2024- 2-25 Vol.558【概要】
本年2月、日本企業で史上初めて時価総額50兆円を超えるも、で相次いで発覚したグループ会社の不正問題で揺れるトヨタ自動車。
「極めて重いことだと受け止めております」「トヨタにものが言いづらい点もあると思う」
創業家出身の11代目社長にして、現在は代表取締役会長の豊田章男氏の謝罪発言が新聞や週刊誌などに取り上げられています。
そんな「豊田章男を社長した男」なる副題のついた本書。
その男とは、8代目社長、奥田碩氏の側近で中国事務所総代表として、低迷していたトヨタ自動車の中国市場を大転換させた服部悦雄氏。その功績が当時、アジア本部本部長兼中国事務所所長を務めていた豊田章男氏の社長就任への道筋をつけたと言われており、本書副題へと繋がっていきます。
本書は、そんな服部悦雄氏へのインタビューを中心に、トヨタ自動車の中国ビジネスや世襲の裏側などについて記した1冊。ビジネス書というより、評伝に近い内容ですが、大きく変遷してきた中国社会や政治経済情勢などにも触れ、読み応えのある内容となっており今回ご紹介させていただくこととしました。
【構成】
序章、終章除き、全10章で構成されています。第2章以降はほぼ時系列で展開していきますが、第5章までは、トヨタ自動車入社以前の服部氏の半生が描かれ、第6章以降は同社入社から中国ビジネスとの関わりが、記されています。
【所感】
生粋の日本人ながら、農林官僚だった父親が中国赴任をしていたことから、中国で生まれた服部氏。
技官であった父親が、戦後も中国に残ることを決断したことから、家族も中国に残留。
中国共産党が台頭し、変貌する中国社会にあって、敗戦国日本の出自であるがゆえ辛酸を舐めることも少なくなかったようです。
皆に一目置かせるため、勉学に励み優秀な成績を収めるも、日本国籍ゆえ難関著名大学には、進学を許されなかったものの、農林系の大学へ進学、土木工学を学びます。しかし毛沢東主導の文化大革命が起き、大学卒業後は強制労働の憂き目に。
日本に帰りたい。そんな思いが叶ったのが、1970年。そして縁あって当時のトヨタ自販に入社を果たします。
日中国交正常化、鄧小平の時代となり、自動車産業の国内育成の目論見から、トヨタの中国進出の機運も高まり、服部氏も活躍の場を得ます。奥田碩氏との出会いもあり、頭角を現すも、トヨタ自動車自体は、日米自動車摩擦の影響から、中国への本格進出を断念。これが後々まで、尾を引きます。
しかしその不利な形成を逆転させたのは、服部氏の描いた秘策。アジア本部本部長兼中国事務所所長を務めていた豊田章男氏の全幅の信頼下で、東奔西走し、これを実現。トヨタ自動車の中国での復権台頭に大きく先鞭をつけます。
このあたりの描写にはまるまる1章を割いており、是非本書をお読みいただきたいのですが、八面六臂の服部氏の活躍に胸躍ります。また中国という国、中国人という気質に通じていなければ、とても、こんな施策は打てないと思いますので、幼少期から辛酸を舐めた経験が報われたかのようです。
そんな服部氏ですが、やっかみや誹謗中傷の声が上がるようになり、帰国の途へ。かつて章男氏の実父、章一郎に約束された役員の椅子は用意されることなく、トヨタ自動車を去っていきます。
服部氏の魅力も去ることながら、個人的には、本書前半で、実に丹念に記された戦後の中国社会の変遷の様子が大変印象に残り、特に毛沢東の狂気の時代には戦慄を覚えました。
多様な要素を盛り込むも、飽きさせない展開や構成、お勧めできる1冊です。
文藝春秋 2024年2月10日 第1刷発行
本年2月、日本企業で史上初めて時価総額50兆円を超えるも、で相次いで発覚したグループ会社の不正問題で揺れるトヨタ自動車。
「極めて重いことだと受け止めております」「トヨタにものが言いづらい点もあると思う」
創業家出身の11代目社長にして、現在は代表取締役会長の豊田章男氏の謝罪発言が新聞や週刊誌などに取り上げられています。
そんな「豊田章男を社長した男」なる副題のついた本書。
その男とは、8代目社長、奥田碩氏の側近で中国事務所総代表として、低迷していたトヨタ自動車の中国市場を大転換させた服部悦雄氏。その功績が当時、アジア本部本部長兼中国事務所所長を務めていた豊田章男氏の社長就任への道筋をつけたと言われており、本書副題へと繋がっていきます。
本書は、そんな服部悦雄氏へのインタビューを中心に、トヨタ自動車の中国ビジネスや世襲の裏側などについて記した1冊。ビジネス書というより、評伝に近い内容ですが、大きく変遷してきた中国社会や政治経済情勢などにも触れ、読み応えのある内容となっており今回ご紹介させていただくこととしました。
【構成】
序章、終章除き、全10章で構成されています。第2章以降はほぼ時系列で展開していきますが、第5章までは、トヨタ自動車入社以前の服部氏の半生が描かれ、第6章以降は同社入社から中国ビジネスとの関わりが、記されています。
【所感】
生粋の日本人ながら、農林官僚だった父親が中国赴任をしていたことから、中国で生まれた服部氏。
技官であった父親が、戦後も中国に残ることを決断したことから、家族も中国に残留。
中国共産党が台頭し、変貌する中国社会にあって、敗戦国日本の出自であるがゆえ辛酸を舐めることも少なくなかったようです。
皆に一目置かせるため、勉学に励み優秀な成績を収めるも、日本国籍ゆえ難関著名大学には、進学を許されなかったものの、農林系の大学へ進学、土木工学を学びます。しかし毛沢東主導の文化大革命が起き、大学卒業後は強制労働の憂き目に。
日本に帰りたい。そんな思いが叶ったのが、1970年。そして縁あって当時のトヨタ自販に入社を果たします。
日中国交正常化、鄧小平の時代となり、自動車産業の国内育成の目論見から、トヨタの中国進出の機運も高まり、服部氏も活躍の場を得ます。奥田碩氏との出会いもあり、頭角を現すも、トヨタ自動車自体は、日米自動車摩擦の影響から、中国への本格進出を断念。これが後々まで、尾を引きます。
しかしその不利な形成を逆転させたのは、服部氏の描いた秘策。アジア本部本部長兼中国事務所所長を務めていた豊田章男氏の全幅の信頼下で、東奔西走し、これを実現。トヨタ自動車の中国での復権台頭に大きく先鞭をつけます。
このあたりの描写にはまるまる1章を割いており、是非本書をお読みいただきたいのですが、八面六臂の服部氏の活躍に胸躍ります。また中国という国、中国人という気質に通じていなければ、とても、こんな施策は打てないと思いますので、幼少期から辛酸を舐めた経験が報われたかのようです。
そんな服部氏ですが、やっかみや誹謗中傷の声が上がるようになり、帰国の途へ。かつて章男氏の実父、章一郎に約束された役員の椅子は用意されることなく、トヨタ自動車を去っていきます。
服部氏の魅力も去ることながら、個人的には、本書前半で、実に丹念に記された戦後の中国社会の変遷の様子が大変印象に残り、特に毛沢東の狂気の時代には戦慄を覚えました。
多様な要素を盛り込むも、飽きさせない展開や構成、お勧めできる1冊です。
文藝春秋 2024年2月10日 第1刷発行



