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軌跡

28 6月

21か国目の国にて(9)

6月はあっという間に過ぎていった。中旬に体調を崩し、早くも病院にも行った。おなかの調子も悪く、寝不足が重なって、体調を崩した。
これぐらいで、体調を崩すことに腹立たしさを覚える。

世界レベルのコンサルタントと渡り歩くにはって、考えながら、働いていると、足りないことが多すぎて、ゲロる。笑
やることがたくさーーーんあって、30年じゃ足りないんじゃないかと思う。満たされることのない歯がゆさとの戦いが始まった。

俺の能力は悪いと思う。人から見えて自分には見えないこと、自分には見えて人には見えないことを考えると、自分がウソ偽りなく自信が持てる何かを専門にしたいと思った。
日本語でやり取りをして、年齢関係なく自分自身の考えを論理的に話していいのならば、筋を通ったことを言える。一方、外国語でそれをどう表現していいのかわからないのが悔しい。

こういう歯がゆい思いをこれから先、何万回と感じるんだろうと思うと、いやに思うけど、わくわくはする。
なので、わくわくが、いやを圧倒的に駆逐できるように将来を作っていきたい。

と、思った2014年6月の最終金曜日。


1 6月

21か国目の国にて(8)

移動はかならず、レンタカーか、歩きである。安全上のことを考えると、クタクシーには乗れない。
ウガンダのKampalaではあまり黄色のタクシーが見当たらない。いや、まだ一度もみたことがない。
一見タクシーってわからないタクシーが通っているのかもしれない。
西アフリカのカメルーンの首都ヤウンデには、日本製のトヨタ車がわんさか通っている。95%ぐらい日本では許されないほどの車体は傷んでいる。窓ガラスの代わりに段ボールやべニア板がはってはり、ラウンドアバウトを左に旋回中に後ろのドアが急に開き、びっくりしたこともある。めちゃくちゃ。
ウガンダ人の運転は、カメルーンより安全意識が高いかもしれない。そんなに激しく運転する車をまだ見ない。
ただ、バイクは危なっかしい。ノーヘルで二人乗りで車の間をすーーーと過ぎていくのが、怖い。

明日には地図を購入してどんどん行動範囲を広げることができれないいなと思う。歩いて、この街を見ることも大事であると思い始めた。

31 5月

21か国目の国にて(7)

赴任して三週間目が過ぎた。
こちらでの仕事は主トサイドでの財務ロジ関係の仕事をしている。恐ろしく時間が立つのが早く、あっという間に夜が朝に、朝が夜に、一日がon and offする。何をしたのかほとんど覚えていないこともある。
机の上がぐちゃぐちゃになり、パソコンの電源をオフにするのではなく、休止状態ですぐに起動できるようにした一週間だった。

南スーダンから高官がきた。スラーと長く、小さな顔と頭に、大き目の目が印象的だった。
なんだか隣国にきて、楽しそうだった。誰だって、海外に行くことは楽しいだろう。
ぶっ続けの長時間会議中、にこにこフェイスからガラッと変わった真剣な表情は、政をする人の顔だった。顔だけみると、中学校時代の喧嘩がめっぽう強い旧友に似ている。

英語での電話。これが一番つらい。電波の悪い中、ボリュームの低い状態で話をしているので、何度かミスが起きた。もともと私自身の英語も危ういのだが、しょうがない。第二言語は母国語に近づけることができるが、超えられるない。逆に言うと、母国語の能力が高ければ、より多くの表現を知っているので、英語でなんて言おうか考えられるのではないかと・・・・いや、まずは英語をもっと伸ばさなきゃと思った。

整理整頓が苦手なので、意識して事務所で働くことにした。それでも、小口で紙面になるものが多いので仕方がないのか、単に苦手なのか、中庸なのか。できれば中庸と思われるような仕事ぷりで、がっつり結果を残せるようになりたい。
26 5月

21か国目の国にて(6)

先週は、南スーダンのスタッフがウガンダに来て、業務の打ち合わせを行った。
先日、南スーダンでは停戦協定が結ばれたので、このまま状態が落ち着くことを切に願っている。

ウガンダのローカルフードレストランに南スーダン人三人と日本人三人で食事をしに行った。
お皿からはみ出るほどでかいティラピアにまっかっかなピーマン(超からい)をまぶしておいしそうに食べる彼らをみて食の感覚の違いを覚える。(いいかわるいじゃなくて) ビクトリア湖からとれた大き目の魚は大味であろう。それに辛みをたっぷりつけたら、味が消されてしまうのではないかと、思った。でも、彼らも僕らが生で魚をたべるということを聞いたら、ドン引きすると思う。結局、同じことである。


ウガンダには協力隊員が何人もいる。そのうちの一人の方にお会いした。自分が隊員であったときのことを思い出した。あの時の二年間は特別であり、稀有であり、この先絶対に戻ってこない貴重な二年であることを、今でも誇りに思う。帰国後に多くの隊員が壁にぶち当たると思うが、協力隊員は何とかなると思う。稀有な経験を個々人の強さに変えて、皆がすすんでいるから。

20 5月

21か国目の国にて(6)

2014年5月19日

今日はオフだった。ウガンダに来て初のオフは、まずはゆっくり起きた。さんさんと照りつける太陽と、若者たちの威勢のいい声と奇声で起こされる。

昨日作ったトマトソース風ケチャップが、下ってでた。ストレスで消化がうまくいってないのかもしれない。
トマトソースの瓶には100%と記載されているがまったくもって、色は怪しい。含有成分も7項目ぐらいしかなく、赤オレンジっぽい、いかにもって感じのパスタを昨日食べた。もうそのソースではパスタを作らないときめつつも、ま、いいかと作ってしまう自分が、未来に必ずいると、思った。

昼のレストランには、欧米人が多い。Macをたたきながらコーヒーを飲む姿が様になっている。
俺も、マックデビューしようかなと思った。

10分ほど歩いたところにデパートがある。その最上階にあるフードコートで韓国料理を食べた。酢の効いたキムチが好きだ。
フードコートから外を眺めていると、一本の木の上に、すらっと立ちすくむ大きな鳥がいた。日本では動物園にいるような鳥だ。店員にあれはなんていうのと聞いたら、Ostrichっていった。それはないでしょう。飛ばないから。
他の店員に聞いた。別の名前を言っていたが、忘れてしまった。

帰り際の大通りは、暗くて人通りも車の通りも多く物騒だ。道もところどころ抜けていて、落ちそうで危ない。
「hello, Boss」ってバイクのお兄さんに言われても、親指立てて、「I am walking!」って言って断る。
「笑顔、笑顔、大事」って思いながら、そそくさと臆病者は歩いた。

そんな日曜日を一生忘れないと思う。
20 5月

21か国目の国にて(5)

オフィスの設営をした。若い男性たちが、前掛けをかけファイルを片手にもったジーパン姿のウガンダ人のパワフルな女性に、指示され、効率的に設営した。
あのためらいもない、粋のいい感じが好きだ。アフリカっぽい一面を垣間見た。

キッチンでペットボトルに水を注いだ。空のペットボトルに水を勢いよく注いだら、水圧でまずペットボトルが倒れ、水がこぼれるのは、容易に想像がつく。それなのに、それをやってしまった。やってしまったら、普通なら拭かないとという意識にかられるのに、すぐに乾くからって、思う自分に気づいた。日本にいないんだと改めて認識した瞬間だった。
16 5月

21か国目の国にて(4)

今日は、会談をアフリカ人の方とした。プレゼン力のうまさやパワフルさを感じた。
14 5月

21か国目の国にて(3)

今日は朝から打ち合わせが続く。事務所の開設、銀行の開設、ビザの申請手続きなど、仕事の基盤となる業務を行った。事務所のオーナーはインド系の方で、商売がうまい。口先もウマイ。ということで、事務所の開設を急いて行っていこうと思う。

 移動は、歩きか車である。渋滞した土ぼこりが舞った市街を所せましっとバイクタクシーがすり抜ける。
平らなところを見つける方が難しい道をタクシーやトラックがウワンウワン、ボコンボコンと音を出すかのように、
進む。この風景が私は好きだ。

 デパートの裏手は、赤土の道で、そこを歩いてみると、知らず知らずに革靴の黒色が赤に侵食されていくようだ。
華やかな裏手の未舗装の道。アフリカの道といえば、この道。赤土の道。もちろん雨が降ってぐちょぐちょ。
この道が私は好きだ。


13 5月

21か国目の国にて(2)

 アフリカで仕事をすることは、ボランティア生活を含めて、ウガンダでの仕事が二度目の経験となる。
仕事や物事が驚くほどスムーズであり、ほとんど言っていいほどトラブルがない。
 人のふれあい方も柔らかく、会話も弾む。遠くからヤジを飛ばされたことは一度もない・・

カメルーンでの生活で味わった、あのてんやわんや感が、懐かしくも、どことなくいとおしいと思う。
その分、ウガンダに滞在した人たちがウガンダを好きになってしまう気持ちを、滞在3日目にしてわかった気がする。
12 5月

21か国目の国にて

昨日、仕事のためウガンダにカンパラ入りした。
かれこれ、アフリカは4か国目の国になる。日本を含めて、足を踏み入れた国は21か国となり、
すべての国に行くには残り140か国ぐらいになろうかと思う。

2002年の春、初めてお袋とオーストラリアに行ったのは12年前。その時プレゼントされたカリマーバックパックは、バックルが半分こわれ、幾か所も汚く不自由分に補修縫製され、布の目にはアジア、北アメリカ、南米そして、アフリカの土がこびりつき、洗っても落とせないとほど、汚くなった。カリマー独特のコシの強さはなく、完全にヘタレたバックパックになった。そんなバックパックは、今回は日本においてきた。

そう、仕事としてはじめて海外出張がスタートした。このブログもそんな節目を迎えて、始めたいと思う。
特に何かの情報ぶろぐではなく、たわいもない日誌や感想になってもかまわないと思っていて、
とにかく何かをできれだけ毎日記載したいとおもう。

空から見えるウガンダは、ビクトリア湖がまるで海のように大きく、見渡す限り緑とどことなく褐色がかっていた。
カメルーンの景色に似ている。
蒸し暑いあの何とも表現しにくいアフリカな匂いが空港にたつとただよい、気持ちが昂る。

ここで三か月あまり生活をするので、日誌をつけていきたい。




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