【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ

講演家・作家・雑談相手。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転!バカ社長」「35歳から一生負けない生き方」。22年で約1000回の人生経営勉強会「ベンチャー大学」「経営人生計画セミナー」毎月開催。人生の成功は<夢×戦略×感謝>をモットーに、弱者の独立起業・経営アドバイス・講演・執筆・コンサル・勉強会・個別相談会を実施。2007年に家族で1年間の世界一周を実現!

2008年07月

経営問題【2】の答え

さっき出したメルマガに答え。できれば登録下さい。 夏休みは勉強するには絶好の時期成功事例DVD・CDもヨロシク!←今日も11本注文!ありがとう!

秋の気配(最初の人)

8/02福岡・ベストセラー「営業マンは・・」「成功曲線」他・石原明 予備 あと3名

10〜17時の長時間↑は「全部無理!」の声に応じ、途中参加〜退出OK=半額

参加者続々↑貴重な人脈になります。あの小起業家の大物も参戦↑決定! 石原明の凄いコラム その その その その←異論はあるが、なるほど!の内容。

石原明のスゴサ◆by寺田+ベンチャー大学の栢野←名言「元気になれば金が無くても生きていける」


暑くて2度目に起きた朝3時半、えーいクソとそのまま出社。職住接近は素晴らしい。で、風が涼しい。秋の気配。そう。夏は今が本番だが、夏至はもう1ヶ月も過ぎ、昼間はドンドン短くなっている・・と、何もかもダメだった昔は自分でウツに持って行っていた。Mなんだね。性格が。が、今は「試練よ来んか!」と陽転思考のMだ。で、「秋の気配」で検索していると次々に・・。が、今度こそ8/5の締切には完成だ。本を書く時期がどんどん遅れて良かった。6年前とは全然違う。人間哲学者の森信三は「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎないときに」と云ったが、それは本を書くときもそうだろう。遅れて良かった。多くの人と同じく、俺は大器晩成なのだ。年齢を重ねるたびに若くなる。学生時代から起業に成功して29歳の天啓で小説を書き始め、最初から成功してしまった村上春樹や、昔憧れた沢木耕太郎なんかに負けてはいけない。弱者の現実も実体験もないあんな天才系をのさばらせていてはいけない。完膚無きまでに叩きのめさねば。ルサンチマンとしては。

秋の気配 緑の日々 / 小田和正  ダイジョウブウツ→元気

動画 言葉にできない 小田和正  −たしかなこと −涙→奮起

しかし、驚いた。このブログを書くのに沢木耕太郎のウィキペディアを見たら、名前はペンネームだという。文章を書くのは自己顕示+自己実現の最たる手段の一つだが、本名を出さないとは。単なる目立ちたがり屋の俺とは正反対だ。そういう意味では村上春樹も同じ。自分のことはあまり書かない。飛び抜けたらそうなるのか。いや、歌手やスポーツ選手なんかは違う。モロだ。人による。

で、沢木さんの経歴見てまたも驚き。沢木耕太郎は横浜国立大学を卒業し、富士銀行への出社初日に退社を決意。その後、雑誌のルポライターへ転身するのだが、その大きなきっかけになった「最初の人」がいる。

最初の人

また大切な人が亡くなった。五月四日、長洲一二先生がなくなったのだ。長洲先生は私の大学におけるゼミナールの教官だった。しかし、先生が私にとって「大切な人」だったというとき、それは単にゼミナールの教官であったからというだけが理由ではない。先生は、いわば「最初の人」だったのだ。

もちろん、先生がいなければ、文筆を業とする現在の私は存在していない。大学を卒業して就職したものの、たった一日で会社を辞めてしまった私に、「何か書いてみないか」と声を掛けてくれたのが長洲先生だった。すべてはそのひとことから始まった。しかし、先生が「最初の人」であるのは、私をジャーナリズムの世界に送り出すきっかけを作ってくれた人としてではないのだ。

それは私が十九歳から二十歳になろうとしているときのことだった。初冬のある日、私は鎌倉の長洲先生の家に向かっていた。当時、私は経済学部の二年生でゼミナール選択の時期を迎えていた。だが、経済学という学問そのものに興味を失っていた私には、どの教官のどのゼミに行こうが大差ないと思えてならなかった。それでも最終的に長洲ゼミを選ぶことにしたのは、先生の「社会科学概論」の講義が、私の出席していた数少ない講義のひとつだったからということが大きかった。

しかし、当時の長洲先生は論壇のスターだった。そのような「花形教官」のゼミを選ぶということに、ある種のやましさを覚えないわけにはいかなかった私は、第二志望のゼミに、およそ人気のない、地味な日本経済史の研究をしている若手の教官のゼミを選ぶことで、心理的なバランスを取ろうとした。その志望書を出してしばらくすると、教務課の掲示板に、長洲ゼミを希望する者は原稿用紙五枚以内で作文を書いてくるようにという貼り紙が出された。希望者が多いためそれによって選抜するということのようだった。

退屈していた私は暇つぶしができたことを喜び、その作文を書き上げることに熱中した。しかし、自信をもって提出した二週間後、長洲ゼミに入ることを許可された十二人の名簿の中に私の名はなかった。私はそれを見てショックを受け、次に腹を立てた。あの作文のどこが悪かったというのだろう。別に長洲ゼミにどうしても入りたいとは思わないが、あの作文を読んでこの学生は必要ないと判断した理由は何なのだろう。先生に会ってその理由を教えてもらいたい・・・・・・。

いまになれば、そうすることで傷つけられた自尊心の回復を図ろうとしていたのだということがわかる。だが、そのときは、自身の傲慢さに気づかず、自分にはそうする権利があると思い込んでいた。

何度か先生の研究室を訪ねたが不在だった。数日後にはもうゼミの進路を決めなくてはならないというある日、私は意を決して先生の自宅に電話をした。第二志望のゼミに行くことはいやではなかったが、どうしても先生に合否の理由を教えてもらいたかった。電話に出たのは先生の奥様だった。私が理由を説明すると、親身になって聞いてくれた奥様がこう言った。長洲はここ数日は忙しくて家にも大学にも落ち着いていないと思う。でも、明日の朝なら確実に家にいる。よかったら早朝に訪ねていらっしゃい。

翌朝、暗いうちに家を出た私は、ようやく稲村ヶ崎の先生の家を捜し当てるとベルを押した。奥様が寒いのに大変だったわねとねぎらってくれ、すぐに書斎に通された。先生の前に座った私は、緊張したまま訪ねてきた理由を話しはじめた。
それを黙って聞いていた先生は、私が話しおわると、意外なほどやさしい口調で言った。

−−私が作文を書かせたのは、合否の判定をするためではなかった。どれだけ本気で入ろうとしているかを確かめただけで、中身はまったく読まなかった。では、どのように合否を決めたのか。それは第二志望のゼミをどこにしているかによっていたのだ。つまり、私のゼミを落とされた人が、第二志望のゼミにも入れてもらえないなどということがないように、希望者が多いところを第二志望としている人を入れ、少ないゼミを第二志望としている人を機械的に落としたのだ・・・・・・。

それを聞いて私は納得した。先生はあの作文を読んで落としたのではないという。それならこちらも文句のつけようがない。素直に第二志望のゼミに行こう。そう思っていると、しかし、と先生は言った。「どんな理由であれ、私は君を私のゼミに入れなかった。そうなんですね」私がうなずくと、先生はこう言った。「それは間違いでした」私は驚いて先生の顔を見た。すると、先生はあらたまった口調でこう言ったのだ。「私のゼミに入ってくれますか?」

その言葉にさらに驚かされた。ゼミに入れてやろう、でもなく、ゼミに入りなさい、でもなく、ゼミに入ってくれますか、と言ったのだ。私はしばし茫然としてから、慌てて、ええ、と返事した。

いまでも、先生が亡くなったいまでも、あのときどうして「入ってくれますか」などというような言い方をされたのかわからない。しかし、それが私にとって初めての言葉だということはその時すでにわかっていた。その言葉の底には、君は何者かでありうる、というメッセージが存在するように思えた。そして、そのようなメッセージを発してくれた「大人」は、先生が初めてだったのだ。

もしかしたら、私は二十歳からの困難な数年を、先生のその言葉ひとつを支えに切り抜けていったのかもしれないと思う。

そして、こうも思う。教師が教え子に、あるいは「大人」が「若者」に、真に与えられるものがあるとすれば、それは「君は何者かになりうるんだよ」というメッセージだけではないだろうかと。

(1999年6/27・日経新聞・文化欄+横浜国立大HPより) あまり書きたくないが、実はこの長州教授はのちに神奈川県知事になる。人物だったのだ。それに触れない沢木さんはやはり大物。俺なら自慢する・小者だね

 

1で、私はこの記事を読んだとき、まあ沢木ファンだったこともあるが、深く感銘し、事務所の柱に貼った。10年前に。

自分のそれまでの人生を振り返っても、そういえば俺にも「最初の人」と思う人が沢山居て勇気をもらい、俺もいつか、「最初の人」になるのだと誓った。

この記事当時は、まだ広告代理店をやっていて、年商は数千万程度だったが、通常のベンチャー大学とは別に、「独立起業・実戦ビジネススクール・人間学講座」と名打った特別九州ベンチャー大学が当たり、調子に乗っていた(収入は月30万円程度)。

が、この半年後にウツが始まり、その後2年以上も立ち直れなかった。自業自得なのだが、本当に苦しかった。その間も、何度もこの「最初の人」の記事を見ては、俺にも「君は何者かである」があるはず。でもないかも・・の繰り返し(というか、本音は絶望)だった。

で、その3年後、「小さな奇跡」は起こった。そして、私にもまぎれもなく、「最初の人」がいた。それは勿論OOOOやOO。が、「栢野さん。あなたも本を出しなさい。講演をしなさい。人生が変わる」と云われても、「そんなバカな」と実質無視して3年。追い込まれて素直に(ヤケクソ)やってみたら、44歳でやっと「何者かである」かもと気づいた。

村上春樹は29歳の時に自分で気づいて30歳でブレイクし、沢木耕太郎は20歳で「最初の人」から教えられ、23歳でブレイク。俺は天才に遅れること20年。お楽しみはこれからだ。仕返しと復讐をたっぷりしてやる。待っていろ。

・・・・・・という、同じ想いのルサンチマン弱者に

伝えたいことがあるんだ / 小田和正「伝えたいことがあるんだ」

■8/09福岡「驚異のNO1小企業<ホエール>の軌跡 記事 会場 夕方〜

人気ブログランク ←ヨロシク!にほんブログ村 経営ブログ コンサルタント・コーチへ 成功DVD・CD教材

予告映画 成功DVD・CD教材 日刊お知らせ 携帯お知らせ 公式HP(わけわからん) 

今後の予定 300週ジャンル1位 イチ押し 文句 世界一周の本

スゴイ経営戦略 問題

8/02福岡・ベストセラー「営業マンは・・」「成功曲線」他トップコンサル石原明 詳細

参加者続々↑貴重な人脈になります。あの小起業家の大物も参戦↑決定! 石原明の凄いコラム その その その その←異論はあるが、なるほど!の内容。


スゴイ歯科医の話 経営飛躍のクイズ

1

11

 

 

 

 

 

 

★私の事務所には様々な人が来ます。昔の私のように、ウツ自殺未遂で人生最悪みたいな人もいれば、年商450億で大成功の「やずや」矢頭美世子社長(その人生戦略)やラーメン大成功の「博多 一風堂」河原社長(その人生)も(ま、それぞれ1回ずつ程度。人脈自慢でイヤらしい。外では毎月会います)。ランチェスター経営・竹田陽一先生(その人生)は教材制作=スタジオ帰りによく顔出し(格下にもさすがの接近戦)。しかし、3人とも10年以上昔の弱小時代からの知り合いなのだが、今では皆、各分野の圧倒的NO1だ(それがどうした。威張るなよ。育ててもらったお客と天に感謝せよ。してるか。だから成功しているな。が、凡人は彼らの規模拡大はマネるな。小さく行こう)。なんかスゴイね。さらに皆、性格がイイ。卑しくない。生活も質素。夢戦感が完璧。が、皆、昔はダメだった。皆、一度は底辺を這いつくばっている。そこがイイね。

8/28福岡「やずや」創業者に学ぶ会昨年の案内とまったく同じ

他に、国内外に愛人が5人いて、「その維持費に毎月250万円かかる。だから俺は事業をやっている!」と公言する有名社長や、外見は可愛い女の子なのに、祖父が正統派の修験道・山伏で、本人もバリバリのマジメ系祈祷師も(仕事依頼が常に満杯状態で、新規の仕事は受けていない)。

先日は、栃木から工務店2代目が私の経営戦略+広告集客セミナーに参加しましたが、私がほざく程度のことは全部実行していて「確認のために来ました」。その2代目は10年前に原因不明の身体の痛みに襲われ、病院に行くが「どこも異常なし」。でも痛みはおさまらない。ひょんなことで旧知の坊さんに相談すると「お墓参りをしなさい」。タダだし、墓は近いので毎日行き出すと治り、どころか、「それ以来、すべてのことが順調に進んでいる」と(驚!)。正しい宗教心は大事ですね。

昨日は関東の某田舎県JC・青年会議所OBのAさんとBさんが来社。Aさん40代は数年前に破産しましたが、今は元気で新たな事業を計画(破産倒産でも人生は何度でもやり直せる。金持ち父さんロバートキヨサキも倒産破産2回)。で、Bさんは現在、歯科医院と歯科技工所を経営し、年商2億で利益もしっかり。その地域では、年商・利益ともトップとか。まだ30代前半!

聞けば16歳の高校生の頃から事業を開始。しかも経営だけで自分は店に出ない。その後は20歳で家業の歯科技工所に入ったが、下っ端で何もやることがない。ならばと、外に出て歯科医院を廻ると面白いように仕事が取れて大繁盛(普通の歯科技工所は営業してない)。さらに、仕事を安定させようと、歯科医を雇ってやったことは・・・これがなんと!!OOOOO

歯科医院の平均年商は5000万円くらいですから、年商2億(技工所含む)は通常の4倍!さらに歯科医は4人雇ってますが、給与は業界平均よりもかなり高い。さらに全従業員は10人もいない。いったい何をやっているのか?

実は今回、AさんがBさんを連れてきたのは、「Bの話を聞けば聞くほど、これは以前、JCで聴いた栢野(竹田)さんのランチェスター・弱者の戦略。が、Bはそんな勉強はしていない。だから一度会わせたい」と。

歯科医院は他の多くの業界と同じく衰退産業。人口が減り、子供の虫歯も減り、一方では歯科医の数が増えて過当競争。どこも経営に苦しんでますね。なのに、Bさんはまだ若くて「歯科医でもない」のに毎年増収増益。その秘訣を2時間聴いた私は、ブッタマゲました。

さて、Bさんの歯科医は、いったい何をやっているのでしょう?

「その行動」自体は、他の業界では極めて普通のことです。が、まさか歯科医院で!!!

またも脳天に衝撃を受けました。

で、昨夜は御大・竹田陽一+岡コンサル+伊佐コンサルの4人で4時間の情報交換。これもスゴイ話の連発で、今朝3時まで興奮して眠れませんでした。

あー、ブログを止めねば。面会もセミナーも止めねば、本の原稿が書けない。ユーチューブも見ないことだ。実は少しずつ書いてるが、息抜きに動画見て・・それバッカ。「私バカよね〜おバカさんよねえ〜」

麗君/86年全日本有線放送大賞冠軍/時の流れに身をまかせ/テレサテン/Teresa Teng「時の流れに身をまかせ」

■8/09福岡「驚異のNO1小企業<ホエール>の軌跡 記事 会場 夕方〜

人気ブログランク ←ヨロシク!にほんブログ村 経営ブログ コンサルタント・コーチへ 成功DVD・CD教材

予告映画 成功DVD・CD教材 日刊お知らせ 携帯お知らせ 公式HP(わけわからん) 

今後の予定 300週ジャンル1位 イチ押し 文句 世界一周の本

アキバ事件の人生逆転

8/02福岡・ベストセラー「営業マンは・・」「成功曲線」他トップコンサル石原明 詳細

参加者続々↑貴重な人脈になります。

■アキバ事件に思う「人生の逆転方法」

前回は私の福岡県立高校への裏口入学話を書きましたが、その後の大分県教員採用事件はスゴイですね。が、そういうことです。地元佐伯市の友人に聞きましたが、「あんなのは昔からの常識。皆、なんで事件に?が本音」だと(笑)。民間でもコネや賄賂は常識ですし。公務員の比じゃない。私はほとんどしない。お歳暮も贈ったことはない。コネ=人脈使うことはありますが、真の人脈=互いに補完し、それが世のため人のためになる!(という思い込み・爆)間柄だからこそのコネであり人脈。ま、私利私欲でもなんでもイイ。悪がいるから善人?もエラソウな口が利ける。マスコミ自体もコネ入社の嵐。マスコミ広告宣伝部は広告屋と共にスポンサー接待ヨイショしまくりで、記者も取材先のドロドロとしたコネで生きている。警察や刑事も同じ。ま、そんなのドーでもイー。

話は変わりますが、アキバの加藤事件。皆さんはどう思いますか?

私は殺人は置いといて、彼の考えや悩みは非常によくわかる。ま、事件自体は世界基準では別に毎日普通に起きていることで、狂人はいつの時代もどの国でも一定の割合でいるので仕方ない。去年、世界一周で行ったブラジル(すでに経済は先進国レベル)サンパウロでは、凶悪犯罪は日本の77倍。日本での殺人事件での死者は年間1500人前後で、人口比で云えば奇跡のように低い。ま、それもいいとして、私も昔は加藤とまったく同じ鬱屈した考えでした。

「イイ学校に行けば人生は成功する」と教育され、でも成績足りずに高校は裏口入学させられましたが、大学はそこそこの立命館大学(偏差値低い頃)。就職は天下の一部上場企業「ヤマハ発動機」。が、実力なし+性格悪いので、お客のバイク屋からは総スカン。以降の職歴も悲惨。正社員になれず、当然、自信もなく、女性にアタックできませんでしたね。その後の転職も起業も駄目で、おまけに家の借金もかぶせられ・・本当に自分の人生を呪っていました。

30代後半から運良く、様々な異業種交流会で「出逢い」に恵まれ、その結果が出るまでに10年はかかりましたが、なんとか零細講演家・作家?として、「自分なりに」人生逆転できたと思います。

で、途中までは加藤と同じく、偏差値教育の親に育てられ、社会に出ても失敗ばかりだったので、親も恨み・・・彼女もいる+一流大学+一流企業の正社員に会うと、殴りたいほどのジェラシーを抱いていました。俺は結婚もできない駄目リーマン・駄目バイト・駄目起業家。

が、実は加藤のようなヤツは珍しくない。下関駅に車で突っ込んで無差別殺人したヤツ、池袋で無差別殺人のヤツ・・・近年のその手の元祖は、昭和56年に東京でおきた「一柳展也・金属バット殺人事件」。父親は東大卒の一流企業・旭硝子支店長。母親は山口の資産家酒造家。兄は早稲田卒の一流リーマン。展也だけが三浪しても日大レベルも受からない。ヤケクソになり、親の金を盗み、ウイスキーを飲んでることころを父に発見されて罵倒され、それまで唯一守ってくれた母が「やっぱりあなたは駄目なのね」。その夜、事件は起きたのです。

つまり、下手な偏差値教育を受け、途中まで一流的な環境にいて、その後に挫折失敗して世を恨んでいるヤツは危ない。逆に最初から落ちこぼれているヤツは、挫折なんかに慣れてるから意外に強い。失敗(=経験)が当たり前の起業家で、一番多い学歴は高卒。次は三流大学。一流大学卒は駄目ですねえ。大企業の管理職やリーマン社長には高学歴多いですが、起業ではダメ。ザマアミロですね。

が、高学歴でも無学歴でも駄目な人は多い。その中で、ダメ人生を逆転する人が3%いる。それは「出逢い」と「勤勉」と「素直」。出逢い=出て会う=師匠を見つけて真似る。「人生は逆転できる!」 必ず。そう思って努力する人は。

で、実はアキバ加藤自身も人生は逆転できる。

ま、100%死刑だし、死刑にならねば俺が処刑したいくらいだが、その方法は「本を書く」こと。あの携帯サイトそのまま+事後の素直な心情を吐露して書けば、世のダメオタク人間にもの凄い共感を得るはず。過激派の「電車男」みたいに。その印税を全部、被害者に寄付するのだ。ま、俺なら受け取らないが、ワイドショーに出る以上に自己顕示できるぜ。自己顕示=正しい自己実現と紙一重だしね。

■8/09福岡「驚異のNO1小企業<ホエール>の軌跡 記事 会場 夕方〜

人気ブログランク ←ヨロシク!にほんブログ村 経営ブログ コンサルタント・コーチへ 成功DVD・CD教材

予告映画 成功DVD・CD教材 日刊お知らせ 携帯お知らせ 公式HP(わけわからん) 

今後の予定 300週ジャンル1位 イチ押し 文句

変人起業家と接近戦の嵐!

8/02福岡・ベストセラー「営業マンは断る」「成功曲線」他トップコン石原明 詳細

現在の申込↑は大分発・超自然農産物通販「じんわり村」木本村長(女性)長崎の福祉関係変態公務員生松工芸・石山社長(大川家具のネット+アナログ販売=再生成功請負人)サクセスパワー福岡・上射場社長(やずや・はせがわ・雑穀ベストアメニティ等の人材教育)コスモ綜合印刷・末若智子社長(折込チラシ大手・九折グループ)福岡NO1の店舗設計+開業アドバイザー「リードクリエーション」甲木企画部長ビジネス用ハガキで日本一のホワイトベース・小串社長世界公認アーティスト「バルーンポップ」の得居さん幟や販促物「エンドライン」山本社長(元吉本芸人)はんてん作務衣の宮田織物・吉開ひとみ専務/はじめまして。福岡県は筑後市にある、宮田織物株式会社の吉開(よしがい)と申します。宮田織物は創業大正五年、始まりは久留米絣の織り屋でした。その後、綿入れ袢天(=どてら)を作り、日本一の売り上げを記録したことも。

この人脈もお金に換えられない貴重な財産になります。「ダイヤはダイヤ。人も人で磨かれる」

■8/09福岡「驚異のNO1小企業<ホエール>の軌跡 記事 会場 夕方〜

12

■なるほど!格安自転車(大量生産+販売)や欧米の高級自転車(ブランド)に勝つ=勝負しない方法が、自転車の業界にもあったのか!

弱者の商品戦略」では基本だが、まさか自転車でも。

素直に驚いた。

 

1

 

 

 

 

 

 

 

1

■高卒バンドマン崩れのフリーターでバイト中、倒産した吉野家にそのまま居残り、社長になった安部社長。

これも正論というか原理原則。

天才以外、「サービス残業」なんて云ってるヤツは、リーマンでもダメだし、起業家になれない。

家庭は崩壊するかもだが・・武士に家庭は不要。

ブッダでも家庭は捨てたのだ。と言うと嫁さんが

1

 

 

 

 

 

 

 

1

■ネットショップコンサルの草分け「逸品」+オンラインショップマスターズクラブの森本さんに寄っていただく。

秋に北海道トンデンファーム中谷さん+森本さん+栢野+ゲスト実業家でセミナー予定の打ち合わせ。

森本さんは京大ウエイトリフティング部卒後、フィットネスクラブ指導員・本部勤務経て、弱小不動産屋を経て、趣味でやっていたネットサイト「電脳乞食」が話題になってネットコンサルの道へ。10年以上前のまだ楽天も無かった頃。意外に変人系。

 

1

■7/20(日)連休中の日曜朝7時〜ベルテンポ高萩さんを囲む会に参加した変人軍団。

なんと!徳島から来たのはランチェスター経営徳島の豊倉さん(右から2人目)。20回位のバイトや転職や宅配弁当事業で2000万貯め、一番効果の出た竹田ランチェスターの代理店へ転身。

他はカツラのネット販売ウィズ宮崎弥生さん(前列のFカップ)、外反母趾専用のオーダーメイド靴ショップ「メリーグラシス」中村美賀子さん、元ヤオハン和田さんが会長も兼務する飯塚のIT「ハウインターナショナル」濱野さん、他、医師+大学教授の方。

6時間もの情報交換会だったが、アッという間の時間。高萩さんの「お客を6段階に分けて対応」は、「やずや」など通販成功企業では当たり前+普通の会社も感覚的にやっているが、「他の大事なお客に合わない人はお断りする」には改めて納得。商品と客層は「グー→チョキ→パー→そしてチョキ」の竹田理論=これも弱者の客層戦略では当たり前だが、ついつい八方美人で得意客が逃げていく。繁盛スナックやクラブも、明確に客層を決めている。「一見さんお断り」「会員制」「紹介制」はあり。

が、そこまで行くのに時間もガマンもいるし、「捨てる」勇気と決断力もいる。高萩さんは「障害者+高齢者」系客層の旅行代理店ではある意味で強者。だからできる面も。食えない弱者は、最初はめったやたらにお客を集め・・・徐々に自分に合う人とだけつき合うべきか。それとも最初から決めるか。道はいろいろ。

最終的には、恋人や交友関係や家族と同じく、お客も自分と合う人とのみつき合うべきだろう。結果、規模は大きくしないことだ。凡人弱者は。そんな話を嫁さんにしたら、「あなたの場合、ブログを読んで変態栢野をある程度理解して納得したしか会いに来ないから、そういう意味では事前に客層戦略してるわね」。鋭い!ブログだけ見ていた人は、私に会うと100%の人が「栢野さんは意外に普通ですね」と云われる。ブログはストレス発散の場。

1

1

 

 

 

今どこに?

旧姓?澤田洋子さん。

たぶん、相当数の男を狂わせたはず。

 

 

 

 

111

 

 

 

 

 

■私の場合、天職に出逢いたいと意識しはじめて10年かかった。答えは最初から足元にあったが。そんなもんだと思う。

 

人気ブログランク ←ヨロシク!にほんブログ村 経営ブログ コンサルタント・コーチへ 成功DVD・CD教材

予告映画 成功DVD・CD教材 日刊お知らせ 携帯お知らせ 公式HP(わけわからん) 

今後の予定 300週ジャンル1位 イチ押し 文句

栢野克己(かやのかつみ) ■日本一過激な小企業コンサル・講演家。計15万部の著書「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」はアマゾン<中小企業経営>ジャンルで7年300週〜現在までベストセラー第1位〜5位。台湾(中国語)・韓国・タイ・インドネシアでも出版。零細企業☆人生逆転の事例講演・執筆・勉強会主催の(株)インタークロス代表取締役。主催のセミナー交流会「九州ベンチャー大学」や「経営人生計画セミナー」「やる気会」「早朝マーケ会」「個別相談会」は17年1000回を越え、累計で約1万人参加。全国+アジアで年間講演約100回+勉強会100回が自主ノルマ。2006年〜2007年に家族で1年間の世界一周を実現!夢は全世界で1000万部の著書+世界200ヶ国渡航 ■福岡県立城南高校+小倉西高校は裏口入学・立命館大学卒。新卒入社のヤマハ発動機を9ヶ月でノイローゼ退社、バイトのリクルートは3年弱で正社員試験落第。失意と復讐を誓い、大阪のIBMリースへ転職するが、またも仕事失敗+ウツ+婚約破棄+自殺未遂で退社。東京へ逃げ、半年失業後チラシ宅配ベンチャーへ転職。しかし、そこも詐欺的FC会社でまたも転職に失敗。もはや「同級生に勝つには独立しかない」と決意し、様々なセミナーや交流会に参加後に「無料職業相談業」で起業。しかし、半年で金がなくなり、出版社:ビジネス社でテープ起こしのバイトをするも先の人生が見えない。そんな92年実家が他人の連帯保証1億円かぶり博多へUターン。6度目の転職で広告代理店へ。同時にビジネス交流会「九州ベンチャー大学」立ち上げ。 95年、借金返済のため2度目の起業。97年完済するも実家失い親は自殺。2002年〜今までの人生への復讐スタート。お楽しみはコレからだ。公式HPも参考に。 ■インタークロス ■九州ベンチャー大学 代表・雑談担当 栢野克己/カヤノカツミ 〒810-0073福岡市中央区舞鶴2-7-21-803 電 話 092-781-5252  携 帯 090-3604-6735 FAX 092-781-5354 メールkaya@hf.rim.or.jp
毎週の最新情報
セミナー動画100連発!ダブルクリックで拡大!
もっと下に詳細経歴
livedoor プロフィール
最新コメント
Archives
  • ライブドアブログ