【人生は逆転できる!】小企業コンサル・講演家の天職ブログ

講演家・作家・雑談相手。著書は「やずやの秘密」「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転!バカ社長」「35歳から一生負けない生き方」。22年で約1000回の人生経営勉強会「ベンチャー大学」「経営人生計画セミナー」毎月開催。人生の成功は<夢×戦略×感謝>をモットーに、弱者の独立起業・経営アドバイス・講演・執筆・コンサル・勉強会・個別相談会を実施。2007年に家族で1年間の世界一周を実現!

コンサル・講師・作家

アマゾン1位!「宇宙となかよし」

12/30〜1/3「人生経営サロン会」無料・出入り自由

東北・北海道地区の方へ。2010年2/19に岩手県盛岡で仕事で、その前後で全県行脚セミナー+接近戦しようと。人数や金額は不問。ド田舎でもOK。打診メール下さい。

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◆今日12/23(祝)は第92回「早朝サロン」。参加者は滝行600回を越えた修行者+アマゾンで「宇宙となかよし」が全国総合1位のベストセラーになった石田久二さん・メンタルコーチ・講師・作家、化粧品の製造販売会社ベルセノアの石原社長、右は破天荒な塾屋・渡部さんに私の4人。

皆32歳〜36歳だが、各自の経営人生は好調だ。さらに、「夢」系自己啓発や成功哲学・心理学、「戦」系戦略・戦術・マーケティング、「感」系感謝・感動・宗教系も滅茶苦茶詳しい。栢野が30代の時は、今日の参加者の1/3程度の知識や経験しかなかった。左は今日の会話をメモした石原さんのノート。皆、本当にスゴイ。正直に言おう。普通の40代〜50代の数倍、今日の参加者は勉強している。さらに、成果も出している。いつの時代も次代を変えるのは20代〜30代の変人狂人だ。無知も多いが。

本日出た単語・・夢戦感系/成功哲学・モチベーションエンジニアリング・小笹さん・弟は荒くれリフォーム・本人表はエリートだが中身は悪ガキ・大企業向けで成功・SMI・ナポレオンヒル・アチーブメント・ネットワークビジネス・コムスン・アムウェイ・テンツクマン・道幸・ニューウェイズ・スキナーの健康は良かった・てっぺん・マーフィー・滝行・祈祷師・精神病・戦略・竹田陽一・小さな会社☆儲けのルールの長時間労働に感動・神田・ジェイエイブラハム・広告コピーで反響得た・やずや・エバーライフ・悠香・お父さんが路上販売・原価100円しない・化粧品は半分がパッケージ代・エルサレム・キリスト・仏陀・イスラムの詐欺・ブッダガヤ・紳竜の研究・ブログは集客に充分使える・暴露本「洗脳されたい」・早すぎた天才キウイ池田さんの自殺・船井幸雄とつきあった人の半分は狂う・副島・本田・ネットワークビジネスを巻き込んで集客する講師コンサル・確信犯・客層戦略・アラサー女性・思い込み・滝行21日で自信・外こもり・犯人は沢木耕太郎・下川さん・鏡の法則野口・さおだけ屋山田も確信犯・エリエス土井・海外プーの大半は終わり・1割はイケル・アジアは安全・中国やベトナムはもう遅い・今はカンボジア・次代はアフリカ・恐怖のジンバブエや南ア・出版に至った経緯・アマゾン1位の謎・栢野の7年前の出来事・本を売る小手先ノウハウ・本で人生が変わった人終わった人・五日市剛・中小企業家同友会・朝起き会・ココにオウム真理教の訪問・最後はお札を売る・小林性感シール・神社仏閣も同じ・出版社のプライド・プライドないフォレスト出版・変幻自在・苫米地・石井・だから経営は順調・敏腕ヤンキー編集者・本なんて愛さない・3000部で元を取る出版社・

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◆石田さんは大学卒業後にそのまま26歳まで世界放浪。当然、そんな経歴の男にはまともな職はなく、32歳まで失業ニート・バイト・契約社員の繰り返し。一大決心して独立起業。が、お客も仕事もゼロでインドへ。2年前からコーチや講演も始め、4年後の今年は本も出してベストセラーに。

インドを舞台とした愛と感動のストーリー。ひとりの平凡な主人公が、勢いで会社を辞めて向かった先はインド。初日に所持金を奪われ、たった5千円で1週間を過ごす羽目になり、暑さと疲れで倒れる寸前になりながらも、運命の人たちとの出会いをきっかけに「天命」に目覚めていく。そこで受け取ったメッセージとは。この物語は「実話」です。そして、この物語の筆者である石田久二は、なぜ、月平均350時間労働・月収20万円以下のワーキングプアから、独立して自分の「やりたいこと」をやっていける人生を実現できるようになったのか?その答えがこのBOOKには秘められています。それがインドで学んだ「宇宙」からのメッセージ。「宇宙となかよし」という普遍の法則。この「物語」(後半は解説)が皆さんにとっての「小さなきっかけ」になることを願っています。

公式サイト ブログ←この滝行NHK取材動画がスゴイ。

今日の朝会のもっと詳細はコチラ

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◆妻から「この本オモシロイよ」と読んだ「いのちの食べかた」。子供向けに書いた食=ト殺・ト畜・被差別部落の正しい?真実本。本も面白かったが、こういう際どいことを独特の文章で書く本人はどんな人だと調べると・・オウム真理教のドキュメンタリー自主制作映画で様々な受賞したが、真実追いすぎて仕事なくし、仕方なく?作家や客員教授で食えるようになったこの人も元フリーターだった。

で、いいサイトを見つけた。・・・だからそのときは「つらい」「なんてツイてないんだ自分は」って思うかもしれないけど、実は長い目で見たらその方がツイてたなんてことが往々にしてあるんだよ。・・・続きは借金2億+50代で逆転の直木賞作家山本一力・魂の仕事人

 

クリスマスプレゼント・セミナー音声無料有料のDVDやCD買えない貧乏人だが正義のリベンジ目指す人限定で今年、栢野が講演した中で2時間以内の講演音声をチョイスしてメールで贈ります。自己紹介や状況書いてメール下さい。全員に贈ります。

以下は人によってはヘドが出る栢野の自画自賛的な我田引水「お客様・読者の声」

◆札幌で中古車販売を営むOOと申します。栢野さんに教わりました人生計画作り、来年バージョン作成中です。日々自分との戦いです。来年も栢野さんは、マスマス良い1年であるように努力される事と思いますが、私も負けずに努力します。◆先日は徳山大学の音声セミナープレゼントいただき、ありがとうございます。たいへん面白かったです。今回も期待しています。もう少し儲かったら、購入します。◆昭和レトロを超える松浦市の大橋です。いつも勉強させていただき感謝です。クリスマスプレゼントお願いいたします。音声データを送るのは大変手間がかかる作業です。本当に感服いたします。◆おはようございます。石田と申します。現在、設備設計(電気の図面を書いたり、取り付けたり)の会社を起こそうと準備を進めております。まだサラリーマンですが、地元工務店から仕事をもらっており、朝晩、土日で活動しています。建築系は厳しいですが、2010年中に起業するのを目標にしています。貧乏暇なしですが、必ず成功してやると意気込んでいます。弱者の戦略は愛読書です。繰り返し、5回6回読んだ本は他にありません。セミナーDVDの購入も考えましたが、数も多くどれがよいか悩んだあげくまずはyoutubeにしました。youtubeの音源も通勤中毎日聞いてます。朝から元気が出ますし、言葉の行間から抜きとれるものを探しています。今後、具体的にご相談させていただくかと思います。お体に気を付けて頑張ってください。これからもご活躍を楽しみにしております。◆メールの返信ありがとうございました。大変参考になる成功事例教えていただきありがとうございます。いつもブログ&動画見させていただいてます。大変参考になります!カヤノさんが言ってくださったように、そのまま実践あるのみでね!ありがとうございます。感謝しております。◆はじめまして、Hと申します。現在、起業準備中、栢野さんのランチェスター戦略にはまっている38歳、エロ男です。人生一度きり、悔いのない人生をおくる為、力をつけ、戦略を練っております。弱者の戦略、小さな会社け儲けのルールを熟読し、さらに毎日のブログも楽しく拝見しております。(今は金をかけずに集客〜を勉強中)大阪でのセミナーありましたら、ぜひ参加させていただきます。◆栢野さん、てんびんの詩までありがとうございます。先程は気がつきませんでした。今これから今日届いたDVDを見ようとしたら。先日草むしりの宮本さんからも栢野さんから送ってもらったので皆で観ようと連絡頂き、12月30日に5名で上映会と経営人生計画書作成清書発表をすることになっていました。30日にもかかわらず希望者がさらにいて7名でやることになりました。東京の坂本さんもわざわざ年末に高崎に来てくれます。小早さんという方は10月にはイエローハットの鍵山さんが顧問になって掃除の会社を立ち上げた方です。栢野さんのセミナーにも9月?のやつに参加してくれました。こちらでも栢野さんがきっかけとなって本当に色々と皆が元気になってきました。来年は50名セミナーをしたいのでお願いします。藤岡市のJCに栢野さんを呼べといっているのですが。京都のKと申します。1年ちょっと前に『弱者の戦略』を読み栢野さんを知りました。本の感想を送ったら栢野さんの岐阜のセミナーと田中真澄先生のセミナー音声を送って頂きました。朝に新聞配達をしながら50回くらい聞きました。後に土井さん、福一不動産社長、一風堂社長のCDを購入させて頂き、どれもお気に入りなのですが、特に同業種の福一不動産のCDは同じく新聞配達中50回位聞きました。今年、四条烏丸で生栢野さんを見ました。生『馬鹿が』を聞けて感動しました。あなたたちもどうせ50歳になったら会社から首を切られる、と言われ7月に会社を辞めて10月に不動産会社を立ち上げました。と、いいましてもまだ仕事もほぼ無く、未だに朝の新聞配達は辞められません。アルバイト社長のぶんざいながら調子に乗ってこの前、横須賀さんのセミナーCDと栢野さんの広告DVD購入させて頂きまして、貧乏リベンジ目指して勉強中です。栢野さんからみの教材は今まではずれがなかったので、今後もお金が出来たら随時購入致します。◆御社でDVDとかを買ってはいますが、節約生活は続けています。スバルの軽自動車今11万キロ超えています。本は400冊目ぐらいで竹田先生のランチェスターに出会い、「これだーーー。」と思いました。MBAの3Cや4Pなんてくそくらえ!!!って感じです。来年の6月に登記予定です。秘蔵音源が色々欲しいですが、みつおかパソコン教室のDVDの時の栢野さんの説明がすっごく納得いく説明でした。「なんで今頃パソコン教室なの?」私もよく言われます。なんで今頃OOなのと。。。そこが味噌なんですよ。◆以前,栢野様からセミナーの音源を頂き大変勉強になりました。さて、本日のブログで正義のリベンジ目指す人限定とございましたが最近弊社と取引をされている会社様から他のコンサルティング会社はコンサルティング費用がかなり高いと判明いたしました。私としてはこのようなビジネスはいずれ成り立たなくなると思っておりますのでなんとか打ち壊そうと考えております。もし、よろしければクリスマスプレゼント・セミナー音声無料希望いたします。年末年始にかけて栢野様の音源で勉強できれば幸いです。

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【放浪記】の真実と創作

11/20東京「2010経営人生計画第22回 満員キャンセル待ち

11/19唐津・11/21川口・11/22高崎・御殿場・鳥取・出雲・宮崎・他


1見たことないが、以前から気になる「放浪記」。森光子が2000回講演?した舞台劇だが、原作は昭和の作家・林芙美子の自伝的小説「放浪記」。様々な苦労や波乱を乗り越え、作家として成功したが・・・に関する素晴らしいコラムを発見したのでメモとして残す。林芙美子とは

 

ジェラシー。オレも何度もライバルの死や失敗を望んだ。今もだ。

人の不幸は密の味

芙美子亡きあとの「林芙美子像」、多くの人のイメージにあるのは、菊田一夫の舞台『放浪記』の芙美子であったり、テレビドラマ『うず潮』の中の芙美子である。私も、長い間、森光子演じる舞台姿によって林芙美子をイメージしてきた。菊田の『放浪記』。芙美子の姿は、森光子と重なる。そして、もう一人の女性によって、そのイメージが決定される。主人公芙美子と関わる友人、芙美子と競い合って作家をめざす日夏京子である。

 菊田一夫は、舞台の上に、重要な脇役として「日夏京子」を登場させた。先日のNHK舞台中継では池内淳子が日夏京子を演じていた。私が昔見た舞台中継では、奈良岡朋子が演じていたと思う。林芙美子のライバルであり、ラストシーンで芙美子に語りかける友達。ラストの余韻を観客に与えるたいへん重要な役どころである。芙美子には平林たい子や壺井栄など、文学仲間がいたが、菊田の戯曲には登場しない。舞台で最もふみ子と親しい友人として登場する日夏京子は、菊田が創作した架空の人物である。創作した人物を主人公の次ぎに重要な役として登場させたと言うことは、意味が大きい。菊田が語りたいことを、この人物を通して語らせていると思うのだ。

 菊田戯曲のなかで、芙美子と京子は、ともに作家として成功しようと競いあっている。ライバルの作品と自分の作品のうち、どちらか一人が文芸雑誌に作品を載せることができるという大事な瀬戸際で、芙美子は、ライバルを蹴落とす。京子から「雑誌編集者に届けてね」と頼まれた原稿を、締め切りがすぎてから届ける、という作戦をとったのだ。芙美子がいいわけするように、「本当にうっかり忘れて」しまったとは、誰もが信じてていない。芙美子は自分の文学を成就するためには、どんな手段でもとる女として描かれる。

実像の芙美子はどうか。芙美子が48歳で死去したとき、文壇の人々、出版関係の人々が葬儀に集まった。その中にはあからさまに芙美子の悪口を言いふらしている人も混じっていた。芙美子は、自分のライバルとみなしうる作家が出現しそうになると、さまざまな手段で追い落としを図った、と陰で言われいた。人気作家の地位を守るために、手段を選ばなかったと。故人と家族ぐるみの親交があった作家として、川端康成が葬儀委員長の役を引き受けた。川端は、芙美子へ遺恨を持つ人も参列者に混じっていることを承知の上で、故人を許すようにと言う意味の弔辞を述べた。

「故人は自分の文学的生命を保つため、他に対して時にはひどいことをしたのでありますが、しかし後2、3時間もすれば、故人は灰となってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうかこの際、故人を許してもらいたいと思います」

 川端が葬儀でわざわざ「故人をゆるしてやってくれ」と述べなければならなかったほど、芙美子は毀誉褒貶の渦のなかで作家業を続けていたのだ。(つづく)
10:37 | コメント (1) | 編集 | ページのトップへ

2005/06/05 日
新緑散歩>花の命は短くてに訐擇譴竜し 

 菊田一夫は、芙美子に追い落とされ、大成しなかった作家志望の人々を代表させる形で、日夏京子を創作した。菊田は、晩年の芙美子を落合の家に訪ねていった京子にこう言わせる。「あたし、あのときのこと、もう少しも恨みになんか思っちゃいないのよ。あんたが気にしているかと思って、今日はそのことだけ言いにきたの」「日夏京子が作家になれなかったのは、最初のチャンスを芙美子がつぶしたからだ」と、周囲の人は思っている。京子は、芙美子がそのことを負い目に感じたまま過ごしてきたのではないか、と気にしてきた。

 日夏京子にはすでにわかっている。チャンスを得るために、がむしゃらに他を蹴落とそうとし書き続ける情熱を、芙美子は持っており、自分にはそのがむしゃらさが持てなかった。もし、京子がほんとうに書くことでしか生きていけない人間だったのなら、芙美子がどうしようと、次のチャンスを見つけ、芙美子と同じようにがむしゃらに書き続けただろう。しかし、京子はそれをしなかった。安定した家庭生活を保障してくれる夫との結婚を選び、平凡ながら幸福な妻としての人生をおくってきた。そのことに悔いはないから、芙美子が作家として成功した今、「もう恨みになんか思っちゃいない」と、京子はわざわざ告げにきたのである

 ファンも多かったが、文壇に敵も多く作った芙美子への「許しのことば」を、菊田は、日夏京子に語らせた。菊田の『放浪記』最終場面。舞台『放浪記』のラストシーンは、実際の「落合の家」の客間をそっくり再現している。芙美子は「一度断ったら、日本の作家なんてたちまち忘れられてしまうから」と言い、ひきもきらぬ執筆依頼を次々に受けていく。締め切りに追われ、徹夜徹夜で書き続けて、疲れ切る芙美子。机にもたれたまま眠ってしまう。

 京子は芙美子に毛布をかけてやり、「おふみ、あんた、ちっとも幸せじゃないのね」と、つぶやいて客間を出ていく。そのまま寝続ける芙美子。静かに幕が下りてくる。

 私は、林芙美子記念館を訪れて、晩年の芙美子が、母、夫、養子とともに暮した家をこの目で見るまでは、この菊田の創作した日夏京子の「許し」と「不幸せな芙美子への同情」を、文字通りに受け取っていた。流行作家となり、大きな家も建てた。母親に着慣れない被布を着せて飾り立て、見栄をはる。後進作家の追い上げに負けるものかと書き続け、人気作家の地位を守ろうとする。徹夜徹夜で書き続けた芙美子は、疲れ、少しも幸せそうには見えない。舞台のラストシーンから、そういうメッセージを受け取っていたのだ。だが、芙美子の家に行き、芙美子の暮した生活の手触りを、台所や風呂場や客間、書斎と辿っていくうち、ああ、芙美子は書いて書いて書きまくって、やはり作家として幸福だったのだ、と感じた。(つづく) 

2005/06/06 月
新緑散歩>花の命は短くてド廖ξ佗

 林芙美子記念館展示室は、芙美子の夫緑敏のアトリエだった部屋。緑敏は、画家としては大成しなかったが、温厚な性質で、芙美子に寄り添い仕事を続けさせた。芙美子をおだやかに支え続ける「内助の夫」だった。緑敏が芙美子と出会ったのは、1926年(大正15)秋。その年の12月にはいっしょに暮し始めた。年の暮れ、時代が昭和へと変わる中、貧しい画家と貧しい女詩人の同棲生活。二人で励まし合い、夢を語り合う暮しだった。芙美子は親友の平林たい子らと共に、「社会文芸連盟」に参加し、書く事への意欲はすます強くなっていった。

 1928年(昭和3)長谷川時雨主宰の『女人藝術』に『放浪記』連載をはじめる。連載は評判となり、芙美子は「女流作家」の足場を固めた。1930年に出版された『放浪記』が大成功を納め、経済的な面での心配がなくなると、翌1931年(昭和6)芙美子はひとりパリへ旅立った。パリでの芙美子は新たな恋心を燃やす出会いを経験した。芙美子28歳のとき。しかし芙美子は、結局夫のもとに戻ってきた。清岡卓行は、芙美子の「パリの恋」の相手、S(のちに建築家となる)との仲について、「二人のあいだは、最後まで清純なままつづいたようだ。彼女は遠い東京で待っていてくれる画家の夫の緑敏、辛酸の生活をともに生き抜いてきた心の優しい男を裏切ることが、たぶんできなかったのである」と評している。

 芙美子と緑敏は事実婚のまま同居生活を続けた。世田谷から落合へ。借家を出なくてはならなくなり、1939年に借家の近くに土地を買い求めた。芙美子は二年の歳月をかけて家造りをした。1941年、緑敏名義と芙美子名義の二棟の数寄屋造りの家が完成した。林芙美子と手塚緑敏が、正式に婚姻届を出したのは、敗戦前年1944年になってから。戦火が激しさを増し、明日のことはどうなるか分からない、という状況の中、疎開や配給の手続のために「正式な婚姻」であることが必要になったと思われる。緑敏が林家に入る形をとり、以後、夫は林緑敏と名乗った。(画名は、本名のよみ方でなく音読みを使用し、「ろくびん」と呼ばれている)。1943年、芙美子40歳のとき、林夫妻は生後間もない赤ん坊を養子にした。泰(たい)と名付け、ふたりで溺愛した。泰も1944年に入籍している。1944年4月に一家は長野へ疎開した。母キク、養子泰と共に、夫の故郷に近い長野県山之内町で敗戦まで暮した。幸運なことに「落合の家」は戦災をうけることなく残り、一家は敗戦後まもなく帰京した。(つづく) 

2005/06/08 水
新緑散歩>花の命は短くてκ貉卅陝ι臠子と養子 

 戦後、学齢に達した泰を学習院に入学させ「何様のつもり」と悪口を言われたりした。しかし、だれが何と言おうと、母親には被布を着せて床の間の前の座布団に座らせ、息子にはピアノを習わせ学習院に通わせた。芙美子にとって、自分の貧しく惨めだった少女時代を補償するには、それでもまだあきたりない思いだったろう。泰といっしょに食事している写真が展示室にある。愛してやまない息子が、美味しそうに食べる姿を見つめる、ごく普通の母親としての芙美子がそこにいる。1941年から、1951年に亡くなるまでの10年間のうち、芙美子が、お気に入りの家に住むことができたのは、戦前戦後あわせて8年ほど。長野に疎開していた2年間は、厳しい生活だったが、焼け残った落合の家で、芙美子は家族と幸福にすごすことができた。「落合の家」を見学すると、芙美子と緑敏の「世間からは風変わりと見られても、ふたりは幸せな夫婦だった」という夫婦像を感じる。娘・芙美子の出世に満足している母、妻を愛し支えてくれる夫、何不自由なく育ててやることのできる息子。緑敏の道楽といえば、裏庭にバラ園を作り、薔薇の大輪を丹精することくらい。短い間であったとしても、この「落合の家」での芙美子は、けっして不幸せではなかった。

 確かに、執筆に追われ、命を縮めてまで書き続けた芙美子であった。しかし、日夏京子が、書き疲れて眠る芙美子に「おふみ、あんたちっとも幸せじゃないのね」とつぶやくのは、「違う」と、感じた。この落合の家で書き続けたことは、芙美子にとって、「ちっとも幸せじゃない」わけがない。書き続けることは、芙美子にとって必要であり、幸福なことだったのだ。書くことで生きていくのが作家だから。書きたい人間にとって、書いて表現できる場があることが一番の幸福なのだ。書かずにいられないから書くのだ。

 菊田の『放浪記』の最終場、「落合の家」のシーンには、作者の菊田一夫自身も登場する。本当に菊田が落合の家を訪れたことがあるなら、文芸者として生きていこうとする菊田は、芙美子の「書き続けることのできる幸福」を感じていたはずだ。では、なぜ菊田は「ちっとも幸せじゃないのね」と、日夏京子に言わせたのだろうか。

 『放浪記』の舞台を見ているのは、中年高齢の女性が多い。商業演劇の観客層が中高年の女性であるのはどの劇場も同じことだろうが、森光子主演『放浪記』は、圧倒的にその比率が高い。菊田一夫は商業演劇の舞台と観客を知り尽くしていた。舞台を見て感動して帰宅するその家で、女たちは明日も代わり映えのない日常をすごす。今日も明日も、家族を支えてメシを炊き洗濯をして生きていくのだ。日夏京子は、彼女たちの代弁者なのではないかと思う。(つづく)

2005/06/09 木
新緑散歩>花の命は短くて二人静 

 日夏京子は、芙美子とともに作家をめざしていた。しかし、芙美子のために作品を雑誌に載せるチャンスを奪われ、その後は金持ちの白坂の妻として、白坂亡きあとも再婚して平凡な妻として暮している。「作家になる」という野心は成就しなかったけれど、平凡な妻としての人生を歩んだ京子が、作家として成功した芙美子に向かって「あんた、ちっとも幸せじゃないのね」と、つぶやくのは、大多数の「野心を捨ててきた女」たちへの救済のセリフじゃないのか、と今回の池内淳子が情感をこめて残すセリフを聞いて感じた。

 日夏京子は、疲れ果てている芙美子を「幸せには見えない」と感じることによって、芙美子を許し、自分自身の平凡に過ぎ去った人生を救っている。

 もし、作家として成功した芙美子が、家庭人としても幸福のまっただ中にあり、好みの家を建て、女中や書生をつかいながら、平和な家庭の幸福をも享受している、というラストだったら、、、、、養子にした息子を学習院に入学させ、人々の揶揄や嫉妬を蹴飛ばしながら書き続ける流行作家芙美子が、「花の命は短かったかも知れないけれど、大輪の花を見事に咲かせ切った」として、幕となったのなら、、、、

 おそらく舞台の最終幕が下りてくるとき、観客のカタルシスは半減することだろうと思う。かって葬儀の場にまで「芙美子をよからずと思う人たち」がいた。成功した女性作家には、男性からも女性からも嫉妬と羨望と揶揄が押し寄せてくる。それを知っている菊田は「舞台の上では、芙美子を決して幸福にはできない」と考えて戯曲を作り上げたのだ。


素晴らしい分析だ。間違いない。そんなもんだ。綺麗事はツマラナイ。凄い。

次回の舞台は2010年5月〜カラダが動くのか、生きているのか森光子

「あいつより、うまいはずだがなぜ売れぬ」

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正統派のコンサルタントになる法

森英樹の「コンサルタントで成功する法」  詳細

6月〜山形・岩手・仙台・宇都宮・高崎・新潟・四国・他のセミナー

◆昨日は急遽開催した第178回のベンチャー大学「コンサルタントで成功する法」5時間!セミナー。やはり、上には上がいるね。こういう人には敵いません。

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森さんは、以前の勤務先・正統派コンサル会社で15年前後「体重計のタニタ」や「通販のベルーナ」を年商30億→100億以上へ導いた正統派のコンサルタント。月額30万円〜で毎月顧問先に訪れ、経営者+幹部+社員をリードしていく。口先だけのオレとは大違い。

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2000年〜独立し、現在は銀座コーチングスクールや週末起業フォーラムの経営・コンテンツ作成・出版・セミナーを総合的に行う。この「コンサルタント養成講座」も2002年〜毎年継続。

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本来は2日間で8万円のコースだが、友人価格ということで、特別に実施してもらった。

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竹田先生と私と3人でランチ。ここだけの話の「戦略」情報交換を。森さんの師匠も字は違うが「武田」先生。2社を上場会社に導いた師匠とのことで、鞄持ちで鍛えられたという。「ボクもいつの間にか、話し方も武田師匠に似てきた」。なるほどなるほど。

しかし思う。師匠を持つ大切さを。一部の人を除き、我流では難しいね。当たり前だが。守・破・離。今日のセミナーは、奇抜なことはなにもない。極めて基本的な内容。が、コンサルタントがコンサルタントで成功する法を話すことはほとんどない。私も知らないことが沢山あった。

森英樹の「コンサルタントで成功する法」  ←動画もあります。

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口先コンサル系の存在意義

6/19山形「弱者の戦略★最新事例セミナー」

 主宰↑の西塔社労士所長は転職10回上で逆転人生。相当な努力家+スゴイ人脈家

よく、机上の空論ではなく、現役の実業家だから・・というコンサル講師がいるが、もちろん、素晴らしい実業家兼コンサルもいる。が、多くの場合、素晴らしい実業家=コンサル・講師ではない。先週、出版社との雑談でも「稲盛さんなど一部を除き、実業経営者の本は売れない。有名でも。それは自慢話、上から目線、他業種で応用しにくいから」。私も経営者の知り合いはものすごく多いが、成功要因を他人にわかりやすく話せる人は少ない。どころか、自分がなぜ成功したのか?の人も多い。まあ、プレーヤーとコーチの違いか。野球は名選手=名監督も多いが、他のスポーツ見るとコーチに元優秀な選手は少ない(ような気がする)。餅は餅屋。経営ノウハウや情報を伝えるマスコミや出版社が優秀かというと、記者や編集者の大半はコンサルでは使えない。税理士や会計士や士業も同じ。その手の輩は実業下手くそ。が、情報伝達や加工や教授することには長けている。当たり前だが、各々には役割がある。コンサル・講師・士業・先生系の存在意義は、様々な会社や人を見ている=客観視ができること+事例を知っている=デタッチメント=神の視点が持てること(銀行や商社や営業マンも同じ=様々な会社を見ている)。我ら口先評論家のレゾンデートルはそこだ。原理原則×事例×革新情報×接近戦の量稽古で客観を磨くのだ。が、客観にも必ず主観や独断偏見も入る。=それが個性だ。それが顧客との相性になり、独自性が出る。大前研一さんや堀紘一さんは高名なコンサルだが、小起業家には合わない。私や竹田陽一は女性に合わない。さらに竹田陽一は右脳系が苦手。左脳・理論・理屈・論理・理工系。私は右脳?情熱・熱意・執念・格闘技系。ランチェスター経営(株)稲田さんは右脳・文系・カウンセラー系なのでお客も女性が多い。中村さんはその逆?伊佐さんは若手経営者+週末起業系。私は恐いイメージらしいので、草食・小羊系は寄ってこない。野獣・情熱・熱意系が多い。その証拠に私のセミナーは男ばかり。たまに女がいても中身が男系の自営・起業家ばかり。さらに、悪徳系やネットワークビジネスを叩きのめすので、東京の自己啓発系有名作家H・S・M・K・A・Dなどに集まる夢見る少女やオカマ系男や精神病んだリーマンやOL系は来ない。そこが巨大なマーケットだが・・ベストセラー100万部目指すには「自己実現したいが行動しない成功オタク」や「独立したいが永遠にしない勉強オタク」を取り込む必要があるが、そこまで自分を落としたくないし、こっちも成長しない。それは老後のお楽しみだ。というか合わない。で、

栢野克己(かやのかつみ) ■日本一過激な小企業コンサル・講演家。計15万部の著書「弱者の戦略」「小さな会社★儲けのルール」「逆転バカ社長:天職発見の人生マニュアル」はアマゾン<中小企業経営>ジャンルで7年300週〜現在までベストセラー第1位〜5位。台湾(中国語)・韓国・タイ・インドネシアでも出版。零細企業☆人生逆転の事例講演・執筆・勉強会主催の(株)インタークロス代表取締役。主催のセミナー交流会「九州ベンチャー大学」や「経営人生計画セミナー」「やる気会」「早朝マーケ会」「個別相談会」は17年1000回を越え、累計で約1万人参加。全国+アジアで年間講演約100回+勉強会100回が自主ノルマ。2006年〜2007年に家族で1年間の世界一周を実現!夢は全世界で1000万部の著書+世界200ヶ国渡航 ■福岡県立城南高校+小倉西高校は裏口入学・立命館大学卒。新卒入社のヤマハ発動機を9ヶ月でノイローゼ退社、バイトのリクルートは3年弱で正社員試験落第。失意と復讐を誓い、大阪のIBMリースへ転職するが、またも仕事失敗+ウツ+婚約破棄+自殺未遂で退社。東京へ逃げ、半年失業後チラシ宅配ベンチャーへ転職。しかし、そこも詐欺的FC会社でまたも転職に失敗。もはや「同級生に勝つには独立しかない」と決意し、様々なセミナーや交流会に参加後に「無料職業相談業」で起業。しかし、半年で金がなくなり、出版社:ビジネス社でテープ起こしのバイトをするも先の人生が見えない。そんな92年実家が他人の連帯保証1億円かぶり博多へUターン。6度目の転職で広告代理店へ。同時にビジネス交流会「九州ベンチャー大学」立ち上げ。 95年、借金返済のため2度目の起業。97年完済するも実家失い親は自殺。2002年〜今までの人生への復讐スタート。お楽しみはコレからだ。公式HPも参考に。 ■インタークロス ■九州ベンチャー大学 代表・雑談担当 栢野克己/カヤノカツミ 〒810-0073福岡市中央区舞鶴2-7-21-803 電 話 092-781-5252  携 帯 090-3604-6735 FAX 092-781-5354 メールkaya@hf.rim.or.jp
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