
2000年4月 東証マザーズに上場
2004年6月 プロ野球近鉄バファローズの買収意向表明
2005年2月 ニッポン放送株を大量取得。
2006年1月 東京地検特捜部が本社などを家宅捜索
2006年1月 堀江被告ら逮捕。堀江被告は翌日、社長辞任
2006年4月 上場廃止
2007年4月 ㈱ライブドアホールディングスに社名変更し事業会社として新たに㈱ライブドア設立
2008年8月 ㈱LDHに社名変更
2010年5月 HNH Japan社に、保有する新ライブドア社の全株式を譲渡
2011年8月 ㈱LDHの解散決議
2012年1月 ポータルサイト事業の移管等へ経て、事実上消滅。
ライブドア事件の報道が連日、メディアを賑わせてから早8年。
ライブドア社はもはや存在せず、実刑となった元同社代表の堀江貴文氏も2013年11月に刑期満了を迎えています。
もはや皆の記憶からも徐々に忘れられつつあるライブドア事件、ライブドア社。
本書は、同社に2003年5月~2006年3月 2006年7月~2008年12月の間、在籍していた元社員の方によるものです。
日の出の勢いの時期から、社長逮捕まで。そして平松新社長による新体制下での奮闘記。
著者は同社の経営幹部ではなく一般社員。それだけに現場目線で描かれた同社の様子は、非常にリアルであり、かつその内容は、我々が報道で見聞きし感じた印象とは、随分と違うものでした。
「虚業」「錬金術」・・・・・ 堀江氏の言動もあり、識者には、あまり好意的な印象を持たれることのなかったことが多いように思われる同社ですが、実は技術的にはかなり高いものを持っており、アプリ開発のみならず、サーバー等のインフラ管理にも長けていたこと。
矢継ぎ早にサービス開発を行い、失敗も多いものの、それでも100万人ユーザーを集めたブログや、モバゲータウンよりも早くコミュニティサイトの開発を行う等、インパクトのあるサービスを幾つも世に出してきたこと。
上場していながらも、なかなか会社の体裁は整っておらず、PCは自前で用意し自身で社内ネットに接続をさせる等、一般企業では、まずはあり得ない状況がある一方で、社員には住宅手当を70,000円まで支給したり、育児手当を50,000円支給する等、臨機応変に福利厚生制度を変更する等、いかにもベンチャー企業らしい運営ぶり。
無茶苦茶だけど、遮二無二に突き進むような非常に熱い企業であったことが伺いしれます。
最終的には会社は消滅し、同社の社員の大半も様々な企業へと転身をしていきます。
中でも、本年上場が予定されているLINEには多くの社員が在籍しており、著者はライブドアという会社は無くなってしまったが、そのDNAは承継されているとしています。
ではライブドアのDNAとは、一体何だったのでしょうか。破綻をしなければ、今日のLINEの様なサービスを世に出すことが出来たのでしょうか。
個人的には、それは無かったのではないかと思います。社歴の浅い企業であり、DNAと呼べるようなものが醸成されるほどの時間も仕組みもなかったように思います。
ただそこには、時代の趨勢と、組織の勢いが噛み合い、思いを一つとする仲間が集った、そんな奇跡の様な一時があったのだと。
そしてそこに居合わせた者だけが、そっと心に抱き、今だ持ち続けるもの。強いて言うなら、それがDNAなのかもしれませんね。
とかくネガティブな印象を抱きがちなライブドア社に対し、ちょっと見方を変えてくれた一冊でした。