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【概要】


 パンブームとも呼ばれる昨今。テレビや雑誌でパンの特集が組まれることが多くなったり、各地で開かれるパンフェスなどのイベントにはたくさんの人が集まり、活況を呈しています。
 2010年を境に、世帯あたりの年間のパン購入額は米の購入額を上回るようになっており、確実にその支出額は増加傾向にあるようです。

 実は、パン屋さんの店舗そのものは全国的に減少傾向にあるそうですが、ネットやSNSの台頭で、商品や店舗の様子であったり作り手のこだわりといった情報発信がし易くなったり、またその情報が拡散される環境が整っていること。またそんな情報を得て、多少値段が高くても、美味しいパンを食べたいというニーズが高まっていることが、その背景にはあるのかもしれません。

 さて本書に登場するパン屋さんは、少々趣が違います。栃木県は那須塩原市にあるパン・アキモト。http://www.panakimoto.com/
戦後に誕生した同社。学校給食用のパンなども扱いますが、いわゆる街のパン屋さん。

 しかしそんな同店には、他店にはない特徴が2つがあります。それは「パンの缶詰」というオリジナル商品。そしてもう一つ、同商品のリサイクルを前提に被災地などに「パンの缶詰」を送る「救缶鳥」という仕組み。

 2009年には宇宙飛行士の若田光一さんと共に宇宙にまで飛んだ同社の「パンの缶詰」。
小さな街のパン屋さんから、なぜこのような商品が生まれ、さらにはその商品を活用する仕組みまで構築が出来たのか。そんな秘密に迫ったのが本書です。

【所感】

「パンの缶詰」誕生のきっかけは、1995年に起きた阪神・淡路大震災。
 現社長である秋元義彦さん含め、家族全員がクリスチャンであった秋元家。所属している教会の本部が神戸にあったことから当然支援を決め、焼きたてのパンを被災地へ届けます。しかし保存料などを含まない同社のパンは数日で劣化。その大半は破棄されてしまったそうです。

 そこで教会関係者から発せられた「保存がきく、やわらかいパンは出来ないか」という何気ない一言。最初は冗談程度に聞いていた秋元さんでしたが、度々の要請に重い腰をあげます。秋元氏と当時の工場長の二人で悪戦苦闘しながらも開発に成功。

 しかし商品開発に成功したもののなかなか売れません。そこで今度はメディアを活用。自治体を中心に少しづつ売れ始め、2004年の新潟中越地震で一躍注目を浴び大きく販売を伸ばしていきます。
 
 一方でまた新たなる問題が。それは賞味期限を迎えた「パンの缶詰」を回収してほしいという、各自治体からの無謀な要求。
 もはや一企業では対応できない話ですが、屈することなく、ハンガーゼロ(日本国際飢餓対策機構)との提携により、回収した商品を海外の難民キャンプや被災地に送る仕組み「救缶鳥プロジェクト」を作り上げます。

 いやいやすごいストーリーです。こう書いてしまえば、数行のことですが、そこに至るまでには相当の苦労があった筈です。
 事実「パンの缶詰」という自社商品をもったゆえに、抱えるようになった大きなリスク。経営は不安定となり、東日本大震災では自社工場も被災し、倒産すら覚悟をする事態にまで追い込まれます。

 それでもなんとか立ち直った同社。「救缶鳥プロジェクト」を通じ、自社商品が広く海外で食されているという背景もあったのでしょうが、現在はベトナムで日本式のパン屋さんを開くなど、また新しい動きを展開しています。

 なぜ街のパン屋さんにして、ここまでの活動が出来るのでしょうか。

 秋元社長は好んで、よくこんな言葉を使うそうです。
「ミッション(自分の使命や果たすべき仕事)・パッション(情熱や夢中になること)・アクション(そのために行動していくこと)」

 人を動かすのはこの3つ。そしてこの3つは自身の足元にあるのだとも語っています。
身近なところから、まずはアクションを恐れず気楽にやること。そして応援や批判があればリ・アクションを起こせばいいのだと。

 最初から大きな夢を描けなくても、小さなことの積み重ねが、いつしか社会を動かすような大きな仕事につながっていく。シンプルな教えですが、圧倒的な実績を積み上げてきた者だけが語れる言葉なのかもしれませんね。

    
                      ウェッジ 2018年11月30日 第1刷発行