名南経営 河津勇のツンドク?ヨンドク?

税理士法人名南経営 河津勇 公式ブログ。新刊ビジネス本から、皆様のビジネスに役立ちそうなヒントをあれこれ探ります。毎週日曜日更新中。

2021年10月

2021-10-31  Vol.437E03D0E9A-600F-47BB-B108-4B5C1CFF7014

 

【概要】

 セ・リーグは東京ヤクルトスワローズ、パ・リーグはオリックス・バファローズが、それぞれリーグ優勝を果たした2021年の日本のプロ野球。
 両チームとも昨年の順位は最下位。両リーグ揃って前年最下位のチームが優勝するのはプロ野球史上初のことであり、ちょっとした珍事としてニュースにもなりました。

 本書は、そんな日本プロ野球史を振り返った1冊。ただしその主役は選手や監督、名勝負の数々ではありません。
 プロ野球球団を経営した企業とそのオーナーにフォーカス。時間軸に沿って、どんな企業やオーナーがプロ野球に参画し、撤退していったのか、そこにはどんなドラマがあったのか。
 日本のプロ野球の歴史をたどりながら、日本社会や産業の変遷を振り返った異色の1冊。2004年の球界再編成など、まだ記憶に新しいことも多く、野球ファンならずとも興味惹かれる内容となっています。

【構成】

 全14章で構成された本書。第1章(1871年~1911年)から、第14章(2005年~2021年)まで、概ね10年~20年程度のスパンで章立てされています。
 また日本職業野球連盟が設立された第5章(1936年~1945年)以降の章では、各年の順位表や年度ごとの球団別来場者数の資料が2020年分まで付記されており、本文の時系列の整理にも一役買っています。

【所感】

 2021年現在、日本野球機構(NPB)加盟の球団数は12。その親会社の業種は、鉄道会社2、新聞社2、食品メーカー3、情報ネット関係3、金融1、自動車1(マツダは厳密には、広島東洋カープの親会社ではありませんが)となっていますが、1936年に日本職業野球連盟が発足した時に加盟は7球団、親会社の業種は鉄道会社が3、新聞社が4だったそうです。
 日本職業野球連盟発足以前も踏まえ、これまで何らかの形で球団に乗り出した企業は55(ネーミングライツ含む)にも上るそうです。
 業種の変遷を見るだけでも、興味深いものがあります。かつて大映、東映、松竹の映画会社3社も球団経営に携わっていましたが、現在は皆無。
 鉄道会社は、京阪を除く関西5大民鉄、国鉄、東急、西鉄、なんとこの地域の名鉄まで、オーナー企業として、名を連ねていましたが、現在は西武と阪神のみとなっています。
 鉄道会社は、おそらく球場に足を運ぶファンによる利用増を意識してというのは、想像に難くありませんが、大半の企業は広告宣伝の意図があってのこと。

 球団単体としての経営が黒字であるところは少なく、広告宣伝費の名目で運営を支援。しかしながら親会社の業績低迷に伴い、球団を手放さざるを得なくなっていってしまう図式が浮かび上がります。
 テレビ地上波での放送がほぼ無くなるなど、プロ野球というコンテンツそのものの魅力の低下もその背景にあるのかもしれません。

 しかし近年参入した楽天は、球場経営自体も球団経営に取り込むことで、黒字経営を実現していますし、「カープ女子」など新しいファン層を掘り起こした広島東洋カープなど、優れた経営手腕を発揮している球団もありますので、今後は親会社の業績云々よりも、球団単体としての健全経営を実現出来るかどうかがカギを握っていると言っても過言ではないかもしれません。
 
 球団運営の難しさは、勝敗と選手の年棒にあります。ファンを呼ぶには、絶えず優勝を狙える「強い球団」である必要がありますが、好成績を残せば自ずと選手の年棒は上がります。
 球団の収入にも限度がありますから、このバランスをどうとるかが実は球団経営の要諦とも言えます。本書でもかつて阪神タイガースの幹部が「優勝すると選手の給料を上げないといけないから、最後まで巨人と競り合い、2位で終わるのが一番いい」と嘯いていたという話が紹介されています。暴言と言えば暴言ですが、著者はこれが案外正しい経営戦略なのかもしれないと記しています。

 実は1936年の
日本職業野球連盟加盟から現在まで、一貫してオーナーが変わっていないのは、阪神タイガースのみ。皮肉ながらもその発言を裏付ける結果となっているのかもしれません。
 
 球団親会社の概要や、オーナー含めキーマンとなった人物の来歴もしっかり記されており、読み応えある本書。プロ野球を切り口にしつつも優れた企業経営史、産業興亡史に仕上がっていると思います。


                         日本実業出版社 2021.年10月1日 初版発行

2021-10-24  Vol.436 

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【概要】

 本年6月、スズキ株式会社の会長兼CEOを退任した鈴木修氏。
社長就任時(1978年)には、1700億円程度であった同社の売上を、連結で3兆1782億円(2021年3月期)にまで成長させた希代の経営者です。

 そんな鈴木修氏が、社長就任後はじめてプロジェクト全体の指揮をとって開発したのが、初代「アルト」でした。

 1979年5月に誕生した「アルト」の販売価格は、全国一律47万円。当時は普通の軽自動車が60万円程度で販売されていた時代でしたので、その誕生はまさに衝撃。消費者の圧倒的支持を受け、大ヒットとした車となりました。

 当時のスズキは排ガス規制対応で出遅れ、また当時の「軽自動車不要論」もあり、経営の危機に瀕していました。しかし「アルト」の大ヒットにより、息を吹き返しただけでなく、本格的に二輪車から四輪車へと事業の軸足を移し、その後インドに進出するなどグローバル企業への道を歩き始めます。
  
 まさに同社のターニングポイントとなった「アルト」。同車はモデルチェンジを経ながら、現在も製造販売されており現行のモデルは8代目にあたります。
 本書は、そんな「アルト」に着目し、鈴木修氏の経営を振り返った異色の書。鈴木修氏へのインタビューのみならず、当時の開発担当の声を集めている他、設計図面なども盛り込まれています。

【構成】

 全5章で構成された本書。鈴木修氏へのインタビューの他、当時の開発担当、販売店、サプライヤーへの取材も敢行。「アルト」発表当時の鈴木修氏が代理店向けに行ったスピーチや、当時の「アルト」のカラーカタログも掲載されています。

【所感】

 どんなメーカーも、自社の経営思想を強く反映した製品を必ずもっている。
読後に、そんな印象を受けた本書でした。まさにスズキ自動車にとっては、それが「アルト」。
 
「軽自動車不要論」どころか、軽自動車こそ国民の足であり、生活必需品。価格を抑えつつも性能では妥協をしない。まさに「アルト」はそんな思いが集約された製品であり、現在のスズキ自動車も、他メーカーに比し、コスパの高さには定評がありますから、その精神はまったくぶれていないことが分かります。

 47万円という販売価格を目し、物品税の課税を避けるため乗用車ではなく、商用車というカテゴリーに着目した柔軟な発想。車にとって本当に必要な機能は何かという点を徹底して追及した設計。余計なパーツは除き、さらには鉄板やガラスを0.1ミリ単位で削り、コストダウンを実現。
 とはいえ安かろうばかりに終始するのではなく、デザインや仕様の一部には多少奢ってでもメリハリを利かせ、ボディカラーには赤もラインナップ。
 そして「アルトきはレジャーに」「アルトきは通勤に」という、ベタながらも消費者の心に残るキャッチコピー。車そのものの魅力もさることながら、同車購入後の生活シーンをイメージさせたことも、大ヒットにつながった要因だったのかもしれません。

 スズキ自動車は、後に「ワゴンR」というハイトワゴン(背の高い)を生み出し、軽自動車のトレンドを大きく変えていきます。「アルト」と「ワゴンR」。2度に渡り、画期的な製品を生み出した修氏ですが、自身の経営は49の失敗と51の成功だったと、退任時に振り返っています。ご本人の中では、大ヒット車を生み出した華々しさより、苦闘の連続であった記憶の方が印象強いのでしょうね。 

 折しも、脱炭素社会への対応要請から、EV(電気自動車)普及が目されるなど、自動車産業は大きな変革期にあります。経営の一線を退いた修氏ですが、その未来は決して悲観はしてないようです。困難に直面しても、果敢にチャレンジするスピリットは自身が退いても間違いなく同社に根付いている。そんな自負があるのでしょうね。そしてその原点は初代「アルト」の開発にあったと。

                          三栄 2021年10月26日 初版 第1刷発行

2021-10-17  Vol.435 4243B95A-E477-41CD-89B0-BEBD3CA02E01


【概要】

 カリフォルニア州サンフランシスコに本社を構えるスクエア社(Square,Inc.)。
 スマホやタブレットなどの携帯端末で、デビットカードやクレジットカードの決済が出来るサービスを展開しています。
 2010年にサービス開始、当初の米国から2012年にはカナダ。2013年には、三井住友フィナンシャルグループと合弁会社を設立し日本でのサービスも開始しています。

 本書は同社創業者の手による1冊。
 携帯端末を利用することで小規模零細事業者のクレジットカード利用を可能にした画期的なサービスを開発しただけに、イノベーションに関する造詣は深く、一つのイノベーションが引き起こす様々な連鎖を「イノベーション・スタック」と称し、それが企業の強さの源泉となることを論じています。

 自社創業からの変遷を綴りながら、その成功要因を整理するとともに、他社の事例も交えながら、企業の競争優位を決定づけるこの
「イノベーション・スタック」について、考察をした内容となっています。


【構成】

 全3部、18章で構成された本書。第1部では、主としてスクエア社
の起業からサービス開始と展開、そしてAmazonの参入を退けるまでを記しています。
 第2部から第3部では、自社がAmazonへ競り勝った経験から、その真因を探ろうとする著者が、バンク・オブ・イタリー、イケア、サウスウェスト航空など他社の事例も紐解きながら、真のイノベーションとは何かついて考察をしていく展開となっています。

【所感】

 かつて文書電子化ソフトの販売会社を経営していた著者。スクエア社
立ち上げ直前には、事業からは足を洗っており、ガラスアーティストとして、生徒に教えたり自身の作品の販売で生計を立てていました。
 ある時、自身の工房を訪れたご婦人が、作品の購入をする際アメリカン・エキスプレスでの決済を希望。著者は小規模零細事業者ゆえ、同社
の決済口座を持たなかったことから、泣く泣く販売を断念。

 この経験を機に、小規模零細事業者はクレジットカード決済が出来ない故、大きな機会損失をしているのではないか。それが携帯端末を使って小規模零細事業者カード決済の道を開くスクエア社のサービス誕生に繋がります。
 
 前例のないサービスであり、事業展開には相当の苦労があったことは想像に難くありませんが、軽妙な語り口でユーモアを交え記されていることもあり、悲壮感を感じることはほぼありません。  
 同社最大の危機ともいえる、Amazon参入に際しても、結局同社がとった戦略は「何もしなかったこと」。結果、同社に勝利をすることとなりスクエア社は、2015年には株式上場を果たします。

 なぜスクエア社は、Amazonに打ち勝つことが出来たのか。著者が考察の末に辿り着いた結論は「イノベーション・スタック」。
 著者によれば、「イノベーション・スタック」とは「誰も解決したことのない、ひとつの課題を解決(イノベーション)することで、次々と起こる新たな問題を解決し続けて得られる一連の発明。積みあがったイノベーション。」のことであり、この積み上げが多ければ多いほど、競合他社に真似されにくくなるとしています。
 
 ちなみにスクエア社の場合、著者が挙げている
「イノベーション・スタック」は以下の14点。
 
①単純に ②加盟無料 ③安いハードウェア ④契約なし ⑤電話サポートなし ⑥美しいソフト ⑦美しいハードウェア ⑧すばやい決済 ⑨純額決済 ⑩低価格 ⑪広告なし ⑫オンライン登録 ⑬新しい詐欺モデル ⑭バランスシートによるアカウンタビリティ 
 
 仔細は、是非本書をご参照いただきたいと思いますが、サービス開始時から、これらの要件を全て備えていたわけではなく、課題が生じる都度行ってきた対応が積みあがってきた結果によるもの。
 
 面白いのは、本書内で著者は、起業し成功しやすいのは、他社のコピーであり、積極的に真似よと言っていること。一定の市場がありプレーヤーがいるところには、自社が事業を進めるために必要なリソースや事例が十分揃っていることを、その理由としています。
 なるほどスクエア社も、別に信販会社を作った訳でも、携帯端末を作った訳でもありません。既存のリソースを用いながら、特定の不自由さや不便さを解決する方法を考察した結果が、同社のビジネスに繋がっています。
 先ほど見ていただいた14点の
「イノベーション・スタック」も、個々に、なにか突出した特徴があるわけではありません。しかしその組み合わせの妙が、独自の競争優位性を生み出しています。個々のリソースはオリジナルでなくとも、この組み合わせを模倣させない(されない)ことが重要と言えそうです。

 経営学者やコンサルではなく、起業家が自らの実体験に基づき「イノベーション」の本質に迫った本書。体系的とは言い難い部分はありますが、個人的には「イノベーション」の本質につき、非常に腹落ちをした1冊でした。

                       東洋館出版社 2021年10月10日 初版第1刷発行

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【概要】

 2017年から、おおよそ年1回のペースで放映されているNHKスペシャル「欲望の資本主義」。放映後に未放送の内容も含め、書籍化されることが通例になっており、本書はその第5弾です。

 現代の資本主義はどこへ向かおうとしているのか。

 当初から一貫したテーマで、世界の知性たちへのインタビューを介し編成された同番組。続けてご覧になっている方も多いのではないでしょうか。
 2021年に放送された2回の番組に登場したのは、ジョナサン・ハスケル(理論経済学)、ロバート・J・シラー(金融経済学・行動経済学)、ダロン・アセモグル(政治経済学)、エマニュエル・ドット(社会思想家)、アンドリュー・W・ロー(金融額)という5名の識者たち。
 
 副題にあるように、本書の主題は「格差拡大」。世界的なコロナウィルス感染症蔓延を機に、更に拡大したと言われる「格差」につき、各人の持論が展開されています。

【構成】
 
 全5章で構成。各識者へ1章ずつを充てており、巻末で著者のまとめが付されています。

【所感】

 本書の良さは、端的に各識者の知見に触れることが出来ること。各人の著書を開かずとも、ざっくりとその主張の概略を知ることが出来ますし、番組を見られた方には、その内容を振り返る、いい材料になるのかもしれません。
 反面、本書は何らかの結論を導き出しているものではありません。資本主義の行方、格差拡大の是正への対処など、インタビューの内容は概ね同じながら、各識者のアプローチはそれぞれであり、なかなか総括してまとめることは難しいのではないか。巻末のまとめを読みつつ、そんな印象を抱きました。

 各識者、それぞれの見識は非常に興味深いのですが、個人的に特に印象に残ったのは、第1章に登場するジョナサン・ハスケル氏(理論経済学者/英・インペリアル・カレッジ・ビジネススクール教授)による「無形資産」への見解。

 特許や著作権などの知的資産、ブランド力などの市場関連資産、人がもつ技術や能力などの人的資産などを総じて「無形資産」と呼びますが、氏はこの「無形資産」がICT(情報通信技術)革命と組み合わさったことが、より格差を拡大させたと論じています。

 氏は英国在中ですので、その事例として「ハリー・ポッター」シリーズを引き合いに、「無形資産」のもつインパクトを説明しています。氏によれば、「自身が同書の著者であったなら、その小説を世界中に売ることが出来る。しかし自身が車を売っているとしたら、何度も繰り返して1台の車を売り続けることはできない。」と。

 そう「無形資産」は再生産が可能であり、しかも再生産すれば、するほどその生産コストは限りなく低くなります。例えばGAFAに代表されるネット上でのプラットフォームの寡占状況。Apple社の製品を除けば、世界中の大半の人々は、そのサービスに直接対価を払ってはいません。
 無償でサービスを享受している人々に、新たなサービスを提供するのが非常に難易度が高いことは想像に難くありません。よって更なる寡占が進むと想定される一方、後発企業が、先発企業のいいとこどりをするスピルオーバーという現象も想定され、その行方は定かではありません。

 また「有形資産」とちがい「無形資産」は、その経済効果が捉えづらく、国家の経済施策の効果測定が困難になる点なども懸念されており、今後大いに議論の対象になっていきそうです。

 個人的に「無形資産」が台頭する厳しさを感じるのは、人的資産の分野。そこで求められるのは「才能」であり、例えばプロスポーツ選手などは、特に高い教育を受けずとも、高い報酬を得ることが可能となっています。
 格差是正、貧困からの脱却の第一歩の施策に教育があることは異論のないところかと思いますが、今後は一定の教育を受けたとしても、特段の「才能」がなければ、なかなかその成果を享受出来なくなることも懸念されるため、新たな施策を講じていかなければなりませんね。

 第1章だけを取り上げても、このボリュームの所感になるほど、様々な示唆を与えてくれた本書。他の章も本章に負けず劣らずの内容であり、現在の資本主義考察の最前線として、是非一読をお勧めしたい1冊でした。

                            東洋経済新報社 2021年9月30日発行


2021-10- 3  Vol.433 
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【概要】

 起業やイノベーションに必要なマインドセットは、ミュージシャンに学べ。そんな異色の経営書が本書です。

 グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーの共同会長にして、かつてはバークリー音楽大学でイノベーションや戦略担当上級副学長を務めた経験をもつパノス・A・パノイ氏と、イノベーションのコンサルティング会社IDEOのパートナーを務めるR・マイケル・ヘンドリックス氏の共著です。

 ミュージシャンの中には、音楽業界での成功のみならず、実際のビジネスの場面でも、成功を収める人が少なからず存在します。その秘訣は彼らが備える、物の見方や考え方、いわゆるマインドセットにあるのではないかと考える著者達が、著名なュージシャンたちへのインタビューや、その活動や作品を紹介しながら、大きく9つのテーマに整理した内容となっています。
とはいえ、具体的な成功法則が羅列されている訳ではありません。
 著者達も本書はハウツー本ではなく、読者自身が、自身の体験や経験に照らしあわせ、何らかのインスピレーションを感じることを目して記したとしており、あたかも我々が音楽を聴く時の様な感覚で本書に触れることを期待しているように感じました。

【構成】

 全9章(本書ではCHAPTERと記されています)で構成された本書。
 耳を澄ます。実験を繰り返す。コラボレーション。デモテープ。プロヂュース。ファンとのつながり。と言ったキーワードで整理されており、あたかもミュージシャンが、何らかのインスピレーションを得て、楽曲を作り、公表し認知されていくまでの過程をなぞるかのように構成されています。

 各章の末には、同章のまとめならぬ「プレイリスト」がついており、各章内で紹介されたミュージシャンの楽曲がリスト化されており、本書に合わせて聞いてみることを推奨しています。

【所感】

 印象的なのは、CHAPTER01の冒頭。8ページにわたって空白のページが綴られています。
これは落丁ではなく故意にそうしたもの。この余白をあなたどう感じたか?との問いかけで本書は始まります。この空白は、音楽で言えば、演奏されていない時間。しかしこの演奏されていない時間は、演奏されている時間と同じくらい重要なのだと、著者達は説きます。

 空白の時間に、人は耳を澄まし、そこで様々な想像をします。そんな内なる声に耳を傾けることが、創造の第一歩となる。そんなメッセージが込められているのでしょうね。
 
 さてそんな本書ですが、読者が自身でインスピレーションを抱くことを期待し、要点の整理などもなく、通常のビジネス書とは少々勝手が違うかもしれませんが、キーワードやポイントとなる文章は、太文字で記されていますので、章立てに限らず一通りそこを通読するのが良いかもしれません。

 また洋楽に明るい方なら、名前を知っているミュージシャンのエピソードを辿ってみる方法もお勧めです。彼らの作品が生まれた背景にあった思考法や手順などを知ることで、その作品やミュージシャンの新たな魅力を発見することにもつながるのではないでしょうか。

 【構成】のところでも述べましたが、本書は、あたかもミュージシャンが、何らかのインスピレーションを得て、楽曲を作り、公表し認知されていくまでの過程をなぞるかのように構成されています。
 時にその過程は、非効率であったり、生産性の低い行為なのかもしれません。しかし本来、創造とは効率とは相容れないもの。

 我々のビジネスの場においても、真の創造を願うのであれば、本書で記されているように、自身の声(やりたいこと、表現したいこと)に耳を傾け、楽曲を作るような手順で、人を巻き込み、様々な手順や技術を取り込み、商品やサービスの試作を行ってみる。それを世に問い、支持者を作る。さらにその商品やサービスを派生させていく。そんな思考や行動を促すこと。その先駆者たちは、我々がよく知るミュージシャンたちなのだから。
 そんな思いを伝えることこそ、著者たちの狙いではなかったか、読後はそんな感想を抱いた本書でした。

 個人的に一番驚いたのは、本書に登場するバークリー音楽大学においても、起業家養成やイノベーションの講座が設けられ、好評を博しているということ。
 日本の芸術系大学でもその様な講座が設けられているのかは分かりませんが、とかく日本において芸術と言えば、まずは作品の良しあしが大切であり、金銭は二の次的ととられがちですが、その両方を学ぶ重要性を認識している点は、さすがの印象を受けました。

 例えどんなに素晴らしい芸術活動であっても、ビジネスとして成り立たなければ、持続は困難であること。芸術という移ろいやすい世界で、生きる上で欠かせない要素の一つであることは間違いありませんから。 

                            東洋経済新報社 2021年9月23日発行

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