2022- 4-17  Vol.4619881C5C9-2748-4F2D-8567-BA2CFCA52C58

【概要】

 今週紹介させていただくのは、やや異色の一冊です。

著者は、知識創造理論を世界的に広めたナレッジマネジメントの権威、野中郁次郎氏ですが、経営書と思いきや、本書の大半の内容を構成するのは、タイ王国メーファールアン財団によるソーシャル・インベンション(社会的変革)の事例でした。

 タイ、ラオス、ミャンマー国境にまたがる山岳地帯は「黄金の三角地帯」と呼ばれアヘンの世界的な密造地域として知られてきました。特にタイのドイトゥン地区は、アヘン栽培が唯一の収入源であり、栽培のため森林は焼き尽くされ、人々はアヘンに蝕まれ、貧困のため人身売買までが横行していた地域でした。
 同財団は、コーヒーやマカダミアナッツの栽培や、伝統的な手工芸品の製造を支援、住民の経済的自立を支援するとともに自然環境の復活を支援してきました。

 さて本書タイトルにある「野性」を辞書で引くと「自然または本能のままの性質。また粗野な性質」といった意味が記されています。
 本書では「野性」を、人々が潜在的にもっている「生きぬく知恵」として捉え、混迷深まる現代社会を生き抜くためには、この「野性」を発揮することが不可欠であり、それは人の営みである「経営」も同じことだと説きます。

 そんな「野性の経営」の最たる実践例として紹介されているのが、先ほど記した本書の主たる内容である
タイ王国メーファールアン財団によるソーシャル・インベンションの取り組みでした。
そして
同プロジェクトを成功させた立役者といえるのが、同プロジェクトを主導したリーダー「ディスナダ・ディッサクン(愛称:クンチャイ)」の存在でした。
 彼を筆頭に、一方的に施すのではなく、
ドイトゥン地区の人々が自ら、考え行動を起こすことを支援することで、各人がもっていた「生きる知恵」である野性を解放させたことが、同プロジェクトの大きな成功要因となっています。

 そんな同氏と著者たちが接点をもったのは、今から14年前。アジア地域のリーダー向けにJICAが主催していた「知識創造理論セミナー」への参加を通じてだそうです。
 後に現地を訪れた野中氏たちが見たものは、まさに自身が提唱していた「知識創造理論」が定着し生き生きと実践されている現場の様子でした。

 本書では、
ドイトゥン地区で実践されてきた「野性の経営」の進展を紹介しながら、それを理論的に整理することを試みた内容となっています。

【構成】

 全5章に終章を加え構成されています。1章~2章では「野性」「野性の経営」の概論を、3章~5章では、
ドイトゥン地区のみならず国内外に広がったメーファールアン財団の取り組みを紹介。終章では、改めて「野性の経営」を総括しモデル化を試み、結んでいます。

【所感】
 
 本書における重要な理論は二つ。「SECIモデル」と「フロネティック・リーダーシップ」です。
「SECIモデル」とは、
①共同化(Socialization)②表出化(Externalization)③連結化(combination)④内面化(Internalization)の4文字をとったもの。

 具体的には、①直接経験によって思いを共感し、本質を直感し、②洞察した本質を概念に磨き上げ、③概念をさらに集合知である物語りや理論に練り上げ、④物語りや理論を徹底的にやり抜き、一人ひとりに身体化していく、個人(一人称)ー集団(二人称)-組織や社会(三人称)を還流する終わりのないプロセスとあります。
 
 なるほど
ドイトゥン地区の事例でも、実際に現場を回り、現地での対話を重ね、同地区の将来像を繰り返し語るリーダー、クンチャイの様子が描かれています。困難に直面しても放り出すことなく、軌道修正しながらも、皆を巻き込み、鼓舞していきます。

 そこに見てとれるのは、
「フロネティック・リーダーシップ」。
フロネティック・リーダーシップ」とは、あまり聞きなれない言葉ですが、学問・科学的知識あるいは実践的知識の一方に偏ることなく、臨機応変に判断し賢く行動するリーダー像を指し、本書ではその6要素として、①善い目的をつくる ②現場で本質直感する ③場をタイムリーに作る ④本質を物語る ⑤物語り実現に向けて、政治力を行使する ⑥実践知を育む、組織化する を挙げています。

「SECIモデル」を絶え間なく循環させていく駆動力とも言えるのが、この「フロネティック・リーダーシップ」ということになります。
 また
「フロネティック・リーダーシップ」の発揮には「ナラティブ・アプローチ(物語を通じ課題解決に導いていく)」が不可欠であるとも記しています。

「ナラティブ・アプローチの要諦はプロット(未来創造への具体的な道筋を示すこと)とスクリプト(物語りを実現に向けた行動指針)にあります。
 プロジェクトに関わる人々を物語に巻き込み、各人の役割を明確にさせていく。それにより当事者意識をもたせ、役割の中で自らが創造性を発揮し行動をしていく。かつその物語に、関わる皆を幸せにする善き目的が内包されているほど、その成功の確度は高まっていくということでしょうか。

 こう記してしまうと、横文字も多く、何やら難解な印象を抱いてしまう本書ですが、
ドイトゥン地区再生の物語だけでも一読の価値はあるように思います。
 誰も再生など出来ないと思っていた荒れ果てたアヘンの密造地帯を、世界が着目する人気観光スポットへと変え、村民の収入をタイ国民平均の2倍に。その再生手法が国を超え伝わっていく様子には、胸打たれるものがあり、またリーダー、
クンチャイの姿勢に感ずる点も多いのではないでしょうか。
 
                           KADOKAWA 2022年4月1日 初版発行