駅から歩きながらそんなことを考えているうちにBirthdaysに到着した。イギリスはパブの文化があるためか、入り口のある一階ではバーカウンターと客席にちらほらとお酒を楽しむ若者の姿が見える。オシャレな内装が若者を引き寄せているのかもしれない。笑い声が飛び交い、夜の始まりを楽しんでいるのが伝わってくる。
入り口の横にある階段からライブスペースのある地下へ。
その毎度の魅力的なラインナップのために何度かBirthdaysには訪れており毎回オシャレでクールな若者たちで賑わっているのだが、今回はいつもよりも男性客が多く、その多くが黒いファッションに身を包んでいる。女性客も、Throbbing GristleのCosey Fanni Tuttiをどこか彷彿とされるような近付き難いオーラを放つような雰囲気をもった人たちが散見される。

今回のライブのメンツを考えればそれも頷けよう。Evian Christは昨今のR&Bやヒップホップ、そしてチルウェイブに関わるシーンで必ず話題にあがる『Tri Angle』に所属し、Mark Fellはオーストリアのノイズ、エレクトロニカなどのジャンルにおける支柱的なレーベル『Editions Mego』からリリースをしており、そしてロンドンのカルトレーベル、『Blackest Ever Black』(つまり「真っ黒けっけ」レーベル)から1stアルバムを出したばかりのインダストリアル・ミュージックの最前を走るRaimeと、自身の作品に加え、ノイズやテクノ、さらにはClams Casinoのような音楽までリリースするレーベル『Type』を主宰するPete Swansonが名を連ねているのである。これらが並ぶイベントに、黒以外の色は相応しくないのかもしれない。
会場に入ると、Evian ChristがDJを始めるところであった。彼のDJは、R&B、Hip-Hopといった彼の楽曲を特徴づけるジャンルは混ぜながらも、エクスペリメンタルな音楽を中心にゆらゆらと揺れ続けるようなDJセットだった。ライブがメインのイベントでは、DJのプレイにロンドンのオーディエンスはさほど興味を持っていないように思えることが多く、実際にミックスもせずにダラダラと流しているDJも多いのだが、Evian Christはミックスをしながら、またダンスミュージックではない音楽もエフェクトを効果的に用いて、淀んだ空間を作っていく。今回のイベントのオープニングにはぴったりのDJのセレクトだろう。

(奥に見えるのはPete Swanson)
しばらくしてMark Fellがフラッと登場する。ラップトップ一台を用いてのライブだ。金属音とノイズを徐々にボリュームを上げてゆっくりと会場の雰囲気を作り、オーディエンスをゆっくりと彼のフィールドへと招待するようにライブは始まっていく。そして段々と、異なる拍子のリズムが現れては消えまた現れて…と鳴らされてゆく。乗りづらくギクシャクとしたリズムが不協和音とともに鳴らされ、また次の聴く者をどこかぐらぐらとした不安定さを感じさせるリズムへとエスコートしてゆくスタイルで、ライブは進んでいく。段々とそのエスコートにムチが入れられていく。例えるならば、機械仕掛けで、その回転の仕方も不規則で緩急様々なリズムである回転式の拷問椅子に縛りつけられてぐるぐると回し続けられているような音の渦と描くことができるだろうか。ラップトップ以外の機材を持ち込んでいないために、特別に視覚的な興奮を与えるようなライブではなかったことも後押ししたか、オーディエンスの多くが目を閉じて、一方では体を揺らしたり、また他方ではただ俯いて耳だけに神経を集中させるように拷問に身を捧げていた。

Mark Fellのライブ後、転換時にはRaimeがDJを担当していた。が、そこではダンスミュージックは一曲も流れずに、ドローンや正体不明の古い音楽などをゆっくりとフェードイン、フェードアウトによって繋げていた。Raimeは、例えば『Fact Magagine』に提供した彼らのmixではドラムンベースやジャングルをスピンする一方で、RAのインタビューで述べているように全くダンスミュージックをスピンしないこともあり、そのDJプレイの触れ幅は大きいのだが、全てのプレイにおいて彼らなりのドス黒い、笑顔も無ければ怒りも無い、ただただ無常観と悲壮の念をDJに刻み込んでいるように感じる。彼らにとってはDJ=踊らせるという図式は必ずしも前提にはおかれてはいない。何の文句も言葉も言わせない時間が、ゆっくりとゆっくりと過ぎていく。

…と淡々と交互にヴァイナルをスピンする姿を見て思いを巡らせていると、Pete Swansonが登場と同時にそれまでステージ上にセットしてあった機材を突然、フロアに移動するようにスタッフに指示をし、オーディエンスに囲まれるようにライブをスタートさせた。謎めいた巨大なテープレコーダーのような機械が存在感を放つ横には、ぼろぼろの真っ黒なエフェクターに『A-100 Analog Modular System』と記された機材が並ぶ。巨大な機械をおもむろに触り出し、クリーンなノイズが煙のように立ち現れてきたと思った瞬間に、手元の謎のボタンを押す。「ドーーン!」という爆音とともに、それが四つに打たれたキックの音に変わっていく。そしてシンセからケーブルを抜き差しし、様々な音をリブァーブたっぷりに重ねていく。まぶしいほどの爆音である。その音は、それまでのノイズを基調としたスタイルから変化し、最新作である12インチシングル『Pro Style』において展開されているようなテクノとノイズが笑いながら空間を支配していた。音に笑顔は無い。Peteを円にして囲むオーディエンスは音楽がもつ笑いに微笑み返し、喜び合い、叫びながら、そしてニヤニヤとしながら…じっとその大きい体を前後に揺らし続ける男を見続ける。四つ打を基礎に緩急は、ミキサーを操作してハイとミドルのバランスを調整することでDJの手法にも近いように思えたが、そのうちに四つに鳴るキックの他、ミドルとハイも爆音の中でごちゃ混ぜに聴こえていく。溶けていくのかもしれない。爆音のノイズの中で、時間感覚はいつのまにか崩壊している。前にはニタァっと笑ういい年のイギリス人の親父3人がずっと体を揺らし続けるのを見ているうちに、「ああ、もうどうにでもなれ…」と自分の中で何かが溶解しているのがわかる。確かMark Fellの時にはまだ音楽を味わっているという感覚があったのだが…と思い始めた頃に音が止まり、あっという間の1時間のライブの終わりを知らせる。嵐が過ぎ去ったようである。





終演後、体はなぜか軽い。そして何かが頭から抜けていったような感覚さえ残る。「キーーン…」と耳鳴りがするのもやかましく思えないほど、どこかすっきりとした感覚だけが残った。開演からたったの数時間で、彼らは全てを持っていき、後にはただ余韻だけが残った。素晴らしい一夜だった。
数日後『Fact Magagine』におけるPeteのビデオ・インタビューを。Birthdaysの一階の雰囲気もちょっとだけ伝わるかも。






















