
【概要】
著書「日本でいちばん大切にしたい会社」で知られる法政大学大学院教授、坂本光司氏。
同シリーズは現在5巻まで発行され、売上累計は70万部に達し、ビジネス書では異例のロングセラーとなっています。
8,000社以上の中堅・中小企業に対し経営助言や調査を行ってきた著者による本書は「企業経営とは何か」「企業は何のために存在するのか」といった「そもそも論」に迫った1冊。
日本の大学で「経営学部」が誕生したのは1949年、神戸大学だったそうです。今や日本国内で経営学部を設置する大学は130以上。また経営大学院は110以上にも達するそうです。
日本の経営学は欧米諸国から輸入されてきた理論が中心。
しかし「右肩上がり」や「物の豊かさ」を重視する時代はとうに過ぎ、今は「右肩下がり」であり「心の豊かさ」を求める時代となっています。
そんな中、株主重視・管理重視・業績重視といった欧米流、企業重視の従来の考え方による経営では、もはや内部崩壊は避けられないのだと著者は警告を鳴らします。
そこで著者が唱えるのは「人を大切にする・人を幸せにするための経営学」の確立。
本書は、これまで常識や当たり前と言われてきた「経営の考え方・進め方」を否定、破壊し、それに代わる新しい「経営の考え方・進め方」を提示した1冊。
企業経営者や管理職にいま一度、経営の根源につき考えてほしく、あえて「経営学講義」とのタイトルをつけたそうです。
【所感】
15章73節で構成された本書。「企業は誰のものか」「企業経営の目的・使命」といった根源的なテーマから終章では「国際経営」と幅広いテーマを網羅しています。
その中で要諦となるのは「五方良しの経営学」。人を大切にする経営学において企業が幸せを追求・実現するべき相手は以下の5人であると著者は説きます。
①社員とその家族
②社外社員とその家族
③現在顧客と未来顧客
④地域住民、とりわけ障がい者や高齢者など社会的弱者
⑤出資者ならびに関係機関
そしてこの5人が程度の差こそあれ、幸せを実現できる経営こそが、求められる正しい経営なのだと断言をしています。
ならばそれをどう実現するかにつき、各章各節を割き解き明かしているのが本書の構成ですので、この「五方良しの経営学」を頭に置いて本書を読み進めるのをお薦めします。
組織、理念、価格、利益、業績、経営者と言った章立てで、多岐に渡る観点から「人を大切にする経営」について記した」本書。
各章各節を単独で読んでも十分な内容ですが、本書の秀逸さは、いくつかの節で目安となる指標の明示もしていることです。
「人を大切にする」と言われても、では具体的に何を目安にしていいのか、戸惑う部分も少なくないかもしれません。 本書でも、数値の達成が目的ではないと前置きをしながらも
〇給与水準は、地方公務員以上を目指す
〇売上高営業利益率は5~10%
〇本社人員数は全体の3~5%。
〇自己資本比率は90% まずは50%
〇一人当たり年間10万円前後、労働時間の5%以上の教育訓練時間
〇売上に対し、最低1%、出来れば3%以上の研究開発投資 etc
などの指標を記しており、実践に向け経営計画などに落とし込むうえで、参考になる部分も多いのではないでしょうか。
職業柄もありますが、個人的に面白いと思ったのは、社員を「人的経営資産」と価値評価し決算書の貸借対照表に表記してはどうか?との提言でした。
企業の決算書において、人件費はコストであり、損益計算書に記載をされます。
経営の三要素は「ヒト・モノ・カネ」と言いつつ、貸借対照表では資産と見なされるのは「モノ・カネ」の二つのみ。それでは「ヒト」を企業の財産という認識は持たないというのが、著者の考え。
そこで、全社員の生涯賃金と退職金の総額を計算し、貸借対照表の固定資産の部に計上してはとの大胆な提言をしています。貸借対照表はバランスする必要がありますから、同額を負債の部に計上。これにより企業は「人への責務」を追っているという意識も芽生えるとしています。
もちろん制度会計としては、到底認められない処理ですが、ユニークですし有効性も高そうですね。
このような示唆に富んだ提言が多数盛り込まれた本書。是非手元に置いて繰り返し読んでいただきたい1冊。お薦めです。
PHP研究所 2017年11月29日 第1版第1刷