2021- 7-18  Vol.421272CEDDE-951F-4E4A-AFBA-B5C37AD1D0C5

【概要】
 
 パソコンやスマートフォンから利用できる個人向け家計簿アプリ「マネーフォワードME」や、会計業務、請求業務、給与計算など業務系の「マネーフォワード クラウドシリーズ」といったサービスを提供している株式会社マネーフォワード  https://corp.moneyforward.com/ 

 2012年5月に創業。2017年9月には東証マザーズに上場。主力サービスである「マネーフォワードME」の利用者は2020年4月に1000万人を突破しています。

 2020年11月期の決算報告によれば、連結売上高は、前年同期比+58%の113.2億円。売上総利益は
 前年同期比+76%の76.2億円、経常利益は△25.3億円となっています。創業からわずか10年ながら、SaaSやFinteckといった事業領域では、日本でも有数の知名度や存在感を示す企業となっています。今後の更なる成長が期待されており、本年(2021年)6月には、東証1部へ市場変更を果たしています。

 本書は、そんな同社の創業者である辻庸介氏が綴った創業奮闘記。
 京都大学卒。2001年ソニー㈱入社。2004年にはマネックス証券㈱創業に参画。同社在籍時にペンシルバニア大ウォートン校でMBAを取得。しかも同氏の祖父は、シャープ㈱の3代目社長を務めた辻晴男氏だといいます。その華々しい経歴に目を奪われがちですが、本人はいたって弱い人間、失敗だらけの人間だと冒頭で語っており、マネーフォワードも思いだけが先行し、その創業は稚拙で泥臭いものだったと辻氏は語ります。
「成功するまでやり続ければ、致命的な失敗にはならない」大いに失敗を語り、次に生かしていこう。本書はそんな辻氏のポジティブな思いが詰まった1冊となっています。

【構成】

 全7章で構成された本書。創業から概ね2017年の上場あたりまでを中心に、時系列で記されています。本文のほか、辻氏が経営の参考に読んできた書籍一覧、本書登場人物の紹介、マネーフォワード年表などが付されています。

【所感】

 起業のきっかけは、2つの憤りにあったと辻氏は語ります。一つ目はソニー勤務時代の経験。経理部に配属され、紙ベースの経理業務の生産性、効率性の低さにうんざりしてきたこと。もう一つは海外留学を経て感じた日本人や日本のビジネスの元気のなさ。
 憤りはあるも、果たして何から始めたらよいのか。紆余曲折を経て辿り着いたのは、日本人一人一人がパワーをもつことの重要性。個人のパワーの源泉はお金であるにも関わらず、どうも日本人はとかく「お金」に対してネガティブな印象を抱きがちです。そんな日本人のお金のリテラシーを高めたい。そんな思いが創業を決意させます。
 
 思いは強いも、開発者目線で作られた、最初のサービス「マネーブック」は惨敗。ただ創業メンバーの一人に「アカウントアグリゲーションエンジン(各金融機関の口座情報を集約するシステム)」をつくれるエンジニアを擁していたことから、個人の金融資産を集約する機能をもたせた「マネーフォワード」を開発し、事業が動き始めます。
 
 資金調達の苦労。金融機関のサーバー負荷問題から受ける接続拒否。急成長に伴う組織のひずみ。創業メンバーの離脱。技術をめぐる特許訴訟。様々な苦難が辻氏や同社に巻き起こります。

 数多くの失敗を繰り返しながらも、要所要所でキーマンとなる方と出会い、難局を乗り越えていきます。同社の掲げるミッションやビジョンへの共感や「自分は弱い経営者」と語る辻氏を応援したいとの思いを抱く方も多いのでしょうね。

 社会を変えたいという熱いビジョン、優れた製品やサービス、安定した資金調達。スタートアップ企業に必要なものはたくさんありますが、何より大切なのは、まずは経営トップが愛され支持されること。いい意味で「人たらし」であることこそ、実は経営者にとって一番必要な資質ではないか。そんな印象を強く抱いた次第です。まずは経営者自らが、皆に慕われ愛されなくては、そんな経営者が起こした企業や事業が愛される訳はないということなのでしょうね。

 辻氏が創業する際、在籍していたマネックス証券㈱の代表、松本大さんから「会社は失敗するかもしれないが、お前の人生は続く。それを忘れないようにしなさい。」という言葉をいただいたそうです。
 たとえ経営がうまくいかなくても、取り繕ったり、嘘をついたり、誰かを騙したりしてしまえば、人生そのものが終わる。人として恥ずかしくない生き方だけは守りなさい。
 そう辻氏は心に留めたそうです。失敗してもいい負けてもいい。そこに後ろめたさがなければ、必ず再起できるし次に活かせるから。起業家のみならず、あらゆる人が意識すべきことかもしれません。

                         日経BP 2021年6月28日 第1版第1刷発行