名南経営 河津勇のツンドク?ヨンドク?

税理士法人名南経営 河津勇 公式ブログ。新刊ビジネス本から、皆様のビジネスに役立ちそうなヒントをあれこれ探ります。毎週日曜日更新中。

2021年08月

2021- 8-29  Vol.428B2E6AA01-FBCF-4E54-971A-DA6D89CD4A55

 
【概要】

 表題にある「ナラティブ」。あまり馴染みのない言葉かもしれませんね。なかなか日本語の適訳が難しいのですが、「物語・語り」といった意味があるようです。
「物語・語り」という意味なら「ストーリー」と同じではとの印象を抱きますが、少々違うようです。
 本書では、特に触れられていませんが、「ストーリー」はある物語の「あらすじ/要約」を指し、「ナラティブ」とは「物語」全体のことを指すようです。

 これでもピンときませんね。個人的に「ストーリー」とは、書き手の思いが、完結したものであり、読み手がその解釈を変えることはないもの(出来ないもの)。「ナラティブ」は、読み手が自身の解釈を加え、時には自身の考えも織り交ぜてしまい、他者に伝搬させていくもの。あるいは出自も定かではないのに、皆がいかにも顔をして語る、いわゆる「噂話」と考えると腑に落ちるかもしれませんね。

 そんな「ナラティブ」が経済活動に影響を及ぼすことが、実は少なくありません。その典型は「バブル経済」でしょうか。不動産、株式、決してその価額が永遠に上昇し続けることはないのに、なぜか皆錯覚をし、手を出してしまう・・・・・。
「ナラティブ」はなぜ生じ、伝搬していくのか。なぜ誤った「ナラティブ」まで伝搬してしまうのか。なぜ同じような「ナラティブ」は繰り返されるのか。そんな考察に挑んだのが、本書。

 ノーベル経済学者であるロバート・J・シラー氏の手によります。

【構成】

 4部、全19章で構成されています。第1部から第2部では、ナラティブ経済の概要や特徴に触れ、第3部では、何度も繰り返されてきた代表的なナラティブの事例を紹介。第4部では、これからのナラティブ経済研究のあり方、我々の学び方などに触れ結んでいます。

【所感】

 著者が本書で取り組んだのは、顕著な経済事象(バブルなど)の背景には、どのような「ナラティブ」があり、どんな因果関係があるのかを明らかにすること。そして予測モデルを構築し、将来起こりうる経済事象の先行指標となるべき要素を的確に見出すことにあるように思いました。

 ナラティブ経済の特徴として ①その流行速度や規模はマチマチ ②重要な経済ナラティブは、世間の話題のほんの一部でしかないことがある ③ナラティブ群は、単独ナラティブより影響が強い ④ナラティブの経済的な影響は変化するかもしれない ⑤虚偽のナラティブを止めるのは、真実だけでは不十分 ⑥経済ナラティブは反復により広がっていく ⑦ナラティブはつながりで栄える
 の7つを著者は挙げていますが、本書内で何らかのまとまった整理がされているのは、これらの項目のみ。
 過去の経済事象の分析については、第3部でかなり広範に挙げており、その発端からヴァイラル(感染)の分析は興味深いものがありますが、これらの事象から何か普遍的な法則を導き出し、経済モデルとして立証出来ているかと言えば、残念ながら推測の域を出ず、この経済理論は、まだまだ発展途上にあることは否めません。

 思えば、基本的にナラティブは「人」から「人」への伝搬。古くは地域のサロンでの限られた人々の会話から。それが新聞、雑誌、テレビやラジオといった媒体の発達により、伝わる範囲やスピードは拡大、高速化してきました。近年のネット、特にSNSの普及は、更にその伝搬のあり方を深化させており、こと媒体一つとっても、その変化の影響は計り知れず、体系だった理論化が難しいことは想像に難くありません。

 それでも、合理的な説明が難しい故、経済学者の間では、永らく無視されることの多かった、人の心理や行動と経済活動を紐づけて考える、このような領域が着目されるようになったことは望ましく、今後、研究者も増え、新たな経済理論として確立されていくのは確かではないでしょうか。
 
 さて研究者でもない我々は、何を本書から学び、今後の行動にどう生かせばよいのでしょうか。
人は人に「物語」を伝えたいものであり、また「人」は自身の意思決定において「他人」の行動が強く影響を及ぼす点などが本書でも指摘されていました。
 過去の事例を学び、自分なりに着目すべき事象の定点観測を続け、自ら判断の軸をもつこと。自身が今とろうとしている行動の発端は何なのか、改めて考えてみること。そんな必要性を個人的には感じた1冊でした。

                            東洋経済新報社 2021年8月12日発行

2021- 8-22  Vol.427
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 お盆休みもあったことから、これはという新刊がなかなか見つけられなかった今週。ビジネス署の範疇からは、ちょっと外れてしまうかもしれませんが、こんな1冊をご紹介させていただきます。

【概要】
 

「一流」という言葉を聞くと、皆さまはどんな印象を抱かれますでしょうか。
 一般的には「その分野で第一等の地位を占めているもの」という意味で使われることが多いのではないでしょうか。それでは「三流」ならいかがでしょうか。「一流、二流に劣る、取るに足らないもの」と、あまりいい意味では使われない印象がありませんか。

 実はある中国古典では、「一流」とは「一つのことの専門家」、「二流」とは「二つのことの専門家」という意味で使われていたそうです。
 その古典とは、魏の国にいた劉劭(りゅうしょう)なる人物の書いた「人物志」という書物。
同署は、国家の要職に就任させるには、どのような人物がいいのか、その鑑定方法を記した書物だそうで、同書によれば、国を任せるのは一流の人、二流の人ではいけない。いくつもの専門をもつ「三流」以上の人でなければならないと説いているそうです。

 我々は、ややもすれば一芸に秀でたい。他者を圧倒する存在感を示し、称賛や承認を得たい。そんな欲求を抱きがちです。
 もちろん「一流」は素晴らしい。天賦の才を持った人、一つのことをずっと続けていける人は、それを志向すればいい。しかし大半の人々は、そんなことは出来ません。でもそれでいいと著者は説きます。「三流」でいいのだと。本書で言う「三流」とは「いろんなことをする多流」な人。そんな「三流」の処世術について、論じているのが本書。
 著者は能楽師でありながら、古代文字や古典にも造詣の深い安田登氏。多彩な顔をもつ、まさにご本人が「三流(多流)」とも言える方。

 なんだ自己啓発の類か。そんな印象を持たれるかもしれませんが、先に挙げた中国古典「人物志」の他に「論語」や「中庸」などを引用し、独自の解説を加えている点がユニークであり、単なる精神論に終始しないところに興味を覚え、ご紹介させていただくこととしました。

【構成】

 全九章で構成された本書。第一章~第二章では、著者が「三流」の認識を改めた経緯や「三流」の定義について記しています。第三章から第八章では、様々な古典を引用し「三流」の効用を解説。
 終章の第九章では、実践編と称し著者自身の体験を紹介しています。

【所感】

 著者によれば、自身の経験を踏まえ「三流」の特徴には ①飽きっぽい ②ものにならない ③役に立たない ④評価をされない、求めない ⑤短絡的 ⑥究めない があると挙げていますが、その最たるものは飽きっぽさ。好奇心の赴くまま、あれこれ手を出すものの、何一つ長続きをしない・・・・・。

 飽きっぽいというのは、しばしば欠点として取られがちであり、親や先生から、そんな指摘を受けているうつに、飽きっぽい=ダメなやつ という刷り込みをされてしまうのかもしれません。
 明確な目標を持ち、そこに向かい努力を続ける一直線的な生き方が「一流」とするなら、飽きっぽい「三流」とは、明確な目標がなく、ぐるぐるとあちらこちらを回っていく螺旋的な生き方。

 一つのことをある程度やったら飽きて、ほかのことに手を出す。それもまたやめて、ほかのことに手を出す。そして気づけば、数年後か数十年後かに、以前やっていたことをまたやっている。でも同じことをやっているようで、年齢も経験も違ってきているので、実は以前とは同じではない。

 でもそれでいいのだと著者は説きます。例えば、一直線に生きる「一流」が、志半ばでその道を断念しなければならなくった時の後悔に比べれば、その都度ごとに関心のあることへ思いの向かう「三流」は、例え、うまくいかなくても、次を探す柔軟性があり、大成しなくてはとのプレッシャ-も低いため、何かを中断しても、さほど後悔の念はないのではないしょうか。

 ある意味、刹那的と言えるのかもしれませんが、昨今のコロナウィルス感染症流行の様に想定外の事態が生じたり、先の見えない状況が続く時こそ、関心の赴くまま、今やりたいことに取り組む方が、精神的にも肉体的にも、ずっと健全な考え方なのかもしれません。

 さて、それを本書で紹介される古典から、どう読み解くのでしょうか。
確かに「三流(多流)」の効用についての古典の解釈は納得感のあるものでしたが、反面、飽きっぽさについては、正直、明確にそれを支持するような記述は、本書で紹介される古典の中には無いように個人的には感じました。
 そのあたりは著者も認めているのか、本書は自分に都合のいいように書いたから、眉唾物として話半分に読んでほしいと冒頭で記しており、「三流(多流)」を「飽きっぽさ」と直結して考え、古典を引用しつつ論じることは、やや無理があったのかもしれません。
 著者の体験も踏まえた、「三流(多流)」の定義、中国古典に見る
「三流(多流)」の効用、共に興味深く実際に読んで面白いのですが、「飽きっぽさ」を介し一つの内容として理解するには、ちょっとしっくりこない印象を抱いてしまったのが残念でした。
 
                          ミシマ社 2021年7月26日 初版第1刷発行

2021- 8-15  Vol.4263E8C13D3-9469-4E43-B5ED-954F897C5BC5


 お盆休みの方も多いかと思う今週。今回はこんな夢ある1冊をご紹介させていただきます。

【概要】
 

「ミレニアム・ファルコン」
 映画「スターウォーズ」をご覧になったことがある方なら、見覚えがあるのではないでしょうか。
 表紙で著者の男性が抱える模型。そう主人公たちが搭乗する宇宙船の名称です。
 映画「スターウォーズ/フォースの覚醒」で、同モデルを作成したいのが、本書著者である成田昌隆さん。もっともモデルと言っても、プラモデルの様に実際に組み上げたものではなく、彼が一つずつ部品を組み合わせて、コンピューター上に作ったモデル。

 そう彼は、ジョーズ・ルーカスが設立したルーカスフィルムのVFX(視覚効果)制作会社ILMで働くCG(コンピューターグラフィックス)モデラーなのです。

 VFXのパイオニアであり、業界最大手。数々のハリウッド映画の特殊効果を手掛けており、アカデミー視覚効果賞15回。アカデミー技術賞33回の受賞歴を誇ります。
 そんな制作会社に日本人が在籍し、しかも映画内で主役ともいえるモデルの制作を任されていることも驚きですが、何より凄いのは、彼が45歳までまったく畑違いの業界でサラリーマン生活を送っていたこと。46歳でCGモデラーに転向。
「ミレニアム・ファルコン」の制作に関わったのは51歳の時でした。
  
 1963年生まれ、バブル期に社会人生活を始めた
映画好き、模型好きの青年が、紆余曲折を経て、本当にやりたかった仕事につくまでの半生を綴った1冊です。

【構成】

 全7章で構成された本書。2章以降は幼少期から、ILMでCGモデラーとなるまでをほぼ時系列で綴っています。各章の終わりには短いコラムを載せているほか、巻末にはご自身がモデル制作に関わった作品のリストも掲載されています。

【所感】

 バブル期、新卒でNEC入社も、組織の長時間労働体質に嫌気がさし、わずか3年で日興証券へ転職。
子会社の日興システムセンターを経て、シリコンバレーに開設された先端IT研究所で技術調査業務に携わります。45歳で退職する時点の肩書は、日興コーディアル証券のニューヨーク駐在員事務所長。
 日興コーディアルグループは、2006年12月、巨額の利益水増しを証券取引等監視委員会が指摘されたことから、会長、社長が辞任し東証一部の上場廃止。著者の在籍するグループ会社も米国金融大手に買収をされます。リーマンショックによる世界的な金融不況もあり、著者は退職を決意します。
 
 通常であれば、同じ金融系の会社を探し転職をするところ、著者はプロのCGアーティストとなることを決意します。目標は1年以内にCGでお金を稼ぎ、5年以内にハリウッド映画のエンドロールに名名前がクレジットされること。奥様お子様二人を抱え、背水の陣に挑みます。

 実は物心つく時から、映画やプラモデル作りが好きだったという著者。そんな子供時代の夢を呼び起こしたのは、1996年公開の映画「トイ・ストーリー」でした。
 フルCGで制作された同作品を見た著者は、衝撃を受けます。一般向けに販売が始まっていたCG用機材を購入し本業の傍ら、自らの作品制作にのめり込んでいきます。

 本書の興味深さは、著者の来歴は元より、どんな機材を使いどのような作品を制作したのか、またスキルの習得に必要な教育の受け方や、学費など細かな記録があること。
 また制作した作品(デモリール)を、関係者に送付し自身を売り込んでいく手順や、業界の仕組みなども丁寧に明かされている他、これは著者の業界に限った話ではないのかもしれませんが、やはり人のネットワークの大切さや、特に著者が退路を断ち本業に転じてからは、プロとしてどう振る舞うかの大切さは参考になる点が多いものでした。

 自身の売り込みに関し、比較的門戸の広い米国企業と言えど、結果が全て。まず機会を与えてもらっても、必要なクオリティが無ければ即お払い箱。狭い業界ゆえ二度と声がかかることはありません。
 そのため、自身が提供できるスキルと報酬のバランスを意識し、要求するレベルの仕事を確実にこなし期待されたパフォーマンスを発揮することが肝要であり、一つの結果が評価され次の仕事へとつながっていく様子はまさに著者の体験そのもの。
 他にも健康保険料の個人負担が半端なく大きい米国では、フリーランスや期間限定ではなく、真のスタッフとしての契約を切に願う点など、正社員信仰は何も日本に限らず、米国でこそ顕著ではないかと思われ、非常に関心を覚えました。

 本書を (幼少期から)自身の好きなことを、大切に育み夢を叶える素晴らしさと、まとめてしまうのは簡単ですが、本書が教えてくれるのは、一つのキャリアにのめりこみ過ぎてはいけないということかもしれません。
 著者もシリコンバレー時代は、どんなに忙しいと言っても、8時間勤務を過ぎれば自由時間であり、その時間を活かしCG作業に没頭します。一転ニューヨーク時代はそれが出来ず、退職の遠因となったことも認めています。
 著者の様な事例は、非常にレアなケースと思いますがが、多芸は身を助くとまでは言わないまでも、本業以外に夢中になれる何かを持ち続けること。万が一の時にそれで稼げれば越したことはありませんが、例えそうでなくても、精神的な支えとなる部分は多いのではないでしょうか。ただその辺りは、自身の価値観により一概には言えないかもしれませんが。
 
 個人的に、著者とはほぼ同世代として、共感を覚えるとも共にセカンドキャリアの在り方について考えさせられる内容であった本書。子供の頃好きだったことをもう一度思い起こし、チャレンジしてみようか。そんな思いを抱かせてくれる1冊でした。

                           光文社 2021年7月30日 初版第1刷発行

2021- 8- 8  Vol.425

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【概要】
 

 コロナウィルス感染症影響で、1年遅れで開幕した2020東京五輪。7月23日の開幕式をご覧になった方も多いのではないでしょうか。その際話題になったのが、各国選手団入場時に使用された音楽でした。
 ドラゴンクエストを筆頭に、流れる著名なビデオゲーム音楽の数々。SNS上では日本人のみならず、世界の人々からもサプライズの投稿が数多く上がっていました。
  それはこれら日本発のゲームの数々を楽しむユーザーが世界中に存在するということの証でもありました。

 このビデオゲームに限らず、そもそも日本人向けに作られた娯楽や文化の一部が、図らずとも自然に世界中で支持され、広がるという現象が起きているのです。

 産業史といえば、生産財や、家電、自動車といった工業製品生産の変遷とイメージしがちですが、本書が着目するのは、ブリキ玩具やアニメ、ビデオゲーム、キャラクター商品などの変遷。そこには日本固有の文化や背景が色濃く反映されています。

 本書タイトルにある「ジャポニズム」とは、19世紀後半にヨーロッパで流行した「日本趣味」のことを言います。21世紀となった現在、改めて世界で広まりつつある新たな「日本趣味」的嗜好。それを「新ジャポニズム」と称し、概ね第二次世界大戦後の1945年から現代までを追い、数々のエポックメーキングな製品やサービスの誕生から発展の様子を綴ったのが本書。

 日本在住で、通訳や翻訳業の傍ら、ニューヨークタイムズなどの海外誌に、日本のポップカルチャーに関する寄稿を行っている米国人マット・アルト氏の手によります。

【構成】

 1945年以降を第1部、1990年以降を第2部とし、全9章に分け、9つの製品やサービスの発展史が綴られいます。
各章には、①(ブリキの)ジープ玩具 ②アニメ ③カラオケマシン ④ハローキティ ⑤ウォークマン ⑥JK文化 ⑦オタク ⑧ファミコン&ゲームボーイ ⑨2ちゃんねる などの表題が並びます。
 本書では、表題と概ね同年代の世相や、派生して誕生した製品やサービス群にも言及し、かなり広範な内容をカバーしているため、巻末には5ページにわたる索引が設けられています。


【所感】

 まず驚嘆するのは、米国人である著者の丹念な取材の数々。
 例えば3章で取り上げる「カラオケマシン」。この奇妙な機械のそもそもの発案者が誰であったのか、どのような経緯で誕生したのか。日本人の我々でもあまり知ることのなかった事実が本書では解き明かされ興味は尽きません。
 他の製品やサービスについても同様で、400ページを超えるボリュームがありながらも、豊富に盛り込まれたエピソードのおかげで、飽きることなく読み進めることが出来ます。
 
 本書を読み解く上で大切なのが
「ファンタジー・デリバリー・デバイス」というキーワード。
これは著者の造語です。直訳するなら「空想や幻想を連れてくる小さな装置」と言ったところでしょうか。
 第二次大戦後、日本は家電や自動車など「生活必需品」を売って経済大国となり、その存在感を示すようになりましたが、その次には、(これまでになかった)人々が欲しがるものを供給して、世界中から愛される国になったと著者は説きます。

 
(これまでになかった)人々が欲しがるものこそ、まさに「ファンタジー・デリバリー・デバイス」
 もともと世界を意識することなく、日本人相手に作られた一見奇妙奇天烈な製品やサービス群が、気づけば、世界中から着目され、人々が追随、熱狂するような存在になっていること。

 日本の経済力の衰退が叫ばれ、失われた20年、30年と言われる中にあっても、
「ファンタジー・デリバリー・デバイス」を生み出すような、その文化的影響力は、むしろ勢いを増しているのではないかと著者は記しています。

 また経済成長の停滞、少子高齢化など、課題山積みの日本が、なぜ欧米の先進国の様に分断されることもなく安定を維持できるのか。
 その背景には、国民全体の教育水準の高さ、経済格差の少なさもあるのかもしれないが、案外この
「ファンタジー・デリバリー・デバイス」がもたらす「癒しの力」もあるのではないかと推測をしています。 

 第二次世界大戦後、奇跡的な経済成長を遂げた若い国家であった日本も、今や課題先進国ともいわれるほど成熟をした国家になりつつあります。それは今後、多くの国でも起こりはじめること。日本はそんな世界の少し前を歩く存在であり、これから日本で何が起こり、どのような新しい文化が生み出されるのか。各国はその行方を見守っているのかもしれません。
 今後経済面での存在感は薄らぐことがあっても、特異な文化を生み出すことのできる日本の存在価値は何ら薄れることはないというのが、著者の主張ではないかと個人的には理解をしました。
 
 極端な日本礼賛論でも悲観論でもなく、サブカルチャー、ポップカルチャー的側面から、日本の産業史を振り返った本書。何らの提言を含む内容ではありませんが、示唆に富み、ささやかながら日本人としての自信と前向きな気持ちを与えてくれた1冊。お勧めです。

                          日経BP 2021年7月26日 第1版第1刷発行
 

2021- 8- 1  Vol.424

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【概要】
 

 かつて世界一の漁獲量を誇った日本。その最盛期は1970年代から1980年代前半であり、1984年のピーク時には年間1273万トンの漁獲量があったそうです。その後は減少に転じ2019年には320万トンに。
 また鮮魚専門店の軒数は1976年がピークで全国で58057軒。こちらもその後は減少に転じ、2014年時点では7520軒に。
 加えて日本人一人当たりの年間食用魚介類の消費量は、2001年の40.2㌔をピークに、2019年時点では23.8㌔まで減少しています。
 人口減少、核家族化、嗜好の変化。その要因は様々でしょうが、端的に言うなら、基本的に「魚屋は儲からない」商売になってしまったということ。でも果たしてそれは本当なのでしょうか?

 世界的にみれば健康志向を背景に、魚介類の需要は年々拡大をしています。日本での消費が伸びないのは、鮮魚・水産業界が顧客ニーズをつかめず機会損失していることにあるのではないか。
 本書著書である織茂信尋氏は、冒頭でそんなことを記しています。
 東京都杉並区に本部を構え、70数年の歴史をもつ鮮魚専門店 東信水産㈱
 http://www.toshin.co.jp/ の4代目社長です。直営、テナント合わせ19店舗を展開し、直近の年商(2021年1月)は51億円。260名の従業員を擁しています。信尋氏が4代目に就任したのは4年前。

「魚屋は儲からない」
それは同社とて同じことであり、代表就任時には1億円近い赤字状態。経営立て直しが急務の中、信尋氏は大きく二つの改革を実施し、同社の経営を変えていきます。


【構成】

 全10章で構成された本書。自社の改革について充てているのは主として第6章~第7章。
他の章では、水産業界(特に鮮魚販売)の現状と課題。養殖業、冷凍業のもつ可能性や、衛生管理手法であるHACCPにも言及。終章では、環境問題や改正漁業法などにも触れた盛りだくさんの内容となっています。

【所感】

 同社の経営を大きく変えた取り組みは2点。1点目はプロセスセンター(刺身工場)の設立。もう1点はIT化・デジタル化。

 特にプロセスセンターの設立の効果は大きく、それが本書のタイトルにもなっています。
当日、水揚げしたばかりの新鮮な魚介類を産地からプロセスセンターに搬入。夜中に刺身を引き始め、夜明け前には出荷。早朝のうちに東京23区内の各店舗に納品を行います。
 店舗における人件費、光熱費の、廃棄ロスなどのコスト削減に成功するとともに、鮮魚加工するスペースに乏しいミニスーパーなどへの卸売を可能にしています。

 またiPadを利用する自社オリジナルの受発注管理システムの開発と導入により、ペーパーレス化を実現。現場事務作業が削減されるとともに、情報共有が進み、経営判断が迅速化されていきます。続けて勤怠管理のデジタル化にも着手。 

 取り組みの仔細は是非本書をご参照いただきたいのですが、その根底にあるのは業界慣習への疑問。
鮮魚店なのだから、店頭で刺身を引くのは当たり前。でも店舗は加工をするためでなく、販売をするためにあるもの。従来の慣習を改め、加工と販売の役割分担を徹底していくことに、
従業員側も相当の葛藤はあったようですが、その効果は絶大だったようです。
 例えば、同社の店頭では販売する魚類や半加工品を調理時間の目安ごとに並べるなど、より消費者目線にたった売場作りが出来ていることも効果の一つの様です。
 
 さて事業承継をした一中小企業の奮闘記として参考になる点の多い本書ですが、専業・水産業界の流通の仕組みや、最先端の養殖や冷凍技術。水産資源保護に向けた改正漁業法の動向など、幅広いテーマを扱っており、同業界の現状を知るには格好の内容となっています。
 
 本書を通じ、多くの方に当業界の現状を知ってほしい。地域や業務内容により抱える課題は様々なれど知り、何らかの議論や行動のきっかけとなってほしい。そして
新しい形での「水産大国日本」を復活させたい。
 そんな著者の熱い思いが込められた1冊。難点は読んでいるうちにお腹が空くことでしょうか。

 

                         ダイヤモンド社 2021年7月6日 第1刷発行
 

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