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【概要】

 かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後の日本経済を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛だった中間層の人たちでした。
 中間層の定義は様々あるそうですが、日本の全世帯の所得の真ん中である中央値の前後、全体の6割~7割を所得中間層と呼ぶ専門家が多いそうです。

 内閣府発表データによれば、1994年の世帯所得は505万円だったのに対し、2019年には374万円と25年間で、130万円近く減少。日本の中間層は、確実に貧しくなっており、先進諸国の中でも平均以下の位置付けとなっています。

 またNHKが、労働政策研究・研修機構と共同で行った調査(2022年 20代~60代男女 5370名から回答)では、自世帯を中流より下と答えた人の割合が56%にも達しており、今や中流すら高嶺の花となりつつある厳しい現実が浮かび上がってきます。
 なぜ日本は、日本人は貧しくなってしまったのか、その真因と処方箋を考察したのが本書。丁度1年前にNHKで放送されたNHKスペシャル「中流危機を越えて」を下地としています。

【構成】

 全2部9章で構成されています、
 第1部では、中流危機の衝撃と称し、50代、20代夫婦の生活の様子や、中小企業経営者、日本に非正規雇用という概念を生んだキーマンなどへのインタビューを中心に構成。
第2部では、再生の処方箋とし、ドイツやオランダの事例を踏まえつつ、デジタルイノベーション、リスキリング、同一労働同一賃金などの影響や可能性等を探っています。

【所感】

 戦後、特に増大した給与所得者。その収入の源泉は勤務する企業からの給料。日本企業は、国際競争の激化、バブル崩壊、産業構造の変化など、様々な要因から、多くの企業の収益力は低下し、業績も低迷、当然コスト削減圧力は高まり、最たる固定費である人件費に目が向くのは、当然の結果でした。
 またそこに登場したのが、規制緩和により業務従事範囲の拡大した派遣労働。人件費の固定化を避けたい企業は、こぞって利用を始めます。
 派遣労働者は、いわゆる非正規雇用。現在日本では、労働者の約4割が、この非正規雇用と言われており、企業の業績低迷から正規雇用者の給与が抑えられていることに加え、この層の増加も世帯の平均所得を大いに引き下げる要因となっています。

 本書では、その処方箋の一つとして、デジタルイノベーションなどを通じ、企業自身が稼ぐ力を取り戻すことを挙げています。稼ぐ力の源泉は人材。国は、国家として今後どういった人材を求めるのか、明確な定義をし、リスキリングを通じ国民の再学習支援を徹底して行うことを処方箋の二つ目として提言しています。
 これまでの様に、人材育成を企業に依存しすぎ、結果その企業でしか通用しないスキルを持つ人材を抱えてしまえば停滞は必須であることから、各企業任せでなく国策としてリスキリングを考える必要があること。一方各個人も企業に依存しすぎない意識と、企業横断可能な汎用性のある、スキルを身に着け、どう稼ぐのかというを意識をもつことが肝要といえそうです。

 スキルに見合った賃金受給のためには、同一労働同一賃金という方向は避けがたく、誰しもが投下時間に見合う対価を得られれば、正規、非正規という雇用形態はなくなり、所得水準も改善していくのかもしれません。

 上記の様な施策に加え、人材登用や採用、その前段となる学校教育のあり方など、中流再生には、他にも課題は多く、一筋縄ではいきそうもありません。それでも取り組まなくては、変わっていかなければ未来はない。そんな思いを抱いた1冊でした。
                             講談社 2023年8月20日 第1刷発行