【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ

講演家・作家・雑談相手。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転!バカ社長」「35歳から一生負けない生き方」。22年で約1000回の人生経営勉強会「ベンチャー大学」「経営人生計画セミナー」毎月開催。人生の成功は<夢×戦略×感謝>をモットーに、弱者の独立起業・経営アドバイス・講演・執筆・コンサル・勉強会・個別相談会を実施。2007年に家族で1年間の世界一周を実現!

自分の腎臓を弟へ移植しました。これで余命が20年は延びる。

弟への腎臓移植、無事に終わりました。「人工透析になった」とLINEで聞いたのは2年前。昔から透析受けてる知人から、その毎週3回4時間の壮絶さ(今はかなり進化?)を聞いたことあったので、こりゃ辛いだろう。「いや、透析で楽になった。慣れたら大したことないよ」と強がり見せない自然さにちょっと安堵。が、年に1、2回会う度、副作用?で顔がシワシワ爺ちゃんみたいになった外見を見て、驚かないフリをするのに慣れた昨秋、生体間腎臓移植という手段を初めて知った。そういえば腎臓バンクとか聞いたことあったが、全く忘れていた。検索で超簡単とわかり、でも自分の腎臓を摘出手術は怖い。が、「麻酔で寝て起きたら終わってる」という体験談を見まくり、知って数日後に弟へLINEで「俺の腎臓、一個やるぜ!」に、すぐ「あ、ありがとう」。全部上手くいった2日前、「人工透析になった2年前、透析でなく腎移植もあることは知った。でも、移植して欲しいとは自分からは絶対に言わない。言えるはずがないと思った」。まあ、そうかもね。が、チャンスが来た。懺悔の。私は兄らしいことを何もしてない。親孝行もゼロのまま。そして妻。9年前に妻は腎臓ガンで一個摘出の大手術をしたんですが、私は全く無関心でした。仕事が絶好調で、さらにJALとか某コンサルとか内容証明裁判沙汰の真っ最中で、腎臓ガン?初期で一個とればイイんやろ?と、手術前の家族同席インフォームドコンセントの説明も「もうイイよ。適当にやってて」。妻の手術は無事成功で再発もないんですが、私と妻の人間関係は破綻し(妻から見ると。私はそれまでと同じ感覚)、その後の家族内問題でも私は見て見ぬ振り。妻は精神的にもズタズタになり、家を出て1年前から別居中です。というわけで、今回は弟へ腎臓提供ドナーになったんですが、実は妻への懺悔の代わり。人として。が9割。弟よ、俺の嫁さんに感謝せよw あと、検索で普通に出ますが、人工透析より腎移植の方がはるかに体に良く、寿命も格段に伸びる。腎臓は2つあり、一個摘出してもほぼ問題ない。最新技術で痛くない。寝て目が覚めたら終わり。ちなみに腎移植は、血の繋がった親族以外、血の繋がってない夫婦や、三親等までの親族はOK。厳密な事前検査がありますが。今回初めて知ったのは、というか忘れていたのは、赤の他人でも移植はOKということ。日本で腎臓バンクからの移植待ちは15年で、希望者の1%台しか実現しない。親族以外もOKなら、それも三親等以内とか無くせば、いつでも誰でも移植できる。そこに臓器売買の市場があるのだ。闇の世界や新興国では普通か?中国とかでは数百万円で売買らしい。上手くやれば数千万でも売れるのでは?人工透析センターに通う人のリスト入手か、直接手渡しチラシで。バレたら逮捕かもだが、ノンバンク日栄の「金返せないなら、目玉売れ!腎臓売れ!」は脅迫ではなく、現実的な返済方法の一つと今回初めて知った。キチンとやれば救われる人がたくさんいるのだ。中古リサイクル市場と同じく。やっぱ親族でもドナーになれない人が99%のようだから。
栢野 克己さんの写真

在日天才打者「張本勲」の壮絶「被爆」体験

被爆者「張本勲」在日天才打者の人生
天才と言うより壮絶体験ハングリー!
http://shinsho.shueisha.co.jp/column/zainichi2/001/
取材日/二〇一三年四月八日
出生地/広島県広島市
現住所/東京都
生年月日/一九四〇年六月一九日
略歴/広島で四人兄弟の末っ子として生まれる。一九四五年八月、原爆が投下され、最愛の姉を亡くす。四歳の時に大やけどを負い、以降右手が不自由になるも不屈の努力と抜群の運動神経で野球選手として大成していく。五八年、松本商高から浪華商業高校を経て東映フライヤーズに入団。一年目に新人王、六一年には初の首位打者、六二年にはパリーグの最優秀選手賞に輝く。七〇年には当時のシーズン最高打率となる三割八分三厘四毛を記録。その後、讀賣ジャイアンツ、ロッテオリオンズに移籍し、八一年に引退するまでに七回の首位打者と通算三〇八五本安打(日本プロ野球公式記録歴代一位)を達成する。
取材者/木村元彦
WEB掲載日/二〇一四年四月八日

生い立ち

 私の両親の家は朝鮮半島の慶尚南道昌寧郡というところで農業をやっていました。しかし、日本の植民地時代に土地から何から全部取られてしまい、もう食えないということから一九三九年頃に日本に来ました。
 うちの親父の弟、つまり叔父が先に知人を頼って広島に来て古道具屋を始めていたので、父はそれを追って来たんですね。あの頃は電話も電報もない時代ですから父は叔父と時間をかけて手紙でのやり取りをしていたみたいです。その手紙が残っていましてね。うちの親父はなかなか筆達者だったようです。 しかし、字は上手いのですがもうとにかく酒癖が悪かった。すぐに手を上げるわ、博打でしょっちゅう負けて帰って来るわで、私の母は随分苦労したといいます。だから私は博打が大嫌いで一切やりません。
 両親は兄貴と二人の姉、計三人の子どもの手を引っ張って日本に来たそうです。私は来日して一年半後の一九四〇年に広島の大州というところで生まれました。それが大体の生い立ちです。父親は生活のめどがある程度立つと、日本で暮らすための最終的な段取りをつけるために韓国に一度戻りました。少ないながらの財産を処分したり、親への挨拶まわりなどをしたのでしょう。ところが、魚の骨が咽に刺さってそこで急死してしまいます。 一家の大黒柱を失ってしまい、母は途方にくれたと思います。

やけど、そして被曝体験

 あれは四歳の時です。土手で焚き火をしてサツマイモが焼けるのを待っていたら、後ろから、トラックが突っ込んで来ました。そのまま倒され、大やけどを負いました。火の中に突き飛ばされたので胸から顔から真っ赤に焼かれてしまったんです。小指と薬指は燃えてしまい、残った指も二本、今でもくっついたままです。トラックの運転手は家まで連れて行ってくれましたが、そこから姿を消してしまいました。逃げたんですね。うちの叔父さんがたまりかねて交番へ行って、犯人を捜してくれ、せめて治療費を取りたいと言うと、そんなもん分からん、お前ら朝鮮人だろう、帰れと言われたそうです。うちの叔父さんはとてもおとなしい人でしたが、その人が震えながら泣いてあのときは本当に悔しかったと、私が中学校の時に語ってくれたことがありました。
 原爆の投下された八月六日のことは鮮明に覚えています。五歳でした。近所の子たちと遊ぼうと思って、三畳一間が連なる長屋の戸をガラッと開けて表に出た途端、ピカーっと光ってドーンと物凄い音がしたんです。気がついた時は真っ赤な色が目の前にありました。よく見るとそれはお袋の血でした。ガラスの破片で胸を切りながらも私と姉(下)を庇って覆い被さってくれていたんです。私たちの家は裏に比治山という海抜七二メートルの山があってそれで助かったんです。爆心地から直線距離にしたら一キロもないんですが、家が山の真裏だったから、光と熱が遮られて私たちの長屋だけが助かった。振動はあったし、バラックだから倒れましたが、死の灰は吸わずに済んだのです。
 それから下の姉に手を引かれて、五、六〇メートル先のぶどう畑に逃げて行ったら、もうすでに何十人も避難して来た人達がいました。そこで見たのはまさに地獄絵でした。うめき声、焼けた人肉の臭い、それと絶叫。怖かったのは、私の目の前を人がダーっと走って行って近くのドブ川に飛び込むんです。熱くて苦しくてたまらず、とにかく水が欲しいんですね。でも飛び込んだ人はみなそこで亡くなってしまいました。
 原爆が落とされてから二日後のことです。避難していたぶどう畑に、負傷した上の姉が担架で運ばれて来ました。赤十字の人が「張本さーん、どこですか?」って大きな声で呼ぶから、慌てて家族は立ち上がりました。担架に駆け寄ると、姉は全身がケロイドで覆われて見るも無残な姿でした。顔を見てもこれが姉ちゃんなのかと分からなかったほどで、家族もようやく名札で確認できたと言います。私にとっては自慢の姉でした。色白で背が高くて優しくて、いつも友達から「勲ちゃんはええのう、綺麗なお姉ちゃんがいて」って言われていたものです。
 その姉が痛い、熱いと一晩中……うめいていました。お袋は二晩中泣いていました。
 私が物心ついてから兄貴に、姉は正確にはいつ亡くなったのかと聞くと、運ばれてきた翌朝もの凄く大きな声で……お袋が泣いたらしいですわ……、その時じゃないかと……。
 韓国の文化なんですね。お袋は姉の髪の毛一つも残さないんです。日本では形見として親族が遺品を全部残すじゃないですか。ところがお袋は全部焼き捨ててしまった。私と兄貴が姉さんの小さな写真を持っていたのですが、それも取り上げられて燃やされてしまいましたよ。悲しい記憶をもう二度と思い出したくないのでしょうね。お墓はありますよ。お袋いわく、お姉ちゃんは一〇歳くらいでなくなったけどここには魂が入っているからと。私も年に何回か墓参りに行きます。
 しかし、原爆資料館には戦後にできてから一度たりとも行けませんでした。悔しくて悲しくて怖くて、足を向けることができなかったんです。でもある出会いがあったんです。あるとき、連載していた毎日新聞のコラムで「八月六日と九日は暦から失くして欲しい、来る度に原爆を思い出すから」と書いたんですよ。そうしたら大分県の小学六年生の女の子が手紙をくれたのです。「張本さん、それは逆じゃないですか」と。「私たちの世代は戦争を知りません。このままではその悲惨さを伝える人がいなくなってしまいます。私たちの下の世代の子どもたちのためにも張本さんの真実を伝えて下さい」と書かれていてね。ビックリしましたよ。六年生の子に六〇歳の俺が何を言われているんだと思ってね。
 私は資料館の近くまで行ったことはあるんです。でも手が震えて汗があふれ出て来て、辛抱たまらず引き返してしまった。それで女の子に言われて、はっとしました。その子は長崎の資料館に行って衝撃を受けたそうで、核兵器の恐ろしさを前に何とかしなくてはいけないと思ったのでしょうね。小学生が勇気を出して向き合っているのに、俺は何をしているんだ、よしと決意して行きました。二〇〇七年の四月四日でした。行く前には親族の眠るお墓に寄って、今から見てくるよと報告をしたものです。館内はもう涙なくては見られませんでした。五歳の時の記憶が蘇るんです。私は愛する姉を取られているから余計身に沁みて、資料館を出るまで涙が止まらなかった。見るも無惨です。この世の人間がやる所業じゃないと思います。
 原爆を投下した方はいろんな理由を言いますよ。これ以上やるともっと戦争の犠牲者が増えたとかね。しかし、それで一般市民を殺すという理屈はおかしいです。そういうことで、私はもう核に関しては震えるほど反対しているんです。核廃絶のアピールにも賛同しています。アメリカはじめ大国は無条件で核を放棄して欲しいですね。良い悪いは政治の問題だから私にはよくわからないんだけど、とにかく核を持って、何の罪もない無垢の少女・少年を殺傷するのは人間の仕業じゃない。
 その後、原爆資料館の入場券の半券の裏に「ありがとう、君に背中を押されて行ってきましたよ」と書いて毎日新聞を通して女の子に渡しました。

戦後

 終戦の八月十五日の玉音放送は家にラジオが無くて、後で録音で聞きました。お袋は日本語もできないし、私たちを連れて朝鮮半島に帰ろうかと考えたようです。実際に航行しているヤミ船の乗り場まで行ったのですが、定員いっぱいで乗れず、そうこうしているうちにそのヤミ船が下関沖で転覆する事件なんかがあって断念したそうです。住む家が無く、仕事も無く、それでも親子四人で生きていかないといけない。父方の親戚がやはり広島にいて鉄を造る仕事をしていたのでお袋はそこにお金を借りに行ったりもしたそうです。そして広島・東大橋の土手の下にあった六畳一間にトタン屋根を付けただけの小屋を借りてホルモン焼きの店を始めるわけです。肉はヤミ市で仕入れて、お酒は近所の同胞から分けてもらった密造のどぶろく、マッコリです。警察に見つかったら捕まるのですが、それでも安いからそこで買うわけです。リンゴ箱をひっくり返し、布を被せてテーブルにして、そこでキムチとか自分が作ったナムルとかを出して、大工とか工員さんを相手に商売していました。店も住む場所も六畳の中ですから、学校から家に帰るといつもお客さんがいました。お袋は朝から夜中までいつもずっと働き通しでしたから、私は寝ている姿を見たことがありませんでした。母は日本の文字が分からないので、肉や酒の注文を受けると墨で壁に棒で印を付けて数字を記録して、それでお勘定を正確にもらっていたんですね。
 家では、お袋はほとんど朝鮮語でした。だから私も朝鮮語の単語は今でも大体覚えています。韓国人としての誇りを持ったのは間違いなくお袋の影響ですね。私は小学校のときに差別に二回出くわしました。一回目は六年生の時に、教室の掃除を三人くらいでサボったんですね。三人で休んだんですが、担任の先生は私だけをターゲットにして殴る、蹴ると酷い仕打ちをしたんです。顔がメチャクチャに腫れました。三歳上の姉がそれを見て泣いて、あんたが朝鮮人だから、あんた一人が殴られたのよと言うんです。その時はあまりピンとこなかったんです。それが二回目は、朝鮮人の友達が教室で大勢の同級生にものすごく叩かれるのを見たんです。スリッパを口にくわえさせられた上、馬乗りになられて殴られていたんです。何をしてるんだと聞いたら、いや、こいつは朝鮮人だからだと言うんですね。私はぶっとばして止めさせました。そして家帰ってお袋に聞いたんですよ。「お袋、朝鮮人て言うたらそんなにダメな人間なんか?」って。そしたら、生まれて初めてお袋の怒った顔を見ました。
 座りなさい、言われてね。今でもはっきり覚えていますよ。そうじゃないんだ、よく聞きなさい、人間は平等だ。我々の民族は決して劣った民族じゃない。韓国はむしろ歴史がある国で日本にいろんな文化を伝えた国なんだと言われた時には、子ども心にはっとしました。お袋は異国の地で子どもを三人抱えて字もわからない言葉もわからない、家もない、収入はない、どうやって生きて行こうと思ったことでしょう。でも強いんですね。広島駅の裏が闇市やったから、あそこへ買出しに行くんですよ。バスで行くと片道20分位。歩くと片道一時間くらいかかったそうです。でもバス代の十五円が惜しくて雪の日も、風の日も雨の日も歩いて通った。暑い時には喉が乾くじゃないですか。ラムネとかみかん水が五円だったそうで、普通買って飲みますね。でもお袋は飲まない。あの頃はみんな共同水道が多かったんですが、その水道の水、夏だからぬるいんですが、それで喉濡らして帰って来ていた。それは、隣のおばさんから聞いたんですよ。乱暴者の私がいたずらするとおばさんにパチーンと殴られたものです。勲ちゃん何をしてるの、お母さんがどんな苦労してあんたを育てているのか分かっているのって言われました。私はお袋が四〇歳のときの子ですからね。十八でプロ野球入った時は、お袋は五八です。親孝行をする時間がものすごく短かった。それを唯一私は後悔してるんですよ。プロ野球で稼げるようになってから仕送りをしてもお袋は一銭も使わないんです。お袋は誇りを持っていて生涯、自分が韓国人であることを一切、隠そうとしませんでした。日本にいるから日本の洋服を着たらどうですかと何十回も言っても、自分には似合わないから、と言ってずっとチョゴリを着ていました。だから川崎球場で私が三〇〇〇本安打を打ったときもグラウンドでチョゴリ姿で写真にも映っています。
 兄貴は中学を卒業して、十六歳になるともう流しのタクシーの見習いに行っていました。十八にならないと免許は取れないけど、もう家族の生活のことを考えていたんです。私が甲子園に行くために大阪の名門浪商高校で野球をやりたいと言い出したら、兄貴はそんな金が家のどこにある、と怒りながらも高校の監督に相談してくれたんです。そうしたら、勲は必ず化けるから野球をできれば続けさせてやって欲しいと言われたそうです。兄貴はその言葉をひたすら信じて生活が苦しいにもかかわらず大阪に送りだしてくれました。不眠不休でタクシーの運転手をして仕送りをしてくれたんですね。当時タクシーのひと月の稼ぎが一万八千円、そこから一万円を送ってくれたんです。私が十七歳で兄貴が二十七歳のとき。若い男にすれば一番遊びたい年頃ですよ。でも我慢してそんなふうに面倒を見てくれたんです。私は絶対にプロ野球に入って恩返しをするんだと決意して、厳しい練習に励んでいました。貧しさから抜け出すには野球しかなったんですね。
 ところが、そんな思いで通った浪商野球部ですが、朝鮮人と言うことでまた私一人だけ外される事件が起きました。下級生を部室で制裁するという事件が起こって、それが高野連の知るところになったんです。そうしたら野球部の部長というのが悪い男で、下級生への暴力は張本一人がふるったことでチームは悪くありません、という報告書を提出したんです。そんな事実は全くないのですが、高野連は調べもしないで私一人に責任を取らせました。部長の行状については当時のコーチが後になって教えてくれたんです。部長がはっきり、チームを守る、俺は朝鮮人が嫌いなんやからと言ったそうです。その事件の三、四年前にも陸上部の韓国籍の選手にも同じことをして悪者にしたそうです。私は自分に対する大きな差別をここで経験しました。そのことで三年生の予選が始まる最も大切な時期に出場停止処分を受けて、甲子園への道が閉ざされてしまったんです。もう死のうと思いました。家族が貧しい暮らしの中で自分たちを犠牲にして大阪に送り出してくれたのに、こんなことではプロ野球に入れない。淀川をランニングしていても涙が止まらず、生きていてもしょうがないと思って死を決意したんです。電車に飛び込もうとしました。そうすると、どこかで母親の「勲ちゃん」って言う声が聞こえたんです。
 それで思い留まりました。
 私は公式戦に出られなくて自暴自棄になりかけるんですが、そこからまた野球に救われたんですよ。民団(在日本大韓民国居留民団)の方で在日の高校球児でチームを作って韓国へ遠征するということになって、声がかかったんです。私はまた野球ができる喜びでいっぱいになって、広島に手紙で知らせました。するとお袋は大反対するんです。絶対ダメだと、近所の人が、勲ちゃんが韓国へ行ったら兵隊に取られて帰って来られないと散々吹いているわけですよ。そうじゃないと、説得するのが大変だったわけですが、無事に韓国へ行くことができました。いろんな所を回りましたよ。ソウルだけではなく太田、釜山、光州も全部行きました。向こうは野球は後進国だから十五試合やって十四勝一引き分けでした。しかし、歓迎はもうすごかったですね。その時は本当に自分はこの民族で良かったなと思いました。

プロ野球へ

 甲子園には行けなかったのですが、韓国遠征から帰ると多くのプロ球団がスカウトに来てくれました。残念ながら希望の巨人は来てくれませんでした。東京で活躍したかった私は東映フライヤーズと契約しました。契約金は二〇〇万円でした。ところが、それを持って帰ってお袋に見せたらまた心配するんです。お前、これは何か悪いことして手に入れたんじゃないかと。私は契約金の中から上京費用の一〇万円だけ取って、残りを全部兄貴に預けました。三年間本当にお世話になりました、これで家を建てて下さい、と伝えると兄貴はそれで市内に家を建てました。今までがトタン屋根の住処でしたから、御殿のように思えたものです。
 東映に入団する際には私が韓国籍であることが問題視されました。当時は一球団に外国籍選手は三人までと決められていたんですね。すでに球団には三人いてオーバーしてしまう。オーナーの大川博社長は、良かったらうちに養子に来るかたちで帰化したらどうか、契約金もたくさん出すからということを提案されました。それでお袋に相談したら、とんでもないと怒られました。そんなことをするなら、もう野球なんかやめなさい、兄ちゃんとタクシーかダンプに乗って私を助けなさいって。東京に帰って大川オーナーにそれを伝えたら「偉い」と言われました。「お前のお袋は偉い」って、その上で大川さんはプロ野球連盟に外国人規約の改定を進言されるんですね。そしてそれ以降、一九四五年以前に日本で生まれた者は日本人と見なすとなって枠が広がったんです。私のために規約を変えてくれたんです。
 レスラーの力道山さんとは私が一九歳のときに初めてお会いしました。東映に入って二年めでした。うちの後援会の方が在日で、力さんと仲良くされていてそれで紹介されたんです。会ったのは銀座の焼き肉屋だったんですが、分厚い手で握手してくれてカッコ良かったです。力さんが同胞であるということはその後援会長に聞きました。北朝鮮から十八歳で日本に来てちょんまげ結って苦労したんだと。自分はどうせ朝鮮から来たから大関、横綱にはなれないんだ、それならもう自分でちょんまげ切ってやるって言うて、レスラーになったそうです。私はオフになると自分からしょっちゅう電話を入れていました。力さん、遊びに行きたいですと言うと、食事に一杯にと、よくかわいがってもらいました。力さんが持っている力アパートの八階にご自身の部屋があるんですが、そこにあるとき行ったら、ちょうど在日の音楽家の人がいたんです。力さんはそこでメイドさんが入ってこないように部屋に鍵をかけてラジオをいじるんです。そうしたら朝鮮の放送局から音楽が流れて来ました。力さんはそれを聴いて踊るんです。私はまだ子どもでしたから、「お兄さん、そんなことせずに故郷の唄なんだから堂々と聴けばいいじゃないですか」と言ったんですね。そうしたら、いきなりあの大きな手で殴られたんですよ。痛くて痛くて。「貴様に何がわかるか、ワシらの時代は虫けらみたいに扱われたんだ」と。「だって何も……」と言うと「やかましい、黙れ」と言われてね。俺が韓国・朝鮮人だと言うと世界中のファンががっかりするんじゃないかと言うんですよ。だからこのまま日本人で押し通していくんだと。そんな時代ですよ。戦後まだ十五、六年しか経っていない時代でしたから。
 在日で出自を隠すというのは、今でもそういう人がたくさんいるじゃないですか。経済、芸能、スポーツ、……。私にはよく分からないですけど、それでその人が幸せなら、そっとしてあげた方が良いのかとも考えます。亡くなられた横綱の玉の海さんには二、三回会ったことがあります。あの方はご自身ではっきりと在日であると言っていましたね。
 私が二三年間プロ野球選手としてがんばれたのは、まずトタン屋根六畳一間の家で家族のために苦労している母親に楽をさせてやりたいという、その思いが出発点でした。ですから帰化に揺れたこともありましたが、自分にとって国籍はとても重要なことでした。
 在日の民族的な組織の動きが戦後直後は活発にあったのでしょうが、私はもう小学生のころから全くの野球一本でしたから、よく分からなかったです。民団・総連というのもわからないし、活動の内容もよく分からない。でも私は北の方とも南の人とも同様につき合って仲が良かったですからね。
 名球会の活動のひとつとして北朝鮮のピョンヤンへ野球を教えにいくというのを提案したこともあります。行けるなら私が行って、北の人たちと野球の素晴らしさを通して、交流が図れればすばらしいですからね。今は分断されていますが、同じ民族、いつの日か釜山からピョンヤン経由でヨーロッパに行く新幹線でも出てくれると最高ですね。そうなってもらいたいですね。
 それから六カ国協議も広島でやるべきだという意見を出したこともあります。広島には立派な会議場があるし、ホテルにも困らないから十分開催が可能です。アメリカからはオバマさんじゃなくていい、官房長官でもいいから要人たちが来てしっかり原爆資料館を見てもらって、全世界へ向けて核廃絶をPRしてもらいたいです。あれを見たら知らない人でも心打たれます。私が行った時も白人の人がワンワン泣いていました。自分たちの子孫のためにも目覚めてくれると良いのですが。
次の世代へ

 今後の東アジア情勢のニュースなんかを見てると心配ですね。竹島の問題とか、こじれていますからね。どうでしょうねぇ。
 私ら二世が元気な間に解決してくれれば良いんだけど、もう三世の子どもたちの時代ですよね。娘も今、韓国語を覚えています。今度また韓国に連れて行くんですけど、その子らの時代に託すようにと思っているんです。娘には旦那さんは日本の人でも良いから連れてこいと、そう言うとるんです。下の娘はもう日本の人と結婚しています。だから下は彼氏を紹介するときにものすごく戦々恐々としていました。絶対お父さんはあの性格だから許さないと思っていたと。ビックリしましたよ、それ聞いて(笑)。
 竹島もうちのものだ、お宅のものだとも言わないで、ちょっと難しいから、時間を掛けて解決していくしかないんじゃないでしょうか。子孫のためにちょっと顔背いて、お互いに幸せになるならそうさせてくれと。我々が幸せになるんじゃなくて、三世の彼ら彼女らが幸せになるためにね。

ベストセラー「小さな会社☆儲けのルール」20160418栢野克己(かやのかつみ)中津青年会議所

 

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栢野克己(かやのかつみ)の限界突破セミナー。即興マシンガントーク2時間!

2016-04-06 23:55:22

第17回限界突破セミナー終了

テーマ:セミナー・講演などの実績
皆さんこんばんは。

日報コンサルタントの麻井です。


本日、福岡より栢野克己さんをお招きしての第17回限界突破セミナーが終了しました!40名近くの方にご参加頂きました!皆さま本当にありがとうございます!

実は限界突破セミナー5回目のゲスト講師としてご登壇頂いた栢野さんですが、今回も即興マシンガントークであっという間の2時間15分でした。キレ味満載の辛口トークは健在!

ランチェスター8大戦略、長浜ラーメンの客層戦略、HIS海外格安バラ売りチケット、ホームテックの既存客営業部隊、自動旋盤youtube大量行動戦術、リピート対策には手書きハガキ・ニュースレター・電話などアナログ対策、元ヤン従業員には夢情熱気合い朝礼ありがとう感謝教育、初めは各業界の素人やバカをターゲット、大手がやらない手作り・バカにする・めんどうを狙う、商品力がない時は営業力、痩せる治るの薬事法違反はナシだけどアリ・・・etc。。。









栢野さん、受付を手伝って頂いた杉浦さん、会場の設営を手伝ってくれた樋口社長、宮多さん、渡辺さん、そしてご参加頂いた皆さま、本当にありがとうございました!

ちなみに次回の第18回限界突破セミナーは社長通信で有名な蒲池崇さん(「顧客と最高の信頼関係を作る営業ツール」著者)を大阪からお招きして来月5月28日(土)に開催致します!

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今後も限界突破セミナーをよろしくお願い致します!


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保険営業の神・イーエフピー代表の花田敬さん。昔の8億円新規事業大失敗は今になって花開いた貴重な経験。他業種もこれはそのまま使える。

ソニー生命の伝説営業マンで、その後代理店で独立。さらに保険営業のコンサルタント「イーエフピー」代表で有名な花田敬さん。は以前(2000年から2005年)、VCから8億円もの出資を集めてベンチャー事業にチャレンジ!事業としては失敗でしたが、その経験と理論は、2016年現在も極めて正しいですね。以下は昔のメルマガ?ブログ?アーカイブから抜粋です。超貴重です。

 

 

 

私は、現金8億円を投資しました。

 
記事は、ベンチャーキャピタルから資金調達した時のものです。

資金調達当時は、保険比較のサイトwww.e-hoken.comは順調でした。
ですから、調達したお金は「データベースを活用した見込客開拓ツール」の開発に
投資したのです。

ボストンコンサルティンググループに
1億円のコンサルティング料を払い,
ビジネスモデルを作り、
システムを構築していきました。

(我ながら思い切りましたね)

大きなデータセンター、データベースの構築、メールシステムの開発、
改修を繰り返してきました。

そして、5年ほどで8億円を使い切ってしまいました。

弊社の資本金は10億円超あったのです。
http://www.e-fp.co.jp/fl/c2.html (会社案内)にあるように、
現在は2億3,857万円です。

つまり、投資しすぎて短期に回収できないと監査法人に指摘されたのです。
結果として「減資」という方法をとることにしました。

株主さんに説明して了承をしていただき、私のけじめとして自分の報酬を
手取りでマイナスにしました。

簡単に言うと 「損」 したのです。

そして、力を入れ続けたデータベース・マーケティングモデルは
今、見事に花開いています。

よく言われます。「花田はファーストペンギンだ」と。

【参考】ファーストペンギンの説明は、
http://www.geocities.jp/jufu13/pengin.html
でご覧ください。

皆さんは
8億円を投資して構築した「売れる仕組み」
のエッセンスをご活用ください。

イーエフピー株式会社のコンサルタントは言います。

「データベースの数を増やして、定期的にコミュニケーションを取ると
信頼が深まり売り上げが増えます。そのコミュニケーションツールに
メール、FAX、はがきを使うのです。
そうです。データベースが大事なのです。」と。

 

しかし、弊社の社員が知らなかった【過去】があります。

私は、1997年4月にソニー生命5人の保険営業のトップ営業マンで、
保険代理店エフピーステージ(イーエフピー株式会社の前身)を立ち上げました。
スター選手で立ち上げた会社は業界で多くの注目を集めました。

社員数も確実に増えて、当然、成功するとしか考えていませんでした。
ところが、 5年後・・・散々な結果に終わり、結局、

この組織は崩壊し、事業を売却しました。

あなたは原因がどこにあると思いますか??
答えは簡単でした。
すべて営業マン任せのマンパワー営業だったのです。

 

営業マン任せということはつまり、営業のプロセスを全て1人でこなしている
ということです。

営業のプロセスを一人の営業マンで完結することは難しいのです。売れる仕組みを
作り上げることを怠ったのです。
たとえ、一億円プレーヤーがいたとしても必要だったのです。

そんな【過去】を活かして【現在】があります。

だからこそ、イーエフピーは営業プロセスを見直すために、
売れる仕組みを提案しているのです。

おかげさまで、2008年3月現在、全国6,500社(人)のお手伝いをさせていただています。
あなたの成功を心よりお祈りしております。

代表取締役

ここからは、興味ある方のみご覧ください。
さっそく、質問です。

あなたは
半年後、1年後、2年後、5年後・・の見込客作りの必要性を感じている。

そして今、その仕掛けを戦略的に行っている。

『YES』 であればこれより下は読んで頂く必要はありません。

『NO』  であればぜひこのレターを読んでください。
あなたにとって売れる仕組みづくりのキッカケとなるでしょう。

じっくり読んでください。

最後の方に営業に役に立つ無料レポートを用意しています。

はじめに、営業の専門雑誌(日本実業出版社)に採用された
私の記事をお読みください。

◆ 新入社員時で毎日数百件の飛び込み営業。そして営業の法則が分かった。

トライアンドエラーの末に
見つけた戦略を着実に実行すること

日本実業出版社さん】

「現在、イーエフピー株式会社で営業支援コンサルティングに携わる花田敬氏は、かつてライフプランナーを務めたソニー生命時代に2年連続で社長賞を獲得している。その花田氏に、社長賞を獲るような突出した業績を挙げるためには、どのような工夫や発想が必要なのか、自身の経験を踏まえ解説してもらった。」

【ここから花田】

生命保険の世界に入る前にも1度社長賞をいただいています。

前職は、酒類問屋を母体とした熊本の総合サービス産業。私は、自動車学校の営業に携わりました。開校したばかりの2校目で生徒集めをするのですが、近隣にはナンバー1とナンバー2の自動車学校があり、そこに挟まれるような場所に立地しています。

この立地からして、待っていては自校に来てもらえる状況にありません。そして、自動車学校の生徒となるのは近隣の住民であり、家族全員が同じ自動車学校で免許を取ったというケースも少なくないのです。つまり既存の自動車学校は、紹介によって新しい生徒を獲得できるのに対して、自校にはそれができない。そこで、当時の自動車学校としては珍しく、本格的に営業に取り組んだわけです。

悪条件を克服するために
トライを繰り返す

まず、住宅地図を頼りに近隣の家庭をくまなく回りました。ローラー作戦です。ところが、昼間家にいるのはお年寄りばかり。そして、若い方と話ができたとしても、地方都市の場合、20歳になっても運転免許を持っていない人は極めてまれです。こうして、自動車学校の場合、飛び込みセールスはまったく効果がないことがわかりました。

「これから運転免許を取るのはどんな人なのだろうか」
こんな当たり前のことを自問自答した後に、まず訪問したのが職業高校です。卒業後に就職する工業高校や商業高校の生徒は、その多くが3年の秋から卒業するまでに運転免許を取得します。

そこで、進路指導の先生にアプローチし、免許を取る必要のある生徒を体育館に集めてもらい「運転免許相談会」を開いたのです。もちろん相手は学校ですから、自社だけで開くわけにはいかず、既存の自動車学校と合同で開催することになりました。この時点では、そのうちの1割でも生徒を確保できればいいという気持ちです。

もっとも、参加した自動車学校で営業部があるのは私のところだけ。先生からの相談にもスピーディーに対応でき、入校後も生徒をきめ細かくフォローします。これにより先生からの信頼が得られ、2年目以降は相談会に出た生徒の半数以上が自校に来てくれるようになりました。

しかし、職業高校の相談会だけでは満足できません。そこで説明会の案内をするために、各高校の3年生のクラス名簿を集めたり、自動車学校に来た生徒には卒業アルバムを見せてもらったりしていました。

いまは個人情報保護法によりこのような手法はとれませんが、当時、熊本市内にある高校25校×400人=1万人すべてにアプローチする気持ちでした。これによって、どの自動車学校に行ったのか、あるいはまだ免許を取得していないかをリサーチし、アプローチ対象者を絞り込んだのです。つまり、データベース・マーケティングです。

データベースの必要性を痛感
インプットしないものは結果がでない

私は大学時代、コンピュータ・プログラムを組んだ経験があります。当たり前のことですが、データの処理方法は指示できても、データベースにないものは絶対にアウトプットされません。このことを学生時代に意識できたおかげで、すでにデータベースの重要性には気づいていました。

こうして集めた情報をパソコンにインプットし、ソートすることでいろいろな情報が見えてきます。

たとえば、高校を卒業して免許をとらずに社会人になっている人には、夜間教習を勧められます。また、県外の大学に進学した人は夏休みで帰省したときの集中コースのプラン、地元大学に進学した人については大学生協で案内をするというように、ターゲットを明確にできるのです。

逆にいえば、どんなすばらしい営業企画を考えたとしても、ターゲットが明確にならなければどこにアプローチしていいかわからず、効果は期待できないということです。

開校した頃には月に14人しか生徒が来なかったところが、このデータベース・マーケティングによって200人以上集まるようになり、最下位からトップに躍り出たのです。教習車の乗車率は90%を超えました。

このような結果が出るまでには3年ほどかかりましたが、これらの業績によって私は、その会社で初の社長賞を受賞しました。
ちなみに金一封の中身は2万円でしたが、本当にうれしかったですね。

保険営業でも同じ手法を
活用して躍進した

私は10年間、その自動車学校の営業に携わり、現在のソニー生命熊本支社にヘッドハンティングされて転職します。

そこで試みたのが「セミナー営業」です。お気づきのように、これはかつて職業高校で開いた「運転免許相談会」のなごりで、どんなどんな形であれ一度でも接触のあった人にハガキやメールを送るとともにそれをデータベース化しておき、これによって集客するというものです。

現在行っている「情報提供型営業」も同じですが、生保時代の保険セミナーは保険を売りにいくのではなく、保険の入り方を教える場なのです。つまり経営者や医者などの富裕層に、抵抗なくいかに話を聞いてもらうかというところから、セミナーという形を選択したということになります。

商品に興味のある人ほど成約の確度は高くなり、ことに高額商品の場合、お客さんは顔見知りの営業マンから買いたいと思うものです。つまり、まったく自分と接触のない人が顧客になることはまずありません。

いまでこそ、金融機関などが広くこの「セミナー手法」をとり入れていますが、当時はこのようなことはほとんど行なわれていませんでした。だからこそ、爆発的な売り上げに結びついたともいえます。

前述のように、私はソニー生命在職中に社長賞を獲ったり、営業マンが3000人以上いるなかでトップ10入ったりしていますが、マーケットの大きな東京や大阪ならいざ知らず、熊本という小さな都市でそれだけの成績を上げたことに驚かれ、「花田は牛や馬にも保険を売っているのではないか」とまでいわれました。

これは、自動車学校のケースと構造はまったく同じです。先行する強力なライバルに挟まれたエリアに立地し、近くに大学もなく、自校のマーケットがほとんどないと思われていたところで、誰もやっていなかったデータベース・マーケティングを中心とした手法や発想でトップを奪取した経験が、その後の保険営業にも活かされたといえるのです。

いかがですが?
私の【データベース・マーケティング】は26年間の筋金入りなのです。

【売り上げは】
「顧客データ数」と、それが「契約になる確率」と、「契約単価」
決まることが理解できれば、対策は簡単です。

さて、
下の図をご覧ください。これは営業の一般的なプロセスです。

すべて営業マン任せということはつまり、�@〜�Cのプロセスを全て1人でこなして
いるということです。

ある経営コンサルタントは、
『この�@〜�Cのプロセスを全て完璧にこなせる営業は500人に1人くらいだ。』
と言っています。それだけ、営業のプロセスを一人で行うのは難しいのです。

だからこそ、私は過去の経験から【営業プロセスを簡単にする】ということに
注目しました。

具体的に言うと、仕組み化 したのです。

 


■では、どの部分を仕組みにするのか?

例えば、あなたの知人にカーディーラーの営業マンAさんがいます。

Aさんは早速、あなたのところへやってきました。
「環境にやさしい新型車が出たのだけどどう?」

あなたは3ヶ月前に新車を買ったばかりです。
さて、この知人が勧めてくれた新型車を今すぐに買いますか??

あなたは『今は無理』という答えではないでしょうか。

同じ時期に、今度は他のカーディーラー営業マンBさん
があなたのところへやってきて、Aさんと同じことを言いました。
あなたにとってこの営業マンは知人ではありません。

あなたの答えは当然、『NO』。知人ですら断ったのですから。

しかし、営業マンAさんとBさんの違いはここからでした。

知人の営業マンAさんはそれ以来あなたの前に姿を現しません。
はがきやメールもきません。

すぐに見込客にならないとコンタクトしなくなる営業マンは多いですね。

一方、Bさんは、

 定期的に『車の具合はどうですか?』とか、『今の季節にお勧めのドライビングスポットありますよ』とか、

『2kmの送り迎えを1年続けると、どのくらいのガソリン代がかかるかご存知ですか』『安いガソリンスタンド見つけましよ』

といった情報提供や、時には顔を出します。

そうこうしているうちに3年の月日がながれました。
そしてあなたは車を買い換えることにしました。

さて、

あなたはAさんとBさんのどちらから買いますか??

どうでしょうか??

セミナーでもこの質問をよくしますが、

Bさんという方が圧倒的に多いのです。

つまりこういうことです。

Aさんは知人だったにも関わらず選んでもらえなかった。

Bさんは信頼できる営業マンとして選んでもらった。

2人の差は大きかったのです。

あなたが車を買い換えるタイミングまで、
継続的にコミュニケーションがあったことが影響したのです。

よく耳にする話ですね

 

★この部分を【仕組み】にすることが大切だ。

 

■依頼(いらい)される人になろう!!

商売において、この“お客さまから信頼(しんらい)される”ほど
大切なことはありません。

信じて、依頼(いらい)されること。 これが【信頼】(しんらい)です。

どんなに良い商品やサービスであっても、
販売している会社や営業マンが信頼(しんらい)されてなければ、売れません。
これは明らかですよね。

まず、あなたがやるべきことは、依頼(いらい)される人になることです。
そうすれば確実に売り上げは上がります。

つまり、継続的にできるコミュニケーションの仕組みつくりが必要です。

今まで接点があった潜在客に対してのコミュニケーションを続けるのです。
これから出会う人ホームページに問い合わせをしてくれた人
データべースにして、数を増やし、
その方々に対して継続的なコミュニケーションしてください。

お客さまから【依頼】(いらい)されるためには、
こちらから継続的に情報提供する必要があるからです。

まずはここからです。

そして、【内容には】

■今、こういう信念をもって、こういうビジネスをしている。
というあなたの考え方

あなたの最大の強みとしているところはこれです。

■このようなお客様がいて、お客様からはこんな声を頂いているという事実

を必ず伝えてください。
この3点はマーケティング手法で重要な要素なのです。

それから、自分のビジネスのこと、扱っている商品、サービスのことなどを
一人でも多くの人に伝え、知ってもらうことです。

そして、その人達と継続的にコミュニケーションを取ることができれば、
Bさんのように、必要なタイミングであなたに声がかかるようになります。

さて、とっておきのノウハウ紹介します。

あなたは○○さん、○○さんを知っている!
よりも、
○○さん、○○さんはあなたを知っている!

このような状況を作るように日々の行動を取るべきです。

そのために必要なことは、

多くの人へ継続的な情報提供です。

例えば一度名刺交換をしただけの人と
すぐに打ち解けて仲良くなるのは難しいもの。

ですから、情報を提供するということを心がけてください。

■ どうやって情報を提供すればいいのか?

電話で? FAXで? 手紙で? 訪問?

 

★すべてやってください★

 

 あなたが今のビジネスに真剣ならば、すべてをやってください。
私は経営者、やれることはすべてやってきました。失敗してもいいでは
ないですか?それが次のドアのカギになるのです。

先送りが一番まずい!!

先送りして成功した人はいない。

一度にやるのは大変だ!! そうですね。
では優先順位を決めましょう。

人間は単純な繰り返しは苦痛である。
しかし、コンピュータは、その人間が苦痛な単純な繰り返しの作業しかできない。

知っていましたか?

あなたは単純な繰り返し作業をコンピュータにさせるため、

まず、インターネットを活用することです。

今や誰もが活用しているメール(携帯メール)を使うことです。
最近、名刺交換をした人の名刺を見てください。
そこには恐らく、メールアドレスが入っていると思います。

メールアドレスがあるということは、
メールで連絡をしてもOKということです。

つまり、お客さまはコミュニケーション手段のひとつに
メールを利用したいということです。

【メールの内容作りが自分ではできない。】
【営業の時間をメールの時間に使いたくない。】

その通りです。営業の時間を削ってはダメです。
本業に時間を集中してください。

では、どうすればいいのか?


弊社は営業支援会社です。 期待に応えられるツールは
すべてそろいます。 弊社になければ探してきます。

ここで、少しだけ弊社のサービスを紹介させてください。
読んでいただき興味を持ったら
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【弊社のサービス紹介】

これで解決!! eFPダイレクトマーケテングサービス
『ACTION Mプラン』−戦略的営業メールシステム−

今までお話してきたこと全て、
『ACTION Mプラン』を活用することにより、
自動的に簡単に実現できるのです。

⇒『情報をつくるのが面倒くさい、そんなことしている時間がない』

おまかせください。コンテンツ(配信される情報)も自動的に作成されます。
各社のコンプライアンスチェックは受けています)

⇒『キャンペーンの案内やセミナー案内を送りたい』

タイムリーな情報、キャンペーン情報など、好きなタイミングでしかも、
ターゲットごとの情報配信も可能です。

※サーバー開設・データ保管等に関しての料金は別途必要になります。

■1.戦略的メール配信のためのデータベースの作成
(キーワード検索で、見込客、既契約者、経営者、医者、などを選び、
そのターゲットに対して一括で情報を送ることなども出来ます。)
■2.暮らしや、ビジネスの情報を毎月1回、自動的に配信することができます。
(毎月自動的に、弊社が【暮らし・ビジネス】などのコンテンツを作成し、
あなたに代わってあなたの顔写真、お名前入りで自動的に配信します。)
■3.あなたのデータベースに基づいてターゲット別、グループ別などに
あなたが配信したい情報をリアルタイムで配信できます。
(あなたが作った近況報告、セミナー集客レター・イベントの案内レター、
紹介依頼のレター、新商品の案内レターなど)

★このシステムの運用体制とセキュリティ★

大手金融機関から定期的に、運用チェック、セキュリティチェックを受けています。

2008年6月現在、大手データセンター2ヶ所にサーバーを16台(半分はバックアップ用)
置いて、24時間の監視しています。
セキュリティのためのファイヤーオールの充実しており、運用には8名のスタッフが
関わっています。

場所代、使用料(電気などの設備)、監視サービス、などのハウジング料は
月額220万円です。年間2640万円になります。

これ以外にも人件費やコンテンツ作成費、システム改修費がかかっているのです。
8億円投資した以外に、これらに投資し続けています。

【お客さま紹介】

おかげさまで、2008年3月現在、約6,500社の導入実践がありますが、
ご利用者の皆さんから声が届いていますので紹介します。

そのほかの成功事例はこちら↓

さて、話を戻しましょう。多くの人に継続的にコミュニケーションするために
メールシステムを使う話でしたね。

まだ、よく理解できない? なるほど。 

その通りだと思います。もっと知りたいですよね。

そこで準備していました。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
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電話での請求ではお名前、連絡先を録音してください。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。

 

 

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【各種お問い合わせ・相談窓口】
東京
TEL:03-3514-1975 / FAX:03-3514-1976  E-mail:info@e-fp.co.jp
京都
TEL:075-212-2311 / FAX:075-212-2325  E-mail:kyoto@e-fp.co.jp

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ウツは儲かる。あなたも騙されている。医者と薬屋は笑いが止まらない。心理カウンセラーや占い師も。

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「ウツは儲かる。薬漬け。笑いが止まらない」と、10年前にセミナー会議室が横の人が。日本精神?心療内科?学会とかいう名称だった。心理カウンセラーコーチングも同類。今回、ウツが障害者認定で障害年金に莫大な税金が投入。発達障害も。巨大市場の誕生。他にも酒やタバコやギャンブルも。
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■うつ患者が急増したのは、製薬会社のキャンペーンがきっかけだった!「うつは心の風邪」というキャッチコピーが広く知れ渡ると、「自分はうつではないか」という患者が病院に押し寄せた。その後も、新たな薬が発売されると、うつ患者が急増する現象が世界中で起こっている。キャンペーンによって受診の抵抗が減り、救われた人もいるが、軽症の患者にまで安易に薬が処方されてはいないか?本誌では製薬会社のキャンペーンによるうつ急増のからくりや、薬に頼らないうつの治し方、うつから生還した元日本テレビキャスターインタビューなども。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■新たな抗うつ薬、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が日本に持ち込まれたのは、わずか15年前。その影響は甚大で、この薬は日本の文化を一変させた。かつては珍しい病気だったうつ病が、ありふれた病気になった。それまで、悲しみや憂鬱な気持ちを感じることは至って普通のことと考えられ、時と場合によっては尊い感情とすら見なされた。ところが、今や治療が必要な病気と診断されるようになり、その一方で製薬会社は巨万の富を築いている。世界中のあらゆる文化はグローバル化の波にさらされている。そして日本文化に訪れた、うつをめぐる根本的な変化はたまたま起こったものでは決してない。日本人特有の憂鬱や悲しみといった感情に対する見方を変えてしまおうという試み、いわゆる疾患啓発キャンペーンは、巨大資本を有する製薬会社によって綿密に計画され、そして実行された。

高齢者ほどリスクが高くなる高血圧などの病気と違い、うつの場合は、各年代でほぼ同じ分布を描く。どの年齢層でも、ある程度は自然な回復力が働いているためだ。こうした病気は、医者に行かずにほうっておいても、時の経過とともに回復する可能性が高い。にもかかわらず、患者数が急増したのは、啓発活動をきっかけに「軽症でも病院にいかなければならない」との意識が高まり、「元気」と「うつ」の境界線が「元気」の方向にシフトしたためだ。「正常と異常の境目付近には、つねに巨大なマーケットが潜在している」(井原教授)。

以下にもっと詳しく。全文のアマゾンは検索でダウンロード99円
https://books.google.co.jp/books…

 

■「週刊東洋経済」(東洋経済新報社/1月18日号)は『うつの正体』という特集を組んでいる。「あなたの会社では何人がうつで休んでいるだろうか。公務員の統計では国家公務員の1%強、地方公務員の1%弱が、主にうつが原因のメンタル休職者だ。民間企業でもこれが目安となる。うつ休職者が、公務員並みの1%くらいに抑えられていれば、その企業の人事部は優秀だと見なされる。『IT企業なら3%台で上出来』というのが人事関係者の認識である。1カ月に100時間も200時間も残業するSE(システムエンジニア)でうつの発症が多いからだ」「一方で、製薬会社の啓発キャンペーンやメンタルクリニックの急増が、うつっぽい社員をうつ休職に向かわせている側面もある。会社を悩ませ、社員の人生を狂わせかねない、うつの正体を追う」という内容だ。ここにきてのうつ特集の背景には、うつの原因のひとつとされるストレスをチェックすることが法律で義務化される方向にあるからだ。国は1月下旬からの通常国会で労働安全衛生法を改正し、すべての事業者と従業員に対し、2015年度にもストレスチェックを義務付ける方針だ。また、18年度には、昨年6月に成立した改正障害者雇用促進法により、一定規模以上の企業では、身体、知的、精神の通常3障害者を2%以上雇用しなくてはいけなくなる。この中には、医師の診断をもとにした精神障害者保健福祉手帳3級(2年更新)が取得できるうつ病も含まれるのだ。

●誰もが簡単にうつと診断される可能性がある
 

特集記事PART1『うつになる』では、米国精神医学会が作成した診断マニュアル「DSM」が診療を効率化させたが、「単なる気分の落ち込み」といった、うつでない人までうつと診断される弊害が指摘されているという。さらに最新の「DSM-5」では「肉親が亡くなって2週間ぐらい、くよくよと泣いて仕事が手につかない」といった状態でも、うつ病と診断される可能性があるようだ。特集記事PART2『うつを治す』では、重症のうつであれば、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)などの抗うつ剤を飲む従来型の治療となるが、ただし副作用もあると警告する。軽症であれば、薬は効かないので不要な場合もある。また米国では副作用のない磁気刺激を脳に与えて治す新型療法・経頭蓋磁気刺激法(TMS)もあるが、保険適用外のため、日本では合計で180万円程度はかかるという。特集記事PART3『職場に戻る』では、うつは再発しやすく、うつ休職者は復職と再休職を繰り返しがちだとして、各企業の対策を紹介している。日産自動車は社会復帰をサポートするリワーク施設を、ホンダも専門組織をつくり、全社で統一的なメンタルヘルス対策を行っている。また、国内最大規模のIT企業、社員の休職率が1.2%に上るNTTデータは長期間にわたり負荷がかかる職場のため、常勤の産業医4人などといった他社にない陣容でメンタルヘルス対策に臨んでいる。うつ病は短期間ではなく長期にわたるストレス蓄積で症状が表れる。NTTデータが分析したところ、入社3年目からの発病者が多かったため、3年目を迎える全社員を健康推進室が面接・フォローする仕組みにして、不調者の増加を抑制することに成功している。なお、うつと異なるものに、自閉症や注意欠陥・多動性障害などの発達障害がある。うつかと思いきや発達障害といったケースもあり、一般的に発達障害は2〜5%の比率で社内にいるとされている。社内の無理解から、発達障害が要因になってうつになる場合もあるという。若干複雑な心境になるのは、人材派遣大手・アイエスエフネットの取り組みだ。同社本社のスタッフは約3分の1が障害を抱えており、社員は首に掛けるストラップで自らの病名を周囲にわかるようにしたことにより、「色分けしたら、社内でのトラブルが減った」という。たいていの職場では、コミュニケーション不足がトラブルの原因となるが、この職場では対人関係がうまくいかないことが前提となっており、その症状を周囲が初めからわかっているために、配慮が働き、トラブルが予防されるというわけだ。また同社では、「なかなか職を得られない精神障害者ならば、離職率が低く、与えられた業務を一生懸命こなす」傾向があるので、精神障害者を雇うという。弱みにつけ込んだ感がなくはないが、うつにして辞職に追い込むブラック企業とは対極に位置しており、「社員は家族同様なので決して辞めさせない」という同社専務の言葉を信じたい。

 

うつ急増は、製薬会社のキャンペーンが原因?

 

今回知っておきたいのは、特集記事PART4『うつ急増のカラクリ』だ。なぜ、うつ病の人が増えているのか。そこには製薬会社の病気啓発キャンペーンがあるというのだ。日本国内抗うつ剤の市場規模、うつ病患者数、メンタル休職率は、それぞれ実はある年から増加に転じている。それは1999年、日本で初めてSSRI系の新薬が発売された年だ。90年代初頭、SSRIは従来と効き目が変わらないのに副作用が少ないことから「奇跡の薬」とされ、米国でも急成長をしていた。大手製薬会社は、日本の市場で「うつは心の風邪」というキャッチコピーとともに「メガマーケティングキャンペーン」を展開。従来考えられていたような社会的に恥ずべき疾患ではないと思わせることに成功したのだ。うつのハードルが低くなり、患者も増えて、薬価も高い新薬は製薬会社にとって大きなビジネスとなった。医療関係者は、「あるときから精神科の廊下にMR(医薬情報担当者)が並ぶようになった。特に外資系のMRにはきれいな女性が多かった」と語っている。ここで展開された「メガマーケティングキャンペーン」では、誤解を生んだ部分もある。「うつは心の風邪」とされたが「風邪薬は何日か服用するだけだが、SSRIは何年にもわたって処方され続けることになる可能性がある」。また、被験者の自殺企図のリスクを増幅させる副作用を故意に隠していた疑いも明らかになっている。いずれにせよ、SSRI登場後に世界的に処方数が急増しているのだ。うつ病でない人まで簡単にうつ病と診断されるような時代を迎え、うつが急増した。こうなると、うつの診断書が免罪符になり「負荷の低い業務に甘んじる低空飛行社員が増える」(『人事部長座談会「このままでは会社はうつだらけ」』)との懸念もある。本来、治療すべきうつの人々に、製薬会社のビジネスで生み出されたうつの人々、さらにブラック企業によってうつとなった人々(特集記事『うつにして辞職に追い込む ブラック企業の手口』)……うつの急増には、さまざまな背景がある。そのあたりの論点をわかりやすく整理している今回の東洋経済は、さすが社会派経済誌というべきものだ。(文=松井克明/CFP) 以上の抜粋元

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豚骨ラーメンの元祖長浜屋から分裂して独立起業が3店も。裁判沙汰で炎上マーケティング大成功!






替え玉発祥の元祖長浜屋。から分かれた元祖長浜家がすぐそばにあり、元祖長浜家から分かれた元祖長浜家が斜め前。後者2つは裁判中。は結果炎上商法になり、他の長浜ナンバーワンや元祖長浜屋台と長浜将軍も合わせると、この半径100mで推定年商5億円か。スゴい。さらにこの地で修行した名島亭や一風堂や一心亭含めると世界年商は300億を超える。モノマネパクり守破離って素晴らしい。で、後発弱者が先発強者のマネはご法度理論はウソ。すき家もやずやもえがおも後発が抜いた。先発強者は調子乗って威張って努力を怠る。ガンガンマネして潰せw

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