【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ

講演家・作家・雑談相手。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転!バカ社長」「35歳から一生負けない生き方」。22年で約1000回の人生経営勉強会「ベンチャー大学」「経営人生計画セミナー」毎月開催。人生の成功は<夢×戦略×感謝>をモットーに、弱者の独立起業・経営アドバイス・講演・執筆・コンサル・勉強会・個別相談会を実施。2007年に家族で1年間の世界一周を実現!

2015年08月

アル中とストリップ劇場狂いで失業者が54才で「小説現代新人賞」を受賞

第 10 回「小説現代長編新人賞」受賞作決定のお知らせ    講談社のサイトより

拝啓 初夏の候、時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、 厚くお礼申し上げます。

さて、昨日の選考会(選考委員・石田衣良氏 伊集院静氏 角田光代氏 花村萬月氏) におきまして第 10 回小説現代長編新人賞受賞作が決定いたしましたので、お知らせいたし ます。 また、贈呈式は、10 月 22 日(木)、講談社26Fレセプションルームを予定しておりま す。何卒よろしくお願い申し上げます。 敬具

*受賞作 『ヒモの穴』 *著者名 坂上 琴(さかがみ・こと) 著者略歴及び受賞作梗概は別紙にてお送りいたします。 受賞作抄録は、「小説現代」12 月号に掲載予定です。 また、単行本は、文芸第二出版部より、来年1月に刊行される予定です。

●過去の受賞一覧

第一回 受賞者 ヴァシィ章絵 ワーホリ任侠伝 奨励賞 中路啓太 火ノ児の剣ーー新井白石斬奸録
第二回 受賞者 田牧大和 花合せー濱次お役者双六ー 奨励賞 火田良子 東京駅之介
第三回 受賞者 斎樹真琴 地獄番 鬼蜘蛛日誌 奨励賞 朝井まかて 実さえ花さえ、その葉さえ
第四回 受賞者 加藤元 山姫抄
第五回 受賞者 塩田武士 盤上のアルファ 奨励賞 吉川永青(ながはる) 我が糸は誰を操る
第六回(この回はダブル受賞です) 受賞者 長浦 京 赤刃 受賞賞 吉村龍一 焔火
第七回 受賞者 仁志耕一郎 玉兎の望 奨励賞 朝倉宏景(ひろかげ) 白球と爆弾
第八回 受賞者 中澤日菜子 柿の木、枇杷も木
第九回 受賞者 小島環 三皇の琴 天地を鳴動さす

平成 27 年 6 月 23 日

●この件に関するお問い合わせは講談社広報室まで 03-5395-3410


◆本人による応募までの経緯

アルコール依存症と宣告されて、久里浜の病院に三ヵ月入院した時、年上の友人が宿題をくれた。「これまで読んだ、どの小説よりも面白い小説のあらすじと書き出しを、原稿用紙各一枚に記せ。それは、あなたの人生でこれから出会うであろう一番面白い小説である。ただし、その小説はまだこの世に存在しない」
 
 食道やら大腸やらの検査の合間に、ベッドでA4判の原稿用紙に向かった。鉛筆を握りしめ、三日かけて書いた原稿を、友人に郵送した。人生で一番面白いかどうかは別にして、酒に浸った前頭葉が、まだ働いてくれることと、手の震えが止まって字が書けることが嬉しかった。友人は、「面白い」とメールをくれ、続きを書くよう促した。
 
 受賞作は、その時のあらすじと書き出しを、娑婆に出て膨らませ、書き継いだものだ。私は新聞記者として、三十年近い経験があるが、原稿用紙換算で五枚以上の記事は書いたことがない。小説という形式も初めてだった。中学生のころから畏敬している棋士と、これも愛さずにはいられない踊り子を思い描きながら、病床で書いた原稿に肉付けした。百枚を超えるあたりから、将棋指しは盤上に没我となり、踊り子は盆の上で汗をしたたらせた。
 
 これが、小説になっているかどうか自信はなかった。ただただ、病み上がりのリハビリ中の身で、三百枚近い原稿が書けたことに感謝した。「新人に限る」「ジャンルを問わず」という募集要項を見て、臆面もなく応募した。まさかの高い評価を得て、とりあえず小説になっていたんだ、という自信と、友人との約束を果たした安堵を感じている。
 
 原稿に携わる者として、新聞記者の先輩であり、師でもある岡本嗣郎氏に今回の受賞を報告したい。岡本氏は『9四歩の謎 孤高の棋士・坂田三吉伝』を世に問うたノンフィクション作家である。泉下の岡本氏と、アルコール依存症の私。酒を酌み交わして祝うことができないのが唯一、心残りである。

*受賞作:『ヒモの穴』梗概

酒を飲み過ぎて記憶をなくし、自分がだれだかもわからない男──三ちゃん は、横須賀のスナックで聖良(せいら)という女性と知り合う。彼女は全国の 劇場をまわる有名なストリッパーだった。 聖良は本名を依子(よりこ)といい、旅公演に出ている間に、同居していた 映画監督がアルコール依存症で孤独死したという辛い過去があった。そのため 三ちゃんを放ってはおけず、犬と依子との暮らしが始まる。依子の助けで三ち ゃんはどうにか断酒することができた。 大阪での天満劇場での舞台が決まった。三ちゃんは、名前を増田三郎と決め、 依子のマネージャーとして、同行する。トップで SM ショーを張る依子。だが、 劇場の支配人は甘くはない。残りのステージの演目をもっと過激なものにする よう告げ、依子は必死で構成を練り直す。そんな依子に惹かれていくが、自分 が何者だかわからない不安とヒモのような生活から、臆してしまう三郎だった。 舞台の合間に、三郎が他の踊り子のマネージャーと将棋を指してみると、け た違いの強さだ。劇場の社長のすすめで、真剣勝負なら大阪一と恐れられた勝 負師と、一局百万円を賭けた勝負に臨むことになった。 対局で三郎が指した手は、後手番初手9四歩という端歩を突く作戦だった。 このことから、三郎は坂田三吉の孫弟子、タイトルも取ったことがある A 級棋 士の升田三吉八段だとわかる。休憩中に勧められるままに酒を呷る三郎。その 脳裡に、かつての、賞金2000万円がかかった対局がフラッシュバックする。 自分は確かに升田三吉だった……。

生身の人間としての人生にしっかり心を入れて描いている、また、作中、細 かい部分のリアリティが光った、と全選考委員の意見が一致し、今回の受賞と なりました。

*著者名 坂上 琴(さかがみ・こと)

1961年広島県生まれ。広島大学付属中学校・高校卒業、二浪の後、京都 大学文学部入学。相撲部に入部し、主将を務める。1986年、同文学部史学 科卒業。 同年4月、毎日新聞社入社。姫路・高松支局を経て、大阪社会部へ。 2012年、アルコール依存症と診断され、久里浜医療センターに入院。2 カ月半、断酒治療を受ける。退院後、休職。各地断酒会に通う。 2014年6月、毎日新聞社を退社。 現在はアルコール依存症の通院治療を受けながら、失業保険を受給中。広島県福山市在住。

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いかは同僚による暴露?記事

波瀾万丈の人生、ネタに小説現代長編新人賞、福山の坂上琴さん 
「ヒモの穴」来年出版 /広島

毎日新聞 2015年07月09日 地方版

 ◇元毎日新聞記者、福山支局長等も歴任 「リアリティーが光った」

 「伊集院静さんらすごい作家の先生方に読んでもらったことが感激です」。初めての小説「ヒモの穴」が伊集院さんや石田衣良さんら選考委員に「生身の人生がしっかり描かれている」と評価され、第10回小説現代長編新人賞を受賞した坂上琴(さかがみこと)さん(54)=福山市。

 毎日新聞記者として姫路支局、大阪社会部などで勤務し、2008〜09年、福山支局長を務めた。昨年6月に退社し、以前、知人の勧めで書き出した「小説らしきもの」を、年末の1カ月ほどで原稿用紙280枚に仕上げた。

 アルコール依存症の主人公「三ちゃん」は酒を飲み過ぎて記憶をなくし、ストリッパーの「聖良(せいら)」と出会う。劇場を渡り歩く聖良にマネジャーとして付いて回るヒモ生活。ひょんなことから賭け将棋の大一番に臨み、断っていた酒をあおると記憶がよみがえる。三ちゃんは実は坂田三吉の孫弟子、プロのA級棋士だった。いわば中年男の自分探しストーリーだ。

 選考では「リアリティーが光った」とも。アルコール依存症、ストリップ劇場通い、わい雑な酒場の風景など全て自身の波瀾(はらん)万丈の体験がもとになっている。ペンネーム坂上琴は飼い猫の名を取っているが、飲酒で重ねた失敗、「酒の上のこと」のもじりでもある。2番目の妻の稼ぎと失業保険で生活する自称「ヒモ」。その妻は受賞を喜ぶ一方、「あんまり恥ずかしいことは書かないで」とくぎを刺す。

 受賞作(改題予定)は来年1月、講談社から出版される。断酒中の身、受賞の祝杯は上げない。「体験ばかりでなく、次の作品をいかに創るか。賞に対する責任を感じています」【石川勝己】

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いやー、感動した。受賞作は小説だが、どうも本人の実体験も相当入ってる。素晴らしい。今はアル中治療中の失業者だが、この受賞で300万円。さらに来年の単行本で、1500円の1万部として印税150万円。3万部行けば450万円。又吉みたいに200万部超えで映画化とかだと3億円。・・は夢のまた夢で、宝くじみたいなもの。上にある過去の受賞者を調べてみたが、その大半は一発で終わっている。アマゾンで検索すると、受賞作以降がほぼない。まあ、そんなもんだろう。歌手とか俳優もほぼ同じ。一度だけでも受賞とか当たれば、それだけでも奇跡なのだ。今回の応募は800通。何千万人に一人のジャンボ宝くじに比べると、もの凄く低い当選確率だ。可能性は充分ある。私もチャレンジしてみよう(笑)。まじで。

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自己啓発の定番「夢は書けば実現する」を証明したゴダード少年の70年後。

ジョン・ゴダードは自分の夢をノートに書き出してみました。その数127個。アマゾン川に行く、エベレスト、キリマンジャロ、富士山に登る。世界一周、月へ行く。ノアの方舟を発見する、ガラガラヘビにミルクを飲ます、本を書く、医薬品の研究、生きて21世紀を見る。それは15歳の少年らしい夢や妄想。とても実現できないものも。ところが現在、90もの目標を達成しました。大事なことは「夢や目標は紙に書く。毎日見る。そして行動すること」・・・という話を15年前に聞きました。アメリカで新聞記事にもなったと。推定で1960年代の話。◆有りがちな美談ですが、ふと、英語名で検索すると、本当に出ました。なんと2013年に88歳で天国へ。127のうち109を達成。月には行けなかった。が、それも時間の問題ですね。数年後の宇宙旅行ツアー3000万に700名が予約支払い済み。夢や目標を書けば必ず叶うわけではないですが、書かないと忘れ、日々の「大事でないけど急ぐこと」に流される。「急がないけど大事なこと」=3年後5年後10年後30年後の夢や目標は紙に書いたりiPhoneやパソコン画面の壁紙にし、人生計画や経営計画を作成して手帳にして毎日毎週毎月毎年3年5年10年30年とPDCA続ければ夢は叶う。かどうかはシランですが、可能性は高まりますね。
■英語 http://bit.ly/1Ucgrme
■日本語 http://bit.ly/1JkHxVj
■本人の動画 https://youtu.be/iERFV7GvXRk 


栢野 克己さんの写真
栢野 克己さんの写真

あの有名俳優が自殺した理由と妻への家庭内暴力は他人事ではない。

普段は読まない女性誌も読もうとパラパラ。ファンでもないし代表作も知らないが、松田優作みたいな個性があって男として魅力的だったが、最後はまだ40代で自殺したのは驚いた。伊丹十三と同じく。北の国からのトラック運転手役が最高だった。「夫・古尾谷雅人のDV、死、借金—“生き地獄”を乗り越えた今。元妻・鹿沼絵里」。何かで役者として売れたが、その後のトレンディドラマな流れや役は断り、でも大物役者になってギャラも高く、徐々に依頼が減って仕事も無くなり、気づけば借金3億円。自宅1億数千万のローン月100万円も払えず、税金も滞納し、ストレス解消の酒に走って些細な事で吠える殴るの激烈な家庭内暴力。が、スグに謝ったり鬱になったり。最後は家具にヒモでクビ吊って自殺45才。大なり小なり典型的な男の自殺。自宅ローンは生命保険で充当。それ以外の借金はまだあり、女優やスナック経営やってたが、今は介護職員として2つの掛け持ち。自分の両親も病気他で自殺。同居の長男長女も一時期俳優やってたが、今はバイトや普通の仕事。借金相続放棄や自己破産はしてないのだ。個人事務所だったから連帯保証してたか。古尾谷は幼少時に両親離婚で生母と別れ、継母に虐められる。そのマイナス経験が役にも活きた。娼婦の在日ハーフ松田優作と同じく。が、バラエティも断り、真面目すぎたと。が、さっき浅田次郎と宮本輝の人生調べると、2人共育った家庭が破綻して似たような負の経験を幼少期から。それが作家として充分活きている。しあわせはいつもじぶんのこころがきめる。
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やりたいことをやると失敗する。ビジネスと個人の夢は違う。

「やりたいことをやるのはビジネスではない」LINE元社長。今の日産CMでは「やるか。やらないか。やっちゃえ!」矢沢永吉。私利私欲の自己啓発やプライベートな個人の夢や趣味は「やりたいこと好きなことをやろう!」でいいが、お金をいただくビジネスでは戦略的3C=自分がやりたいことよりやれること、お客様の求めること、さらにライバルに勝てること、強いライバルがいない少ないが優先される。5キロやせる!富士山に登る!世界一周する!などの私的な夢や目標達成は簡単。そこには客もライバルもいないから、自分がやるかやらないかだけ。が、ビジネスでは、自分以外のお客様とライバルのことも考慮しないといけないので、趣味的個人目標の3倍9倍難しい。ってなことは自己啓発セミナーや本にはない。やればできる。だけ。が、戦略勉強オタクは考えすぎで行動しない。やらない。いくら知識があっても、やらないと何も起こらない。だから、「やるか?やらないか?」なら「やっちゃえ!」だ。やりたいことをやるとビジネスでは失敗が多いが、過去の成功体験やノウハウを超える「予期せぬ成功」や、「失敗は成功のもと」もある。だから、何も考えずに、やりたいことや自分の好きなことを「やっちゃえ!」でいいのだ。99%失敗しても、マグレ成功1%が世のため人の為になる?矢沢のようなジャンル日本一クラスは、やりたいことをやればいい。桑田佳祐なんかも。いや、時代や客やライバルのことも考え続け、「変わらないために変わり続ける」努力をし続けている。今や年商150億円超えた世界の一風堂・河原さんが言ってたなあ。「オレが店に立ってやるなら、自分の好き放題やるよ。客やライバルとか無視。味も自分の好みで、嫌な客が来たら帰ってもらう。好き勝手にやる。が、50店100店100億もやろうと思うと、お客や市場や時代に合わせないと。個性は残しながら。ライバルも努力してるし、好き勝手にはできない」「自分が売りたいものではなく、お客様が買いたいものを売る」「自分が書きたいことでなく、読者が読みたいことを書く」伝え方の本。「自分が好きで自由で気ままより、顧客への責任と貢献を果たすのだ。その結果、自由が得られる」ドラッカー。が、能力ない私は、自分の好き勝手やって最低限食えればいい人生を選ぶ。
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人生は学歴と社歴で決まる。しかし、有名上場会社を9ヶ月でノイローゼ退社

●仕事内容より会社のブランドが大事

 研修センターでの机上と工場組立ライン研修が終わり、いざ、現場の仕事場へ。私の配属先はヤマト発動機(株)東京支店管轄、ヤマト東京(株)多摩営業所。つまり、ヤマト発動機の販売子会社へいきなり飛ばされたのだ。一瞬ギクッと思ったが、俺一人ではなく、新卒採用の文系採用は全員。後から知ったが、メーカーの場合、文系採用の営業職ではよくあるケースだった。

 ヤマト東京(株)多摩営業所は東京都府中市の刑務所のすぐそばにあった。所員は約25名。所長の他、営業、事務、技術メンテナンスの面々。新卒での配属同期は2人いたが、俺は偏差値で少し勝っていた。

 さて、実は社会人になるまで知らなかったのが営業という職種。研究開発、工場生産、企画、宣伝、マーケティング、営業、事務、保守サービス、法務、海外法人、その他。会社は様々な職種から成り立っているが、当時の私のイメージは就職ではなく就社。

 つまり、職種はある程度どうでもよく、文系エリートの場合、営業や事務や企画や広報など、様々な職種を経験しながら、管理職や部長や取締役になっていくのだろうと、漠然と思っていた。だから、営業という仕事には特別なこだわりもなく、どんな仕事内容かも知らなかった。まあ、物を売る仕事なんだろうな。

 身近では、小売店や飲食店の店頭販売の仕事があるが、ああいう店員なんかはレベルが低い仕事だと思っていた。人に愛想良く、もみ手をしながら物を売りつける・・・っていうのは嫌だなあと。学生時代までの仕事の印象はそういうものなのかもしれない。まあ職種はなんだっていい。入れば何とかなると。

 営業所に配属されて数週間、先輩営業に同行してバイク屋さんや自転車屋さんを廻った。

「どうもこんにちは!ヤマトの香取です!よろしくお願いします!」

よろしくとは言っても何をお願いするのか。それにヤマトの香取ではないな。正式には、ヤマト発動機の子会社であるヤマト東京(株)に出向の香取だ。なんか格好悪い。早く、ヤマト東京(株)の本社管理部門、その上のヤマト発動機(株)東京支店へ行かねば。

 しかし、営業とは何をするのか、この時点でもよくわかっていなかった。というか、早くこんな現場から足を洗いたいと思った。「なんか合わない」ことが多かったのだ。
 営業所では修理メンテナンスの人間、バイク屋の親父・・・どうも合わない。大体、そういうヤツは学歴も教養もなく、元不良が多い。中学時代に不良から受けた虐めによる偏見か。そう。俺は中小零細や、油まみれの修理などをする肉体労働者を嫌悪していたのだ。

●営業の仕事とは

 日々の仕事でわかってきたが、我々、ヤマト発動機販売会社営業マンの仕事は、一台でも多くヤマトのオートバイを売ること。それも一般のバイクに乗る人に直接売るのではなく、小売店であるバイク屋さんや自転車屋さんへの卸売り。一部の専門店を除き、バイク屋さんはホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキのバイクを販売している。

 我々営業の仕事は、いかに自社のバイクを店に買い取ってもらうか。他社のホンダやスズキより多く、在庫として持ってもらうか、店頭に数多く並べてもらうか。バイクメーカー4社のうち、バイク屋さんにはヤマト のファンになってもらい、店頭に来た最終消費者の方にヤマトのバイクを薦めて買ってもらう。

 メーカーとしては研究開発と商品企画でより良い製品を製造し、それをテレビCMやバイク雑誌などでマスコミPRをする。実際には、消費者はヤマトやホンダのメーカーからではなく、小売店である町のバイク屋さんで買う(この構造は一般消費財メーカーの場合、ほとんど同じだ。車、家電品、食品、酒、ファッション、雑貨などなど)。

 大型バイクなど一部のマニアな消費者は、バイク雑誌や口コミで買う車種を決めているが、数の出る原付バイクなどは消費者も知識は少なく、大半は店頭で見て、店員から話しを聞いて薦められたりして、どのバイクを買うか決める。

 つまり、商品が売れるかどうかは、‐ι覆修里發里領蓮淵丱ぅで言えば、パワー、機能、燃費、デザイン、価格、イメージ、他)、■達佑篁┿錣任寮訶繊Ε沺璽吋謄ング、A換颪悗糧稜簗屬旅さと多さ、ぅャンペーン、ゥ丱ぅ店での店頭宣伝、ε稿在庫の多さ、店員の接客販売の仕方、他となる。

 このうち、,らい泙任魯瓠璽ー本社の範疇で、現場の営業レベルの仕事の中心はキΝГ亡悗錣襪海函つまり、バイク屋さんに、店頭で他社よりも多くヤマハのバイクを並べてもらい、接客においてヤマトのバイクを薦めてもらうか。そう仕向けるために、普段のつき合いが大事になる。

●自社よりライバル会社に惚れた

 結論から言うと、私はこの小売店相手の営業ができなかった。それ以前の問題で、私はヤマトのバイクに惚れることが出来なかった。私は、バイクならホンダが良いと思っていた。それは今もそうだ。エンジン性能、価格、デザイン、会社の姿勢、イメージ、すべてにおいてホンダは素晴らしいと思う。

 相手の幸せを考えると、バイク屋にとっても消費者にとっても、買うならホンダが良いと思ってしまった。これはヤマトの営業マンとしては致命的。が、客観的にはホンダだと思った。劣る物は売りたくない。

 が、こういう姿勢や考えは態度に出るもので、私は積極的に、自信を持って自社の商品を薦められなくなった。営業マンとしてはサイテー。会社から給与をもらう以上、自社商品を売って利益を上げねばならない。なのに自社より他社商品に惚れているのだから、どうしようもない。

 私が入社した前年、ヤマト発動機は絶好調だった。原付のパラソルが売れ、売れ行きのいい250ccでは、RXという2サイクルもバカ売れ。単月だったが、ヤマトがホンダを二輪の売上シェアで追い抜き、史上初の二輪ナンバーワンメーカーになった。その勢いに乗り、私が入社した年は文系だけで200名前後の大量採用だったのだ。

 ところがその年、ホンダが本気を出した。今までのヤマハの売れ線に、ホンダはことごとく、強烈な対抗車種をぶつけてきた。原付はタクト、250ccではVT、オフロードではXL。ホンダはほぼ毎週新車種を出した。怒濤の勢い。ヤマトは虎のしっぽを踏んでしまったのだ。後年、HY戦争と言われるバイク戦争となった。

 が、ヤマトの社員として、サラリーマン・営業マン失格者の私は、ホンダのバイクに惚れ込んだ。口には出さなかったが、バイク屋の店頭でホンダのバイクを目にする度、この原付バイク「タクト」の色つや、製品の完成度の高さはどうだ、4サイクルで燃費も良い。このVTに至っては4サイクルの250ccで、パワーに勝る2サイクルのRXと並んだ。当然、燃費も良いし故障も少ない。美しいVツインエンジンのデザインも最高だ。

 それに比べ、ヤマトのパラソルはオモチャみたいだ。RX250は暴走族に多いし、2サイクルだから音がうるさく排煙も多い。こりゃダメだ、製品としては・・・・こんな評論家になってはヤマトの社員としては失格だ。

●クダラナイお客とは話したくない

 この評論家気質に加え、実は私はバイク屋の親父が好きになれなかった。聞いてはいないが、どうせ学歴は中卒や高卒だろう。店頭にバイクを並べるだけで、あとは油まみれになって修理をする。服は汚い作業着。話す内容は、競馬や競輪や女の話。くだらない。人間としてサイテーの部類だ。

 俺はこんなヤツらと話している時間はない。早くこんな現場を脱出し、本社の管理部門へ行かねば・・と思った。が、今はこいつらに頭を下げてヘーコラ。仕方ない。

 こんな考えは態度に出るのだろう。バイク屋の親父に無視された。が、こっちも嫌い。バイク屋に行くのが嫌だった。会っても話すことはない。バイクのことは俺よりも詳しい。俺には値引きやその他最終決定権はない。単なるお使いみたいなものだった。

(同じ頃、同期の優秀な鬼塚晃は、新入社員でもお客に役立てることはないかと、スーツを脱ぎ捨ててツナギでバイク屋を廻り、店頭バイクの掃除をしていたと20年後に聞いた。彼は現在、のちに上場した英語のアルク関連会社の取締役。心構えに雲泥の差があった)

 そもそも、バイク屋の親父のような中小零細企業商店の親父は尊敬できなかった。どうせ、こいつらは勉強が出来なかったんだろう。だから、こんな汚い地べたの現場で仕事をしているのだ。俺は高学歴で大企業に入ったエリートのホワイトカラーだ。本来はこいつらが俺に頭を下げるべきなのに・・・・。おかしい。悔しい。屈辱的だ。

 バイク屋では、ライバルのホンダ、スズキの営業マンにも会う。実は彼らは皆高卒だった。ホンダやスズキも、実際にバイク屋を廻るのはメーカーの社員ではなく、販売会社の社員。ヤマハは販売会社も大卒だった。つまり、ヤマトは同業他社が高卒で採用してる現場の営業マンを、大卒のメーカー採用で販売会社へ出向という形だった。こちらは大卒で、ライバルは高卒。ヤマト発動機の同期に有名一流大学のヤツが少なかったのはそういうわけだ。謎が解けたね。

 車業界で言えば、俺がやってる仕事は車の販売会社、ディーラーの営業と同じだ。どうせ辞めるのだからという前提の職種。ヤマト発動機には受かったが、実は高卒と同等の仕事をさせるための大量採用で、最初から学歴や知力は期待されていなかったのだ。

 しかし、私はこのライバルの低学歴者にも負けた。バイク屋に対する営業で、営業といってもバイク屋と仲良くする=くだらない話をするルートセールスだったが、バイク屋はヤマトの私と会うより、ホンダやスズキの営業マンと会うのが楽しそうだった。それは私も同じだった。バイク屋の親父と会うより、他の本を読んだりした方が勉強になる。こんな考えをするだけでまたも失格だ。

●ついにノイローゼになる

 私はヤマトのバイクが好きになれない。ヤマトよりもホンダが良いと思う。バイク屋にとっても、消費者にとっても、良いのはホンダだ。かつ、バイクは果たして何か社会貢献しているのか。原付バイクあたりは実用的だが、スポーツバイクは単なるレジャー。バイクは危ない。車の方がいい。速いバイクは暴走族に使われる。バイクを売ることは、俺がやっている仕事は反社会的なことにつながるのではないか。

 仕事自体、週に1〜2回、テリトリー内の同じバイク屋に顔を出すルートセールス。話が合う取引先はない。賭事や女や遊びなど、くだらない話はしたくない。が、そんなことはもちろん言えない。営業で嫌々ながら顔を出し、嫌いな親父がいなければホッとして、いれば愛想笑いでお茶を濁し、「お願いします」と頭を下げるだけ。

 月末になると、お願い営業でバイクの買い取りをしてもらい、それはバイク屋の店頭に座って粘るだけのお願い営業で、販売促進とか企画とかその手の策は何もなく、ただ日々がツライだけ。

 これは何かが違う。ひたひたと忍び寄る劣等感。挫折感。絶望感。高卒のバイク屋に負け、ライバル会社の高卒営業マンにも負けた。さらにヤマトの同期で、立命館大学より偏差値の低い同期にもことごとく負けた。とにかく、毎日がつらくなった。

 お客であるバイク屋を廻る頻度が少なくなり、車でさぼる時間が長くなってきた。さぼるというか逃げだ。どうすればいいか、誰にも相談できない。相談すれば良かったのかもしれないが、上記のようなことは会社の先輩にも同期にも相談できない。出世のためには、仕事が嫌だ、仕事ができないということは隠さねばならない。

 気づけばノイローゼになっていた。現場に配属されて2カ月くらいではなかったか。4月と5月の研修が終わり、6月から現場に出て・・・・あれは8月末か9月の初めだったと思う。メーカー本社の新入社員フォロー面談で、苦しさを隠しきれずに「・・ダメです・・」と弱音を吐いた。

 人事担当の顔色が変わるのがわかった。面談でこんな言葉と態度を示してはマズイ。確実に出世に響く。でも、俺は憔悴しきっていた。その後、寮に閉じこもり、初めて出社拒否もした。会社に行きたくない、仕事をしたくない。俺はもうダメかも知れない。

 そして入社した10月のある日、私は夢遊病者のように辞表を渡辺所長に出した。

●逃げることだけを考えた

 「バカ野郎!」

 大きな声で怒鳴られ、怒られたのを覚えている。こんな挫折経験は生まれて初めて。もうお終いだ、辞めるしかない、とにかく逃げ出たい。が、先のことは何も考えられなかった。

 こんなダメ社員だったが、なぜか慰留され、12月を迎えて2度目の辞表提出。その2カ月の間は何をしていたか全く覚えていない。いや、その2カ月というか、仕事に悩みだした8月以降の5ヶ月間は、まさに悪夢にうなされていたような日々だった。人生で最初のウツだ。

 それまでの人生は自分でも上出来。一応の有名大学に入り、学生時代は本を500冊以上読み、少林寺拳法では関西大会に2年連続優勝。大学の勉強はあまり意味がないと思ったので適当だったが、経営学部らしくその手の本はそこそこ読んだ。

 当時流行っていた日本的経営の本や、高校時代に亡くなった親父の書棚から「経営学入門」とか経営評論家の三鬼陽之介の本を相当読んだ。まさに文武両道。こんな好青年の大学生はなかなかいないのではと自分でも思っていた。

 そして就職は、天下のヤマト発動機。一部上場企業でカッコイイ有名企業。東大京大や早慶を出て三菱商事や東京海上火災ほどの一流ではないが、自分なりには絵に描いたような成功人生だと思っていた。

 それが入社わずか9カ月で退社。それもノイローゼ退社。辞め方も最悪。格好悪い。とにかく、逃げることだけを考えていた。

 とにかく、これで大企業で出世するという夢は失った。それに俺は民間企業ではやっていけない。他人を蹴落として自分の利益を追求するということができない。お客であるバイク屋がいらないというのに在庫買い取りをお願いする、ホンダやスズキとの戦い、同期生との戦い、ことごとくダメだった。俺は資本主義社会での民間企業人として失格だ。

 そうだ。今さら遅いカモだが、公務員になろう。それも警察官、刑事はどうか。当時「太陽に吠えろ」というテレビ番組があり、悪を懲らしめ、正義を追求する刑事はカッコよかった。少林寺拳法の経験も使える。松田優作でも目指すか。
 
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栢野克己(かやのかつみ) ■日本一過激な小企業コンサル・講演家。計15万部の著書「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」はアマゾン<中小企業経営>ジャンルで7年300週〜現在までベストセラー第1位〜5位。台湾(中国語)・韓国・タイ・インドネシアでも出版。零細企業☆人生逆転の事例講演・執筆・勉強会主催の(株)インタークロス代表取締役。主催のセミナー交流会「九州ベンチャー大学」や「経営人生計画セミナー」「やる気会」「早朝マーケ会」「個別相談会」は17年1000回を越え、累計で約1万人参加。全国+アジアで年間講演約100回+勉強会100回が自主ノルマ。2006年〜2007年に家族で1年間の世界一周を実現!夢は全世界で1000万部の著書+世界200ヶ国渡航 ■福岡県立城南高校+小倉西高校は裏口入学・立命館大学卒。新卒入社のヤマハ発動機を9ヶ月でノイローゼ退社、バイトのリクルートは3年弱で正社員試験落第。失意と復讐を誓い、大阪のIBMリースへ転職するが、またも仕事失敗+ウツ+婚約破棄+自殺未遂で退社。東京へ逃げ、半年失業後チラシ宅配ベンチャーへ転職。しかし、そこも詐欺的FC会社でまたも転職に失敗。もはや「同級生に勝つには独立しかない」と決意し、様々なセミナーや交流会に参加後に「無料職業相談業」で起業。しかし、半年で金がなくなり、出版社:ビジネス社でテープ起こしのバイトをするも先の人生が見えない。そんな92年実家が他人の連帯保証1億円かぶり博多へUターン。6度目の転職で広告代理店へ。同時にビジネス交流会「九州ベンチャー大学」立ち上げ。 95年、借金返済のため2度目の起業。97年完済するも実家失い親は自殺。2002年〜今までの人生への復讐スタート。お楽しみはコレからだ。公式HPも参考に。 ■インタークロス ■九州ベンチャー大学 代表・雑談担当 栢野克己/カヤノカツミ 〒810-0073福岡市中央区舞鶴2-7-21-803 電 話 092-781-5252  携 帯 090-3604-6735 FAX 092-781-5354 メールkaya@hf.rim.or.jp
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