ひごころ

ひとひ ころころ こころころ

海にて

書くことを忘れていたわけではないけれど
気づけば長いこと書いていなかった。

この夏は、海にばかり行っている。

数年ぶりに海にザブンと入ったら、離れがたくなってしまった。


海は
ただ浮いているだけで
水の中の音を聴いているだけで
なにもかも、どうでもいいと思えてしまう。
それは刹那的な感覚ではなくて
なるようになるから、わたしがジタバタしなくていい、という安堵に似た感覚。

そんなわけで
ダーに対して伝えたいことを、海辺に持っていっても
無言のまま、海へ還してしまう。

結局「問題」は、わたしが「問題」だと思わなければ成立しない。
要するに、心配事や問題を作っているのは、ほかの誰でもない
わたし自身なのだ。

まるで誰かが悪いと思っていた。
何かが正しくて、何かが間違いだと思っていた。

問題も答えも
わたしの外にはなかったのに。


目を閉じて海に浮いていると
上も下も、前も後ろも
過去も未来も
混在しているような気がしてくる。

こわいのか、きもちいいのか。


ひとまず、このブログしか読めてないひとに
元気にしているよと伝えたくて
書きました。

読んでくださって、ありがとう。

卓上パネル

友人が、結婚した。
たくさんの事柄と、たくさんの年月を乗り越えての、入籍だった。

わたしも、ダーとの事実婚時代が長かった。

あのね。事実婚と結婚て、ちがうのよ。
とてもいいよ!

入籍報告に、そう返信した。
うれしくて、うれしくて、たまらなかった。

***

夫に内緒で、結婚記念パーティーをしたいという計画を打ち明けられたのは
そのあと、すぐ。

ホテルで記念写真撮るという名目で
新郎、新婦、娘ちゃんの三人で正装し
ドアを開けたら、友人縁者60名が待つパーティー会場!という設定。
しかも、その日は娘ちゃんの23歳の誕生日。

想像しただけで、鼻息が荒くなってしまった。
予定も確認せず、夫婦での参加希望を申し出た。

そこで彼女が提案してくれたのが
わたしが、会場で配る席次表とプロフィールを作るということ。

「手作り感満載のパーティーにしたいんよ。
和美ちゃん、作ってくれんやろか」

いろんなことに余裕のない時期で、わたしにできるのか?と思ったはずなのに
やる!と即答していた。

文章を、何度も何度もやりとりしながら、ふたりで推敲した。
結婚式というものに、片手に満たないくらいしか出席したことのないわたしだ。
彼らを祝福するひとが集まることを想像しながら
良いと思える提案は、何でもした。
仕事で多忙な中、一番報告したい夫に内緒で
彼女は、ほんとによくがんばったと思う。

根っからの表現者ゆえ
いろいろ希望もあっただろうに、多くをわたしに任せてくれた。
頼まれたから、というのではなく
わたしが企画したパーティーだぞ!くらいの気持ちで、仕上げることができたのは
全面的に信じて任せてくれた、彼女のおかげだ。


パーティは、昨夜、大成功で幕を閉じた。

「みんなに恩返ししたい!」

彼女が言っていたとおりの、笑いと感動がいっぱいの
もりだくさんのパーティーだった。
司会業、絵描きをやっているだけあって、多彩な友人ばかり。
夫婦のやりとりも漫才以上で、涙を流して笑った。

ふたりの登場の時点で、涙が止まらなくなったわたしだが
安定の「手ぶら参加」していたため、
これまた安定の「気が利くダー」が横からハンカチを差し出してくれた。

ああ、このひとが旦那さんでよかった。←ダーの心中は不明


夫婦って
家族って
ともだちって

ほんとにいいよね。

またゆっくり、会おうね。


おめでとう!
ありがとう!
だいすき!




東京国立近代美術館

東京国立近代美術館の所蔵の絵画の数々は
写真撮影を許されていた。
「芸術は大衆のもの」と
自身の作品を個人に売ることをしなかった、岡本太郎の絵もあった。

展示されていた作品の画家の名を、わたしはほとんど知らない。

知らなくてもいいのだ、と思う。
どういうひとだったのか、どんな時代背景があったのか
そんなものをまるで知らなくても、ああ、好きだなあと思う。

時代を超えて
縁あって、こうして向き合えたことを、ありがたく思う。

***

一昨年は息子、昨年はダー
それぞれが、見えない何かと闘いながらの休暇の一年だった。
穏やかに迎えたこの春
わたしを占めている思いは

情けないことに、「休みたい」だ。


何かを継続できたり、新しいことに挑戦したり
どんと受け入れたり、笑顔で支援できたり。

生き生きとした友人が多すぎて
どうしても、我が身を振り返り、天秤にかけてしまう。
おい、お前は何をしてるんだ、
お前に何ができるんだ、と。


そもそも、できることも、したいことも同じではない。
わかっては、いる。
でも。
すきなことに、まっすぐ向き合い
努力して輝いているひとは、かっこいい。うらやましい。
あのようでありたい、と願ってしまう。

しかし、現実のわたしは「休みたい」。

かつて、「休みたい」自分を許せなかった結果
病気を呼び寄せたことは、以前書いた。
休むための、誰もが認める理由を、わたしが強く求めたせいだった。
そのときはそうだと、わからなかったけど。

でも、ほんとうは
「休みたい」わたしを、わたしが許せばいいだけの話だった。
誰とも比べず、自分の重さを感じながら
それでいい、それがいい、と受け入れたら良いだけの話だった。

誰かのために何かができることは、気持ちよく豊かなことだ。
けれどまず、わたしがわたしのために生きなくて、何があるのか。
そこに起点を置かなくては、次の点と、線を描くことはできない。
それが、わたし以外の、誰に認められるものでないとしても。


生きることは、できることを広げていく作業だと思っていたけれど
実は、できないことを知っていく作業かもしれない。

それは別に、後ろ向きな意味ではなく。

できることが、わたしの役割であり
できないことは、誰かの役割であるということ。

だからわたしは、わたしを生きていいし
だから誰かは、誰かを生きていいのだ。

したくないことは、しなくていいこと。

そこを退化だとか、怠惰だとかと結びつける必要はない。
たぶん。


あともうすこしで、何かわかりそうな気がする。

休みたい自分と葛藤する、春。





つぼみ菜。

専門学校を卒業し、一年間ゲームソフト会社で働き
一年間、うつ病をたしなみ
今は、ゲームのイラストの仕事を請けている息子。

昼まで寝て、昼から仕事があれば仕事して
夕方寝て、夜から仕事があれば仕事して
夜中じゅう友だちとネットで話して、ゲームして
昼まで寝て…

の、サイクルで生活をしている。

えっちなお姉さんの絵ばかり、描いている。
飽きないのだろうか。

昨年一年間の収入は、なんとわたしの年収をわずかに超えた。


夜は寝るべきだとか
コンビニ食やお菓子ばかり食べたら体壊すとか
最初はなんだかんだ、口を出していたが

たのしく生きる。

このことに勝る、健全なものはないような気がする。


不定期な収入でありながら、毎月の生活費の振込に滞りはない。
支払いにルーズなのだけは、わたしが許さないので
そこは守っている様子。
4月からは1万増額で、6万入れてねと伝えてある。

「青色申告に挑戦する!」と宣言したわたしも、約束を守らねばなるまい。
税金に関わる仕事をしているが、簿記の知識は皆無。
年明けからGoogleさんに聞いて、どうやったらお金をかけず
確実な申告ができるかを、検索する日々。
息子の源泉所得税の還付分が取り分なので、わたしも本気である。

2月中には仕上げるぞ!




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便り

新聞もテレビも見ない我が家を憂いてか
母上が、月に一回くらいの割合で
おすすめの冊子や新聞を送ってくれる。

わたしたちは、それを見ながら
この紙面のどの記事が彼女にヒットしたのか
想像して、たのしむ。

添えられた一筆が、美しい。

***

競技綱引きの全国大会の組み合わせがHP上にアップされ
あれこれ観ていたら、家を出遅れた。
競歩の様相で職場に無事着いたのだが
わたしは本日、遅番であった様子。

みんなの笑い声を背に
トボトボと歩いて帰ってきた。

せっかく行ったのだから、と
手荷物をすべて置いて帰ったせいで
免許証も財布もなくて、買い物にも行けず。

ぽっかりと
計らずできたこの時間。

図書館から、予約していた本が届いたと連絡があったな。
歩いて取りに行こう。

うきうきで上着を羽織ったけれど
図書館の登録カードは、お財布の中であることを思い出す。


いまできるのは
ここに書き記すことくらいなのだろう。


あたたかいお茶でも、入れるかな。




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ベビマグ。

わたしがモノを並べて撮影しだすと、必ず登場する、いとくん。
視線も、立ち位置も完璧です。

さて、手前の三角ネットふたつが、今回の主役。
母Eちゃんの愛用品『ベビーマグちゃん』。

なんと、これだけ入れたら洗濯ができる、という優れもの。







最初は、これで洗えるの〜?と半信半疑だった。

高純度マグネシウムが原材料らしい。
化学的なことはわからないけど
洗浄力、消臭力ともに強く
これをポンと洗濯物と一緒に入れるだけで
脱水までそのまま。

ほんとに、これだけ。
ほかに何も入れない。

なんて簡単、なんて経済的。
そして環境にやさしい、ひとにもやさしい。

1年間(365回)使用可能。
洗濯物3キロで、ひとつ。
我が家は3〜6キロなので、ふたつ使っている。
洗い終わったら、洗濯物と一緒に干すだけ。

赤ちゃん用品の洗濯にぴったりだから、このネーミングなのだろう。
オーガニックコットンが洗えるのも、うれしい。

仕上がりがやわらかくて、わたしはほんとに気に入っている。
1年間使い終わったら、庭の肥料として役立つ。
もう、いいことづくし。

まとめ買いしてた洗剤、どうしようかなあ。



お野菜いっぱい

休日の朝、ベッドでうだうだ本を読んでいたら、ピンポンが鳴った。
マンションのエントランスに立つ、ニット帽をかぶった初老のおじさん。



!!

先生やん!!!

わたしの幼稚園の恩師、オオバヤシ先生。

彼の訪問はいつもこんなふうに突然で、事前に何の連絡もない。
気づいたときには、玄関前に立っている。
突然訪問するには、あまりに遠くから来ているのだけど。
(今回は電車で来たらしく、たぶん片道3時間はかかる)

わたしに逢えなかったら、この大量のお野菜
どうするつもりだったんだろう。

散らかってるけど、どうぞどうぞ。
すぐに帰ると言い張る先生を、無理矢理ひっぱり上げる。

年賀状を卒業した今でも、先生には年始にいつもお手紙を書く。
手紙が来ないと「どうしたんか、和美。連絡が来んぞ」と電話がくるからだ。

先生にとって、わたしは今でも、行く先が心配な生徒なんだと思う。
山口にいたときも、神奈川にいたときも、福岡にいる今も
わたしのいる場所に、必ず野菜を抱えてやってくる。

おお!
和美、元気にやっちょるか!

満面の笑みでそう呼びかけられて、
無農薬の、手をかけて丁寧につくられたお野菜をどん、と渡される。

わたしは前世で、どれだけのことを先生にしたのだろうか。
よっぽど先生を助けたにちがいない。
そうでないと、この展開はおかしい。

と、毎回思う。

元気でやってますか?と、わたしから先生を訪問する日が来る気がしない。
ずっとずっと心にかけていただいて、生涯を終えそうな気がする。


先生。
ありがとう。

わたしは、生きてるだけでいいんだなと
先生に逢うと、思う。


このひと、ナニモノなんだろう。

声が大きな、ちいさなおじさん天使。


見送る背中に、羽が見えた。



糸島かみなり

書こう書こうと思っているうちに、年が明けてしまったが
夏の終わりくらいから、競技綱引きチームのマネージャーをしている。

中学も高校も、文化部にすら所属していない帰宅部。
スポーツや、努力、根性、継続と縁遠い人生を送ってきたわたし。

そのわたしが、スポーツチームのマネージャーですよ。わはは。
笑わないとはずかしくて書けないです。


以前、こちらにも書いたけれど
縁あって、地元で活動する『糸島かみなり女』という女性綱引きチームに出会った。
(そのときの記事がこちら→

育児に仕事に、と多忙なメンバーを応援しているうちに
なんとなくマネージャーに就任。
しかし、わたしがあまりに頼りないので
マネージャーのマネージャー(通称マネマネ)にダーが就任。
現在、夫婦そろって、どっぷり綱引きな生活である。

ほんと、出会いとは不思議なもので
今では、メンバーみな、わたしたちにとって、家族に等しい。

綱引きというスポーツがそうさせるのか
スポーツをする、という行為自体がそういうものなのか
スポーツに縁のない人生を送ってきたわたしには
皆目見当がつかないのだけれど。

仲間と行っているのは、競技の頂点を目指して、綱を引いて引かれての練習なのに
向き合っているのは、互いの生き方そのものだったりする。

腹の黒いものがこぼれてしまったり
まぶしい可能性をみつけられたり
責めたり責められたり、守ったり守られたり
笑ったり、叱られたり、泣いたり、怒ったり。

40も超えて、こんなに互いに踏み込み合うなんて。

なんて、めんどくさくて
なんて、いとしいのだろう。

***

地元のみなさんに応援いただくが
メンバーが一向に増えない、我がチーム。

スポーツはできないけど、関わってみたいひとには
マネージャーのマネージャーのマネージャーの席も空いてます。
すこし遠くに住んでいても、参加することができます。

ぴんと来た方は、ぜひ。
めんどくさくて、いとしい世界に仲間入りしてください。




2018

あけましておめでとうございます。


友人たちの、いきいきした年始の投稿を読んで

気後れしてしまい

今になってしまいました。


年始の過ごし方や出来事で、

今年はこんな年になるね、と

なんとなく占ってしまうものだけど

それに則るならば、今年のわたしは

外に向かうより、内に向かう年になりそうです。

とても、インドアな感じ。


新しいものに挑戦するのではなく

手に入れるのではなく

すでにわたしの手の中にあるものを

改めて見てみる。

そんな年になるような。


あと、

家族をふやそうと思います。

家族と思えるひとは、どんどん家族にカウントしてしまおうと思います。


こんなわたしですが

今年もお付き合いいただければうれしいです。

伊勢神宮

11月の日曜日は混むから、朝一で行こう、と弟が言った。
内宮(ないくう)の鳥居の前までくると、ちょうど朝陽が昇ってきていた。
甥っ子たちが、パタパタと光に向かって走ってゆく。

念願の伊勢神宮参拝。
それにしても、参拝者の多いこと。

道の真ん中は神様が通られる場所だから、避けて歩くことは知っている。
知っているのに、気づけば真ん中を歩いているわたしは、
45歳になったばかりのダーに、何度も注意された。
それさえも爽快な、朝。

つめたい五十鈴川の水面に、指先を沈めて
「清める」という意味について考えたりしたけれど。

それさえすぐに消えてしまうほど、空気が澄んでいた。

***

片道2000円の航空券を予約したのは、2ヶ月くらい前だったか。
貯金の底が見え始めた中で湧いてきた思いは

旅に出なきゃ。

だった。

そしてその思いつきは、正しかった。

5泊6日。大阪、奈良、三重の三県に渡った宿泊先は
最高額4400円/1泊、最低額1800円/1泊。

気づけば周りは、外国の方ばかりという宿では
日本においての当たり前「周りに迷惑をかけない」という感覚が崩壊しており
そもそもその感覚は、何かを削ってまで必要なものなのか?と
自らに問い直すきっかけをもらった。
閉め切った窓からは、大きくガタンゴトンと電車の音が
薄いドアからは廊下のにぎやかな声が夜明けまで響いていた。
眠れないのだけれど、何もかも、それでいいじゃないか、と思えて愉快だった。

どれだけ小さい枠の中で
どれだけ快適で守られた場に身を置いているのか

離れてみないとわからないものだ。

風がすごい勢いで通り抜けるホームで、なかなか来ない電車を待つ。
無言でダーとふたり。でも満たされている。

豊かさとは、わたしが思っていたものとは
ちがう色をしているのかもしれない。

ぼんやりと、そう思った。




ブラタモリ 7 京都(嵐山・伏見) 志摩 伊勢(伊勢神宮・お伊勢参り) [ NHK「ブラタモリ」制作班 ]
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