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【概要】


 みなさんは最近、サーカスってご覧になったことありますか。
シルク・ドゥ・ソレイユは観たことはあっても、意外と日本のサーカスってご覧になる機会が少ないのではないでしょうか。
 子供の頃には観た記憶があるのだけど・・・・・。
実は私もそんな一人なのですが。

   それもそのはず、最盛期には20を超えた日本のサーカス団で現存するのは4つのみ。その大半は新興の団体であり、従前から興行を続けるのは木下サーカス1団体のみですから、名前を目や耳にする機会も随分減ってきたからかもしれません。

 そんな木下サーカス。創業は1902年。当時ロシアの租借地だったダルニー(現 大連)で軽業一座として旗揚げをしたのが始まりだそうです。現在は株式会社化されており、年間の動員数は、なんと120万人。多い年には130万人も超える年もあり、世界でも1~2を争う規模のサーカス団となっているそうです。
 
 常設の劇場や舞台を持つわけでもなく、100人近い団員やその家族が、2~3ケ月ごとに都市から都市を渡り歩きながら、これだけの動員ができるビジネスモデルは他に類がなく、極めて異色の企業体と言えるのかもしれません。本社は、そんな木下サーカスの創業から、現在までを追った1冊です。

 興行という極めて特殊な業界の商慣習。他のサーカス団体が次々と廃業する中、どうして木下サーカスだけが存続することが出来たのか。そのビジネスモデルの特徴、そして同族経営としての承継の重み等 知られざる100年企業の秘密が明らかにされています。

【概要】

 本書を読んで一番驚いたのは、やはりそのビジネスモデルでしょうか。
失礼ながら、サーカスといえば、どこかもの悲しさと郷愁漂う前近代的な印象を抱きがちですが、そんな予想はものの見事に裏切られました。

 同サーカスの興行には、仮設劇場テント、団員の住むコンテナハウス、動物の飼育スペース、事務所、売店。観客の駐車場 約1万坪の広大な土地を要するそうですが、年に4~5箇所もそんな場所を確保することが、大変な作業であることは想像に難くありません。

 概ね1年以内には、場所の選定。半年前には前乗りして、テレビ局や新聞社と連携したプロモーションの展開と営業活動。地域の福祉施設の入居者を無料招待するなど自治体への配慮。そして時代にキャッチアップし練りに練られた演目。

 営業や事務、演者には大学新卒を採用しており、事務方以外の演者も月給制。かつ芸の幅を広げれば手当をつけることでモチベーションを向上させる。共同風呂さえ備えたコンテナハウスでプライバシーの守られた生活環境。団員家族の子供たち16名や、外国人団員も多く抱え共同生活を送る多様性。
 
 その実態は驚きに満ちており、読み飽きることがありません。

 そして4代にも渡る同社の歴史にも興味はつきません。とかく色眼鏡で見られがちな興行の世界ですが、博徒と香具師はまったく別者と混在されることを頑なに拒んだ初代。道理を通し、昭和恐慌、太平洋戦争を生き延びます。
 そして婿養子ながら、戦後同サーカスの躍進を支えた2代目。紆余曲折の末、事業承継をした3代目は、団員の生活環境を大きく改善するも、多額の債務を抱え若くして亡くなってしまいます。
 多額の債務ゆえ、親族会議で廃業を決定も、存続を決意し見事再生した4代目。
各世代ごとに、読み応えのある内容が続きます。

 興行という特殊な世界とはいえ、家族経営、同族経営である同社の歩みは、他の一般企業と何ら異なることはなく、その歴史には共感と賛同を覚える経営者の方も多いかもしれませんね。

 永続する企業には、必ず経営の柱となる揺るぎない信条を持つといいますが、同社の場合は「一場所、二根、三ネタ」がそれにあたるそうです。「場所」は公演地の選定、「根」は営業の根気。「ネタ」は演目を指すそうです。廃業の危機から立ち直った4代目は、再生のキッカケを、この原点とも呼べる考え方に立ち返り、愚直に実践したことと語っているそうです。

 第1章で描かれる2017年の札幌講演の様子を描き、興味を惹きつけた後、2章以降で同サーカスの沿革をおった構成の巧みさもあり、一気に拡大引き込まれ非常に楽しめた1冊でした。

 ちなみに名古屋では、この3月23日から白川公園で6月10日まで公演開催予定。 http://www.kinoshita-circus.co.jp/htmls/sche/sche-02.htm 久しぶりに足を運んでみたいと思っています。


                        東洋経済新報社 2019年1月3日発行