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2018- 9-23  Vol.274

 

【概要】

 

 iPod。ご存知の方も多く、今更説明の必要もないかもしれませんが、アップル社が開発販売している携帯型デジタルプレーヤーです。

 

 2001年に発表。多数のバリエーションが生まれましたが、現在は1種類のみの販売となっており、商品としての寿命はそろそろ終わろうとしています。

 

 とはいえ2017年までの16年間で、全世界で4億台以上が売れた大ヒット商品。iTunes Storeの提供と共に、音楽の聴き方、買い方を変えた画期的な商品であったことは、まったく異論のないところかと思います。

 

 当初、iPodのデザインと機能において特徴的だったのは、本体にある「クリックホイール」。指でクルクルと回しながら、選曲などの操作が出来るスイッチでした。

 

 このスイッチを巡り起こった特許侵害の訴訟。そこにはアップル社(正式にはアップルジャパン㈱)から33364192円の賠償金を勝ち取った一人の日本人がいました。(平成2799日最高裁決定)

 

 特許侵害訴訟の提訴から地裁の判決が出るまで6年半、特許取得着手から判決確定までは10年半にも及ぶ、それはそれは長丁場の戦いでした。

 

 本書は、そんなiPod訴訟を追った1冊。

 

  iPod訴訟は、発明の創造、特許の取得、特許ライセンスの交渉、特許裁判での係争など、特許現場で起こる様々な出来事をバランスよく含んでおり、知的財産の創出・保護について理解を深めることの出来る最高の事例なのだと、著者は記しています。

 

 大企業を相手になぜ一個人が勝訴を収めることが出来たのか。一つのサクセスストーリーとしてだけでも、十分読み応えのあるものですが、前述した一連の手続きに関するフローや書式類の提示、専門用語の解説も交え、特許や知財に関する入門書としても好適な一冊にまとまっています。

 

【所感】

 

 クリックホイールを発明した齋藤憲彦氏の半生と、斎藤氏自身の手記の引用から始まる本書。

富士通の関連会社でのサラリーマン生活を経て独立。ソフトウェア会社を経営も、バブル崩壊で行き詰まってしまいます。

 再生を期して選んだのが発明。奇しくも高校生の時に豊沢豊雄氏の書いた「落第発明」という本に感化され、発明や特許につき相応の知識を有していたことも、自身を後押しする理由となりました。

 

 クリックホイールの着想を得たのは、当時ソニーの携帯電話についていたジョグダイヤル。

そのあたりの経緯は本書で詳しく解説されています。

 

 そして特許出願へ。驚くべきはその出願書類の9割を自らの手で書き上げていたこと。

仔細な詰めは無料相談会で知り合った弁理士と行いますが、金銭的な余裕がないゆえ、自身で調べ上げ可能な限り自力で突き進む、安易に妥協しない齋藤氏のこんな資質が、長丁場に渡る訴訟を支えたのかもしれません。

 出願後、企画書を作成、日本の家電メーカーへと売り込みを図りますが、ことごとく頓挫。

そんな最中、アップルから発売された iPodを見て「これは自身の特許に抵触している」とアップルジャパンへ連絡をとったことから、物語は大きく動き始めます・・・・・

 

 特許や知財に関する入門書として好適と思われる本書ですが、私自身も初めて知ることが多く、興味深い記述がいくつもありました。

 

 特許出願後審査請求で、ことごとく拒絶理由を突き付けられ断念も、分割出願に活路を見出し結果成立させる経緯。アップルを交渉の場に引き出すため行った税関への輸入差し止め申請。和解を積極的に進める裁判所。特許訴訟に必要な印紙の高額さ。それを回避するため、当初賠償金額は小さく設定。勝算が見えれば賠償請求額を引き上げるなど、普段あまり知ることのない特許訴訟の生々しい世界。

 

 これは、とても個人発明家が太刀打ち出来る世界ではないことを、実感した次第です。

事実、この案件では成功報酬に応じ、長期にわたり齋藤氏を支援した優秀な弁護士がついており、彼無くして本件の勝訴はなかったのではないかとも想定され、この点では齋藤氏に非常に運があったと言えるかもしれませんが、それも齋藤氏の行動力が引き寄せたもの。そのバイタリティーには脱帽ですね。

 

 諸外国に比べ、発明家や技術者への相対的な評価が低いと言われる日本。

長すぎる特許成立までの期間、少額な賠償金 etc  

 企業、国民、そして国家全体で、知的財産への理解を深め保護し健全な育成を促していかなければ、この国の未来は相当暗いものになる・・・・・。そんな感想を抱いた1冊でした。

 

   iPod訴訟判決から早3年。その話題が徐々に風化しつつあるタイミングで、この様な書籍が出版されたことは、とても意義あることかもしれませんね。

 

                        日本経済新聞出版社 2018914日 11