2008年07月24日
レジ袋は“悪者”か?
レジ袋は“悪者”か?
エコバッグ礼賛に異議あり
2008年7月24日 木曜日 金丸 裕子
レジ袋 温暖化 ゴミ 環境
日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080722/165960/
エコバッグ礼賛に異議あり
2008年7月24日 木曜日 金丸 裕子
レジ袋 温暖化 ゴミ 環境
日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080722/165960/
2007年02月26日
助っ人到着!
本日、いも掘り仲間の助っ人が到着しました!
自分だけでは見えないものも、2人になれば見えるかもしれません。
ひとつのコトを作っていくという作業を通じて、自分の中の理想を
純化し、発信できればと思います。
自分だけでは見えないものも、2人になれば見えるかもしれません。
ひとつのコトを作っていくという作業を通じて、自分の中の理想を
純化し、発信できればと思います。
2007年02月23日
ネット投票とエストニア
http://www.excite.co.jp/News/odd/00081172176806.html
エストニアで世界初のネット投票を導入した総選挙
リンク先の記事によると、前回の地方選で1万人弱が利用、今回も2〜4万人の投票にとどまる
という予想みたいです。(有権者数は94万人くらい)
認証のためにカードリーダーが必要だったり、利便性としてはまだまだかもしれませんが、
小国ながら特定の領域で活路を見いだそうとする姿勢に好感が持てます。
日本でも行われている、国税電子申告・納税システム(e-Tax)。これも個人認証の
ための電子証明書の発行に手間とお金がかかることから、まだまだ普及には時間が
かかるのではないかと思います。
ひとつひとつの自治体の規模が大きい北海道のような地域でこそ、こうした行政に
関わる事務の電子化は意義が大きいと思います。
特に確定申告に関していえば、郵送による申告は可能であったり、申告書を持参する
場合にはそれほどチェックもないことと比べて、電子申告の手続きが煩雑なことには
理由があるのでしょうか。
写真の連続性がなくなりますが、エストニアの話がでたついでに、エストニア写真を。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/estonia/data.html


左:旧市街の中はこういう建物が並びます。
右:某ガイドブックによると「ふとっちょマルガリータ」という名前の塔。英語表記はなんだろう。


左:北欧と同様、飲料容器には高いデポジットが含まれているのですが、
北欧と違うのは、小売店では回収をしないということ。旧市街から離れた回収所に
持参しなくてはなりません。
右:どこかで見たような名称。両替所です。
エストニアで世界初のネット投票を導入した総選挙
リンク先の記事によると、前回の地方選で1万人弱が利用、今回も2〜4万人の投票にとどまる
という予想みたいです。(有権者数は94万人くらい)
認証のためにカードリーダーが必要だったり、利便性としてはまだまだかもしれませんが、
小国ながら特定の領域で活路を見いだそうとする姿勢に好感が持てます。
日本でも行われている、国税電子申告・納税システム(e-Tax)。これも個人認証の
ための電子証明書の発行に手間とお金がかかることから、まだまだ普及には時間が
かかるのではないかと思います。
ひとつひとつの自治体の規模が大きい北海道のような地域でこそ、こうした行政に
関わる事務の電子化は意義が大きいと思います。
特に確定申告に関していえば、郵送による申告は可能であったり、申告書を持参する
場合にはそれほどチェックもないことと比べて、電子申告の手続きが煩雑なことには
理由があるのでしょうか。
写真の連続性がなくなりますが、エストニアの話がでたついでに、エストニア写真を。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/estonia/data.html
左:旧市街の中はこういう建物が並びます。
右:某ガイドブックによると「ふとっちょマルガリータ」という名前の塔。英語表記はなんだろう。
左:北欧と同様、飲料容器には高いデポジットが含まれているのですが、
北欧と違うのは、小売店では回収をしないということ。旧市街から離れた回収所に
持参しなくてはなりません。
右:どこかで見たような名称。両替所です。
2007年02月21日
利上げしましたね
先月はあれほど利上げに対して圧力がかかっていたのに、今回は
ずいぶんとあっさりしたものでした。
もちろんGDPの数値がよかったことなどもその一因なんでしょうが。
もともと自分は、これまでのゼロ金利や量的緩和などが、緊急事態における
かなり特殊な状態であったと考えていますので、それがノーマルな状態に戻って
いくことは自然なことだと思っています。
現在の景気を考えても、すぐに追加の利上げがあるとは考えづらく、
借り入れがある企業や個人への影響も非常に限定的なものにとどまるのでは
ないでしょうか。
当分欧米やオセアニアとの金利差が縮まらないとしても、今の水準で
新たに買いポジションをとることには少し抵抗があるので、当面は静観する
ことになりそうです。
参院選くらいまで安倍内閣の不安定さが続くとすれば、短期的に円売りも
検討の余地ありでしょうか。
ずいぶんとあっさりしたものでした。
もちろんGDPの数値がよかったことなどもその一因なんでしょうが。
もともと自分は、これまでのゼロ金利や量的緩和などが、緊急事態における
かなり特殊な状態であったと考えていますので、それがノーマルな状態に戻って
いくことは自然なことだと思っています。
現在の景気を考えても、すぐに追加の利上げがあるとは考えづらく、
借り入れがある企業や個人への影響も非常に限定的なものにとどまるのでは
ないでしょうか。
当分欧米やオセアニアとの金利差が縮まらないとしても、今の水準で
新たに買いポジションをとることには少し抵抗があるので、当面は静観する
ことになりそうです。
参院選くらいまで安倍内閣の不安定さが続くとすれば、短期的に円売りも
検討の余地ありでしょうか。
2007年02月18日
Mac買いました!!
わりと忙しいはずなんですが、
こんなときにPC買い替えてみました。
今まで使ってたvaioはもう6年も前に買ったもので、OSもMe。
ウィンドウをたくさん開いて作業をしていると必ずといっていいほどフリーズ
する代物でした。
2月に入って、実家のデスクトップ(XP)に全データ移行してみたものの、
PCが居間にあるもので、ついつい姪(3ヶ月)と遊んでしまったり、
別な部分で作業がはかどらず。
Mac OS X Leopardが出るまで待ちたかったんですが、待ちきれずに
MacBook買ってしまいました。
Windowsと互換性でてきて、ファイルもだいたい読めるっていう話だったのに、
Textファイルが読めなかったり、Outlookのメールファイルやアドレス帳がインポート
できなかったり、結構手間取ってます。Hotmailは完全にサポートされてないし。
最近の携帯のメモリ登録も進んでいないのに、さらに混乱に拍車がかかってます・・・。
でもさすがにブラウザひとつをとっても、感動的なまでにきれいですね。
Macユーザーの諸先輩方、いろいろとアドバイスお願いします。

こんなときにPC買い替えてみました。
今まで使ってたvaioはもう6年も前に買ったもので、OSもMe。
ウィンドウをたくさん開いて作業をしていると必ずといっていいほどフリーズ
する代物でした。
2月に入って、実家のデスクトップ(XP)に全データ移行してみたものの、
PCが居間にあるもので、ついつい姪(3ヶ月)と遊んでしまったり、
別な部分で作業がはかどらず。
Mac OS X Leopardが出るまで待ちたかったんですが、待ちきれずに
MacBook買ってしまいました。
Windowsと互換性でてきて、ファイルもだいたい読めるっていう話だったのに、
Textファイルが読めなかったり、Outlookのメールファイルやアドレス帳がインポート
できなかったり、結構手間取ってます。Hotmailは完全にサポートされてないし。
最近の携帯のメモリ登録も進んでいないのに、さらに混乱に拍車がかかってます・・・。
でもさすがにブラウザひとつをとっても、感動的なまでにきれいですね。
Macユーザーの諸先輩方、いろいろとアドバイスお願いします。
2007年02月16日
いまさら旅写真 〜その2
シベリア鉄道7日間ぶっ続けで乗るために、わざわざスタート地点(かつ終点)の
ウラジボストクに戻りました。(写真は2006年6月ころのものです)


左:濃霧のウラジボストク
右:シベリア鉄道の起点、ウラジボストク駅


左:国営百貨店ГУМ(グム)
右:何かの凱旋門だったはず。おもちゃっぽいです。


左:さすがロシアというか潜水艦も身近な存在
右:中にも入れます


左:日本統治時代に確か役所があった跡地。
右:この辺でとれるエビ?いかつい顔だけどかなりウマイ!


左:軍事博物館にはこんなのがたくさん
右:元極東艦隊の基地港としての歴史を感ます


左:歩行者専用の中心街。夕方は若者で賑わってました
右:シベリア鉄道、終点の碑。9288露里だそうです。
ウラジボストクに戻りました。(写真は2006年6月ころのものです)
左:濃霧のウラジボストク
右:シベリア鉄道の起点、ウラジボストク駅
左:国営百貨店ГУМ(グム)
右:何かの凱旋門だったはず。おもちゃっぽいです。
左:さすがロシアというか潜水艦も身近な存在
右:中にも入れます
左:日本統治時代に確か役所があった跡地。
右:この辺でとれるエビ?いかつい顔だけどかなりウマイ!
左:軍事博物館にはこんなのがたくさん
右:元極東艦隊の基地港としての歴史を感ます
左:歩行者専用の中心街。夕方は若者で賑わってました
右:シベリア鉄道、終点の碑。9288露里だそうです。
2007年01月30日
いまさら旅写真 〜その1
ずいぶんと久しぶりのblog更新になってしまいました。
そういえばロシアあたりからはほとんど写真もアップしていなかった
ことを思い出したので、今さらながら少しずつアップしていこうと思います。
とりあえず今日は、サハリンのあとのハバロフスクから。


左:ハバロフスクの空港。ロシア本土のスタート。
右:街の名の由来でもあるハバロフさん


左:夏の風物詩、クワスという飲み物を売ってます。
蜂蜜と麦芽?とかで作ってるんだったか。
右:メイン通り。かなり整備されてます


左:郊外にある平和慰霊公苑。日本政府とかの出資です。
右:シベリア抑留の戦没者慰霊碑などがありますが、非常に
アクセスは悪く十分な管理がされているとはいえない状況。


左:ソ連時代の慰霊碑。アフガン、チェチェン、アンゴラ、
ナゴルノ・カラバフ、アルメニア、タジキスタンなどで
なくなった方の名前が記されています。
右:でもКВЖДとかХАЛХИН-ГОЛとかどこのことやらわかりません…。


左:この木の飛ばす綿毛が街中にあふれてました。
右:カシワノ的に世界一のハバロフスクですが、正面からは
撮れません。残念です。


左:中央市場。
右:ロシア圏によくあるような、屋根つきの周辺に露天がたくさん。


左:ハバロフスクとウラジボストクを結ぶオケアン号。
イルカちゃんがシベリア鉄道のイメージと違います。
右:平和公苑で日光浴中の若い女性。北欧もそうでしたが、
短い夏を楽しむという姿勢がいろんなところに見えます。
そういえばロシアあたりからはほとんど写真もアップしていなかった
ことを思い出したので、今さらながら少しずつアップしていこうと思います。
とりあえず今日は、サハリンのあとのハバロフスクから。
左:ハバロフスクの空港。ロシア本土のスタート。
右:街の名の由来でもあるハバロフさん
左:夏の風物詩、クワスという飲み物を売ってます。
蜂蜜と麦芽?とかで作ってるんだったか。
右:メイン通り。かなり整備されてます
左:郊外にある平和慰霊公苑。日本政府とかの出資です。
右:シベリア抑留の戦没者慰霊碑などがありますが、非常に
アクセスは悪く十分な管理がされているとはいえない状況。
左:ソ連時代の慰霊碑。アフガン、チェチェン、アンゴラ、
ナゴルノ・カラバフ、アルメニア、タジキスタンなどで
なくなった方の名前が記されています。
右:でもКВЖДとかХАЛХИН-ГОЛとかどこのことやらわかりません…。
左:この木の飛ばす綿毛が街中にあふれてました。
右:カシワノ的に世界一のハバロフスクですが、正面からは
撮れません。残念です。
左:中央市場。
右:ロシア圏によくあるような、屋根つきの周辺に露天がたくさん。
左:ハバロフスクとウラジボストクを結ぶオケアン号。
イルカちゃんがシベリア鉄道のイメージと違います。
右:平和公苑で日光浴中の若い女性。北欧もそうでしたが、
短い夏を楽しむという姿勢がいろんなところに見えます。
2006年12月14日
砂漠日和
さかのぼりまして、山に大雪が降った日のお昼。
そう、同じ日の昼にはまだ砂漠にいたんです。(USBがつながらないので写真は後日)
太陽のあたり具合によっては赤くも見える砂の山。
前の日に登ったときはさえぎるものもなく射す太陽とどこまでもつきまとう
ハエに悩まされ、あまり遠くまでは行く気になりませんでした。
この日はとても風が強く、太陽もうす雲のおかげで耐えられないほどでは
ありませんでした。まだ大雪のことなど知るすべもなかったので、砂丘に
登るにはもってこいくらいにしか考えていませんでした。
吹きすさぶ風の中、砂漠に揺れているものは…
黒いビニール袋。
最近はどこにいっても、その辺に捨てられたビニール袋を見かけますが、
サハラ砂漠もその例にもれず。やっぱり落ちています。
今までは、ごみを拾えば少なくとも拾った分だけはきれいになる、と思っていました。
でも誰もいない砂漠の砂に埋まっているビニール袋を、自分が掘り出し、
集めることは果たして、世界をきれいにしてるんでしょうか。
その集められた袋たちは、さらに人の手を介して、どこかにためこまれて
ふたがされるだけのこと。
燃やせばガスにはなるでしょう。そして空気を汚す。
埋めれば見えなくなるけれど、なんも変わらず。
使わなければいいんだけれど、今さらそれも無理な話。
誰か、今年のクリスマスにはビニールを食べる犬をください。
ビニールを栄養に育つ木の苗を。
2006年12月12日
キンチョウの夏、モロッコの冬
この前会った日本人旅行者から蚊取線香をもらい、気分は完全にマラリア
対策なわけです。それが、モロッコは簡単に許してはくれません。
砂漠をでて、今さらやっとマラケシュを目指して夜行バスに乗りました。
本来10時間程度でつくはずのバス。
2〜3時間走ったと思ったあと、やけに長い停車、そのうちエンジンも切られました。
薄手のブランケットは持ち込んでるものの、かなりの寒さにいまいち寝付けぬまま
バスは一向に動き出す気配なし。
結局バスは止まったままで朝を迎えました。
やけに冷えると思えば、外は一面雪景色。それも結構な勢いで雪は降り続いて
います。そして、聞いたところによると昨夜すでに峠では40cmの積雪があった?
とかで道路が通れないとのこと。
あまりの寒さに外に出る気も起きず、うとうとしては姿勢を変えることを
繰り返していると、たぶん午後になったころやっとバスは動き出しました。
それでもその後も10分走っては前がつかえ、20分走っては雪で身動きがとれなく
なりといったことを繰り返します。しかもそのたびに止まる時間は走ってる時間
よりもはるかに長い…。
そしてまた夜が来ました。
夜2時過ぎにどこかの街に着き、ここでこの日はじめてのまともな食事。
まるでプチラマダン。
しかもこの日、トイレにもたった1度しかバスを降りずにずっと縮こまって
いたもので、足もまともに立たないほど。
そしてバスは動き出さないまま2日目の朝も明けました。
昼過ぎまではほとんど走らなかったものの、午後からやっとまともに
走り出し、ようやく夜の9時にマラケシュにはつきました。
51時間。
夜乗って、朝着くはずの夜行バス。
そりゃ文庫本も、食料もそれほど準備しませんよ。
例年はこんな大雪降らないそうです。
でも、モロッコの冬は思ったよりも寒い。寒い。
対策なわけです。それが、モロッコは簡単に許してはくれません。
砂漠をでて、今さらやっとマラケシュを目指して夜行バスに乗りました。
本来10時間程度でつくはずのバス。
2〜3時間走ったと思ったあと、やけに長い停車、そのうちエンジンも切られました。
薄手のブランケットは持ち込んでるものの、かなりの寒さにいまいち寝付けぬまま
バスは一向に動き出す気配なし。
結局バスは止まったままで朝を迎えました。
やけに冷えると思えば、外は一面雪景色。それも結構な勢いで雪は降り続いて
います。そして、聞いたところによると昨夜すでに峠では40cmの積雪があった?
とかで道路が通れないとのこと。
あまりの寒さに外に出る気も起きず、うとうとしては姿勢を変えることを
繰り返していると、たぶん午後になったころやっとバスは動き出しました。
それでもその後も10分走っては前がつかえ、20分走っては雪で身動きがとれなく
なりといったことを繰り返します。しかもそのたびに止まる時間は走ってる時間
よりもはるかに長い…。
そしてまた夜が来ました。
夜2時過ぎにどこかの街に着き、ここでこの日はじめてのまともな食事。
まるでプチラマダン。
しかもこの日、トイレにもたった1度しかバスを降りずにずっと縮こまって
いたもので、足もまともに立たないほど。
そしてバスは動き出さないまま2日目の朝も明けました。
昼過ぎまではほとんど走らなかったものの、午後からやっとまともに
走り出し、ようやく夜の9時にマラケシュにはつきました。
51時間。
夜乗って、朝着くはずの夜行バス。
そりゃ文庫本も、食料もそれほど準備しませんよ。
例年はこんな大雪降らないそうです。
でも、モロッコの冬は思ったよりも寒い。寒い。
2006年12月09日
モロッコゼロ
砂漠の街、メルズーガにいます。
ここに来る前は迷路のようなメディナ(旧市街)で有名なフェズという街に
いました。
複雑に入り組んだ旧市街と、そこら中にあふれるカタコトの日本語使いたちに
少し疲れ、広場で古着やらガラクタを売るおばちゃんたちに混じって商売を
はじめたときのこと。はじめは変な東洋人が売っているものに興味深々の
様子でひっきりなしにモロッコ人たちが売り物を眺めにきていました。
価格設定がまずかったらしく、他の店(というか)の値段をチェックして
再度腰をおろしてみると、笛をふきながら警官のような人たちが現れました。
すると今まで地べたに商品を広げていた人たちが一斉に品物を片付けはじめました。
片付けに手間取っている人たちは警官から何か言われている様子。短い時間の
うちにそこらじゅうでものを売っていた人たちが、広場のまわりに散ってしまい
ました。
その一方で、大々的に古着を広げている一部の人たちは、何事もないかのように
商売を続けています。
なんで?
と思って、自分の横で携帯電話や古靴を売っていたおじさんに聞いてみると、
「あいつらはムスリムだからさ」との答え。
ガイドブックによると、ベルベル人とアラブ系の人たちの間に民族的な
争いはないとのこと。でも現実に、何かに基づいて同じ土地に住む人たちが
別の扱いを受けています。そんなことはどこの国にもあることで、あたり前だ
と言ってしまえばそれまでのこと。
でも広場を立ち去っていく年配の人が、よそ者に向かって「モロッコ・ゼロ」
という意味は。そして、それを隣に座っていたおばさんが繰り返して言いました。
「モロッコ・ゼロ」
ここに来る前は迷路のようなメディナ(旧市街)で有名なフェズという街に
いました。
複雑に入り組んだ旧市街と、そこら中にあふれるカタコトの日本語使いたちに
少し疲れ、広場で古着やらガラクタを売るおばちゃんたちに混じって商売を
はじめたときのこと。はじめは変な東洋人が売っているものに興味深々の
様子でひっきりなしにモロッコ人たちが売り物を眺めにきていました。
価格設定がまずかったらしく、他の店(というか)の値段をチェックして
再度腰をおろしてみると、笛をふきながら警官のような人たちが現れました。
すると今まで地べたに商品を広げていた人たちが一斉に品物を片付けはじめました。
片付けに手間取っている人たちは警官から何か言われている様子。短い時間の
うちにそこらじゅうでものを売っていた人たちが、広場のまわりに散ってしまい
ました。
その一方で、大々的に古着を広げている一部の人たちは、何事もないかのように
商売を続けています。
なんで?
と思って、自分の横で携帯電話や古靴を売っていたおじさんに聞いてみると、
「あいつらはムスリムだからさ」との答え。
ガイドブックによると、ベルベル人とアラブ系の人たちの間に民族的な
争いはないとのこと。でも現実に、何かに基づいて同じ土地に住む人たちが
別の扱いを受けています。そんなことはどこの国にもあることで、あたり前だ
と言ってしまえばそれまでのこと。
でも広場を立ち去っていく年配の人が、よそ者に向かって「モロッコ・ゼロ」
という意味は。そして、それを隣に座っていたおばさんが繰り返して言いました。
「モロッコ・ゼロ」
