2016年10月10日

トルコの世界遺産

トルコの世界遺産─BLOGkayaki3

トルコは2つの複合遺産を含め、15の世界遺産を擁しています。
空港爆破テロ、クーデターの直後に訪れたトルコは…平穏でした。

 目 次

ヒエラポリスとパムッカレー─BLOGkayaki3
>>石灰棚温泉と古代ローマの保養地

2016.10.9 作成開始

  

Posted by kayakiyusui at 00:47Comments(0)TrackBack(0)トルコの世界遺産 

2016年09月23日

ヒエラポリスとパムッカレ(4)─トルコの世界遺産

トルコの世界遺産─BLOGkayaki3
ヒエラポリスとパムッカレー─BLOGkayaki3

【概要】1985年登録。登録基準 iii ix xii
石灰を含む温泉が長い年月を経て石灰棚を形成。
ベルガモン王国、古代ローマ時代の一大温泉保養地。世界複合遺産。

 パムッカレ村/2016年9月

温泉資源が枯渇しつつあるパムッカレ。日によって温泉を流したり止めたりしているそうだ。

>>前:古代と現在の配水システム

温泉がない石灰棚

残念ながら今回訪れたのは、ちょうど温泉の放水が止められていた時だった。
テレビやガイドブックで見るような、あの奇麗な白と青のテラスを是非とも撮りたかったのだが。

よく見ると中央あたりに…

あきらめきれず、石灰棚の周辺をくまなく歩いた。
一部は放水されているはずだ、と踏んだからだ。

水を張った石灰棚

よく見ると、中央に反射する光が見えた。カメラでズームして撮ってみる。

これぞパムッカレの光景

撮れた!
これぞパムッカレの景観、代名詞ともいえる光景!

石灰棚に埋もれゆく古代遺跡

さらに北のほうに歩いていくと、放水されている場所があった。
そこには古代遺跡がゆっくりと石灰の堆積に飲み込まれていく風景があった。

石灰棚と遺跡と夕日

現地時間午後6時半。観光客はまばら。ましてやツアー客は誰もいない。
個人旅行だからこそ夕暮れ時まで粘って撮影することができた。

茜色に染まる古代劇場

ヒエラポリスが茜色に染まっていく。
中央やや右は古代劇場。

同じく赤く染まる石灰棚

同じく白い石灰棚も茜色に染まっている。

石灰棚

現在は温泉管理の成果もあって徐々に温泉資源は回復しているらしい。
いつかまた石灰棚全体に温泉が張られた、本来の姿を取り戻す日が来てほしい。

 備 忘 録 
パムッカレの入場料35TL、博物館と温泉は別料金。
飲み物は売っているが、滅茶苦茶高いので予め持参すること!
ローマ劇場前はアポロ神殿跡があるのだが修復工事中。
(2016年9月時点)


2016.9.23 撮影
2016.10.30 作成終了

>>「トルコの世界遺産」TOP

  

Posted by kayakiyusui at 23:03Comments(0)TrackBack(0)トルコの世界遺産 

ヒエラポリスとパムッカレ(3)─トルコの世界遺産

トルコの世界遺産─BLOGkayaki3
ヒエラポリスとパムッカレー─BLOGkayaki3

【概要】1985年登録。登録基準 iii ix xii
石灰を含む温泉が長い年月を経て石灰棚を形成。
ベルガモン王国、古代ローマ時代の一大温泉保養地。世界複合遺産。

 パムッカレ村/2016年9月

まだある古代ローマの遺跡。そして温泉保養地を支えたインフラも見えてきた。

>>前:古代遺跡ヒエラポリスへ

ドミティアン門

ヒエラポリス北西の門は紀元1世紀に建造されたもの。
昔はここがヒエラポリスの玄関だったといえる。

アゴラの石柱

門をくぐると左横に石柱が立ち並んでいるのが見える。
保存状態がよく、石組みの屋根が残っており、当時の雰囲気がどことなく感じられる。

メインストリート

石畳のメインストリートを歩いていく。
現在の道は別のところに敷設されているためか、ここを歩く観光客は少ない。

道の中央は暗渠

歩く人が少ないのにはまだ理由があって、単純に歩きにくく、危ないのだ。
よく見ると石畳の石が中央で割れて崩れている。実は真ん中は暗渠になっている。 この中を温泉水が流れていた。(いや、もしかしたら下水道かもしれないが…)

劇場と温水路

丘の上から続く古代のU字溝。
これは温泉水を流すための施設と思われる。

かつての水路

ヒエラポリスの全域でこのU字溝や水路を見ることができる。
温泉網が整備されており、現博物館の古代浴場に供給されていたものと考えられる。

現在の水路

翻って現在の水路は、木道の下を流れている。
いや、流れていたりいなかったりしていた。

現在の水路と、石灰棚

なぜ石灰棚は干上がってしまったのか。つまり、なぜ温泉は枯渇しているのか。
それは周辺の開発による温泉の取りすぎによるものという。
劇場の周辺にこそ構想高級ホテルは立たなかったが、 ふもとの村にはプール付きのホテルがいくつも建っていた。

現代の温泉施設

ヒエラポリス内にある現在の温泉施設。 温泉の底に古代ローマ時代の石柱が横たわっているのが有名だが、 いつかは温泉が枯れて石柱はまたもとのように野ざらしとなってしまうのだろうか。
温泉資源枯渇問題は日本も他人ごとではないだけに、 パムッカレは今後どうなっていくかを注視していく必要があるだろう。

>>次:パムッカレの夕暮れ

2016.9.23 撮影
2016.10.23 本ページ作成

>>「トルコの世界遺産」TOP

  

Posted by kayakiyusui at 23:02Comments(0)TrackBack(0)トルコの世界遺産 

ヒエラポリスとパムッカレ(2)─トルコの世界遺産

トルコの世界遺産─BLOGkayaki3
ヒエラポリスとパムッカレー─BLOGkayaki3

【概要】1985年登録。登録基準 iii ix xii
石灰を含む温泉が長い年月を経て石灰棚を形成。
ベルガモン王国、古代ローマ時代の一大温泉保養地。世界複合遺産。

 パムッカレ村/2016年9月

干からびた石灰棚にがっかりしつつも、 気を取り直して次は古代ローマ時代の遺跡を見ていく。

>>前:パムッカレの石灰棚

石灰棚の上に古代遺跡

石灰棚の中の道を上りきると、石造りの古代遺跡がある。
ここは古代ローマ時代と、その前のベルガモン王国時代のリゾート施設みたいなところだった。

荒涼とした大地に遺跡が点在する

真っ白な丘を登りきると、荒涼とした大地が広がっているのは意外だった。
よく見ると様々な施設の遺跡が点在しているのに気づく。

遠くの斜面に劇場が

その一つ、そして特に目立つ大きな施設が、ローマ劇場。

ローマ劇場

古代ローマの遺跡に必ずあるのが、半円形の客席が特徴のローマ劇場。
なぜ、必ずあるのだろうか、そしてなぜどこも同じ形をしているのだろうか。

劇場の舞台

収容人数は1万5千人というこの劇場の中心に、舞台がある。
エフェスの劇場では舞台に上がることができ、 そこで歌ったり踊ったりしている観光客もいたが…ここでは入ることができなかった。
舞台上をよく見ると、何か資材が置かれている。イベントでもやるのだろうか。 ここは「現役」の劇場のようだ。

キリスト教会跡

ヒエラポリスの建設は紀元前2世紀からという。先の劇場は紀元2世紀のもの。
ここにキリスト教会跡があるのだが、劇場よりももっと後の時代になってからの施設であるといえる。

屋根の一部と十字架

比較的新しいはずの教会も崩れ去り、柱を立てていた礎が残る。
屋根の一部と思われる石材に十字架が刻まれているのが、教会であったことを知る数少ない手掛かりとなる。

ヒエラポリスの発掘品

ヒエラポリスは14世紀の大地震により被害を受け、そのまま衰退したとされるが、 文献によってはイスラームの王朝に破壊されたともされ、よくわからない。
ただ、一度衰退をしたからこそ、 多くの古代遺跡や当時の生活用品などがそのまま残されることとなった。
引き続きリゾート地として発展していたら、 ローマ劇場の周りは高級高層ホテルが立ち並んでいたかもしれない。

現在は博物館、古代は浴場

ここがリゾート施設として発達したのは、温泉があったから。
写真右の建物はかつての大浴場で、現在は博物館となっている。
左奥には現在の温泉施設があり、多くの観光客が入浴を楽しんでいる。
そして再びリゾートの地として注目されている…

>>次:古代と現在の配水システム

2016.9.23 撮影
2016.10.23 本ページ作成

>>「トルコの世界遺産」TOP

  

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ヒエラポリスとパムッカレ(1)─トルコの世界遺産

トルコの世界遺産─BLOGkayaki3
ヒエラポリスとパムッカレー─BLOGkayaki3

【概要】1985年登録。登録基準 iii ix xii
石灰を含む温泉が長い年月を経て石灰棚を形成。
ベルガモン王国、古代ローマ時代の一大温泉保養地。世界複合遺産。

 パムッカレ村/2016年9月

デニズリという大きな街からバスに揺られて荒涼の大地へ。
パムッカレ村という小さな村に着くと、白い断崖が見えた。

パムッカレ入口前の公園にて

高さ100m〜200mにも及ぶ白い山は一見すると雪山のよう。

パムッカレ村から見る石灰棚

その雪山のような断崖は村のすぐ手前に迫っている。
崖の上には緑が茂っている。不思議な光景だ。

人が歩いているのが見える

よく見ると、人が歩いているのが見える。
まるでゲレンデのようだ。ますます雪山と見紛うてしまう。

ここが歩いていける場所

入口から丘の上まで、石灰の台地を歩いて行ける。
ただし、裸足でなくてはいけない。
だが冷たくてつるつるしていそうな見た目とは裏腹に、温い水が流れ、滑りにくいザラザラした感触が足裏に伝わる。心地いい感触だ。

石灰棚の温泉

歩く途中に石灰棚の足湯温泉に入ることができる。そこには石灰の泥が堆積しており、これもまた感触がよい。 (白い棚田、という和名の俗称に恥じず、水田の泥のような感触だった。少し粉っぽさはあったが。)
もっと深い石灰棚では欧米の方々が水着で、ビキニで温泉を満喫していた。(写真はない。撮り辛い状況だったのだ…。)

欧米人に人気のスポット

トルコ屈指の観光地なだけに、特に欧米の観光客が大変多かった。
一方でトルコ国内や中東からの観光客もいた。
黒いチャドルとスカーフで身を包んだイスラームの女性と、ビキニの欧米女性が同居する空間は、見ていて宗教上の摩擦が起きやしないか少しハラハラするが、面白い。

さて、丘の上に登ったら、突然、パムッカレの現実を知ることとなった。

温泉のない石灰棚1

石灰棚が、すっかり乾いていたのだ。

温泉のない石灰棚2

本やテレビでよく見た、白い棚に、ライトブルーというかシアンの水が張ってある、白い棚田の光景が、そこにはなかった。
収穫を終えた棚田のようで、これはこれで味わいがあるが、抱いていたイメージとかけ離れていたことに、大きな衝撃を受けた。

どうやら温泉は、水路や水栓でその流れが管理されているらしかった。
一大温泉保養地に、何があったのか?

>>次:古代遺跡ヒエラポリスへ

2016.9.23 撮影
2016.10.9 作成開始

>>「トルコの世界遺産」TOP

  

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