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【概要】

 

 副題にDynamic Capability(ダイナミック・ケイパビリティ)の経営学とある本書。ダイナミック・ケイパビリティとは、カリフォルニア大学バークレー校のデイビット・ティース教授の提唱する経営理論です。

 企業には2種類のケイパビリティ(能力)があり、その1つはオーディナリ-・ケイパビリティ。これは、企業は利益の最大化を目し企業内の資産や資源をより効率的に扱おうとする通常の能力。
 そしてもう一つがダイナミック・ケイパビリティ。これは「企業が環境の変化を察知し、そこに新しいビジネスの機会を見出し、既存の知識、人財、資産およびオーディナリ-・ケイパビリティを再構成・再配置・再編成する能力」であり、強いて訳するなら「変化対応的な自己変革能力」。

 本書は同教授に2年間師事した著者が記した1冊。昨今世界の経営学者たちが着目するこの経営理論が日本企業において極めて有効であることを示し、かつ難解と称され、あまり日本では認知されていない同理論をかみ砕いて紹介することに挑戦した1冊といえます。

【構成】

 4部12章から成る本書。第1部では、本書帯にある3つの事例を通し、ダイナミック・ケイパビリティがどういったものなのかを具体的に紹介しています。第2部では、どうしてダイナミック・ケイパビリティ理論が日本にとって有益かつ馴染み易いのかに触れ、第3部ではダイナミック・ケイパビリティ理論自体の誕生や変遷について解説しています。そして最後の第4部では、どのようにこの理論を経営に取り入れていけばよいのかを解説しており、事例としてトヨタ自動車を紹介しています。

【所感】

 まずは不条理を引き合いに、ダイナミック・ケイパビリティの有効性について論じられる本書。
人や組織は無知で非合理で非倫理的であるために失敗するのではなく、むしろ逆であると。人や組織は合理的に失敗するのであり、それを不条理現象と著者は呼んでいます。
 不条理現象には①個別合理的全体非合理 ②効率的不正 ③短期合理的長期非合理の3類型があるとしています。そして日本企業は成功体験がもたらず不条理現象に陥りやすいと指摘しています。
 
 成功を経験したまじめな日本企業は更に努力をかさね、パラダイム(思考の枠組み)を精緻化し続けてしまいます。結果大きな環境変化に対応できず、まじめに失敗してしまうと。著者はこれを「パラダイムの不条理」と定義しています。

 この「パラダイムの不条理」の脱却には、①取引コストを節約する方法と②付加価値を高める方法の2つがあるとしています。取引コストとは端的に言えばしがらみ。この取引コストを上回る成果を得られれば、不条理を回避できる。それこそがダイナミック・ケイパビリティであり、その本質は「知の探索」にあるとしています。そして「知の探索」とは、「自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為」のことを指すそうです。

 やや抽象的な表現で分かりにくいかもしれませんが、このあたりは本書第1部の3つの事例により、具体的に明かされていますので、一読されると納得いただけるのではないかと思われます。

 とかくバブル崩壊後の失われた20年とも30年とも言われる中、日本企業は経営に関する自信を喪失し、欧米の経営手法をなんでも受け入れてしまう傾向が強まってしまいました。
しかし今こそ日本企業は欧米で主流とされている株主主権論、(コストを削って配当原資を増やす)株主利益最大化を志向するのでなく、付加価値最大化を目指すダイナミック・ケイパビリティを志向すべきであり、日本企業にはその素養が十分あるのだというのが著者最大の主張かもしれません。

 それではそのダイナミック・ケイパビリティとはどのように形成されるのでしょうか。
著者は自社の活動と環境のギャップが発生した場合、その会社がとる対応には2類型があると指摘しています。
 ①(自らを不完全で限定合理的な存在と認識し)批判的な態度を伝統とする企業群 ②(自らを完全合理的と認識し)批判的な態度を伝統としない企業群。そして生き残るのは①の企業群であると。
 自らの存在を疑い現状維持を忌避する組織風土こそがダイナミック・ケイパビリティの形成には不可欠と解されるのかもしれません。
 その典型的な例として、トヨタ自動車の情報公開の姿勢、外部利害関係者の声を積極的に聴く経営陣の姿勢などが紹介されています。メディアに登場する同社豊田章男社長の発言を聞いても、驕ることなく常に危機感をにじませている印象があることをふと思い出しました。
 

 やや難解な部分もありましたが、ダイナミック・ケイパビリティの概要や有効性を知るには最適といえる1冊でした。経営者の方のみならず多くのビジネスパーソンにとっても、示唆を得るところ多いのではないでしょうか。


                    朝日新聞出版 2019年3月30日 第1刷発行