2020- 2- 9 Vol.346IMG_4781

【概要】

 かつてジョン・F・ケネディがアポロ計画開始にあたり語ったとされる「ムーンショット」(月へのロケットの打ち上げ)という言葉。それは「非常に困難で独創的だが、成功すれば大きなインパクトやイノベーションを生む壮大な計画や挑戦すること」を指します。
 
 MとL 一字違いの本書ですが、MOONならぬLOONを調べると「ばか」とか「気の狂った人」といった訳語が登場します。
 そうLOONSHOTS(ルーンショット)とは「誰からも相手にされず、頭がおかしいと思われるが、実は世の中を変えるような画期的なアイデアやプロジェクト」のことを指す著者の造語なのです。

 なぜ画期的なアイデアが生まれても、その多くは、実際の製品や戦略になることなく消え去ってしまうのか、なぜそういったアイデアを大切にし画期的な製品や戦略を生み出した企業や組織があってもあっという間に凡庸なものになったり破綻してしまうのか。

 その理由を、科学の世界でしばしば用いられる「相転移」という手法や技法で解き明かそうとするのが本書です。
 上記の様なケースはしばしば「イノベーションのジレンマ」などと言われますが、それを引き起こすのは決して文化的な理由ではなく、構造的な理由によるものであると著者は説きます。
 物理学者であり、コンサルティング会社を経てバイオ企業を創業。後に同社をIPOさせたという経験をもつ著者ゆえイノベーションの誕生を「文化」という曖昧な定義で終わらせることなく、「構造」として科学的に解き明かそうと挑戦した画期的な内容となっています。ちなみに本書が初の著作となるそうです。

【構成】

 全3部、9章で構成された本書。第1部の5章では、第二次大戦中の米軍のレーダー開発、日本人遠藤章氏の創薬開発、パンナム航空とアメリカン航空、ポラロイド社など、主として5つの事例を紐解きつつ、ルーンショットの概要を解説しています。
 第2部以降では、本書主題である「相転移」について、それがどう起こり、どのようなアプローチで対峙すべきかにつき解説されています。巻末には用語解説や付録と称し本書内で紹介されたルールや方程式などが整理され付されています。

【所感】

 著者自ら、本の内容を簡潔に示してくれる著者が好きと語っており、本書のポイントを冒頭で下記3点にまとめています。

 ①最も重要なブレークスルーは「ルーンショット」
 ②そういったブレークスルーを製品や戦略に転換するには大規模な集団が必要
 ③集団の行動に「相転移」の科学を当てはめることで、実践的ルールが明らかになる

 本書における最も重要なキーワードは「相転移」。「相転移」とは2つの相、すなわち2種類の創発的振る舞い(部分だけを調べても定義・説明できない全体の特性)の間の突然の変化のことを指します。
 分かり易い事例としては 
 ①水(氷は固く叩くと割れるが水の状態では滑らかに流れる) 
 ②交通渋滞(高速道道路は順調に流れることもあれば、些細なことで渋滞する)
 ③市場(合理性があるようで時にバブルを引き起こす)などが挙げられます。

 「ルーンショット」の具体化には大規模な組織が必要なことは前述の通りであり、本書ではそれを「フランチャイズ」と呼んでいます。映画に例えるなら「ルーンショット」は第1作「フランチャイズ」は続編といったところでしょうか。またいわゆるイノベーション理論で言うなら「ルーンショット」は破壊的イノベーション。「フランチャイズ」は改良的イノベーションと言えるのかもしれません。

 画期的な製品や戦略を生み出した集団であっても、いつしかその輝きを失ってしまう。それも先ほどの「相転移」という視点から見れば、致し方ないのかもしれない。本書でもそんな事例が数々紹介されています。ならばこの「相転移」を組織や企業はどう活かせばよいのでしょうか。
 必要なことは「相転移」を起こす臨界点を見極め、その状態を長く維持できる方法を考えること。それは科学的に可能であり「相転移」を起こす様々な予兆を把握することで、一見予測不能と思われる事態への対処も可能となる点を著者は主張しています。またその実践に際しては「ブッシュ・ヴェイル ルール」というものをまとめて紹介しており、非常に興味深いものでした。

 タイトルはキャッチーで、創薬や戦争(兵器開発)といった事例も織り交ぜつつ面白いのですが、実例と理論が混在しており、正直やや読みにくさは否めません。

 ただ巻末(おそらく日本版のみですが)に日本におけるイノベーション研究の第一人者である米倉誠一郎氏が解説を寄せており、これが端的にまとまっており、本書理解の一助となりました。
 よくあるビジネス書の類かと思い手にとったら、その科学的・歴史的知識の膨大さ、国家論・産業論までも踏み込んだ内容に驚嘆したと米倉氏も記しています。
  500ページを超え少々ボリュームはありますが、是非読んでいただきたい好著。お薦めです。


                    日経BP 2020年1月27日 第1版第1刷発行