
【概要】
表題にある「ナラティブ」。あまり馴染みのない言葉かもしれませんね。なかなか日本語の適訳が難しいのですが、「物語・語り」といった意味があるようです。
「物語・語り」という意味なら「ストーリー」と同じではとの印象を抱きますが、少々違うようです。
本書では、特に触れられていませんが、「ストーリー」はある物語の「あらすじ/要約」を指し、「ナラティブ」とは「物語」全体のことを指すようです。
これでもピンときませんね。個人的に「ストーリー」とは、書き手の思いが、完結したものであり、読み手がその解釈を変えることはないもの(出来ないもの)。「ナラティブ」は、読み手が自身の解釈を加え、時には自身の考えも織り交ぜてしまい、他者に伝搬させていくもの。あるいは出自も定かではないのに、皆がいかにも顔をして語る、いわゆる「噂話」と考えると腑に落ちるかもしれませんね。
そんな「ナラティブ」が経済活動に影響を及ぼすことが、実は少なくありません。その典型は「バブル経済」でしょうか。不動産、株式、決してその価額が永遠に上昇し続けることはないのに、なぜか皆錯覚をし、手を出してしまう・・・・・。
「ナラティブ」はなぜ生じ、伝搬していくのか。なぜ誤った「ナラティブ」まで伝搬してしまうのか。なぜ同じような「ナラティブ」は繰り返されるのか。そんな考察に挑んだのが、本書。
ノーベル経済学者であるロバート・J・シラー氏の手によります。
【構成】
4部、全19章で構成されています。第1部から第2部では、ナラティブ経済の概要や特徴に触れ、第3部では、何度も繰り返されてきた代表的なナラティブの事例を紹介。第4部では、これからのナラティブ経済研究のあり方、我々の学び方などに触れ結んでいます。
【所感】
著者が本書で取り組んだのは、顕著な経済事象(バブルなど)の背景には、どのような「ナラティブ」があり、どんな因果関係があるのかを明らかにすること。そして予測モデルを構築し、将来起こりうる経済事象の先行指標となるべき要素を的確に見出すことにあるように思いました。
ナラティブ経済の特徴として ①その流行速度や規模はマチマチ ②重要な経済ナラティブは、世間の話題のほんの一部でしかないことがある ③ナラティブ群は、単独ナラティブより影響が強い ④ナラティブの経済的な影響は変化するかもしれない ⑤虚偽のナラティブを止めるのは、真実だけでは不十分 ⑥経済ナラティブは反復により広がっていく ⑦ナラティブはつながりで栄える
の7つを著者は挙げていますが、本書内で何らかのまとまった整理がされているのは、これらの項目のみ。
過去の経済事象の分析については、第3部でかなり広範に挙げており、その発端からヴァイラル(感染)の分析は興味深いものがありますが、これらの事象から何か普遍的な法則を導き出し、経済モデルとして立証出来ているかと言えば、残念ながら推測の域を出ず、この経済理論は、まだまだ発展途上にあることは否めません。
思えば、基本的にナラティブは「人」から「人」への伝搬。古くは地域のサロンでの限られた人々の会話から。それが新聞、雑誌、テレビやラジオといった媒体の発達により、伝わる範囲やスピードは拡大、高速化してきました。近年のネット、特にSNSの普及は、更にその伝搬のあり方を深化させており、こと媒体一つとっても、その変化の影響は計り知れず、体系だった理論化が難しいことは想像に難くありません。
それでも、合理的な説明が難しい故、経済学者の間では、永らく無視されることの多かった、人の心理や行動と経済活動を紐づけて考える、このような領域が着目されるようになったことは望ましく、今後、研究者も増え、新たな経済理論として確立されていくのは確かではないでしょうか。
さて研究者でもない我々は、何を本書から学び、今後の行動にどう生かせばよいのでしょうか。
人は人に「物語」を伝えたいものであり、また「人」は自身の意思決定において「他人」の行動が強く影響を及ぼす点などが本書でも指摘されていました。
過去の事例を学び、自分なりに着目すべき事象の定点観測を続け、自ら判断の軸をもつこと。自身が今とろうとしている行動の発端は何なのか、改めて考えてみること。そんな必要性を個人的には感じた1冊でした。
東洋経済新報社 2021年8月12日発行




