2021-10- 3  Vol.433 
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【概要】

 起業やイノベーションに必要なマインドセットは、ミュージシャンに学べ。そんな異色の経営書が本書です。

 グラミー賞を主催するレコーディング・アカデミーの共同会長にして、かつてはバークリー音楽大学でイノベーションや戦略担当上級副学長を務めた経験をもつパノス・A・パノイ氏と、イノベーションのコンサルティング会社IDEOのパートナーを務めるR・マイケル・ヘンドリックス氏の共著です。

 ミュージシャンの中には、音楽業界での成功のみならず、実際のビジネスの場面でも、成功を収める人が少なからず存在します。その秘訣は彼らが備える、物の見方や考え方、いわゆるマインドセットにあるのではないかと考える著者達が、著名なュージシャンたちへのインタビューや、その活動や作品を紹介しながら、大きく9つのテーマに整理した内容となっています。
とはいえ、具体的な成功法則が羅列されている訳ではありません。
 著者達も本書はハウツー本ではなく、読者自身が、自身の体験や経験に照らしあわせ、何らかのインスピレーションを感じることを目して記したとしており、あたかも我々が音楽を聴く時の様な感覚で本書に触れることを期待しているように感じました。

【構成】

 全9章(本書ではCHAPTERと記されています)で構成された本書。
 耳を澄ます。実験を繰り返す。コラボレーション。デモテープ。プロヂュース。ファンとのつながり。と言ったキーワードで整理されており、あたかもミュージシャンが、何らかのインスピレーションを得て、楽曲を作り、公表し認知されていくまでの過程をなぞるかのように構成されています。

 各章の末には、同章のまとめならぬ「プレイリスト」がついており、各章内で紹介されたミュージシャンの楽曲がリスト化されており、本書に合わせて聞いてみることを推奨しています。

【所感】

 印象的なのは、CHAPTER01の冒頭。8ページにわたって空白のページが綴られています。
これは落丁ではなく故意にそうしたもの。この余白をあなたどう感じたか?との問いかけで本書は始まります。この空白は、音楽で言えば、演奏されていない時間。しかしこの演奏されていない時間は、演奏されている時間と同じくらい重要なのだと、著者達は説きます。

 空白の時間に、人は耳を澄まし、そこで様々な想像をします。そんな内なる声に耳を傾けることが、創造の第一歩となる。そんなメッセージが込められているのでしょうね。
 
 さてそんな本書ですが、読者が自身でインスピレーションを抱くことを期待し、要点の整理などもなく、通常のビジネス書とは少々勝手が違うかもしれませんが、キーワードやポイントとなる文章は、太文字で記されていますので、章立てに限らず一通りそこを通読するのが良いかもしれません。

 また洋楽に明るい方なら、名前を知っているミュージシャンのエピソードを辿ってみる方法もお勧めです。彼らの作品が生まれた背景にあった思考法や手順などを知ることで、その作品やミュージシャンの新たな魅力を発見することにもつながるのではないでしょうか。

 【構成】のところでも述べましたが、本書は、あたかもミュージシャンが、何らかのインスピレーションを得て、楽曲を作り、公表し認知されていくまでの過程をなぞるかのように構成されています。
 時にその過程は、非効率であったり、生産性の低い行為なのかもしれません。しかし本来、創造とは効率とは相容れないもの。

 我々のビジネスの場においても、真の創造を願うのであれば、本書で記されているように、自身の声(やりたいこと、表現したいこと)に耳を傾け、楽曲を作るような手順で、人を巻き込み、様々な手順や技術を取り込み、商品やサービスの試作を行ってみる。それを世に問い、支持者を作る。さらにその商品やサービスを派生させていく。そんな思考や行動を促すこと。その先駆者たちは、我々がよく知るミュージシャンたちなのだから。
 そんな思いを伝えることこそ、著者たちの狙いではなかったか、読後はそんな感想を抱いた本書でした。

 個人的に一番驚いたのは、本書に登場するバークリー音楽大学においても、起業家養成やイノベーションの講座が設けられ、好評を博しているということ。
 日本の芸術系大学でもその様な講座が設けられているのかは分かりませんが、とかく日本において芸術と言えば、まずは作品の良しあしが大切であり、金銭は二の次的ととられがちですが、その両方を学ぶ重要性を認識している点は、さすがの印象を受けました。

 例えどんなに素晴らしい芸術活動であっても、ビジネスとして成り立たなければ、持続は困難であること。芸術という移ろいやすい世界で、生きる上で欠かせない要素の一つであることは間違いありませんから。 

                            東洋経済新報社 2021年9月23日発行