【概要】
みなさんは、レッドブルという飲料をお飲みになったことがありますか。今やコンビニのエナジードリンクコーナーのみならず、自販機でも見かけることもある同飲料。
タイ発祥、値段も高く、量も少なく、奇妙な味がする・・・・・。そんな飲料が全世界で年間79億本(2020年)も売れているそうです。誕生は1987年。炭酸飲料の専門調査機関ですら、こんな飲料が世界中に広まり支持をされるとは、予想だにしなかったとあります。
そんなプロローグで始まる本書。著者は、イギリスの広告会社 ogilvy UKの副会長ローリー・サザーランド氏。
このレッドブルの事例に見られるように、世に生まれる新たな商品やサービスの中には、従来の常識やロジックによる発想では、想像しえなかったものも少なくありません。
本書タイトルにある錬金術。錬金術とは卑金属から貴金属を精錬する試みのことであり、その歴史は古く、古代エジプトや古代ギリシアにその起源はあるそうです。
卑金属から貴金属を生み出すという行為は、常識では考え難く、錬金術という言葉には、どこか胡散臭さもつきまといます。それでも、そのあり得ない取り組みによって多くの化学薬品の発見がされるなど、その副産物が決して少なくなかったことは、歴史が証明をしているようです。
それでは著者が本書で言う錬金術とは、何を指すのでしょうか。
著者のいる広告業界に限らず、人に何らかの行動を起こさせるという働きかけは、あらゆるビジネスの場において不可欠ですが、これまでの通説、常識、ロジックに囚われていては、先に挙げたレッドブルの様な成功は望めません。
必要なことは人間の不可思議な心理についての理解。なぜ時に人間は、理屈や常識では語れない行動を取ってしまうのか。その行動を促す要因はどこにあるのか。そんな理解を深めることこそ、現代の錬金術に通ずるのではないか。著者が本書タイトルも込めた思いを、そのように理解をしました。
【構成】
全7章で構成された本書。第1章ではロジックに囚われる弊害につき触れ、第2章では心理学を生かしてロジックに考える心理(サイコ)ロジックの効用について言及。第3章以降は、下記所感に記した4つのSを中心に解説し、第7章のまとめに至ります。
【所感】
冒頭のレッドブル以外に、多数の事例を紹介しつつ展開される本書。
著者の主張は、ロジックに囚われすぎないことの大切さ、人間の心理を理解する重要性にあります。とかくビジネスの場では、合理性やロジカルさが求められがちですが、大半の事柄は、想定通りに進むことはあまり多くはありません。なぜなら人間はしばしば非ロジカル(論理的)な行動を取るから。
その理由として著者は ①シグナリング(signalling) ②潜在意識のハッキング(subconscious hacking) ③満足化(satisficing) ④心理物理学(psychophysics) の4点を挙げています。
①のシグナリングについては、信頼や信用を呼び起こすことの重要性を説き ②の洗剤意識のハッキングでは、プラシーボ(偽薬)効果を引き合いに、人の潜在意識のメカニズムについて紹介しています。
③の満足化について、人は非現実的な世界に対し完全な解決策を見つけるより、現実的な世界で満足できそうな解決策を探す方を志向する傾向にあるとし ④の心理物理学では、外的な刺激と内的な対応関係を測定したり定量化しようとする学問領域について触れています。
一見非常識に思える広告が大成功を収めた事例など、本書で紹介されるエピソードは著者自身の経験の裏打ちもあり、大変面白いのですが、正直きちんと体系立てて記されてはおらず、読みづらさは否めませんでした。本書冒頭で著者の考える錬金術の法則とし、11の法則が紹介されていますが、この順に構成、展開される訳でもなく、法則といいつつ提言に留まっているものもあり、あまり本書を読み進める手助けにはなりませんでした。
また最終章である第7章では、錬金術師へのレッスンと称した7つの項目が挙げられていますが、こちらも明確で具体的な実践方法を必ずしも論じているわけではありませんので、まとめと呼ぶには少々物足りなさを感じました。
思うに著者は、ロジックへの疑問を呈し、自ら考えることの重要性を読者に説いているわけですから、体系立てて分かりやすく記し展開してしまえば、それこそがロジカルであり著者の意図に反するものなのかもしれません。著者の与える考えを鵜呑みにするのではなく、著者の提供する材料から読者自身が考えるきっかけを与えられていると考えれば、読みづらさも許容できるのかもしれません。
組織においてロジカルに行動すれば、失敗しても解雇されることはなく、成功すればボーナスを与えられ出世するかもしれない。しかし非ロジカルに行動し、失敗すれば愚か者とみなされ、解雇は免れないし、仮に成功しても、まずまずの信用を得るが、あなたの行動はあたかも最初からロジカルであったかの様に表される。と身も蓋もないことも書かれています。
それでもロジカルでありたいという衝動にわずかでも抵抗する意識をもち、行動することは、思わぬ貴金属を生み出す結果になるかもしれないと、本書を結んでいます。
東洋経済新報社 2021年4月29日発行