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僕らは僕達は大分トリニータ

林の右足から放たれた放物線を描くボールがゴール裏から
観ていた俺にはスローモーションに感じた。
ネットに突き刺さった瞬間、耳に爆発音が響いた。
そう、大分を応援する全ての人達が叫んだ咆哮だった。

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今年リーグ開幕前のPSMでスタッフと話した。
今年も資金繰りが厳しい。Jからの借入金を返さなければ
POにも進めないからまた、皆にお願いする事になりそうだ。
と。

田坂監督の2年目。昨年と違い、終盤での粘りが見えた。
それはじょじょに選手の自信となり、サポーターにも諦めな
い心を植え付けた。同時にチームは好調を維持する。

でも、Jからの借入金が返せない。
行政、企業を動かすためにはまず、市民が本当に必要とし
ているという目に見えるモノ=1億円の昇格支援金を見せな
ければならなかった。その期間わずか、3ヶ月

当初厳しいと思われたその支援金は期限日に1億を突破した。
これに行政・企業も動き借入金の3億を返す事が出来た。
チームも同じく支えられているという気持ちに応え、上位に
食い込んだ。

最終戦ではかなり厳しい条件となりながらも自動昇格が見え
た。最終戦は結果0-0となり、当初の予定といったら語弊が
あるかもだがPOへ進んだ。

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緒戦は京都。終盤好調を取り戻した、森島の4得点と圧勝劇
聖地国立へ駒を進めた。残るは1つ。勝てば昇格
決勝戦の相手、千葉はJリーグで一番の苦手とするチームと
なった。

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俺は3連休を甘く見ていた。パックが取れない。
ツアー会社の友人へ連絡をとったがやはり無かった。
妻も子供も至極行きたがってたが、日程やお金の問題もあり
1人で仲間と車での遠征となった。

国立へ到着。まだ大分側は人がまばらな状態。
ナビスコまでとはいかないが、せめてHOMEのゴール裏と
同じになってくれれば・・・

国立へ来るまで、国立へ来てからも、大丈夫大丈夫勝てる!
と、自分へ言い聞かせてきた。
しかし、本当は凄く怖かった。
相性が悪い事もあるが、一発勝負のレギュレーション。
しかも引き分けは、大分にとって負けなのだ。

試合が始まる。千葉に攻め込まれるが、
DF陣だけでなく、選手全員で守る。魂を見せて守る。
前半は0−0
まだ、正直怖かった。
周りを見渡せば、ゴール裏がすべて埋まってた。

後半。じょじょに大分も勢いを取り戻す。
何度か惜しいシーンもあったが、得点を奪えぬまま残り10分
となった。

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俺はこの日、国立へ相棒を連れてきていた。
それは決勝の3日前、1本の電話がかかってきたからだ。
電話の相手はまーくんのお母さん。
まーくんは俺と一緒に大分のサポータ文化を作ってきた相棒
だ。
まーくんのお母さんから、一緒に雅也も連れて行ってほしい
といった電話だった。
もちろん快諾し、前日に彼の遺影を預かった。

残り4分。86分となった時、大分の加藤家はTV観戦をしてい
た。お父さんは仏壇の前でまーくんに問いかけた
「雅也、このまんまじゃアカンで。どげんかしちくれんか」

正にそういった瞬間、林の右足からループシュートが放たれ
た。

俺は応援している時、常に横にいたアイツをいつも感じてい
る。もちろん国立でもそうだった。

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ゴールが決まる。後ろを振り返ると皆、涙を流している。
俺は叫んだ「まだ泣くな!終わってねぇ!もっと声だそう!」
そう言いながらも俺は込み上げてくるものを抑えるのに必死
だった。

ロスタイムは5分。いままで一番長く感じたロスタイムだった。
終了のホイッスルがなり、選手、ゴール裏、大分に関わるも
の全ての人達が喜んだ。


トリニータコール。そして「大分よりの使者」
前に張られたロープを越え、皆が前に殺到し、歌った。
俺はその後ろで、嗚咽していた。

TVで観ていた初めての昇格。現地で戦った国立でも
涙は流したが嗚咽した事はなかった。
立てなかった。涙を 声を抑える事は出来なかった。
一緒に歌いたかったが、歌うことが出来なかった。

怖かったけど、信じてここまで闘ってきた。
恐怖心から解放された安心感と 報われた嬉しさと
今年1年、皆がどれだけ必死にやってきたのかを知ってた
からこその感謝の気持ちが入り混じり、嗚咽した。

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きっと今年昇格を決めなければ、大分トリニータは近い将来
無くなってしまったかもしれない。
でも、決めた。俺達はこれからも一緒に闘える。


来期。今年以上に厳しい戦いになるのは必至。
でも、諦めない心を宿した俺達は必死に戦おう。

僕らが僕達が大分トリニータであるからこそ!

2012/11/23

8月3日 晴天

本日も例年通り晴天なり

俺は相変わらず日々を楽しく過ごしてます。
お前が居たらって、年月が経ってもあの日から変わらず思います。

トリニータは知っての通り難局を乗り越えようと必死でもがき、
上位にいます。今年いけるよ。
あ、そうそう芝がまたヤバイ状態なので、お前から文句言ってくれ(笑

家族は皆、元気です。今日は行けそうもない。
近々行くから、寂しがんなよw。

3月30日 清水孝 お別れ会

100名を遥かに超える方々がお別れに来てくれました。
元議員さん、現職議員さん、サッカー部OB会、サッカー協会、会社関係、友人、知人etc...
想像してたよりも沢山の方々、また皆さんしんみりせず、にこやかにお別れしていただけました。

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こういった事をすると、ひょっこり帰ってくると良く聞きます。
なんだか、会の途中そんな気がしてました。

本日はお忙しい中、皆様ありがとうございました。

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お別れ会のお知らせ

http://blog.livedoor.jp/kaz_trinista/archives/6648342.html

2004年09月09日の義父に関しての記事です。
覚えている方もいらっしゃると思いますが、2004年8月18日夕方から行方不明になりました。

それから7年以上の年月が経ちましたが、未だ行方不明に変わりはありません。
ただ、一旦ケジメをつける意味も含めて葬儀ではなく、お別れ会をする事にしました。

平日であり、お忙しい方もいらっしゃると思いますが、お時間ありましたら献花をお願いします。

日 :2012年3月30日(金)
時間:13:00〜16:00 (この間に献花台を設置してますので、都合の良い時間でお願いします)
場所:大分オアシスタワーホテル 20F
他 :当日は葬儀ではありませんので、平服で構いません。

当時、ご心配をいただいた皆様、またご協力いただきました皆様、ありがとうございました。
今回、義父80歳の誕生日に一旦ケジメをつける事といたしましたが、義母、嫁、私も
いつかひょっこり帰ってくるもんだと、まだ信じております。

当日は献花にどのくらいの人が集まるか読めない状況ですので、場合によってはご迷惑を
おかけしてしまうかもしれませんが、何卒ご了承下さいませ。

以上、よろしくお願いいたします。

始動

今更ながらあけましておめでとうございます。本年もよろしくです。

トリニータはJ1昇格を本気で狙うべく、今期はかなり補強しました。
俺の高松も戻ってきたので戦力的には申し分ない。
始動もJのなかでも最速でワクワク感が半端ない感じです。

あと気になるのは借金問題ですが、経営には口だせる訳がなく、
大丈夫と言うなら信じるしかありません。
過去、そんな言葉に騙されてプライドをズタズタにされましたが、
それでもトリニータというチームを愛しているから信じるしかありません。
クラブライセンスの問題もあり、今期勝負をかけないとならない
事情ももしかしたらあるのかもしれませんが、そこはそこ。

好きで心底惚れた奴の言葉は信じてやるよ。
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