2017-10-29  VOL.227IMG_1347

【概要】

 デジタルエコノミー(コンピューターによる情報処理技術によって生み出された経済現象)の発展により、我々の働き方はどう変わっていくのか?
 ここ数年、よく取り上げられるテーマであり、関連する雑誌記事や書籍をご覧になったことがある方も多いかもしれません。

 本書は、イギリスの経済誌「エコノミスト」で2007年から経済記者を務める著者の手による一冊です。

 本書の副題にもある労働力余剰。

 デジタルエコノミーの進展が、この労働力の余剰を生み出しており、著者はその要因は3つあると説いています。それは、自動化、グローバリゼーション、スキルが高い少数の人間の生産性の向上。

 本書では著者の10年にわたる世界経済の取材と、多数の経済学者やジャーナリストが発表してきた関連書籍の引用を通じ、この労働力余剰の世界で、我々の生活や仕事がどう変わろうとしていくのか、いやどう変えていくべきなのかについて考察がされています。

【所感】

 4部12章からなる本書。現状整理から要因分析、懸念される数々の事象の考察、未来への展望という構成となっています。

 豊富なエピソードを含み、非常に興味深い本書ですが、本書帯にあるような「働き方の未来」として今後の有望な職業とか、そこに辿りつくまでに我々や我々の子供たちが進むべき道すじと言った明確な処方箋めいたものを期待すると、少々肩透かしを受けるかもしれません。

 例えば教育。高賃金を得る一つの要素は希少性。たとえ大学や大学院といった高騰教育を受けさせても、今や先進国では、そんな卒業者はごまんとおり、もはや教育に見合う賃金を得ることが困難になっていると指摘をしています。

 発展途上国ならば、それも期待出来ますが、そもそもソーシャル・キャピタル(教育インフラ等の社会資本)の乏しい国家ではそれは難しい。そのような人材は、ソーシャル・キャピタルの整った先進国へ移動をすべきと著者は説きますが、その際先進国で起こる現象は明らかですよね。

 それならば労働余剰力の再教育はどうなのか。著者はそこにも期待はしていません。
 単純労働に従事してきた人々に教育を施そうとも、高度な職業を得る機会はまれであり、多くの人々は担い手のいない低賃金労働に移行せざるを得ず、結果ローコストで労働力が得られる分野では企業は設備投資をし生産性を高めるインセンティブが働くなり、結果こういった分野の環境改善は遅々として進まないというジレンマを起こしていると指摘しています。

 本書では明確に有望な職業というものを記してはいませんが、例えば美術作品であるとか、こだわりの食品など、富裕層が金銭を惜しまず購入するような手間暇のかかった商品やサービスの提供については、一縷の希望を見出しています。
ただそれも富裕層が手に入れやすい近隣にいることや、希少性が問われることいった制限は付きまといますが。

 上記はほんの一例ですが、やはり全編を通じ悲観的な内容となっている点は否めません。

 労働力余剰により、就業による所得獲得や資産形成が可能な層が少なくなれば、富の集中は更に加速をしていきます。そこで著者も説いているのは、富の再分配。ただこれは著者だけの主張ではなく、広く提唱されていることではありますが。
 
 将来が不安とはいえ、歴史に目をやれば、デジタル・エコノミーの恩恵により過去からは考えれないほど豊かな生活が実現しているのも事実。それは個人個人の蓄財の成果でなく、社会の富の蓄積の成果。
 
 自身がその社会の一員であること、そして多くの人々がその社会に参画し、富の享受を得られるべく手を差し伸べる意識を皆が持つこと。国家の政策として富の再分配をする仕組みも構築もさることながら、我々自身の意識の変革を促すべきというのが、著者の最も伝えたいことなのかもしれません。 

                            東洋経済新報社 2017年11月2日 発行