名南経営 河津勇のツンドク?ヨンドク?

税理士法人名南経営 河津勇 公式ブログ。新刊ビジネス本から、皆様のビジネスに役立ちそうなヒントをあれこれ探ります。毎週日曜日更新中。

2020年09月

2020- 9-27  Vol.379
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【概要】

 IT企業経営者の雄と聞いて、皆様はどなたの顔を思いうかべるでしょうか。ソフトバンクの孫正義さんをイメージされた方が多いかもしてませんね。
   今からおよそ30年以上前、パソコン黎明期においてIT企業経営者の雄と言えば、間違いなくこの方、西和彦さんでした。
 学生時代に、コンピューター雑誌を創刊した起業家にして、程なくマイクロソフト創業者、ビル・ゲイツ氏と知己を得てマイクロソフト副社長に就任。同社躍進の基礎を築くも、ケンカ別れ。
 その後、自身の経営する会社アスキーで最年少上場を果たすも、経営は行き詰まり、CSK傘下へ。代表の座を追われます。

 そんな西和彦さんの語る半生。大きな成功を2度も掴みつつも、するりと手からこぼれ落としてしまった経験から、半生記ならぬ反省記と銘打った本書。
 年輩でコンピュータ業界に関心のあった方には懐かしく。若い方には、かつて日本にはこんな破天荒な経営者がいたのかと驚く1冊となっているのではないでしょうか。

【構成】

 序章、終章加え全20章で構成された本書。序章でマイクロソフトのビル・ゲイツ氏との出会いの経緯を記した以降は、幼少期から学生時代、起業。マイクロソフトとの決別。アスキー上場から凋落。そして現在と、ほぼ時系列で記されています。

【所感】
 
 少年時代、家中の機械を分解してしまう「機械分解」が趣味だったという西氏。10代後半から20代前半まで、自身の原動力は、理想のパソコンを作ることだったと語っています。その思いは理屈では語れないのだと。
 その思いと行動力が、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏との出会いを生みます。西氏は同社の開発したマイクロソフトBASICをNECへ売り込むことに成功します。同ソフトを搭載したNECのパソコンPC-8001は大ヒットし、各メーカーからの引き合いが殺到します。なかでも「業務用志向の本格パソコン」として沖電気が発売したIF-800も大ヒットを遂げます。
 その発表会の場で、このマシンを5台も購入したビジネスマンがおり、後にそれはIBMの社員だったことが判明。巡り巡って、これがIBMのパソコンIBM-PCの誕生につながり、マイクロソフトが同社に提供したOS、MC-DOSは事実上パソコンの標準規格となり、マイクロソフト大飛躍の礎が築かれます。
 他にも、パソコン黎明期の西氏の活躍には、目を見張るものがあります。頓挫はしたもののMSXというパソコン統一規格の提唱、ノートパソコンのプロデュース、マウスの製造販売、ネットワーク時代の予見など。

 本書前半10章までは、そんな「天才」の名を欲しいままにしてきた西氏の快進撃の様子が描かれていますが、ビル・ゲイツ氏と決別をしてからの後半の様子は一転します。

 ビル・ゲイツ氏への反発、見返してやろうとの思いから、自身の会社アスキーの事業規模拡大に邁進。当時の史上最年少上場を果たすも、心は満たされなかったと綴られています。ビル・ゲイツ氏への対抗意識のみが原動力であり、経営者としての高い志や意識も低かったのでしょう、感情の起伏の激しい彼に翻弄され、創業メンバーや側近も離れ、いつしかアスキーも経営危機に陥ります。
 自死も考えるほど、追い詰められつつも、日本興業銀行の中山素平氏やCSKの大川功氏との知己を得て、二人の教えを受けつつ、立て直しに奔走をします。
 しかし最後はCSK傘下に。後ろ盾だった大川氏も亡くなり、アスキー社株式は投資ファンドに売却(現在は角川ホールディンググループ傘下)され、西氏も代表に返り咲くことはありませんでした。

 マイクロソフト社との決別は西氏が30歳の時、アスキー社との決別は45歳の時。世間は「2度も負け犬になった男」と自分を見るだろうなと記し、本書は終章へと向かいます。

 その後、紆余曲折へ経て、現在は教育者の立場となった西氏。これは亡くなったCSKの大川氏の助言でもあったそうです。また「日本先端大学」という理系単科大学の設立に参画されているそうです。

 はたから見れば、「なんともったいない人生を送ってきたことか」と思うかもしれません。事実西氏も冒頭で「もう少し自身の感情を抑え、我慢していたら、妥協をしていたら・・・・・」と後悔の念を記してもいます。確かにそうであれば、巨万の富を築き、伝説の起業家として将来語り継がれたかもしれませんが、きっとそれはまた別の後悔を生むことになったのでしょう。
 後悔しても、反省しなければいつまでも「失敗」は「失敗」のままだ。そんな思いが西氏が本書を記すきっかけであり、また過去を振り返るためでなく、未来のために本書を記したともあります。

 成功も失敗も赤裸々に明かしたからこそ、400ページを超えるボリュームながら、読み手の気持ちを掴み一気に読ませてしまう力が本書にはあります。
 反省記とありますが、西氏がパソコン黎明期に果たした役割を考えれば、なんら恥ずべきない成功者として十二分にお釣りの来る人生ではなかったかと、個人的にはそんな印象を強く抱きました。
 こんな語り継ぐに値する強烈な経験を残したのだから。

                        ダイヤモンド社 2020年9月8日 第1刷発行 

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【概要】

 新型コロナウィルス感染症の世界的蔓延により「ニューノーマル」という言葉を目にする機会が増えました。
 元々は金融業界の用語で、リーマンショック後の大景気後退による避けがたい構造変化の影響を受け「新たな常態や常識」が生じてきている状況を指したものでした。
 それが拡大解釈され、「新たな生活様式」や「新たな経営スタイル」なども含めた総称として、取り扱われることが多くなったように感じます。そんな「新たな経営スタイル」への一提言ともいえるのが本書。

 オンライン・ビジネス・コンサルタントとして、主としてインターネット上での仕事を中心に、自らのビジネスキャリアを築きあげてきた本書の著者ですが、10年程前にカナダの田舎町に転居。
 そこはネット接続環境も心許ない町であり、長らくテクノロジー産業へ従事してきた著者にとって、そんな片田舎へ転居することは、大きな決断であり環境変化であったと記しています。
 外部刺激が少ない田舎町ゆえ、自分の考えに深く入り込んでいく機会が多くなったという著者が辿り浮いたのは、事業規模を縮小し、いたずらに規模を追わないということ。それによりビジネスにおける成功の確率は高まり、自身の生活もより豊かなものになっていくと、自らの経験も踏まえ確信します。

 著者はそんな「規模の拡大に疑問を投げかけるビジネス」を
「カンパニー・オブ・ワン」と称し、本書を通じ、その特徴や運営方法、留意点などを解説しています。
 そして
「カンパニー・オブ・ワン」を通じ「ビジネスが自分の目的と完全に一致している状態を目指す」ことを提唱しています。

【構成】

カンパニー・オブ・ワン)を「はじめる」「特徴づける」「つづける」と大きく3部に分け、全13章で構成されています。1章~12章までは、著者の提言を事例やデータなどから検証。終章の13章では、自身の経験を踏まえ、ゼロから「カンパニー・オブ・ワン」を作る上での留意点などを紹介し締めくくっています。

【所感】

「規模の拡大は必ずしも利益をもたらすわけではなく、経済的にも採算がとれない」
 その立証が本書のテーマですが、著者は必ずしも拡大や成長を否定しているわけではありません。著者の危惧は、規模を拡大するほどに、本来の目的を見失ってしまい、拡大が目的化してしまうことにあります。
 拡大するにつれ、手続きや調整といった無駄な仕事が増え、結果、顧客との距離は遠のき、本来果たすべき役割が不明瞭になってしまう・・・・・・。果たしてそれが望ましい姿なのでしょうか。

 その疑問への回答が
「カンパニー・オブ・ワン」というスタイルの提言となるのですが、その特徴は次の4点にまとめられるそうです。それは ①弾力性 ②自由 ③スピード ④シンプルさ

 ①弾力性とは、現実を受け入れること、目的意識をもっていること、変化に適応できること。
②自由であるためには、自分の核にある一連のスキルをよく把握しておくこと。また特化したスキルのみならず、多くのことに精通したゼネラリストでなければならないこと。③スピードとは、がむしゃらに頑張るのではなく常に効率的な仕事の手法を追及すること、間に多くの人を介させないこと、外部の資金を入れさせないこと。④シンプルさとは、すぐ出来るところまでビジネスの規模を縮め、繰り返すこと。扱う商品やサービスなどを絞り込むこと 

 本書では、この特徴を念頭に、以降の章で具体的にその理由を明かしつつ、より掘り下げた内容へと展開されていきます。特に顧客との関係性のあり方や信頼性の構築につき、多く誌面が割かれている印象を受けました。
 また繰り返され強調されているのは、何のためのビジネスなのか、何のための利益なのか、その目的を見失ってはならないということ。
 何より自分にとっての成功は何かを定義し、それを実現するのは自分の責任であるとの認識をもつこと、そこが
「カンパニー・オブ・ワン」の起点と言えるのではないでしょうか。

 起業家や経営者の方のみならず、全ての人にとって、自身の人生とビジネスのあり方を再考するヒントやアイデアを与えてくれる1冊。一読の価値がありです。


                           ポプラ社 2020年9月7日 第一刷発行 

2020- 9-13  Vol.377965D7392-6A3A-4312-A059-CA2558BEB638

【概要】

 コロナウィルス感染症影響で、著しく業績に影響を受けている外食や旅行、航空産業。実はアパレル産業もまた大変な苦境下にあると言われています。
 今年5月に発表された「レナウン」の民事再生申請。ギャル系ファッションを牽引した「セシルマクビー」の全店閉店。実に上場アパレル企業12社の半数は赤字転落とのこと。
 また主たる売り場の一つである百貨店も大きく売上を落としていますし、日本でも知られた海外アパレルの「ローラアシュレイ」や「ブルックスブラザーズ」も相次ぎ破綻をしています。

 アパレル産業不振は、現在に始まったことではなく、またその産業構造の問題を指摘する声も多かったのですが、このコロナウィルス感染症影響で、一気にその苦境ぶりが露呈したと言えるのかもしれません。

 本書はそんなアパレル業界にあって異色の存在感を示すブランド「ミナ ペルホネン」https://www.mina-perhonen.jp/ に着目した1冊。同ブランドを率いるデザイナーであり代表者でもある皆川明氏へのインタビュー形式で構成された本書。流通業に関する著書の多い川島蓉子氏が聞き手となっています。

【構成】

 全5章で構成された本書。第1章~第2章では、主として皆川氏の仕事観や創造への思いが語られています。第3章~第4章では、工場や店舗、組織に関する具体的な運営について、終章の第5章では経営全般に寄せる思いが語られています。
 明確に区分されているわけではありませんが、前半2章は、デザイナーとして、後半3章は経営者としての思いが反映された構成と言えるかもしれません。

【所感】

 皆川氏率いる「ミナ ペルホネン」の最大の特徴は、オリジナル生地そのものを製造することから入ること。生地全てには品番ではなく名称を付与し製作した生地は原反を全て保管。復刻版として再生産することも少なくないようです。
 半年後ごとに春夏、秋冬と新しいトレンドを提案し、計画的に陳腐化を図っていくのがアパレル業界の常道ですが、「ミナ ベルホネン」では過去に発表したものを、そのまま継続して販売していることも少なくなく、時間軸の考え方も随分異なるようです。
 単に定番商品を作って、長く売っていくということではなく、一時の「トレンド」に左右されず、長く身に着けることができること。他のブランドと組み合わせることなど通じ、買い手が自身の「スタイル」構築できるような商品作りを心掛けていること。
 協力工場を大切にし、フェアでフラットな関係を構築することや、直営店では年齢制限を設けず雇用をすることなど、既存のアパレル業界の慣習に囚われない独自の経営センスが光ります。

 かと言って全編を通じ、さほど気負いすぎることなくもなく、淡々とした印象すら受けます。
様々な経営上の取組や生む出す商品も興味深いのですが、何より第1章で皆川氏の語る仕事観、人生観に非常に心捉われるものがありました。
 「働くことの意味」を問われた皆川氏が、「人が一生をかけて心に持ち続けられる資産は『記憶』しかない」と語る部分です。人が一生で費やす時間の中で半分は労働。ならば労働を通じ、良い記憶をもつことが人生を豊かにしていく。そんなニュアンスのことを語る場面があります。

「家族や隣人など、誰かの役に立って嬉しいということが暮らしの一部をなしていて、それを生きている限り感じ続けたいというのが、人間の本質ではないか」と。

 そしてそれは同社の理念にも色濃く反映されており、皆川氏は「優れた技術をもった工場の人と信頼関係を作り、進歩を続けていくこと。お客様の喜びにつながるようなプロダクトを長きにわたって作り続けていくこと」とし、大事なことはこれを覚えることでなく、確実に実行していくことだとも語っています。 

 アパレル業界のみならず、あらゆるものづくり企業。いや業種を問わず、働く人全てにおいて示唆に富み、心に響く言葉満載の本書。ビジネス系の出版社でなく、さほど目立ちませんが、お薦めの1冊です。


 
                         リトルモア 2020年9月9日 初版第一刷発行

2020- 9- 6  Vol.376
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【概要】

 山一證券破綻を扱った「しんがり 山一證券 最後の12人」http://blog.livedoor.jp/kawazuisamu/archives/34736564.html
 という書籍を
以前、当ブログで紹介させていただいたことのある清武英利氏の新作。
 週刊文春連載の書籍化ですが、その舞台は、かつてご自身も籍を置き、読売巨人軍のオーナー代行まで務めたプロ野球界。
 といっても本書の主人公は監督やコーチ、選手ではありません。本書の主人公は知られざる二人の球団職員。
 1996年、54歳にして阪神電鉄から阪神タイガースに出向。後に球団社長まで務めた野崎勝義氏(現在は退任)。そして1983年、29歳にして東洋工業(マツダ)から広島東洋カープへ転籍。現在は常務取締役球団本部本部長を務める鈴木清明氏。

 プロ野球界という特殊な世界に、グループ企業とはいえ他業界から身を置くこととなった両名。
折しも両チームが低迷の一途を辿っていた時期でした。関西球界の雄といっても差し支えない存在感を持ちながらも「ケチで旧態依然とした経営体質」ゆえ優勝から遠ざかっていた阪神タイガース。地域密着で地元に愛されつつも地方都市の市民球団ゆえ、経営基盤がぜい弱で「赤貧」。こちらも長らく優勝から遠ざかっていた広島東洋カープ。

 概ね1990年代後半から現在までを舞台に記された本書。オーナー一族でもない一介のサラリーマンに過ぎず重役を担うこととなった両名。サラリーマンゆえ味わう悲哀や口惜しさ。それでも前を向くひたむきさに胸打たれる1冊となっています。

【構成】

 全14章で構成された本書。概ね時系列で展開されていきますが、両名、両球団を追っているため、時期により、多少内容が前後する部分がありますが、気になるほどではありません。

【所感】

 思えばこの四半世紀は、バブル景気後退からパリーグ球団の身売り話に端を発した、リーグ1構想が飛び出したかと思えば、プロ野球に陰りが見え始め。地上波によるテレビ放送が激減するなど、大きく業界が動いた時期でもありました。 
 そんな時下にあって、対照的な両球団の経営。安定した親会社がありながらも、球団への資金支援を渋り、奔放なオーナーの言動に振り回され、旧態依然としたフロントが近代的な球団経営を拒む阪神タイガース。
 オーナーの理解があるも地方球団ゆえ、資金力に乏しく補強もままならないため、智恵を絞り、自前の選手育成を柱にするも、FAにより生え抜き選手の流出が絶えず、成績の振るわない広島東洋カープ。そして両球団に共通するのは、テレビの巨人戦放映権料が大きな収入の柱であること。

 プロ野球といえど所詮は興行。勝たなければファンには支持されず、観客動員もままなりませんが、優勝が続くようなことがあれば選手の年棒も上げざるを得ず、運営経費は高騰し球団経営はひっ迫します。
 そんな二律背反の状況の中、野崎氏は「阪神タイガース」のブランド価値を上げることは阪神グループ全体の価値を底上げることを合理的に立証。親会社の資金協力を約束させ、有望な選手確保の原資を確保。またグッズ販売をネットで行うなど先進の取組を行います。
 また米国の球界で注目されはじめていたBOS(データや情報を軸にした球団運営システム)の導入にどの球団よりも先に着手。スカウトや育成、選手の評価方法の刷新を進めます。

 しかしながら、現場の抵抗、親会社の理解乏しく頓挫。同システムは阪神タイガースで野崎氏の右腕
としてシステムの構築に奔走したスタッフと共に、日本ハムファイターズへ。後に同球団飛躍のきかっけとなります。また脇の甘いスカウトのせいで巨人軍のスカウト裏金問題の巻き込まれ退任。
それでも2003年には、リーグ優勝は成し遂げています。
 
 一方の鈴木氏は、球団そのものとの軋轢はほとんどないものの、苦しんだのは現状のプロ野球機構。自由枠制度など資金に乏しい球団に不利な制度の撤廃などを強く連盟に働きかけてきました。
 また球団の収益寄与には、Tシャツなどこまめなグッズ販売やカープ芸人、カープ女子といったトレンドをうまく取り入れ、ファン層を拡大。2009年の新球場建設後は大きく動員数を伸ばし、球団経営を安定化。2016年からはリーグ優勝3連覇を成し遂げ、現在も在籍をされています。
 また選手との信頼関係の厚さも目を惹きます。後に監督となる緒方孝市氏や大リーグ挑戦後、日本球界へ復帰した黒田博樹氏とのエピソードなど、真摯に球団を思う姿勢が選手の共感も強く生んでいたことが伺いしれます。

 さて本書に登場する両名が我々に教えてくれるのはなんでしょうか。サラリーマンに不本意な人事はつきものとはよく言われることですが、その処遇に腐ることなく、置かれた場所で精一杯花咲かせようとする努力。大義のためには安易な妥協をせず、上層部や業界の重鎮に対しても発言をしていく胆力。個人的には、そんな姿勢の大切さが強く印象に残りました。球界裏事情もよくわかる1冊。プロ野球ファンならより楽しめるのではないでしょうか。 

                        文藝春秋 2020年8月30日 第1刷発行

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