2017- 8-27 VOL.218IMG_0974

【概要】

  チューリッヒ工科大学で「企業家リスク」講座担当教授と在籍研究者の手による本書。
人はなぜ情報を隠したがり、なぜそれはしばしば大惨事を引き起こすのか?その検証と対策について考察を行った1冊となっています。

  世界を揺るがした25の大惨事を詳細に解説した後、隠蔽に繋がる諸条件を体系的に整理分析した構成となっており、引き合いに出されている25の事例は、工業部門、金融部門、軍事・社会・自然災害、小売製造業の4ジャンルに区分されています。

  いまだ我々の記憶に新しい 「フォルクスワーゲン・ディーゼルエンジン排出ガス不正問題」、「トヨタ大規模リコール問題」、「サブプライム住宅ローン危機」、「エンロン事件」などの企業関連事例以外に 「福島第一原子力発電所事故」、「チェルノブイリ原子力発電所事故」、「スリーマイル島原子力発電所事故」なども取り上げており、古くは第二次大戦時の「ドイツ軍侵攻に備えられなかったソ連赤軍」といった事例まで掲載されており、興味深い内容となっています。

【所感】

  惨事の規模や内容により割かれているページ数はかなり開きがありますが、全ての事例について「リスクはなぜ隠蔽されたのか」というまとめのパートが設けられており、要点が箇条書きで解説されています。
500ページを超える本書ですが、その8割を占めるのは事例解説となっていますので、さほど関心のない事件や、まずは全体をざっと俯瞰したい方はこの「リスクはなぜ隠蔽されたのか」というポイントのみを拾ってみる読み方もお薦めです。

   さて本書ではこの事例を、①組織の外部環境、②組織の内部環境、③リスクコミュニケーション・チャネル(危機伝達経路)、④リスク評価とリスク・ナレッジマネジメント(危機知識管理)、⑤管理職と従業員の個人特性の5つの観点から30の要因に分類をしています。

 25の事例ほぼすべてに共通する要因は30のうち下記の9つ。

 ①-1政治・ビジネスにおける近視眼的傾向、②-1短期的・非現実的な目標設定、②-2「成功ありき」で「悪い知らせに耳を貸さない」組織文化、②-3上層部がリスクの全体像を把握していない、②-4慣れ、②-5意思決定者の希望的観測・自己暗示・自己欺瞞、④-1組織内の恒久的なリスク評価システムの欠如、⑤-1上によく見られたい、⑤-2能力の過大評価。

  一番共通項の多いのは組織の内部環境ということになります。そして著者達に一番衝撃的だったのは「(ほぼ、どの事例においても)意図的な情報隠蔽を行っているのは、組織の中心にいる人々である。」という事実だったそうです。
  とはいえ、情報隠蔽は個人の問題ではなくシステム全体が内包する構造的な問題であり、事例を見ても分かるように、国や時期や状況を変え同じような事例が何度も繰り返されることから明らかであると記しています。

  そしてその対策には、ミスが起こる条件を減らすことを推奨しています。
情報隠蔽が起きることは構造上避けられないものであり、決定的な解決方法はない以上、愚直にその要因や問題を徹底的に洗い出すを繰り返すことを説いています。

  本書全編は、失敗事例を扱ったものですが、リスク情報管理の成功例として「トヨタウェイ(トヨタ生産方式)」を取り上げています。
  同システムで行われている「不具合があればすぐにラインを止め、即問題解決に取り組む」仕組みや「たゆまぬ改善」を実践する意識こそ、先に挙げた対策の一つと成り得ることと言及しています。

  しかしそんなトヨタですら、本書での失敗事例として取り上げられてしまうのですから、いかにこの情報隠蔽という課題解決が難しいかを物語っています。

  さて個人的に特に印象に残ったのは、著者達のこんな指摘でした。

  「(特に企業において)リスクマネジメントは一定の環境下でしかうまく機能しない。リスクマネジメントは景気が良すぎる時には巨額の利益を邪魔するものであり、危機的状況にある時は省みるひまがない。
   リスクをもっともうまく管理できるのは組織が一定のペースで着実に歩んでいるときであり、時間的余裕があり、リスク管理者が「ノー」というのを聞き入れる意向をもっている時であること。その際、鍵となるのはオープンな文化を作れるかどうかである。」と。
 
  企業や組織は、絶えず経済的、時間的に一定の余裕をもつこと。その意識と実践こそ、情報隠蔽等のリスクから自身を守る大前提なのかもしれませんね。

  ノンフィクションとビジネス本、両方の側面を持った本書。少々ボリュームはありますが、示唆に富んだ好著でした。

                                                    草思社 2017年8月28日 第1刷発行