過敏、触覚鈍麻について書かれた参考文献はありませんか?と質問を受けるので、今回その声にようやく応える形で、触覚の発達についての基礎理論編・実践編をまとめさせていただいた。pp.28-51の「体への気づき、そして、有能感 〜重い障害のある人たちに生かせる感覚統合的な視点」(佐々木清子先生・心身障害児総合医療療育センター)や、pp.52-68の「認知の発達の基礎となる身体意識(自己意識)の指導」(當島茂登先生・鎌倉女子大学)と合わせてお読みいただけると、理解が深まると思う。



障害の重い子どもの授業づくり Part2

通常学級を巡回していて、「これは子どもの不適応が問題なのではなく、先生のほうがその子に不適応を起こしているな〜」と感じる場面が多々ある。たかだが数十分そのクラスにいたくらいで何がわかる!、と反論されるかもしれない。しかし、申し訳ないが、数十分見ていればそれくらいはすぐにわかる。教師の立ち居振る舞いには実に多くの意味が詰まっていて、表情、声の抑揚、話し方のリズム、視線、表情、子どもの反応をどれだけ待てるか、息遣いに耳をこらせるか・・・などから、このクラスの子たちが大切にされているかどうかすぐにわかる。

教師の立ち居振る舞いは、子どもたちのロールモデルになる。特定の子に対する不適応姿勢は、確実に子どもたちに伝わるから、周囲の子どもたちもその子を標的にする。教育における教師の人格的な視点が、教師論において長らく欠落してきたのは実に悲しい。

欠落してきたというより、当然のことと思われてきた部分も大きいというべきかもしれない。しかしながら実践を伴わない道徳教育にあまり意味がないように、自らの振る舞いが子どもたちのロールモデルになることを「理解」しているだけでは不十分で、実際に「行動」として現れたものを大切にしなければならない。残念なことにそうした「ハート」の部分は、放っておいてもひとりでに現われてくるといった性格のものではない。意図的に醸成すべきもの、日々の教育実践の中で培われるべきもの、と理解したほうがよいだろう。

学びの場.comの教育つれづれ日誌、第41回の掲載記事には、そうした思いを込めさせていただいたつもりである。

本文「ハウツー」と「ハート」は、こちらをクリックするとジャンプします。


平成18年度〜19年度の2年間、国立特別支援教育総合研究所の課題別研究「肢体不自由のある子どもの教育活動における『評価』及び『授業改善・充実』に関する研究」に研究協力者として参加させていただいた。先日より、同研究所のHPにて研究報告書が公開されている。

報告書は→こちらへ。

報告書は、評価と授業改善のための概論、評価・授業改善のためのQ&A、評価・授業改善に向けた各学校の取組の3部構成になっている。改めて全体を通して拝読させていただき、それぞれが非常にコンパクトにまとめられている、と感じた。A5サイズで、総ページも105ページと、手元に置いておきやすいハンドブック(手引き)になっている。

当ブログでは、Q&A編から、ハッとするような記述をいくつか抜粋したい。

Q16 重度・重複障害のある児童生徒の場合の目標設定のポイントは? 発声や手の動き等がわずかな児童生徒の場合には、どのような目標を設定すればよい?

A2 行動しやすい姿勢を考える 
反応がわずかな児童生徒は、仰臥位や車いすの場合は後傾位でいることが多く、そのため視線は常に上を見ています。この姿勢は周囲の状況に気づきにくい場合が多く、教員の働きかけにも反応しにくい状態です。また、上肢も主体的に動きにくい姿勢です。一般的には、上体と頭部がやや前傾し、上肢も身体の前方にあるほうが、働きかけに対して注意を向け、反応しやすいと考えられます。この様な姿勢などの点についても十分考慮に入れて目標設定をします。

p.40より引用させていただいた。姿勢への関心抜きにして、反応が出にくいなどの評価でその子を語ってしまわないように、という川間健之介先生(筑波大学)の思いが文章から伝わってくる。



Q3 特別支援教育における「指導と評価の一体化」とは?

A2 未来へのステップとしての評価
評価と指導の一体化を考えるときには、手だてが減ったかどうか、という視点が重要です。子どもが力をつけたということと同時に、支援や手だてが少なくなったということも大切なことであり、子どもが力をつけてきたら手だてを少なくする、ということが子どもの力を伸ばすことにつながっていきます。単に○×という評価ではなく、5年後10年後どうしたい、どうありたい、という未来へのステップとしての評価が必要です。その考えを抜きにすると、評価は単なる良い悪いといったことに陥ってしまいます。

こちらは、p.27より引用させていただいた。古川勝也先生(長崎県教育庁 特別支援教育室長)には常々、真の意味での教育評価を大切にするようにといったご示唆をいただいてきた。実態把握は単に目標設定のためだけのものではないよ、評価は単なる「できた・できない」だけではないよ、時間軸(未来へのステップ)を踏まえるという視点を大切にしてほしいというメッセージが込められていると感じた。



Q22 授業において児童生徒を評価する視点をどのように工夫したらよいか?

A2 目標が達成されたか否かを確認する項目を明らかとして授業に取り組む
授業の流れの中で、どの場面のどの行動を確認するかを明らかにしていると、その後の評価が容易になります。(中略)このような、この授業のねらい所は、授業に3、4ヵ所と考えられます。

この部分は、p.46より引用させていただいている。徳永豊先生(福岡大学)には、個人的な研究でも大変お世話になったが、やはり、授業の評価ポイントとなる場面を絞り抜くべき!という視点は共通していた。こうした工夫が授業内容の精選を可能にさせる。



Q27 TT(ティーム・ティーチング)指導の連携がなかなかうまくいかないとき、どうすればよいか?

A1 主となる教員、副となる教員の役割
主となる教員だけが児童生徒に発言するように心がけましょう。授業中に副となる教員が不必要な発言をしないように心がけます。出番があるのは本当に必要な時だけで、副となる教員は黒子となって行動しましょう。このようにしていくことで、TT指導の各教員の役割分担が明確になります。(中略)週当たりの授業時数を教員間で揃えるために、不必要な教員が教室にいることは避け、その間、自分が主となる授業の教材研究をしましょう。

p.51から引用したこの部分は、肢体不自由教育に関わる教員すべてが、教室に入る前に肝に銘じるべき記述であると思う。教師側の不必要な関わりが子どもを置き去りにしてしまう現実に向けた、川間先生の鋭い視点が胸にグイっと突き刺さる。

余談になるが、この点については、筆者も、「障害の重い子どものための授業づくりハンドブック」(下山直人編著、全国心身障害児福祉財団刊)のpp.91-92で、実践的なレベルでどのように行ったかを書かせていただいているので、参照されたい。


話は戻るが、本研究報告書のpp.75-79において、筆者も「目標準拠による評価と授業改善」を担当させていただいた。「教員の主観に準拠した評価」にとどまらないための視点と学校全体でできる工夫をコンパクトにまとめたつもりである。ご感想などお聞かせください。


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