2020- 9- 6  Vol.376
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【概要】

 山一證券破綻を扱った「しんがり 山一證券 最後の12人」http://blog.livedoor.jp/kawazuisamu/archives/34736564.html
 という書籍を
以前、当ブログで紹介させていただいたことのある清武英利氏の新作。
 週刊文春連載の書籍化ですが、その舞台は、かつてご自身も籍を置き、読売巨人軍のオーナー代行まで務めたプロ野球界。
 といっても本書の主人公は監督やコーチ、選手ではありません。本書の主人公は知られざる二人の球団職員。
 1996年、54歳にして阪神電鉄から阪神タイガースに出向。後に球団社長まで務めた野崎勝義氏(現在は退任)。そして1983年、29歳にして東洋工業(マツダ)から広島東洋カープへ転籍。現在は常務取締役球団本部本部長を務める鈴木清明氏。

 プロ野球界という特殊な世界に、グループ企業とはいえ他業界から身を置くこととなった両名。
折しも両チームが低迷の一途を辿っていた時期でした。関西球界の雄といっても差し支えない存在感を持ちながらも「ケチで旧態依然とした経営体質」ゆえ優勝から遠ざかっていた阪神タイガース。地域密着で地元に愛されつつも地方都市の市民球団ゆえ、経営基盤がぜい弱で「赤貧」。こちらも長らく優勝から遠ざかっていた広島東洋カープ。

 概ね1990年代後半から現在までを舞台に記された本書。オーナー一族でもない一介のサラリーマンに過ぎず重役を担うこととなった両名。サラリーマンゆえ味わう悲哀や口惜しさ。それでも前を向くひたむきさに胸打たれる1冊となっています。

【構成】

 全14章で構成された本書。概ね時系列で展開されていきますが、両名、両球団を追っているため、時期により、多少内容が前後する部分がありますが、気になるほどではありません。

【所感】

 思えばこの四半世紀は、バブル景気後退からパリーグ球団の身売り話に端を発した、リーグ1構想が飛び出したかと思えば、プロ野球に陰りが見え始め。地上波によるテレビ放送が激減するなど、大きく業界が動いた時期でもありました。 
 そんな時下にあって、対照的な両球団の経営。安定した親会社がありながらも、球団への資金支援を渋り、奔放なオーナーの言動に振り回され、旧態依然としたフロントが近代的な球団経営を拒む阪神タイガース。
 オーナーの理解があるも地方球団ゆえ、資金力に乏しく補強もままならないため、智恵を絞り、自前の選手育成を柱にするも、FAにより生え抜き選手の流出が絶えず、成績の振るわない広島東洋カープ。そして両球団に共通するのは、テレビの巨人戦放映権料が大きな収入の柱であること。

 プロ野球といえど所詮は興行。勝たなければファンには支持されず、観客動員もままなりませんが、優勝が続くようなことがあれば選手の年棒も上げざるを得ず、運営経費は高騰し球団経営はひっ迫します。
 そんな二律背反の状況の中、野崎氏は「阪神タイガース」のブランド価値を上げることは阪神グループ全体の価値を底上げることを合理的に立証。親会社の資金協力を約束させ、有望な選手確保の原資を確保。またグッズ販売をネットで行うなど先進の取組を行います。
 また米国の球界で注目されはじめていたBOS(データや情報を軸にした球団運営システム)の導入にどの球団よりも先に着手。スカウトや育成、選手の評価方法の刷新を進めます。

 しかしながら、現場の抵抗、親会社の理解乏しく頓挫。同システムは阪神タイガースで野崎氏の右腕
としてシステムの構築に奔走したスタッフと共に、日本ハムファイターズへ。後に同球団飛躍のきかっけとなります。また脇の甘いスカウトのせいで巨人軍のスカウト裏金問題の巻き込まれ退任。
それでも2003年には、リーグ優勝は成し遂げています。
 
 一方の鈴木氏は、球団そのものとの軋轢はほとんどないものの、苦しんだのは現状のプロ野球機構。自由枠制度など資金に乏しい球団に不利な制度の撤廃などを強く連盟に働きかけてきました。
 また球団の収益寄与には、Tシャツなどこまめなグッズ販売やカープ芸人、カープ女子といったトレンドをうまく取り入れ、ファン層を拡大。2009年の新球場建設後は大きく動員数を伸ばし、球団経営を安定化。2016年からはリーグ優勝3連覇を成し遂げ、現在も在籍をされています。
 また選手との信頼関係の厚さも目を惹きます。後に監督となる緒方孝市氏や大リーグ挑戦後、日本球界へ復帰した黒田博樹氏とのエピソードなど、真摯に球団を思う姿勢が選手の共感も強く生んでいたことが伺いしれます。

 さて本書に登場する両名が我々に教えてくれるのはなんでしょうか。サラリーマンに不本意な人事はつきものとはよく言われることですが、その処遇に腐ることなく、置かれた場所で精一杯花咲かせようとする努力。大義のためには安易な妥協をせず、上層部や業界の重鎮に対しても発言をしていく胆力。個人的には、そんな姿勢の大切さが強く印象に残りました。球界裏事情もよくわかる1冊。プロ野球ファンならより楽しめるのではないでしょうか。 

                        文藝春秋 2020年8月30日 第1刷発行