【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ

講演家・作家・雑談相手。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転!バカ社長」「35歳から一生負けない生き方」。22年で約1000回の人生経営勉強会「ベンチャー大学」「経営人生計画セミナー」毎月開催。人生の成功は<夢×戦略×感謝>をモットーに、弱者の独立起業・経営アドバイス・講演・執筆・コンサル・勉強会・個別相談会を実施。2007年に家族で1年間の世界一周を実現!

栢野の人生

地獄のはじまり

福岡◆12/27セミナー交流会「目標達成の技術2015」
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◆地獄の始まり 「1億円の連帯保証」
それは一本の電話からだった。平山さんという、亡くなった父が勤めていた九州シティ銀行時代の後輩で、当時は地場中堅ゼネコンの副社長。私は東京や大阪で就職・転職・起業で失敗を繰り返し、6社目となる東京の出版社「ビジネス新社」で、文字起こしのバイトをしていた。

「克己さん、私はあなたのお父さんが銀行の取締役時代、大変世話になった者です。実は、あなたのお母さんが1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになりました」

「えー!?何ですか?それは!」

「お母さんが、ある男の連帯保証人になっていたのですが、その男が返済せず、請求がお母さんのところに来たのです。一度、こちらへ帰って来れませんか?」

実家が1億円の借金?土地が差し押さえ?そんなバカな。嘘だろう。悪夢のような話だ。しかし、博多へ帰ってみると現実だった。
母が連帯保証した相手は佐賀県唐津市和多田の浦山康史。年齢は60代前半で妻子持ち。職業はフリーの地上げ屋。
地上げ屋!
権利などの入り組んだ土地をまとめ、マンション用地などにする裏方の仕事。暴力や脅しでの立ち退き・・ヤクザというイメージもある。
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当時、世間では「バブル崩壊」という言葉が流行っていた。私自身はほとんど実感がないが、1980年代前半から好景気が続き、80年代後半は株や土地が高騰。それが1990年代に入って下落し始め、「不況」とか「バブル崩壊」とかいう言葉が使われるようになっていた。

地上げ屋の浦山が借金した相手は、博多駅南の「エビス信販」と「なにわ商事」。いわゆる高金利でお金を貸す街金、高利貸しだ。約1億円にのぼる借金を浦山が返済しなかったので、街金は連帯保証人である私の母に請求。かつ、福岡市の中心部、大名にある先祖代々の栢野家の土地も差し押さえた。
Uターン後に登記簿謄本を見ると、裁判所による「競売開始決定」も記載されていた。
母が他人の連帯保証人として1億円の借金をかぶり、土地も差し押さえになった。このままだと家屋敷を全部取られる。相手は地上げ屋と街金。
さらに、母とその妻子ある地上げ屋は「できて」いた。こんな火曜サスペンスドラマのような出来事、ホントかよ。
しかし、私は平山さんと一緒に母、弁護士、司法書士、街金、浦山に会ったが、全部事実だった。かつ、浦川は資産も金もないこともわかった。
借金1億!・・・
といっても実感が湧かない。どこか他人事のような感じ。
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地場相互銀行の取締役だったオヤジは、44歳の時に脳血栓で倒れ、2週間で亡くなった。オレが高2の秋。詳しくは知らなかったが、財産は福岡市早良区野芥にある一戸建て、西新の2LDKマンション、九州シティ銀行の株券が数万株に現金少々。そして福岡市のど真ん中の天神地区、大名に17坪の土地があった。

実は今回の騒動の原因はこの大名の土地だった。この土地は、父と同じく九州シティ銀行の前身である九州無尽の取締役だった祖父から父が相続し、父の死後は母に相続された。
私は知らなかったが、成長著しい福岡都心の土地ということで、バブル時代後半には、なんと坪2500万円の値が付いた。と言っても正式な話ではなく地上げ屋からの話。17坪だと約4億円。

そういえば以前、母との電話の中で、そんな値が付いたという話があったが、私は実家の財産には感心はなかった。私の中では実家とか親とか故郷は年末年始に思い出す程度。
仕事が定まらずに東京や大阪を転々とし、失敗だらけの人生だったが、故郷へのUターンは一度も考えたことはない。
なんとか東京で成功しようと、いつも目の前のことで精一杯だった。
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●狂った母と俺
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それにしても、母はなんで地上げ屋なんかとつき合ったのか。ある日、母をつかまえて尋問した結果は、驚くようなことだった。

出逢いはその7年前。西新のパチンコ屋という。西新とは私が高校まで育った街で、福岡市内では天神・博多駅に続く副都心。昔ながらの屋台も多く出る商店街があり、海も近くて進学校も多い。そこに小中高と過ごした銀行社宅アパートがあったので、私ら家族には第2の故郷だった。
父の死後、1年後に長男の私が大学進学で京都へ。その後、次男も就職で東京へ出た。結果、母は購入した西新の2LDKマンションに一人で住んでいた。「一人」で。

しかし、出逢いがパチンコ屋とは。
俺も昔はたまにパチンコをしたが、基本的にはああいう場所は、不良やダメ人間が行くものと決めつけている。
父の死後も億単位の財産があるので働く必要はなく、私ら子供が巣立ち、暇になった母は自然とパチンコ屋の常連になったらしい。
同じく常連だった浦山と顔見知りになり、ある日、浦山は母に3万円を借りた。が、浦山はすぐに返したという。その後、また5万円の借金申し込みがあったが、これまたすぐに返済された。

そんな貸し借りが何回かあったあと、母は30万円を貸した。すると浦山は期限通りに返済しただけでなく、「自宅にバラの花束を持ってきてくれたのよ〜」と母は遠くを眺めながら、懐かしそうに、半ばうれしそうに、後悔もなさそうに言った。

これで母は「落ちた」のだと思った。典型的な詐欺師の手口だ。
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こうして母は浦山と男女の仲になった。浦山は唐津に妻子がいたが、浦山が福岡方面で仕事する場合は母の家に住むようになった。

「パパと好みが似ているのよ。私が作る味噌汁とか料理がうまいうまいって・・・」

私は耳を疑った。

「それにパパは忙しかったでしょ。(浦山と)あちこち一緒に旅行に行って楽しかった」

母の愛の告白。サイテーだ。

私は今回の件で浦山と数回会ったが、その獣のような60男の顔姿を思い出し、かつ、50代後半の母が近年、以前よりキレイになっていたのを思い出した。
オスとメスとの交わり、母と浦川のセックスを想像し、なるほど、このメスはあのオスの陰茎にやられたのかと、異常な汚らわしさを感じた。そしてドンドンやられていき、気づいたら1億円の連帯保証人になっていたのだ。

数億の資産を持つ元銀行役員の未亡人が、妻子ある悪徳地上げ屋ブローカーと恋に落ち、いまやその財産を奪われようとしている。女性週刊誌やワイドショーのような話。
人の不幸は密の味。
なんとも痛快というか、絵に書いたような醜聞事件だ。
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ある時、実家マンションで母を詰問した後、ふと、玄関の靴箱を開けた。果たしてそこには男物の革靴が山のようにあった。明らかに浦川の靴だ。母が浦川と暮らしていた何よりの証拠。そして、母が承諾している証拠。愛の暮らし。堕落の証明。

それは俺の実家に棲んでいる獣のもの。あの鬼畜が身につけている、汗がしみ込んだクサイ靴。見つけて10秒も経っていなかっただろう。私は靴を次々につかんで外のゴミ捨て場所へ投げ捨てた。「この野郎!」と雄叫びを上げながら。憎しみを込めて叩きつけるように。いや、叩きつけた。
自分の縄張りに入り込んだ、ライバルのオスを排除する動物本能でもあった。おれ達の財産を奪い取ろうとしている悪人、俺の実家、俺の古巣に入り込み、占領し、母と財産を奪い取った獣のオス。

狂ったように靴を投げ捨てる俺を、母は呆然と見ていた。首をうなだれながら。仕方がないと自分の罪を認めるように。
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●父のいた銀行へ駆け込む
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とにかく、連帯保証1億円をかぶったのは事実。つまり、栢野家は債務者・浦川清の代わりに、早々に「なにわ商事」と「エビス信販」に計1億円を弁済せねばならない。
しかし、そんな金は手元にない。私自身は思考能力がなかった。それは母も同じ。茫然自失。事件発覚以来、事の全貌解明と対処策はほとんど平川さんが代行してくれていた。私らは平川さんの言うとおりに行動した。他に、こんな面倒な事件を解決してくれる人はいなかった。ある意味で、平川さんは亡き父のようだった。
事実、平川さんがこんなにいろいろ面倒見てくれるのは、俺の親父の部下で世話になったこと、住宅会社に転職した平川さんから野芥の家を購入したこともあるが、ある意味では母の近くにいて、今回の事件を防げなかった負い目がある、恩人の奥さんを救えなかった自分にも責任があると言っていた。
私と母は平川さんに連れられ、福岡シティ銀行の本店へ行った。そこには父の同僚で、副頭取を経て監査役になっていた森田さん、野口専務、他の銀行役員が数名待っていた。今回の恥ずかしい事情を話し、なんとか救済してもらえないかと。平川さんが状況を説明し、私と母は下を向いてうなだれるだけ。
救済策とはこうだ。西新のマンション、野芥の一戸建て、大名の土地など全財産を担保に入れて銀行から1億円の融資を受け、金利が高くて怖い街金へ弁済。その後、土地や家の売却、株券の処分などで銀行側へ返済する。
幸い、土地や家の価値は計算上、合計で1億円以上ある。まあそもそも、今回の事件は財産があったからだ。あったから狙われたのだ。財産がなければ1億の連帯保証人にはなれない。なっても返済する原資がない。浦川のように。
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浦川は落ちぶれた地上げ屋だったが、浦川の父は資産家で、唐津の和多田地区に相当な土地を持っていた。ありがちな話だが、浦川の代になって絵に書いたような放蕩息子ぶりを発揮し、すべての資産を消滅。それどころか、私らをはじめとして方々から借金し、完全に落ちぶれてしまっているという。いわゆる資産家のバカ息子だ。

しかし、それは俺も同じ。親の資産こそ食いつぶしていなかったが、銀行エリートのバカ息子として、甘い考えと堪え性の無さ、根性の無さで就職・転職・起業に失敗。落ちぶれてしまっているのは同じ。
かつ、不倫をして堕落した母を罵倒したが、実はその頃、俺も東京で同級生の人妻と不倫していた。親子で不倫のバカ同士。そんな駄目な自分と同じような浦川に、実家を破壊されて歯がゆい気持ちだ。目くそ耳クソを笑うか。

今回の福岡シティ銀行側に対する直接の債務者は母。しかし、私と弟、それに平川さんも連帯保証人となることになった。土地や家は計算上は借金以上の価値があったが、これで私も1億円の借金を背負う羽目になった。

借金1億円!

想像がつかないね。かつ、こうなっても他人事という感じ。当事者ではない。自分のせいではないし、平川さんがあれこれ対処してくれるおかげで、余計そう感じる。母も俺も自分の意志で考えて行動することがほとんどなかった。上の空。手取り足取りされると人間は成長しないね。適当に放っておくのがいいね。
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それにしても借金1億円をかぶるなんて。個人レベルでは大事件だ。実は帰郷してすぐ、通りかかった福岡県・早良警察署に駆け込んだ。

「・・・そんなこんだで借金1億円をかぶることになったんです。どうにかなりませんかね・・」

「・・・ならんね。民事不介入だから」

そうだろうな。強盗とか騙されてならともかく、今回は母が同意している。浦川が街金から借金する。返せなければ代わりに弁済する連帯保証人に、母は直筆でサインし、実印も押している。仕方がない。どうしようもない。警察が云々いうことではない。
ならば、警察沙汰にすればいいのかと、私はエビス信販に殴り込んだ。というか、わけのわからぬ大声を上げてケンカを売り、殴られれば暴行事件で街金を悪者にできるのではと思ったが、海千山千のエビスの社長は顔色一つ変えなかった。
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もちろん、今回の事件の真犯人である浦川清には直接、何度か詰め寄った。借金を返せ!と。1億円の金銭消費貸借書にもサインさせたが、その借用書のサインは浦川清史。実名は清なのに清史と書いて誤魔化す汚さ。こうして素人を騙してきたのだろう。
浦川は電話をすれば出てきた。逃げも隠れもしなかった。憎らしい。職場というか待機場所というか、ある会社へ電話すると、いれば浦川は電話に出て、指定場所へ現れた。
そして、「金は返す。今は金はないが、来月には金を返す」と毎回言う。逃げずに金を返す意志は表明する。しかし結局、最後まで一円の返済もなかったのだが・・・。
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●帰郷
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こうして借金1億円を背負った。私は福岡での当面の処置が終わって東京に戻ったが、平川さんからは再三、福岡へ戻って欲しいとの電話があった。まあ、当然だろう。

「いや、東京で独立したばかりで、仕事がありますから・・・」

しかし、起業に失敗し、会社は実質休業状態で、出版社で週に三日バイトしているだけ。帰ろうと思えばいつでも帰れる気軽な身分。
実家は最大の危機だ。弟は兼松日産農林という、オンボロだが一部上場のキチンとした会社のサラリーマンで結婚もしている。ブラブラしているのは俺だけ。俺しかいない。帰るしかない。

「潮時」

そんな言葉が頭を過ぎった。

借金事件が発覚して3ヶ月後、私は東京を離れ、福岡へ帰ることを決めた。大学卒業以来、ビジネスマンとしての成功を夢に見て、ヤマハ発動機、リクルート人材センター、コンピューターシステムリース、ミッドと転職し、「無料職業相談業」アントロポスデータジャパンでの独立も失敗。まだ東京では何も成していない。
しかし、今回は帰るしかない。東京でも大阪でも負け犬人生。非常に心残りだが、今回の帰郷は誰がどう聞いても納得するだろう。撤退理由としては十分だ。
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東京にはヤマハ時代に6カ月、リクルート時代に2年10カ月、失業+ミッド時代で2年半、独立後に1年半、都合7年ちょっといた。23歳で初めて上京し、途中2年半ほどは大阪だったが、33歳まで東京にいた。
20代から30代前半の、社会人として一番多感な時期を過ごした東京。多くの失敗を繰り返し、リクルート時代とミッド時代にホンの少しの成功体験があるが、全体では1勝9敗といった感じ。
敗北者。青春の蹉跌。挫折。苦い思い出ばかり。

恋もしたが、その多くは実らなかった。まじめな交際は2度あったが、その一つは大阪の婚約破棄事件で悲惨。もうひとつは同級生で人妻。
後者の人妻にはかなり癒された。気が紛れた。サラリーマンとしてドツボで先が見えない時代、その後のダメ独立起業時代、寂しいときの心の拠り所だった。

「かっちゃんは何かを成す人よ」

お世辞でもうれしかったが、その片鱗はまったくなかった。

大学を卒業した時点では、少林寺拳法の関西大会で2年連続優勝するし、本も小説や経済・経営系を1000冊は読み、文武両道でこんなヤツはそういないと自信満々だった。
が、社会に出てから立て続けに就職・転職に失敗し、起業もダメ。学歴も勉強も、何の役にも立たなかった。

しかも、まさか俺が、同級生の人妻と不倫するとは・・・。

俺も堕ちた。仕事もダメだが、私生活も堕落している。なるようになれ。

人生に失敗し、単純に性欲に、快楽に溺れたのだ。
同じ時期に、母も妻子ある獣と不倫していた。最悪の親子だ。
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結果があれば原因がある。
今回の1億連帯保証事件は起こるべくして起こったとも言える。父は高校2年の時に死んだが、高校卒業以来、俺は親のこと、母のことはほとんど考えなかった。考えるのは自分のことだけ。
いかに自分の青春、恋、仕事、人生を成功させるか、そのことだけで精一杯だった。実家と母のことは捨てていた。忘れていた。眼中になかった。
結果として、母は独りだった。父が死んだのは44歳の時で、母は41歳。私はその1年半後に大学進学で家を離れ、小学6年生だった弟も大学卒業後は福岡を離れた。
幸か不幸か、母は働かなくても十二分に食っていける財産があった。しかし、俺が故郷を捨て、弟も巣立ったあと、実家に一人残った母には特にやるべきことがなかった。友人は多かったが、家に家族はいない。孤独で寂しかったと思う。

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だいぶ以前に帰郷した時、母がポツリと漏らしたことがある。飼っていた小鳥が死んだときだ。

「チイちゃんがね、死んだときは泣いたんよ。やっぱ鳥でも寂しいね」

家に帰っても母一人。心の優しい弟はもちろん、喧嘩ばかりしていた俺でも、世話をする相手がいなくなるのは寂しいらしい。ご飯を作っても「美味しい!」という相手がいなければ料理のし甲斐はない。ケンカばかりでも、ケンカ相手がいるだけ幸せなのだ。
財産があっても寂しい一人暮らし。財産があるから働く必要がなく、だからこそ新たな知り合いも出来ず、そこに「浦川清史」に突け込まれるスキがあった。
「なんでこんなことになった!いつからのつきあいだ!」

懲らしめて白状した母によると、浦川とつきあい始めたのは、弟が大学を卒業して家を出た年。つまり、母が一人になった時期と同じだ。寂しかったのだろう。
現れた浦川は亡き夫と年の頃は同じで、一所懸命に作った「ご飯を美味しい、おいしいと言って食ってくれ」、「いろんな場所に旅行に連れていってくれた。夢のようだった」と母は白状した。実態は母を保証人にして街金から借りた金で遊び回り、返済することなしに栢野家に押しつけたのだが。

いずれにしろ、母に巡ってきた青春。遅れてきた青春。母にとって、愛する浦川の連帯保証人になるのは当然のことだったのだろう。

のちに、最悪の形でそのつけを払うことになるのだが。
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■孤独な帰郷
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世間はバブル崩壊していたが、オレの人生も崩壊した。

その6月、「青春」を共にしたリクルート人材センター時代のバイト仲間が、四谷の居酒屋で壮行会をしてくれた。その他、何人かの人に別れの挨拶をした。
四谷の木造風呂なしアパートの荷物は、ヤマト運輸の小さな軽トラック「独身引っ越しパック」一台に収まった。家を出た18歳から33歳まで、15年間の荷物にしてはあまりに少ない。人生で何も成していない証拠だった。
テレビドラマの「北の国から」で、東京に出たが失敗と挫折ばかりの「純」が寂しく帰郷するシーンがあったが、まさにそれと同じだった。

軽トラックが出たあと、私はヤマハのオフロードバイク・セロー220ccに跨り、陸路で博多を目指した。典型的な都落ち。これで東京ともおさらばだ。
が、俺は逃げるのではない。いかんともしがたい実家の理由があるのだと、正当な感傷に浸ろうとした。四谷から、最初に独立起業した新宿御苑、新宿通から青海街道を通り、東京で最初に間借りした阿佐ヶ谷のアパートに寄った。
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そして環八通りを南に下って厚木街道を南に向かい、甘くて酸っぱい思い出のある相模大野のアパートに別れを告げ、国道一号線を西へ。ロングツーリングは学生時代以来だ。
しかし、神奈川県の秦野を越えて足柄あたりに来たとき、降り続いていた雨足が一段と強くなってバイクの視界を遮った。カッパの中まで水浸しになり、この先長い旅のことを考えると心細くなった。まさに泣きっ面にションベン。
暫し考えたあげく、バイクでの東京→博多横断を断念。東京湾からフェリーで行くことにした。

意外にすんなりと乗れたフェリーの三等船室で寝ころび、近くの出稼ぎみたい男たちと四方山話をした。

「こんなヤツラと話をしても仕方ない。どうせ人生の失敗組だ」

が、ほどなく、オレも同じと気づいた。

オレの人生はどこでどう狂ってしまったのか?
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新潟から長崎壱岐へ大移動!

3/06沖縄「成功事例100連発+コーチ白水さん」

3/20東京「人生大逆転の戦略」気合の入ったスゴイ告知文

3/21岡山右脳バカ破壊・硬派の成功哲学」竹田陽一+栢野

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◆2/24新潟セミナー初日。主催は新潟活性化委員会・リトルバード梶原さん。素人なのにようやった。素晴らしい!ありがとう!

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【参加者の声】ブログから抜粋/商品開発力強化&営業力強化のマーケティング戦略コンサルタントの長谷川博之です。プロフィールはこちらをご覧ください。先日、栢野克己さんの講演会に参加。たっぷり3時間半、栢野節を満喫。その後は懇親会へ。なぜか私が乾杯の音頭をとり、一人ずつ自己紹介。みんな、よく話します。住宅、保険、建設、中古車販売、店舗設計、結婚関連、ネットコンサルなど、約15人程度が参加。栢野さんの客層からして、創業まもない経営者、
個人事業主の方が多かった。まぁ、人それぞれの人生があるわけで、話を聞かないとわからない。事実は小説より奇なりというが、まさにその通り。さて、栢野さんの言っている、成功の3要素「夢」「戦」「感」。これは、まさにその通り。よくできている。夢×戦略×感謝。それぞれの分野の専門家はいるが、体系立てて言っているのは栢野さんだけ。詳しくは、栢野さんの著書「弱者の戦略」を。

◆以下は新潟のダイワ百貨店。ほとんど老人専門百貨店。これはイイ雰囲気だ。と思ったら6月で閉店。日本初のシニア百貨店で再起してほしい。

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【参加者の声】栢野克己氏特別講座を開催しました。限定10名の接近戦経営セミナーです。前日のもりしん夢起業塾の公開講座に続き連続受講されている方も。平成20年の人生・経営計画を持ち寄って発表するという予定で参加者の皆さんは計画を作り参加しましたが、2時間という短い時間はあっと言う間の出来ごとでもっと!という声が聴こえて来ました。サポーターズでは過去2回栢野氏をお呼びして今回は3回目ですが、何度聞いても新たな発見あり!そして栢野氏のお話の内容も日々進化しており、これまた感動です。来月も何とか足を運んでいただけたらと、あれやこれや作戦を立ててみている事務局です。盛岡サポーターズのブログより

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新潟の万代橋から。

近代都市だね。

 

 

【参加者の声】2/19 盛岡地域夢起業塾セミナーに参加した者です。
 
良かった点
?元気でバイタリティあふれるセミナー 時間があっという間でした。?理念・戦略の内面性から戦術・ノウハウ等の外面性の部分・・気づきをいただきました。?専門性・一極集中等なぜ大事なのかが、具体例を用いてのセミナー・・わかりやすかったです。?めんどうくさい系・・・一番ですね。
 
経営改革、改善・理念に基づいてはしていますが。なかなか・・・。販促営業など、手間のかかる事ばかりやっています。成果は少しずつ出てきているのですが、「もっと早く実行したいという気持ち」が社員に負担をかけすぎているのでは・・・」様々悩む日々でした。が、セミナーをお聞きして、なぜかあせりがなくなっている気がします。おそらく今まで頭の整理ができていなかったのではないかと・・様々お聞きし、お話させていただき、やっていく事が整理できました。今朝、朝礼で早速「めんどうくさい系」を続けようと話ができました。本当にありがとうごさいました。「HP掲載は 実名でOKです」?五日市塗装工業 代表取締役 晴山 祐一

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新潟の郊外・新発田へ。

 

 

 

 

【参加者の声】鶴岡のHです。昨日は同友会のセミナーありがとうございました。昨日はとても気づきの多いセミナーでした。「夢×戦略×感謝」自分には何が足りないのか。零細企業は「面倒くさいこと」をしなければ勝てないのに、それを避けようとしていたこと。景気が悪いから売り上げが上がらないのではなく、自分の行動が間違っていたのだということ。頭ではわかっているつもりでも実際には出来ていないことがハッキリしました。「物」を売るのではなく「思い」を込める。私はお客様にどんな思いを伝えることができるのだろう・・・じっくり考えてみます。「よし!今年も頑張るぞ!!」そんな思いがムクムクと湧いてきています。本当に、本当にありがとうございます。はやさか@不動産

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これ↑↑は新発田商店街でやっていた詐欺的催眠商法。覗いたが、部屋の中は後期高齢者で満員。<ありがとう広場>の名称で会社名は隠している。

◆新潟2日目は新発田の旅館泊まり込みでセミナー。主催はネットコンサルのイーンスパイア横田さん。8割は横田さんの顧問先。さすがの集客。

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横田さんはオールアバウトの相談員も務め、評価人気でNO1でもある。

 

 

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気づいたら4時間半話しっぱなし。

トイレ休憩も無しでスミマセンでした。

内容はツイッターで生中継

(約半分占めるヤバイ発言は削除)

 

 

この格好でアチコチ顔出して営業中。エライね。努力は必ず実る。

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水道関係のリフォーム屋さん。さすが!

 

 

旅館「ますがた荘」の外は白鳥とカモのスゴイ景色。

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◆2/26は長崎県の壱岐。上は対馬・韓国。新潟から大移動だった。

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【参加者の声】壱岐市商工会の講演でおせわになりました、一番後ろの席で帽子をかぶって聞いていた者です。稼業はOO・・僕は三代目です。Wと申します。■よかった点/ザックバランナ講演でとても楽しく勉強させてもらい、元気をもらいました。この講師にわからないことを聞いたら成功できるんだっておもいました。■改善提案点/休憩を入れてでもあと一時間は聞きたかった。(時間が足りない)/講師への質問タイムがあれば、あの雰囲気なら手を挙げる人が僕を含めて何人もいたと思う。

【壱岐市商工会・経営指導員】リクエスト通りの内容を、想定以上にお話し頂き本当にありがとうございます。以前、雲仙市の国見町で講演いただいていましたが、さらに分かりやすい切り口でした。失礼ながら、先生もレベルアップされていると強く感じました。著書「弱者の戦略」も素晴らしい内容でした。ちょうど、中小企業診断士の勉強をしているのですが、知識ではなくそのバックグラウンドとしてとても参考になりました。

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【参加者の声】先日の札幌講習会に参加しましたY野と申します。後半のバンドのライブ中には、栢野さんの右横で、一緒に肩を組ませて頂きました。今、弱者の戦略163ページまで読みました。私は建築のリフォームをメインに仕事をしております。栢野さんのお話や本を読み、自分なりの戦略も練りました。客層を農家さんに絞り込みます。夢も書きましたし、戦略も自分なりに書きました。あとは感謝しながら、絶対に成功します。ありがとうございました。

功事例DVD・CD ←春の勉強にどうぞ!昨日の発送は17本

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醜い本性を見た

74eaefc0.JPG福岡空港から羽田へ。朝一のスカイマークに時間ギリギリに滑り込み。が、荷物検査で本の釣銭コインがひっかかり再検査。あと5分でゲートが閉まる。「ご出発は何時ですか?」。いつものマニュアル文句にキレた。「うるさい!早くしろ!」。検査後、女性係員がぎゅうぎゅうの袋に荷物を再び詰めるのに手間取っている。あと3分。「どの便ですか?」にさらにキレる。「もういい。バカが!」とバラバラの荷物を両手で抱えてゲートへ。スカイの担当者は「お急ぎ下さい!」だが、あえて悠然と歩く。なんと嫌な奴。久々にオレの性格の悪さが大爆発。出たな!と自分で冷笑。感謝だなんだと言いながら、オレの本性はこれだ。昔はここまで酷くなかった。明らかに思い上がっている。今月は名誉毀損と訴えて来た某著名コンサルMと法廷で闘う。この性格の悪さを活かし、お前の醜態も暴き、自爆テロ同然で地獄の底まで引き吊り込んでやる。オレには守るものは何もない。過去に似た案件の相手は、オレの機関銃のような罵倒言葉で気が狂い、最後は自殺した(事実)。こういう場合のオレは物凄い潜在能力を発揮する。楽しみだ。

人気ブログランクありがとう!


あの荷物検査の女性は、たぶん今日一日、いや一週間は落ち込むな。仕事がら日常茶飯事だろうが、大変な仕事だ。辞めるかもね。絶対に必要な仕事だが、罵倒されてもありがとうとは言われない。帰る時は「いつもご苦労様!ありがとう!」と言ってみるか。勇気を出して。自分のために。ベンチャー大学

失意と絶望の日々

静岡→新横浜→八王子の途中、JRで懐かしの相模原を通る。ダメ転職を繰り返した4社目の30歳〜32歳。名も無い零細企業の四谷本社で社内恋愛で破れ、会社の詐欺的体質にも失望し、ヤケクソで3ヶ月で撤退予定の赤字お荷物相模原営業所へ自ら左遷を申し出て、そのままずるずると2年間いた町。人生の意味も仕事のやりがいも見つけられず、自堕落で流されていた。失意と絶望と怠惰な日々。が、なんとか人生を逆転したいと、東京の異業種交流会やセミナーに出始め、前向きな模索を始める。そして、33歳の5社目は起業するも半年で廃業。今考えれば当然の結果。事前準備も戦略も人脈もお客も何もなかった。6社目は出版社の原稿テープ起こしをバイトで。今更正社員にもなれず、しかし他にやるべきことも見えず、バイトがない日は新宿御苑の図書館でさまざまな本や日経流通新聞のバックナンバーをめくり、天職を模索していた。その図書館や近所の公園には、やることがないホームレスも多数。そのうつろな目をした姿は自分そのもの。そこに実家の連帯保証事件が起き、まさに夢破れての都落ちで故郷へ帰ることになる。オレは本当にダメ人間だった。

緑の日々 / 小田和正「緑の日々」 小田和正

確かに今 振り返れば 数え切れない 哀しい日々 でも
あの時 あの夜 あの頃 ふたりはいつも そこにいた

青春の殺人者





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青春の挫折!(20代編) by ベンチャー大学の栢野さん




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栢野克己(かやのかつみ) ■日本一過激な小企業コンサル・講演家。計15万部の著書「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」はアマゾン<中小企業経営>ジャンルで7年300週〜現在までベストセラー第1位〜5位。台湾(中国語)・韓国・タイ・インドネシアでも出版。零細企業☆人生逆転の事例講演・執筆・勉強会主催の(株)インタークロス代表取締役。主催のセミナー交流会「九州ベンチャー大学」や「経営人生計画セミナー」「やる気会」「早朝マーケ会」「個別相談会」は17年1000回を越え、累計で約1万人参加。全国+アジアで年間講演約100回+勉強会100回が自主ノルマ。2006年〜2007年に家族で1年間の世界一周を実現!夢は全世界で1000万部の著書+世界200ヶ国渡航 ■福岡県立城南高校+小倉西高校は裏口入学・立命館大学卒。新卒入社のヤマハ発動機を9ヶ月でノイローゼ退社、バイトのリクルートは3年弱で正社員試験落第。失意と復讐を誓い、大阪のIBMリースへ転職するが、またも仕事失敗+ウツ+婚約破棄+自殺未遂で退社。東京へ逃げ、半年失業後チラシ宅配ベンチャーへ転職。しかし、そこも詐欺的FC会社でまたも転職に失敗。もはや「同級生に勝つには独立しかない」と決意し、様々なセミナーや交流会に参加後に「無料職業相談業」で起業。しかし、半年で金がなくなり、出版社:ビジネス社でテープ起こしのバイトをするも先の人生が見えない。そんな92年実家が他人の連帯保証1億円かぶり博多へUターン。6度目の転職で広告代理店へ。同時にビジネス交流会「九州ベンチャー大学」立ち上げ。 95年、借金返済のため2度目の起業。97年完済するも実家失い親は自殺。2002年〜今までの人生への復讐スタート。お楽しみはコレからだ。公式HPも参考に。 ■インタークロス ■九州ベンチャー大学 代表・雑談担当 栢野克己/カヤノカツミ 〒810-0073福岡市中央区舞鶴2-7-21-803 電 話 092-781-5252  携 帯 090-3604-6735 FAX 092-781-5354 メールkaya@hf.rim.or.jp
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