2016年10月11日

風巻隆 ソロ・パカッション 「SO LONG」

SO LONG ビジュアル



■風巻 隆 ソロ・パカッション  「SO LONG」    レコーディング ライヴ

 2016年11月29日(火)   午後7時開場  7時30分開演

明大前  キッド・アイラック・アート・ホール  
       京王・井の頭線「明大前」駅下車  和泉校舎へと向かう学生街コンビニの先、左側徒歩2分
          http://www.kidailack.co.jp/

予約 2000円   当日 2500円  (1ドリンク付)

予約・問い合わせ   キッド・アイラック・アート・ホール  tel.03−3322−5564

出演      風 巻  隆    percussion
         
80年代から、明大前のキッドアイラックアートホールを拠点として
自主的な演奏活動を続けてきた即興のパカッショニスト風巻隆。
2005年にキッドのレーベルからソロCD「ジグザグ/zigzag」をリリースしてからも
楽器の改造を行い、音の形をさまざまに変化させていく独自の演奏法のスタイルを革新させてきた。

現代音楽の領域でも通用するような革新的な演奏スタイルを持ち、
超絶的な演奏テクニックを駆使して作るそのサウンドは、
さまざまな倍音をコントロールし、共鳴、共振といった音の特性をその音楽の核心部分で使いながら、
タイコが語りかけるようなピッチコントロールと、
聴くものの予測を気持ちよく裏切るズレや変化をともなうリズムで、
どこか懐かしい「音の風景」を形作っていく。

今年の年末でその長き活動に終止符をうつ
明大前の「キッド・アイラック・アート・ホール」へのオマージュとなるソロ・コンサート。
風巻とキッドの運命的な出会いと、タイコの内部にいるようなその音を体感するのは、
これがほんとに最後になる。



       
SO LONG                                         風巻 隆

本当のことを言うと、まだボクは、
キッドアイラックが今年でなくなってしまうということを実感できていない。

もちろん頭では理解しているし、
6月には長年続けてきた「音の交差点」シリーズもファイナルでけじめをつけた。

それでもなおボクの中では、いきつけの飲み屋のように、
キッドはそこにあるのが当たり前の場所であって、
そこがなくなるなんてことは、考えたくもないし、どうしても考えられないのだ。

はじめてキッドで演奏したのは1977年、20歳のときだから、
もう40年近い年月が経っている。

そこで多くの出会いがあり、多くの再会があった。
そこで共演した多くのミュージシャンがこの世を去り、
ソロ・コンサートの休憩中に父親の楽器で遊んでいた娘も、もう今年で20歳になる。

誰もしないようなやり方でタイコを叩き、自分のスタイルを模索し、作っては壊しの40年。

今年の夏、横にしたバスドラの上にシンバルを載せるためのシンバルスタンドを作った。
古い金属製のマグカップの柄を取り外しただけのものなのだけれど、
誰も考えたこともないことを考えるということは、それだけでスリリングなものだ。

新しいことをするにはそれなりの修練というものが必要なわけだけれど、
その前に、新しいことをしようと思う気持ちや、
今の自分を捨てる気持ちがまだあるということが大切だろう。

即興をするということに関わって40年。
こんなにも長い年月を支えてくれたのがキッドだったということは、
ボクにも、痛いほどわかっている。
今のボクには、キッドで叩く自分のタイコの音を録音しておくこと、
それが精いっぱいの感謝のしるしなのだ。

タイコを真上から見た写真には、
どこかアートに近い趣がある。
一回一回の演奏で
どんなセッティングをするか
それがそのまま一つの曲になる気がしている。

自分がどこに行こうとしているのかまだ手探りの状態だけれど、
変幻自在なセッティングを、真上から定点で見ていくと
新しい場所へ入っていけるような、そんな気がしている。



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2016年06月28日

音の交差点ファイナル

■音の交差点ファイナル
     〜6つのデュオ・インプロヴィゼーション〜


2016年6月30日((木))   午後7時開場  7時30分開演


明大前  キッド・アイラック・アート・ホール  tel.03−3322−5564
 京王・井の頭線「明大前」駅下車  和泉校舎へと向かう学生街コンビニの先、左側徒歩2分          http://www.kidailack.co.jp/

前売・予約 2200円   当日 2700円  (1ドリンク付)



出演     


中山信彦 写真


ナカヤマ・ノブヒコ  modular synthesizer

シンセサイザー・プログラマー/サウンド・デザイナーとして様々なアーティストのレコーディングに関わる一方で、「風博士」名義で行った風鈴と環境音による音響作品の制作を経て、「機械との対話」としてのモジュラー・シンセサイザーのパフォーマンスを展開するようになる。モジュラーシンセ・ユニット「電子海面」の一翼を担うほか、ソロの活動や、フォノグラファーとしてマルコス・フェルナンデスとも活動を共にしている。シンセ歴36年、モジュラー歴6年、そして俺歴元年。


香村かをりプロフィール写真


香村かをり   janggu and Korean percussion

14歳からドラムを始める。15歳でバンド「闇射」で吉祥寺マイナーに出演。1986年、金徳洙氏率いる韓国伝統打楽器グループ「サムルノリ」を聴き、衝撃を受け渡韓。漢陽大学音楽学部伝統音楽科打楽器専攻、同大学院修士課程音楽理論科で学ぶ。1990年、第1回サムルノリコンクールで座奏賞を受賞するほか、1995年には“エイジアン・ファンタジー・オーケストラ”(団長、渡辺香津美・仙波清彦)の団員としてアジアツアーに参加する。


森重靖宗


森重康宗   cello    http://www.mori-shige.com

様々な音楽活動を経て、1997年から即興演奏の活動を開始し、国内外の音楽家や舞踏家等と数多く共演する。アコースティック楽器の可能性を広げ、従来のチェロ奏法にとらわれない自由な演奏から生み出されるその音響は、繊細かつ豊かで独特である。2009年、チェロとピアノのソロによる即興演奏で構成されたCD "fukashigi" を発表。なお、灰野敬二率いるバンド「不失者」ではエレキベースを演奏している。


新井陽子 白黒


新井陽子   keybord http://www.geocities.jp/anoyoarayo/
ピアノとともにジャワガムラン、声明を学ぶ。80年代よりパフォーマンス、「月刊カセット」などの活動や演劇との協同作業を経て、「語りえないこと」を現す即興演奏に興味を持ち、90年代後半より、即興を中心に国内外の様々なミュージシャンとの共同作業を行っている。地域のイベントやワークショップなどの企画・制作を行う一方、近年は、海外の音楽シーンへも積極的に関わり、韓国、オランダ、ベルリン、ロンドン、パリなどでも演奏活動を行っている。


大熊ワタル 写真


大熊ワタル clarinet      http://www.cicala-mvta.com/   

前衛ロックを経て20代半ばでチンドン屋に入門し、街頭でクラリネットを修行。90年代、クラリネット奏者として自己のグループ「シカラムータ」を開始する。実験性や即興性、ストリート感覚を活かした独自の音楽性が国内外で話題を呼び、近年はアコースティックな出前ユニット「ジンタらムータ」でも活動する。3 ・11以降は積極的に街頭行動にも参加、映画や演劇とのコラボレーションなど、ジャンルを超えて多方面に出没している。



神蔵香芳 写真


神蔵香芳    dance

舞踊家。自然で自由なあり方を求めて独自の表現を追求しながら、ソロを中心に活動を続ける。作り込んだ構成の中で即興で踊るという方法によって作品を創作し、「ダンスとは、次々におこる今をどう捉え、対応し、表現していくかということで、その1秒1秒の積み重ねが動きの流れとなり作品となる」という信念のもとに、その場に相応しい「生きた表現」を目ざして即興/創作している。なお、都下・町田市の幼稚園では、こどものための身体表現にも取りくんでいる。



風巻コギリjpg


風巻 隆    percussion       

ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクしながら、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。ドラムを改造した独自の演奏スタイルは、2005年にキッドアイラックレーベルから発表したソロCD「ジグザグ/zigzag」という作品に結実した。革の音がする肩掛けのタイコ、西アフリカのコギリ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、音楽の実験室といったシリーズ「音の交差点」を長年キッド・アイラックで企画してきた。


2016年末をもって明大前キッド・アイラック・アート・ホールが閉鎖されることになり、1984年から長年続いた即興演奏のシリーズ「音の交差点」もファイナルを迎える。80年代からさまざまな形でパカッションの風巻と共演してきたミュージシャン・ダンサーが参集するなか、チェロの森重靖宗とは初の共演となる。15〜20分の凝縮された演奏やパフォーマンスは、キッド・アイラックが作ってきた濃密な表現世界を、改めて感じさせてくれることでしょう。


  ご予約・お問い合わせ   
キッド・アイラック・アート・ホール  tel.03−3322−5564


音の交差点     <作業としてのコンサート>              2016.5.19      


ある人にとってコンサートは、日頃の練習を発表する場だったり、
気のあった仲間と集まる絶好の機会だったり、
限られた空間と時間と、そして何より音楽を共有することで、
その場にえもいわれぬ一体感が生まれる場所だったりする。

そうして生まれる共同性は、さまざまなジャンルの中で洗練され、
あるいはエンターテイメントとして広く認知されて多くのファンを獲得していくか、
少数の、しかし根強いファンに支えられながら
息の長い活動を続け、自分達のネットワークを確立していくことになる。

「音の交差点」は、そうしたコンサートを、音楽のひとつの実験の場ととらえ、
音楽が持っている可能性や、音楽が人と人をつないでいく力を信じ、
表現としての高みを作るものとして企画され、
80年代から、パカッショニストの風巻隆によって続けられてきた。

即興という表現を、より風通しのよいものにするため、
斬新な人選と、意外な取り合わせで始まった84年からのシリーズ
(ゲスト:ダニー・デイヴィス、ローリー、田中トシ、菅波ゆり子、
小西ヤス、香村かをり、篠田昌已、小山景子ほか)

おもに海外からのゲストとともにデュオやトリオを行っていく86年からのシリーズ、
(ゲスト:トム・コラ、ダニー・デイヴィス、ペーター・コーヴァルト、
ハンス・ライヒェル、竹田賢一、向井千恵ほか)

デュオやトリオで、アンサンブルへの意思を形にしようとした91年からのシリーズ
(ゲスト:大熊亘、鈴木健雄、大友良英、斉藤徹、花木久実ほか)を経て、

2009年からは、二つのデュオによるインプロヴィゼーションとして新たなシリーズを開始していた。
(ゲスト:永田砂知子、中山信彦、マルコス・フェルナンデス、クリストフ・シャルルほか)

「インプロ」と称され、矮小化されて
音楽の一つのジャンルに囲われてしまったかのような即興シーンの中でも、
自身のタイコをさまざまに改造するなど、実験的な音楽への姿勢を常に持ち、
その独特な音楽観をわかりやすく伝えるためにさまざまなエッセイを書きためてきた風巻隆。
日々の雑感を綴ったブログ「元住吉から」や、
過去の文章をリライトしたブログ「ニューヨーク通信/ヨーロッパ通信」には
音楽というものが開いていく新しい世界の確かさと、今・こことは違った
もう一つの別の世界への扉をそーっと開けるような、不思議な感覚を覚えることがある。

2016年、明大前の「キッド・アイラック・アート・ホール」が年末で閉鎖されることになり、
「音の交差点」は、
6月に行われる6人のゲストを迎えた6つのインプロヴィゼーションで「ファイナル」を迎える。

6人のゲストはそれぞれ、30年来の友人だったり、長い共演歴のあるパートナーだったりもするのだが、
そこで行われる演奏やパフォーマンスは、それぞれの新しい扉を開けるものになるに違いない。

おそらくそこには、日常を切り裂くエッジがあり、
あふれる歌があり、自分の深い所へ降りていく感覚があり、
そして、言いようのない懐かしさとともに、
どこか遠くへと広がっていく「音の風景」がある。

(風巻 隆)



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音の交差点アーカイブ vol.3

ニュータイコ


■音の交差点    <作業としてのコンサート>


幸か不幸か、即興や即興演奏への関心は一般的にはほとんどなくなり、
フリージャズがもはや死語になったように、
フリーミュージックという言葉ももう聞かなくなった。

抽象絵画を描くように音を散りばめるヨーロッパフリーの手法も、
そのスタイルが出来上がってしまうと、
もう何の新鮮さも感じなくなってしまったし、
ドイツのFMPなどは、もう一つの伝統になってしまったようで、
しっかり保守的になってしまった。

かわって注目されるようになったジョン・ゾーン、フレッド・フリス、
ブッチ・モリス、エリオット・シャープ等のニューヨークシーンは、
豊富な人材のアマルガムを
バンドやプロジェクトによってさまざまに変換させながら、
ニッティング・ファクトリーのような場のダイナミズムにも支えられて、
新しい話題をつぎつぎに提供してくれる。

また、上昇志向の渦の中での戦略からか、
バンドの形態をとることも多く、
即興演奏に「個」の蜂起とでもいうような
アナーキーな人間関係を期待するむきには反して、
即興も作曲も一つの方法と、したたかに活動を続けている。

即興であることが、
それだけで何かスゴイことのように吹聴されていた時代は
もうとうに過ぎて、
おそらく、表現の独自性や実験的な試みを即時につなぎとめていく
「場」の作り方として、
これからは機能していくんじゃないだろうか。

一人一人の作業を持ち寄り、イメージに形を与えていくなかで、
未だないものを具現化していく。

即興と作曲を二元的に考えるのではなく、
そのどちらでもありどちらでもない、そうした何か、
新しい音楽の生成をも予感させる「場」として
「音の交差点」を企画しました。

ありていに言えば、
ライブハウスで毎日繰り返される出来上がりの「音楽」ではなく、
これから音楽になろうとする、音の断片やアイデアを持ち寄って、
「即興」という開かれた関係のなかで、
その場で音楽を作っていこうというものです。

コンサートという形式をとりながら、
もう少し自由に音楽の枠をはずし、
できれば予定調和を越えた世界を作りたい、
そうした作業の「場」という風に考えています。

「音の交差点」というタイトルは、
キッドアイラックホールでのコンサートシリーズに以前も使っていて、
そこではダニー・デイビス、ペーター・コバルト、トム・コラといった
ミュージシャン達とも共演し、
自分の音楽や演奏スタイルを模索してきました。

この2〜3年は、
ニューヨークやヨーロッパでの活動に力をいれていたのですが、
今年に入って、楽器を新しく買い替えたり、
それに手を加えたりすることに始まって、
自分の音楽のあり様を、自分の足下の東京で
また少し考えていきたいと思います。


(1991年5月27日〜29日 鈴木健雄、大熊ワタル、向井千恵、竹田賢一、大友良英、風巻隆)



<解説>

ニューヨークやヨーロッパでできることが何故東京で出来ないのか、
その頃からずっと考えて、それこそいろんな試みを行ってきた。

ニューヨークでは、どんな無名の人間でもミュージシャンとして出迎えてくれたし、
ヨーロッパでは、無名のミュージシャンでもアーティストとして出迎えてくれた。
そうした懐の深さや、音楽やアートの伝統というものは
一朝一夕で作れるものではなく、長い年月をかけて作り上げていったものなのだろう。

東京での試みは結局たいした結果も出せないで、
ヨーロッパやエストニアからミュージシャンを招聘してプロジェクトを行うという
今考えれば途方もないことにこの後、挑戦していくことになる。

そうした途方もないプロジェクトの最後に行ったライヴで、
ある演奏のさなかに、ボクは、それまでの演奏が
「何かをしないことをしていた。」ことに気が付いて愕然とする。

それと同時に、
タイコから音が抜けていく感覚とか、
叩くときのスティックの軌道といったものが、
それまでより明確にイメージできるようになったのだ。

即興が作曲になるためには、
「何かをしないこと」をしながら堂々巡りすることをやめて
明確に、「何かをすること」に向かっていかなくてはならない。

25年前、この文章の中で「作業」と言っていることは
とりもなおさず、「何かをすること」なのだ。



kazamakitakashi at 01:37|Permalink音の交差点 | アーカイブ

2016年06月22日

音の交差点アーカイブ vol.2

井の頭タイコ


梅雨の晴れ間の或る日の夜遅く、
部屋の明かりを消して、戸を開け放ち、
ラジオを小さくかけながら、静かにボーッとしながら、
何かもうすぐそこまで来ている夏の気配のようなものを
思い出していた。

外の明かりが薄ぼんやりと部屋の中を照らし、
隣りの家から話し声や、
テレビのプロ野球ニュースが聞こえてくる。

何もしないで、壁に寄りかかり、
何を見るでもなく、聞くでもなく、
そして何を考えるでもなく、
ただただ、ポツンと一人で、
もうすぐ夏が来ようかという6月半ばの夜を、
うす暗い部屋の中で
深い、ゆっくりとした呼吸をしながら、
まるで時間が止まってしまったかのように、
耳に聞こえるさまざまな音の中で、
ボクはどんどん一人になっていった。

いつかもこんなことがあったはずだ。
いや、昔から、こんなことばかりしていたのかもしれない。
忘れかけていた記憶の断片が浮かんでは消える。

耳をすますと遠くからカエルの鳴き声が聞こえてくる。

忙しさの真っただ中で、いろんなことを抱えてしまって、
やらなくちゃいけないことや、
どうにかこうにかやってしまいたい…というようなしんどさが
頭や心にドサッとのしかかり、
例えば生活すること一つをとっても
自分達のやり方を作っていくのは大変なことだ。

男と女のことにしても、
親や家のことにしても、
いろんなつきあい方があるんだろうし、
自分なりのやり方でクリヤーしたいと思う。

考えれば考えるほど重たくなるものは、
自由な発想でヒョイと飛び越えてしまいたい。…そう思う。
イヤホント

ついつい毎日、時間に流されてしまい、
時間の奴隷にまでなりそうな、
そんな日々のしがらみの中でさえ、
自分の時間をとりもどすことはできる。

ボクらはきっと、
また全く別の時間を用意して
そこで音楽を作っていく。

あたり前の世界からちょっとはずれた所に
面白いものはある…と思うのですが、
そう本当に信じているんですが…
アカリヲ着ケタラ元ノ部屋ニ戻ッテシマッタ

1986年7月26日 音の交差点 (ダニー・デイビス、竹田賢一、風巻隆)


〈解説〉

「耳をすます」というテーマは、それこそ中学校の卒業文集から始まった
ボクにとっては、ある種ライフワークのような大きなテーマだ。

もちろん即興演奏というものには、メロディー、ハーモニー、リズムといった
一般的な音楽の大きな要素だけではなく、
音色や、余韻や、倍音といった注意深く音を聴くということが
必要とされるということもあるのだけれど、

ボクにとって「耳をすます」というのは、
ただ単に注意深く音を聴くということではなく、
自分の記憶の中の音を聴こうとすることであったり、
その音を聴くために、記憶の海に潜りこんでいくことだったりする。

キッドアイラックという漆黒の空間は、
集まった観客がマスとして同調することで一体感を味わうという場所ではなく、
一人一人が、自分の世界や、自分自身といったものに沈殿して時間を
それぞれが体験する場所として存在してきたと思っている。

部屋の明かりを消した闇の中で聞こえてきたカエルの声は
今ここにある「あたり前」の世界の音ではなく、
「忘れかけていた記憶」の中の、懐かしさとともにある音だ。

いわゆる結婚をする前に一緒に生活を始めてしまったボクらは
のり越えなくてはならない多くのものを抱えていた。
「自分なりのやり方でクリアー」することがその頃はいっぱいあったけれど、
そうした毎日の生活の中の時間とは、「全く別の時間」を作るために
ボクは、キッドアイラックでのコンサートを続けていた。



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2016年06月16日

音の交差点アーカイブ vol.1

ニューヨーク


■ 音の交差点   Danny Davis 、 ローリー、 風巻 隆 1984年9月

ニューヨークの路上でタイコを叩いていると、いろんな人が声をかけてくれる。

イーストヴィレッジのアスタープレイスというところは、
道端の物売りやストリートミュージシャンが集まって夜遅くまでにぎやか。

日の暮れる9時頃、タイコをぶらさげて歩いていると、
「今日もタイコやるのかい?」って
顔見知りの物売りのあんちゃんが声をかけてくる。

自分のやる場所を決めて、空のケースを開けておく。
ま、そこにコインや、たまに1ドル札が飛び込んでくるってわけさ。

酔っぱらいのオッサンが靴を頭の上に乗せて踊り出したり、
子供がお母さんからコインをもらって走ってきたり、
ミュージシャンの卵たちが「いかすじゃないか、気に入ったよ」とか言う。

ある日、黒人のオッサンが一緒にやっていいかと言ってきて共演。
彼は、シャーナイというチャルメラみたいなインドの楽器を吹いた。

それがまたすごい。
ジャズの魂のようなものがひしひしと伝わってくる。

こりゃただものじゃない…と思ってあとで名前を聞いたら
デューイー・レッドマン!
有名なサックス奏者だった。



(解説)
87年のニューヨークはストリートミュージックが花開いていた。
イーストヴィレッジの8丁目、セントマークスストリートを歩けば
ロックやジャズのミュージシャンがよく演奏をしていた。

どこかで拾ってきたような雑誌や片方だけの靴を売っている人がいたり、
小さな子供が色鉛筆や子供雑誌を売りに出していた。

そんな自由な雰囲気の中でストリートミュージシャンは
自分のやりたいことをそのまま街の観衆にぶつけていた。

ボクのやっていることはけしてジャズではなかったけれど、
ジャズではなく自分の音楽をやろうとしていたことで、
一流のジャズミュージシャンの心を打ったのだろう。

そのときのことをたまたまペーター・コヴァルトが見ていて、
次の日、「昨日はとても良かったよ、デューイーも君も。」
と評してくれた。

こうした「思いがけない出会い」こそが音楽を革新していくという思いが
「音の交差点」という企画の原点になっている。

サン・ラのサックス奏者だったダニー・デイヴィスと、
ルナパークアンサンブルの歌姫ローリーとのトリオいう取り合わせは
当時であれ、今であれ、おそらくありえない企画だとは思う。

即興というものが、そうした音楽の常識を突き破ってくれるはずだと
そのころのボクは、心の底から信じていた。



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2014年10月07日

タムタム・ラプソディ

花木大太鼓 - コピー (2)風巻コギリjpg - コピー


タムタム・ラプソディ
 ストリート感覚で街のノイズとコラボするインプロヴィゼーション

2014年11月3日(月・祝)  17:30open 18:00start

会場  キッド・アイラック・アート・ホール
     http://www.kidailack.co.jp/

出演  花木久実 (太鼓)
     風巻 隆  (パカッション)

料金  予約 2000円  当日2200円  ドリンク付

予約・問い合わせ キッド・アイラック 03-3322-5564
Eメールarthall@kidailack.co.jp

なお、予約の際は、公演名/日時/お名前/人数/電話番号をお伝え下さい。


■タムタム・ラプソディ

タイコとタイコのアンサンブルは難しい。
お互いの音が似かよっているので
自分の音と、相方の音が区別できなかったり、
微妙な音のニュアンスがかき消されたりもする。

太鼓の花木くんとは、
かれこれ25年近いつきあいがあり、
何度か共演もしているのだけれど、
どうしても音数が増えて
ノリを前面に押し出した
パワーミュージックに陥りやすい。

最近よく「断捨離」といった言葉を聞くけれど、
打楽器奏者にもそれは必要なことで、
音を増やすために楽器を増やすと、
ステージ上にたくさん楽器を並べて、
はじからはじまで叩くことで
音楽ができると考えてしまう。

今のボクらに必要なのは、
使い古された楽器のありふれた音を断ち、
音を出すことでごまかしている甘えを捨て、
ビートとかリズムとか、あたり前に考えている
打楽器の常識から離れていくことだろう。

「街の音」と共演するというアイデアは
花木くんが持ってきたもので、
キッドで行っているパフォーマンスなどの
「オープンドア公演」を念頭に、
キッドの搬入口でもある
通りに面した壁をとり払って、
ライブをやってみようというもの。

もちろん、苦情のリスクもあるので、
重低音や、衝撃的な音は避けるといった配慮も
必要になってくるかもしれない。

ただ何よりも、洞窟の中のような
響きすぎる感のあるキッドの空間が、
壁一つなくなることでどんな音になり、
また、甲州街道のノイズなど
どんな音が入ってくるのか、
それも大きな楽しみだ。

いろいろすったもんだのあった
「タムタム・ラプソディ」だが
それもこれも含めて、
ボクらの新しい一歩になるのだろう。


■プロフィール

花木久実   Hanaki Hisami

地方廻りの太鼓打ちとしてスタートし、伝統音楽の研鑽を
積みながら、独自の演奏活動を開始する。
演劇やモダンバレエとの共演も多く、近年は、
自作の映像や詩の朗読を交えた表現にも挑戦している。
形に捕らわれない太鼓表現を目指している。


風巻 隆     Kazamaki Takashi

即興演奏に出会ってから、さまざまな実験と試行錯誤を
繰り返して独自の演奏スタイルを確立していく。
一つのタイコから物語を導き出す表現力は他に類を見ない。
欧米のミュージシャンとの交流も深く、
その音楽は常に進化している。








kazamakitakashi at 15:49|Permalinkコンサート情報 | Kid Ailack

2014年09月16日

浦邊雅祥+風巻隆 デュオ

浦邊雅祥



■浦邊雅祥(うらべまさよし)6days+1  浦邊雅祥+風巻隆 デュオ

日時 2014年9月23日(火・祝) 夜8時〜

会場 白楽 Bitches Brew   090-8343-5621 

東横線白楽駅西口下車徒歩5分

横浜市神奈川区西神奈川3-152-1-101
http://www.ujr.jp/bb

料金 3000円 (ドリンク付)

参考までに、浦邊雅祥の映像はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=5j9KzcBQ_IE


浦邊くんのこと

おそらく浦邊雅祥の音楽を好きな人はそんなにはいない。

子供のままで大人になったかのようなその容貌とともに、
自らの弱さを見せたくないために作り上げる彼の過激さや、
自分の世界を守るために用意した毒にまみれたような音は、
歪み、きしみながら、この世界に吐き捨てられていく。

アルトサックスを抱えていることで、
彼がフリージャズの伝統や、阿部薫のフォロワーであるかのように
考える人は多いのだろうが、
彼が、その特異な音楽を作り上げる源泉となったのは、
ビリー・ホリデイの歌だったという。

彼の、一見世界を敵にまわすのも厭わないような過剰さや
あらゆる制度性を敵にするかのような音のきしみも、
その本質というのは、歌であり、祈りであるのだ。

不器用な彼は、
ビリー・ホリデイのような上質のエンターテイメントはもとより
日本のジャズというぬるま湯の世界に入ることもなく、
アンダーグラウンドの単独者としての自分を形作ってきた。

彼のように自己を探求するために音楽をやっているような人間は、
誰と演奏してもソロになってしまう。
だから、浦邊+風巻デュオなどという偽善はおそらく存在しないのだろう。
あるのは、二つの比類なき個性だけだ。

その個性がぶつかりあって闘うのか、
あるいは互いに寄り添って共存するのか、
それはやってみなければわからない。

ただ、フリーキーなスタイルを持つ浦邊雅祥が、
普段見せないナイーブな側面を見せてくれたなら、
このデュオは成功だったと言えるだろう。
もしそこに身を震わせるような歌や祈りが感じられるのなら、
二人は、もっと近づいて
共に活動していっていいのかもしれない。

(風巻隆)






kazamakitakashi at 00:42|Permalinkコンサート情報 | Bitches Brew

2014年08月04日

花木久実・風巻隆 デュオ「つづれおり」

花木大太鼓



■花木久実(太鼓)、風巻隆(perc) デュオ 「つづれおり」

2014年9月22日(月)、 19:30 open 20:00start

明大前 キッド・アイラック・アート・ホール tel 03-3322-5564
http://www.kidailack.co.jp/

予約2000円  当日2200円



花木久実(太鼓)

地方巡りの太鼓打ちとしてスタートし、伝統音楽の研鑽を
積みながら独自の活動を開始する。演劇やモダンバレエ
との共演も多く、近年は自作の映像や詩の朗読を交えた
表現にも挑戦している。形に捕らわれない太鼓表現を目指す。


風巻隆(パカッション)

10代の頃ドラムに出会い、様々な経験と試行錯誤の後、
独自のスタイルを完成する。一つ一つのタイコから
物語を導き出すかのような表現力は他に類を見ない。
ヨーロッパ・アメリカのアーティストとの交流も深く、
多彩な活動を続け、その音楽は常に進化している。



太鼓のおと

和太鼓というとアスリートのような鍛えられた肉体と勇壮な振りを見せ、
一糸乱れぬパフォーマンスを繰り広げる太鼓グループを思い浮かべてしまうけれど、
日本の太鼓というのは、そもそもそんな激しく打ち鳴らすものではなかったはずだ。

だいたいが、いつともなく始まって、いつとはなく終わっていくそんな長丁場に
渾身の力をふりしぼっていたら身がもたない。
盆踊りの太鼓はレコードの曲に付かず離れずしながら雰囲気を醸し出しているが
それとてビートを提示しているわけではなく、音色で「らしさ」を演出しているだけだ。

太鼓は打楽器でリズムを演奏する…、そう考えられてはいるけれど
楽器を管楽器、弦楽器、打楽器にわけ、
音楽はメロディーと、ハーモニーと、リズムでできていると考えるのは、
あくまで西洋の音楽観で、日本のものではない。

日本の音楽にビートがないと言ったら驚かれるかもしれないが、
心臓の鼓動のような安定したビートに乗っかるのではなく、
むしろ呼吸のような、伸び縮みのあるサイクルで音が連なっていく。

息を合わせ、意気を感じ、粋になる
日本の太鼓は、そうしたイキの音楽なのだと思う。

花木久実のように威圧感を感じさせない太鼓打ちは珍しい。
伝統的な和太鼓と、実験的なパカッション
花木と風巻の二人の音楽は、そんな枠組みを超えて、
太鼓とタイコの音色が響きあっていく。

夏の山寺の蝉時雨を「閑か」だと言った芭蕉は、
散乱する音の洪水に、無の境地を感じたに違いない。
無というのは、何も無いことではけしてない。
無とは、自分がいないということだ。

太鼓とタイコの共演もまた、
二人の個性が際立つものではなく、
「ただそこで音が鳴っている」
そのようなものになるに違いない。

風巻隆
ショートストーリーズ







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2014年05月13日

音の交差点 2014

音の交差点2014 二つのデュオによるインプロヴィゼーション

日時       2014年7月21日(月・祝)   
          午後7時開場  7時30分開演

場所       明大前  キッド・アイラック・アート・ホール  
tel.03−3322−5564  http://www.kidailack.co.jp/
京王・井の頭線「明大前」駅下車 和泉校舎へと向かう学生街コンビニの先、左側徒歩2分

料金       前売・予約 2000円   当日 2500円  (1ドリンク付)

出演     

森順治3


森 順治  alto sax, bass clarinet, flute  (1部のみ)

軽快なフットワークと自由奔放な音作りで、
フリージャズから歌ものまで幅広い音楽活動を続けるマルチリード奏者。

テナー&ソプラノサックスの堀切信志とのデュオを続ける一方、
ドラムの大沼志朗、ピアノの雨宮拓とのトリオ「M.A.S.H」、
福生を拠点に活動するロックバンド
「中原宙&Deme Band」のメンバーとして活動するほか、
原田依幸が主宰する大人数ホーンのセッション「大怪物団」や、
山崎比呂志やヒゴヒロシのユニット、
宅シューミー朱美のセッション等にも参加している。

また、パントマイムのあさぬまちずことの共演や、
人形劇団「かわせみ座」の音楽、金井勝の映画音楽も担当している。


大熊ワタル


大熊ワタル   clarinet      http://www.cicala-mvta.com/   (2部のみ)

20代半ばでチンドン屋に入門し、街頭でクラリネットを修行。
90年代、クラリネット奏者として自己のグループ「シカラムータ」を開始する。

実験性や即興性、ストリート感覚を活かした
独自の音楽性が国内外で話題を呼び、
近年はアコースティックな出前ユニット「ジンタらムータ」でも活動。

90年代後半以降は「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」の一員として、
神戸の被災地をはじめ、東ティモール、ヨルダンなどで慰問演奏。
3 ・11以降は積極的に街頭行動にも参加している。

映画や演劇とのコラボ、文筆活動など、ジャンルを超えて多方面に出没中。
 

胴長バケツ


風巻 隆    percussion      (1部+2部)

ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクしながら、
ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と
幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。

ドラムを改造した独自の演奏スタイルや、
タイコが音楽を記憶しているという独特な音楽観は、
2005年にキッドアイラックレーベルから発表した
ソロCD「ジグザグ/zigzag」という作品に結実した。

革の音がする肩掛けのタイコ、横にしたバスドラ、
胴長のブリキのバケツなどを駆使し、
今もまた革新的な演奏スタイルを模索し
音楽の実験室といったシリーズ「音の交差点」を企画している。


ご予約・お問い合わせ   
キッド・アイラック・アート・ホール  tel.03−3322−5564


■大磯の夜

森順治さんと共演したのは5年前の7月
大磯「すとれんじふるうつ」でのセッションだった。

マスターから
「宙さんのバンドのサックスがさあ、とてもいいんだよ。」
なんて話は前々から聞いていたのだけれど、
一緒に演奏したのはその時が初めてだった。

抽象的な音の迷路にはまっていく若いミュージシャンとは違って
行きたい場所がちゃんとある、フォーカスの定まった演奏。
サックス吹きとしては小柄な方なのだろうけど、
音のドライブ感というものには確かな力がある。

そのときはボクはまだ、
森さんがかつて「生活向上委員会」のメンバーで
梅津さんらと活躍していたなんてことは知らなかった。
へー、森さんはジャズも吹くのかなんて
今から考えればとんちんかんなことを考えていた。

セッションは盛り上がり、品川行きの終電ぎりぎりになって
慌てて店を出ていこうとするボクを森さんが呼び止め、
よかったら車で送っていくよと誘ってくれ、
川崎・元住吉の駅の近くまで送ってもらった。

「すとれんじふるうつ」では
いろんなミュージシャンと親しくなった。
古くはダニー・デイヴィス、ペーター・コヴァルト、
サム・ベネット、トム・コラ、エリオット・シャープ、
新しくは新井陽子、千野秀一、そして森順治。

そしてまた、七夕のある7月は
懐かしい人との再会の月でもある。
大磯のあの出会いの夜から5年、
森さんとはじめてデュオを行う。

昨年の大雪の日に久し振りに一緒に演奏した
大熊くんとも、久し振りのデュオになる。
前回のデュオはたぶん94年。
なんと、20年振りのデュオだ。

(風巻隆)

kazamakitakashi at 16:13|Permalinkコンサート情報 | Kid Ailack

2014年03月25日

風巻隆ソロ・パカッション 「ドラム マジック」

Super Delax 2


風巻隆 ソロ・パカッション「ドラムマジック」

2014年4月28日(月) 20:00〜  投げ銭コンサート

会場 綱島 Namak Cafe tel. 045-542-3330
東横線綱島駅西口より徒歩5分、イトーヨーカ堂ウラ
http://home.f05.itscom.net/namak/


風巻隆 percussion

箱鳴りするタイコ

ボクがドラムを始めたのは高校1年16歳のことだから、
もう40年もタイコを叩いていることになる。

「抜ける音」という
タイコの叩き方の言ってみれば極意のようなものが
ほとんど天啓のように頭に浮かんだのが、
1996年39歳のことなのだが、
その年に産まれた娘が
今高校2年、17歳になっている。

そして今年、56歳から57歳になろうとしているこの時期に、
タイコの新しい叩き方というものにたどりついたのだ。

簡単に言ってしまえば「箱鳴りする音」、
大きなタイコの上に
小さなタイコを載せて叩くということなのだけれど、
小さなタイコの音は、
大きなタイコの革に伝わり、木の枠に伝わり、
共鳴、共振しながら、独特のサステインを形作る。

ボクのタイコは片面しか革が張っていないので、
音のコントロールはしやすいのだけれど、
どこか薄っぺらい印象を持っていた。

それが、「箱鳴り」を手に入れ、
そればかりでなく、「箱鳴り」をコントロールすることも
できるようになったのだ。

それがどれだけスゴイことか
わかる人は少ないだろうけど、
音が重層的になったことや、
音が楽器の中でいつまでも鳴り止まない感覚は
聴いていてもわかることだと思う。

細かい音のニュアンスは
Namak Cafeの空間が
とてもうまく伝えてくれるので、
今度のソロは、とても楽しみにしている。

風巻のタイコは進化している
そのことがわかってもらえたらとてもうれしい。

(風巻 隆)

昨年秋のソロの映像をYouTubeにアップしました。ご覧ください。
http://youtu.be/HckwcQi09hQ
http://youtu.be/alGfHcikRr8

kazamakitakashi at 00:26|Permalinkコンサート情報 | Namak Cafe

2014年01月07日

新井陽子・風巻隆デュオ「SOUNDSCAPE 4」

新井陽子
(photo : R・Aratani)

風巻コギリ
(photo : Y・Kitazato)

■新井陽子・風巻隆デュオ「SOUNDSCAPE 4」

2014年2月20日(木)

入谷 なってるハウス tel 03-3847-2113
http://members.jcom.home.ne.jp/knuttelhouse/
東京メトロ日比谷線 入谷駅下車 徒歩約8分
つくばエクスプレス 浅草駅下車 徒歩約8分

入谷駅の1番または2番出口を出てすぐ左折し、言問通りを浅草方面に進み、
5つめの信号『金竜小学校交差点』を合羽橋道具街方向に右折、
コンビニエンスストア『ポプラ』を越えて2つ目の右に入る路地を入った左側すぐ。

浅草駅A2出口を出てすぐ左折し、国際通りを直進。
浅草ビューホテルを越えて1つめの信号を左折して進み、
2つめの信号『合羽橋北交差点』を横断後すぐ右折して
合羽橋道具街通りを進む。1つめの左に入る路地を入った左側すぐ。

OPEN 19:30〜
LIVE START 20:00〜

MUSIC CHARGE 2000円
DRINK 400円〜

新井陽子 piano
http://www.geocities.jp/anoyoarayo/index.html
流れるようなパッセージで現代音楽を彷彿させる
独自の音楽世界を作り出していく即興のピアニスト。
近年は、ヨーロッパの即興シーンへも活動の幅を広げている。


風巻 隆 percussion
革のタイコや、西アフリカのコギリという木琴で
独特の音楽を作り上げるパカッショニスト。
ズレや変化を内包するリズムや、
語りかけるようなドラミングは異彩を放っている。


<SOUNDSCAPEの彼方へ>

ステレオのヘッドフォンを着け、レコードに針を落とすと、
部屋の明かりを消して椅子にもたれかかる。
そうして真っ暗な部屋で、目をとじて音楽を聴きながら、
その音の向こうに、ボクは
何か自分では知らない世界が広がっていることを感じていた。

それはまだ中学生の頃で、
聴いていたのは、サイモンとガーファンクルの
「サウンド オブ サイレンス」だったけれど、
音楽に包まれながら、
自分が、今どこにいて、
何をしているのかということが曖昧になり、
自分という存在に向き合って
記憶の中の迷路をさまようような
そんな不思議な体験をしたものだった。

音楽とのそうした出会いはとても鮮烈だったので、
ヘッドフォンステレオを持ち歩いて音楽を聴くことなんか
考えもできなかったし、
音楽が映像で脚色され、イメージまでも強制されることに
何か強い違和感をずっと感じてきた。

それでもメディアの発達はどんどん進んで
もはや音楽は聴くものであると同時に
見るものでもあるのだろう。
あるいは、見せるものだと言ってもいいのかもしれない。

音が形を変えていく。
そうした「ありえない世界」を、即興は見せてくれることがある。
それは記録された映像や、音楽データの中に残るものではなく、
おそらく体感するものなのだろう。

久し振りに都内で行われる
新井陽子と風巻隆のデュオ

そこで作り上げられる音楽は
目をつむることで見えてくるものであったり
沈黙の中で聴こえてくるものだったりするのだろう。

<SOUNDSCAPE>音の風景の彼方にあるのは、
かつて寺山修二がマッチを擦る束の間に見た祖国だったり、
芭蕉が山寺の蝉時雨に聞いた閑けさだったり、
山頭火が風を歩いたときに見た風景だったりするのだろう。

街の喧騒や、時代の雰囲気を離れ、
群れることで自分をごまかすことをやめ、
自分と、その孤独に向き合うこと。
それはおそらく、インプロなどと矮小化されたものではない。
音そのもの、即興そのものであるはずだ。

なってるハウス マップ









kazamakitakashi at 17:19|Permalinkコンサート情報 | なってるハウス

2013年09月02日

風巻隆 ソロ・パカッション 「ショートストーリーズ」

ナマック

■風巻 隆ソロ・パカッション 『ショート・ストーリーズ』



2013年10月14日(月・祝)

19:00 open / 20:00 start

投げ銭コンサート

出演:風巻 隆 Percussion



Namak Cafe へ行こう



綱島の駅から東横線の線路に沿って鶴見川の方へ向かい、

駐車場やマンションの立ち並ぶ殺風景な川沿いの道を歩くと

そこだけ時間が止まったかのような古いアパートがあり

その一角が「Namak Cafe」というちいさなキャフェになっている。



カウンターと小さな椅子席が並ぶ細長い店の奥が

桟敷席になっていて、そこをステージにするとライヴができる。



さほど天井が高いわけでもなく、

うなぎの寝床のような狭い空間であるのにもかかわらず、

タイコの音との相性がいいのか、思いもよらぬほどいい音が鳴る。



丸みを帯びた漆喰の壁や、雑然とした店のたたずまいが

音の余計な角をとり、かすかな倍音を響かせてくれるのか

演奏家が演奏しているときに聴いている音が

そのままの形で客席に届いていく、とても珍しい空間だ。



狭いステージでは動き回ることはできないけれど、

ちょっと楽器の向きを変えるだけで音は違った方向へ飛び出していく。



「風巻クンの音は目をつむって聴くといろんなものが見えてくる」

といった絵描きの友人がいる。

そこで起きていることを見れば、カウベルで木琴を叩いていたり、

肘を使ってタイコの革をコントロールしていると容易にわかるけれど、

その音はそれだけではなく、心や記憶を揺さぶって

ヴィジョンをを呼び覚ましていくということなのだろう。



ボクが住む「元住吉」からは駅で二つ目。

以前、子供の頃住んでいた「妙蓮寺」からは三つ目。

「綱島」は、言ってみれば地元、自分のルーツを感じる場所でもある。



Namak Cafe で誰と会えるのか、誰と再会できるのか、

今から、ボクも、楽しみに待っています。

ソロの新しいシリーズ『短編物語集』が始まります。



(風巻 隆)

kazamakitakashi at 00:31|Permalinkコンサート情報 | Namak Cafe

2013年04月30日

サム・ベネット 風巻隆DUO「PERCUSSIO」

サム・ベネット 風巻隆 DUO 「PERCUSSIO」

2013年7月15日(月・祝)
19:00 open 19::30 start     

予約 2500円  当日 2800円

会場  明大前 キッド・アイラック・アート・ホール 03−3322−5564
http://www.kidailack.co.jp
京王・井の頭線「明大前」駅下車 徒歩2分 甲州街道手前左側

出演   サム・ベネット  percussion  
                 http://www.polarityrecords.com/index.html
      風巻 隆     percussion
                  http://blog.livedoor.jp/kazamakitakashi/


サム ベネット 3


サム・ベネット  percussion

アメリカ南部、アラバマ州バーミンガム出身。
84年からニューヨークに在住し、サンプリングを駆使した
エレクトロニック/アコースティックな打楽器奏者、
またブルースをベースにしたソングライターとして、
エリオット・シャープ、トム・コラらダウンタウンの
クリエイティヴなミュージシャン達と活動を続け、
91年から、自作曲によるCD作品を
ニッティングファクトリーワークスからリリースする。

86年に初来日、96年には東京に移住し、
梅津和時との「Third Person」、ハブヒロシとの「S&H」、
沼直也らとの「Smoke Benders」、
マルコス・フェルナンデス、清水博志との「The Metaphors」などのバンドで、
自作の曲を三弦ギターのスティック・ダルシマー、
一弦ギターのディドゥリー・ボウや、
フレームドラム、トーキングドラムに自作のエレクトロニクス機材をまじえ、
常に独創的な音楽を形作っている。



風巻コギリ


風巻 隆   percussion

84年から数回にわたってニューヨークを訪れ、
ダウンタウンのミュージシャン達と交流を深め、
89年からはミュンヘンのギタリスト、カーレ・ラールとともに
ヨーロッパ、エストニアなどで幅広く音楽活動を行った即興のパカッショニスト。

2005年にはキッドレーベルから、初のソロCD「ジグザグ/zigzag」をリリースする。
自作の革のヘッドを持つタイコや、西アフリカのコギリ、
胴長のブリキのバケツなどを駆使し、
さまざまなスティックワークで倍音をコントロールし、
ズレや変化のともなった独特のリズムと語りかけるようなフレーズで、
初めてなのに懐かしい「音の風景」を形作っていく。

近年はソロやピアノの新井陽子とのデュオのほか、
「音の交差点」「インプロヴァイザーズ・ネットワーク」といった
さまざまな形のセッションを企画、
音楽に関わるエッセイや即興をめぐる考察もブログに発表している。


風巻隆 キッド撮影 007


「PERCUSSIO」

それはある意味で事件だった。
1987年、ニューヨークの小さなベースメントで行われた
サム・ベネットと風巻隆の初のデュオは、
週刊新聞ヴィレッジヴォイスに取り上げられたことで、
スペースに入りきれない鈴なりの聴衆が集まった。

ともに1957年5月生まれの、サム・ベネットと風巻隆は、
アメリカの音楽誌「MODERN DRUMMER」の
「the DOWNTOWN DOZEN」(by Bill Milkowski 1988 April)
にニューヨークの若手ドラマーとしてともに紹介されるなど
、新しい時代の新しい音楽の推進者として、
その当時多くの注目を集めていた。

二人は1988年、西ドイツ・ベルリンのレーベルから
「143Ludlowst.NYC」というデュオのLPを発表している。

LPのA面が二人のデュオ、
B面が風巻とジーナ・パーキンスとのデュオというそのレコードは、
前年秋にニューヨークのNoiseというスタジオで録音され、
エンジニアはチェロのトム・コラだった。

サムのエレクトリックドラムと風巻の革のドラムのサウンドが奇妙に融合し、
多彩な音色と、ズレを含んだリズムが伝統や民族性といったものを感じさせない、
無国籍な音楽を作り上げていた。

それは、ノリやグルーヴといった打楽器特有の一体感、昂揚感ではなく、
お互いの差異を認め合い、信頼したときに生まれる自分が
「どこにもいない」ような浮遊感に満ちていた。

96年にはサックスの梅津和時、ギターのカーレ・ラールとともに
CD「MOVING」を発表したサム・ベネットと風巻隆。

今は共に東京に拠点をおく二人が、
17年の空白を乗り越えて
明大前キッドアイラックで行う渾身のデュオ・ライヴ「PERCUSSIO」、必見です。

予約・問い合わせ    キッド・アイラック・アート・ホール  
               phone 03−3322−5564


kazamakitakashi at 17:41|Permalinkコンサート情報 | Kid Ailack

2013年04月02日

3C123/クラリネット 風巻隆/パカッション 二重奏

ダダカン



■写真展「笑う流れ者木股忠明の思いで」特別企画

2013年4月29日(月・祝)
19:00 open 20:00 start

会場  Namak Cafe 045-542-3330
http://home.f05.itscom.net/namak/
東横線綱島駅西口、イトーヨーカ堂裏手、鶴見川土手近く

出演  3C123    clarinet
      風巻 隆   percussion

ミュージックチャージは投げ銭制、お代は見てのお帰りになります。

カッコつけてんじゃねえよ

80年代、「ぴあ」や「シティーロード」という情報誌が
有名・無名に関わらず公演情報を等価値に扱い、
「就職しない」というライフスタイルが若者の特権として語られていた頃、
ワンポイントステレオマイクで録音したカセットを
自宅のダブルカセットでダビングしたようなチープな音源が
「インディーズレーベル」として世間に出回ったりしていた。

フリージャズや即興音楽をクソまじめにやっている人達や
いくつものバンドを渡り歩くミュージシャン達に背を向けて、
自宅や野外や路上に演奏の場を求める人や、
音楽というよりは音を使ったパフォーマンスを展開し、
「かっこいい」ことはみっともない、
「かっこ悪い」ぐらいで丁度いいといった
不思議な美意識に包まれた一群の人達がいた。

そうした友人の一人から久しぶりに声がかかり
一緒に、昔の仲間が切り盛りしているエスニックテイストのキャフェで
ウン十年振りでデュオの演奏をすることになった。

音楽の良し悪しだとか、芸術的な創造性だのってこととは無関係に
音楽は何よりも楽しむものだというのが、このデュオの基調となる。
そもそもこの二人の演奏が音楽になるかどうかも怪しいのだけれど、
そう、二人が目指すのは抱腹絶倒のパフォーマンスに他ならない。

行方不明の友人の「写真展」という場で、ともすれば
「あの頃はみんな若かった」というノリになってしまうのだけれど、
これは、インディーズの復権だとか、CDの復刻だとか
昔の音源のネットへの公開とかいう後ろ向きの企画ではなく、
かっこつけて社会派をきどったり、
かっこつけて昔のヴィデオを上映したり
かっこつけて外国人とばかり演奏したり
かっこつけて自分という堅固な城を築いている奴らを
思いっきり笑い飛ばしてしまおうということ。

6年も消息不明という木股忠明が今どこにいて
何をしているかはわからない。
ただ、どこにいようと、何をしていようと、
ボクらが確信するのは、彼が
「かっこつけるのは、かっこ悪い」という
生き方/死に方をしているのは間違いないということだ。

そして、それこそどこかの路上か、
草葉の陰で、カップ酒を飲みながら
今のクソまじめな世の中を
「何だか、笑っちゃうよね」と
ほくそえんでいるはずなのだ。

(風巻 隆)

kazamakitakashi at 15:19|Permalinkコンサート情報 | Namak Cafe

2013年02月26日

風巻 隆 ソロ・パカション

風巻コギリ



■ 風巻 隆 ソロ・パカッション

2013年3月19日(火)
19:30 open
20:00 start

予約2500円  当日3000円 ドリンク付

銀座 STEPS GALLERY 03-6228-6195
中央区銀座4-4-13 琉映ビル5F
http://www.stepsgallery.org

ステップス ステップス

思い起こせば、これまでいろんな階段を昇ってきたものだ。

ニューヨークのスタジオと言えば
ほとんどが古いビルの5階ぐらいで
きしむような階段を楽器を担いで昇っていく。
息をきらせてたどりつくと
仲間達が笑顔で迎えてくれたものだ。

駅にエスカレーターなんてなかった頃、
この荷物は何?といった怪訝そうな顔のなかで
鶴巻温泉や大磯や明大前や吉祥寺の階段を
音楽ができる充実感とともにタイコを運ぶ。

子供の頃の一時期、公団住宅の5階に住んでいて
玄関のドアの横に牛乳受けやダストシュートがある
昭和の匂いがする団地の5階の窓からは
よく工事現場の杭打ちの音が聞こえてきた。
町工場の溶接の音や、大工さんの電動カンナの音…
耳をすませば、今でもそんな音は聞こえてくる。

高校時代、ガールフレンドとの待ち合わせは
いつも駅の階段だった。
今日は19日だから下から19段目で待ってるなんて
そんな、たわいもない会話をしていた。

彼女が家に遊びに来たとき、
お母さんは何の花が好き?と聞かれ、
露店の花屋でフリージアを買って帰ったことがある。
それは母へのプレゼントだったのに、
花瓶に活けて、母は、階段を昇って、
ボクの部屋へ持ってきてくれた。

寒さが和らいで、梅の花が咲くこの季節は
言いようのない切なさを感じる季節でもある。
どこからともなく梅の香が匂ってくると
胸がしめつけられるような気持ちがする。

梅も沈丁花もフリージアも
この季節の花には、凛とした気品と
穏やかなやさしさがある。
この時期は、大切な人を想うような、
そんな切なさを感じる季節でもある。

銀座のギャラリーとはいっても
Steps Galleryという所は
新しいもの、新しい価値観というものを
地道に発信している稀有なスペースで
5階まで続くその階段は、
新しいものに出会うため、
大切なものを見つけるために、
一歩一歩を踏みしめる
道のりに他ならない。

5階から眺める銀座の夜景は一品で、
俗世間から離れたような解放感がある
何とも不思議な場所なのだ。


ステップスギャラリー





kazamakitakashi at 02:02|Permalinkコンサート情報 | Steps Gallery

2012年12月12日

インプロヴァイザーズ ネットワーク

インプロヴァイザーズ ネットワーク
<それぞれが指名したデュオ・トリオによる即興演奏>

今年7月、「音の交差点2012」を二子玉川KIWAで行った
パカッショニスト風巻隆が企画する即興演奏のミニ・フェスティバル。

7人の出演者がオファーしたデュオ・トリオのなかから
9つのセットを選りすぐって3ステージにわけてお送りします。

多彩な出演者が、演奏の組み合わせを替えながら、
一曲一曲をその場で作っていく即興演奏は、
聴く者の想像力をはるかに超えて、
音楽の限りない楽しさや、
今・ここにいることのかけがえのなさといったものを
1回こっきりの演奏に凝縮させていきます。

即興演奏のファンの方も、
また、こういった音楽が始めての方も、
同じように楽しめる企画ですので、
ぜひ、二子玉川まで足をお運びください。


日時       2013年1月14日(月・祝)   午後5時開場  5時半開演

場所       二子玉川  KIWA  tel.03−6805−7948
          http://oasis-kiwa.com/
料金       予約 2500円   当日 3000円  (オーダー別)

出演       

千野秀一 Chino Syuichi piano, laptop

千野秀一jpg


<1980年までダウンタウン・ブギウギバンドにキーボード奏者として所属。
その後映画・舞台の音楽を制作しつつ、坂田明「Wha-ha-ha」、
竹田賢一「A-Musik」、大友良英「Ground-Zero」、
ふちがみとふなとカルテット等のユニットに参加。

90年頃からピアノやラップトップを駆使した即興演奏の活動も加え、
内橋和久のプロデュースする「フェスティバル・ビヨンド・イノセンス」に
15年全期出演。
韓国のピアニスト、パク・チャンスに触発されてピアノ・デュオのための
コンサート「ピアノ舞踏会」を2006年から2009年にかけて3回主催する。

4年前からドイツ・ベルリンに住み、ヨーロッパを中心に活動を続けるなか、
東京で井野和義、今井和雄と、関西で稲田誠、楯川陽一郎とのトリオを継続する。
現在、異色のヴォーカリスト渕上純子との共同CDを制作中。

大熊ワタル  Okuma Wataru clarinet

大熊ワタル photo


80年代東京のアンダーグラウンドシーンで、
「ルナパーク・アンサンブル」などのバンド活動を展開する。
20代半ばでチンドン屋に入門し、街頭でクラリネットを修行。

90年代、クラリネット奏者として自己のグループ「シカラムータ」を開始する。
実験性や即興性、ストリート感覚を活かした独自の音楽性が
国内外で話題を呼び、ヨーロッパや台北でも公演する。

並行して様々なセッション、バンドに参加し、
とくに90年代後半以降は「ソウル・フラワー・モノノケ・サミット」の一員として、
神戸の被災地をはじめ、東ティモール、ヨルダンなどで慰問演奏。

近年はアコースティックな出前ユニット「ジンタらムータ」でも活動、
3・11以降は積極的に街頭行動にも参加している。
映画や演劇とのコラボ、文筆活動など、領域を超えて多方面に出没中。

http://www.cicala-mvta.com/

クリストフ・シャルル  Christoph Charles computer, guitar

クリストフ シャルル


視覚や聴覚の「妨害のない相互浸透」(Jケージ)のテーマに基づいて、
演奏活動やパフォーマンスへの参加、インスタレーションや、
音響作品、ヴィデオ作品の制作を通じて、
音楽家、舞踏家、彫刻家、画家、建築家などと
コラボレーションを行っているサウンドアーティスト。

フランス、マルセイユ生まれ、1987年から名古屋、東京でも活動を始め、
音や空間、動き、自然、環境、宇宙、沈黙や偶然性…
といったものが電子装置のなかで出会い、
音楽の新たな領域を広げる活動を行なっている。

また、成田新東京国際空港第一ターミナルのパブリックアートへ
サウンドインスタレーションを提供、
執筆や講演、海外との文化交流プログラムの企画など、
多岐にわたった活動を続けている。
現在、武蔵野美術大学映像学科教授、専門は「メディアアート」。

http://home.att.ne.jp/grape/charles/

入間川正美   Irumagawa Masami  cello

入間川正美


チェロという楽器を用いながら西洋の伝統的な音楽観から離れて、
ゆらぎや気息のようなかすかな変化を連ね、
たゆたうような音楽を形作るミュージシャン。

1989年より神田ギャラリーサージでチェロの即興演奏をはじめる。
以降、現代美術・実験演劇との共演を重ね、
1998年よりソロシリーズ「セロの即興もしくは非越境的独奏」を
高田馬場プロト・ シアターにて開始し、
現在も八丁堀・七針で継続する。
また、同タ イトルのCD、CD-Rをリリースしている。

2004年演劇ユニットLens(佐藤照+渡部美保)と共に
ニューヨークに遠征、演劇公演だけでなくソロ演奏も好評を得る。
それ以降、国内外の音楽家との共演を重ね、
現在、新井陽子とのデュオ、
竹田賢一・原田淳とのトリオなどで新たな可能性を模索している。

http://irusworks.blog15.fc2.com/

吉本裕美子  Yoshimoto Yumiko   guitar

吉本裕美子 ニュー


ロックバンドでの活動とともに、
アートや実験映画の領域での活動を通して即興表現に出会う。
2006年、越後妻有アートトリエンナーレで
ヒグマ春夫のパフォーマンスへ参加し、
エレクトリック・ギターの即興演奏を開始。

2007年よりキッド・アイラック・アート・ホールの
年越しイベント「除夜舞」でソロ演奏。
2008年、山田勇男の8ミリ短編映画『白昼夢』の音楽を担当。
2009年、イメージフォーラム・フェスティバルで
万城目純の映像パフォーマンス『NyoNyum』に舞踏の南阿豆と参加。

2012年よりMiya、岡本希輔を中心とする
The Tokyo Improvisers Orchestraに参加。
近年は現代HEIGHTS、喫茶茶会記など
小スペースでの公演を数多く企画し、
ダンスの秦真紀子、ドラムスの長沢哲、ギターの高原朝彦、
花いけの上野雄次、俳人・ヴォイスの生野毅など
多様な表現者と共演している。

http://yoshimotoyumiko.blogspot.com/

永田砂知子  Nagata Sachiko   波紋音(はもん) その他

永田砂知子jpg


東京藝術大学打楽器科卒業。
ベーシストの吉沢元治との共演をきっかけに、
90年代から即興演奏のボーダレスな世界に足を踏み入れ、
パーカッション奏者としてデレク・ベイリー「COMPANY」、
ジョン・ゾーン「COBRA」、
ブッチ・モリス「CONDUCTION」全米ツアーに参加、
また、梅津和時「ベツニ・ナンモ・クレズマー」で
マリンバ奏者として活動する。

1997年、斉藤鉄平氏が水琴窟をイメージして創作した
鉄のスリットドラム波紋音(はもん)と出会い、
以後、波紋音を中心に国内外でソロあるいは、
ダンス・舞踏・地唄舞・語り・花・書など
様々なジャンルのアーティストとコラボレーションをしている。

CD「波紋音」、パリ録音のCD「le Hamon(ル・アモン)」をリリースし、
今年6月、札幌モエレ・ガラスのピラミッドで行われた、
電子音楽アーティストchiharu mkとの共演も、
CD「blue flow」としてリリースされた。

http://www.nagatasachiko.com

風巻 隆  Kazamaki Takashi    percussion

風巻隆jpg


80年代から90年代にかけて、
ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクしながら、
ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と
幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。

ドラムを改造した独自の演奏スタイルや、
タイコが音楽を記憶しているという独特な音楽観、
即興の醍醐味は作品化にあるという即興観は、
2005年にキッドアイラックレーベルから発表した
ソロCD「ジグザグ/zigzag」という作品に結実し、
革の音がする肩掛けのタイコ、西アフリカのコギリ、
胴長のブリキのバケツなどを駆使し、
今もまた、革新的な演奏スタイルを模索している。

ジャズと現代音楽の中間領域にあたる即興シーンでも、
常に独自の立ち位置を持ち、
昨今は、音楽そのものを深めていくエッセイや、
即興をわかりやすく読み解く考察も発表している。

http://blog.livedoor.jp/kazamakitakashi/

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なお、チケットの予約はKIWAホームページからお願いします。

kazamakitakashi at 02:18|Permalinkコンサート情報 | KIWA

2012年10月10日

新井陽子+風巻隆 SOUNDSCAPE 3

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■ 新井陽子+風巻隆 「SOUNDSCAPE 3」

2012年12月25日(火)  20:00start

稲毛 jazz spot CANDY
tel. 043-246-7726
JR総武線稲毛駅西口下車徒歩2分
http://blog.livedoor.jp/jazzspotcandy/

2500円 (学生2000円) オーダー別

新井陽子  piano
風巻 隆  percussion

■クリスマス・クリスマス

まだうちの子供が小学生だった頃、
クリスマスプレゼントの包装紙にPARCOとあるのを見つけて、
「あっ、サンタさん、プレゼント買ってきてくれたんだあ。」と
無邪気に喜んでいたことがある。

こちらは、レジに並んでいるサンタさんを想像して
思わず吹き出しそうになってしまったけれど、
こんな風に、純粋にサンタクロースの存在を信じていることを
少しだけうらやましく思ったものだ。

派手なイルミネーションや、
これみよがしの家の飾りつけなど好きではないし、
パーティーでクラッカー鳴らすお祭り騒ぎなども
どうも性には合わないのだけれど、
冬の凛とした空気は気持ちのいいものだし、
星降る空や、深い森の奥に、
精霊や、妖精たちを感じる気持ちは持っていたい。

かつてドイツの街で、グルーワインという
暖かい赤ワインを路上で飲みながら、
クリスマスの飾りつけの屋台を見て回ったことがある。
町にまきストーブの香りが漂う、ドイツの人達の暮らしの
慎ましさや確かさには、いぶし銀のような美しさがある。

SOUNDSCAPE:音の風景で作りたいものは、
華美な電飾や、街中の喧騒ではけしてない。

それはおそらく、誰かを待つことだったり、
何かを追いかけて町をさまようことだったりするのだけれど、
そこにはきっと、何かを信じる純粋な気持ちがあり、
そしてまた、魂を震わせるような、祈りというものもあるはずだ。

(風巻 隆)








kazamakitakashi at 01:52|Permalinkコンサート情報 | CANDY

2012年06月18日

即興の可能性  <即興ノオト 2>

フリー・インプロヴィゼーションというのは、
ヨーロッパの先鋭的なジャズミュージシャンが、
アメリカの黒人ミュージシャンの
フリー・ジャズに対抗する意匠として作りあげた
知的な演奏形態を持った音楽の一ジャンルだ。

フリー・ジャズは、
ジャズという音楽がそれまで持っていた
エンターテイメントや、歌心というエレメントを排除して、
グルーヴという身体的な、黒人特有のノリを土台に、
ドラムが鼓舞し、ベースが唸り、サックスが吼える、
極めて直載的な音楽形式を作り上げた。

本質的にグループ音楽であり、
圧倒的なパワーを前面に据えたフリー・ジャズに対して、
現代音楽にも通底する、
知的な抽象性に依拠する音楽を作ろうとしたのが
ヨーロッパのフリー・インプロヴィゼーションなのだろう。

フリー・ジャズが
ジャズの形式からの自由を表明するものであるのに対し、
フリー・インプロヴィゼーションという言葉が意味しているものは、
自分達の音楽は「ジャズ」ではないということだ。

堅固なグループ音楽であるフリー・ジャズに対して、
即興演奏は、演奏家の差異を表現の基礎に置くため、
それぞれの持っている音楽の資質がぶつかり、
さまざまな方向性が現れてくる。

即興演奏を成り立たせているのは、
西洋的な「個」という概念や、創造性ではあるけれど、
自己の表現スタイルというものを確立するのは難しい。

そこに必要なのは自己や、自己の表現を客観視する視点だ。

「誰もやらなかったことをやる」とか、
「自分のスタイルを作る」というのは、
ともすれば安易なアイデア主義に陥ってしまう。
「個」というのは、そんなちっぽけなものではない。

そこで必要なのは、音楽は何かという、根源的な問いなのだ。

「人は何故、音を奏でるのか」
「人は、音に、何を感じているのか」

音楽のスタイルや、
演奏のスタイルといった、表面的なことではなく、
音楽の本質にせまること。

即興演奏が退屈なものになってしまうのは、
当の演奏家が、その場にできあがった秩序や、
その場の人間関係の中に埋没して、
自分自身を、即興の可能性へと開いていけないからだろう。

演奏家は、即興の面白さを、もっともっと前面に出したらいい。

それは、過去に確立されたスタイルをなぞることではなく、
自分の中から湧き出でる音楽に耳を傾け、
新しいスタイルというものを模索していくことに他ならない。




kazamakitakashi at 13:07|Permalink即興ノオト | 即興論

2011年11月13日

ワンダーランド <即興ノオト 1>

即興というのは「モノの作り方」のうちの一つの方法であって、
それ自体に何かの価値があるものではなく、
評価されるのは、音楽であれパフォーマンスであれ、
あくまで、そこで形作られたモノ=作品でしかない。

即興という方法が、
何か特別のことのように思われてしまうのは、
それが、地図もなしに車を走らせたり、
羅針盤も無く航海にでるように、
見知らぬ世界へアプローチするものだと考えられているからだろう。

即興演奏は、
そうした予測のつかない冒険的な試みであるにもかかわらず、
一方で、音楽のイディオムから離れたところで
演奏を自由に展開できることもあって、
楽器の上手い下手だとか、
キャリアのあるなしに関わらず試みられてもいる。

即興演奏をするとき、
演奏者は「何をやってもいい」という自由を持っているはずなのに、
そこで襲ってくるのは
「何をしたらいいのか」という大きな問いだ。
それは、自分は何者かという、
普段の生活レベルでは押し殺している問いでもある。

自由なはずの即興が、
逆に大きな壁として自分の行く手を遮ってしまうとき、
多くの人はそこで、
自分が自分でいられる安全な場所へと逃げ込んでいく。
自分の好きな楽器の音を、他者へではなく、
むしろ自分へと投げかけていく。

即興という方法が、えてして自閉的な音や、
自己満足だけの表現に陥りやすいのは、
「何をやってもいい」というレベルから、もう一歩上の
「まさに音楽が生れようとしている」レベルへ、
なかなか演奏が到達できないからだろう。

即興演奏の醍醐味というものは、
そうした、今、まさに音楽がうまれようとしている緊張感や、
演奏が「作品」として完結する達成感といったものを、
演奏者や聴衆が、その場で共有できることなのだ。

その即興は、「誰でもできる」といったレベルのものではなく、
自由であることの厳しさや、既成概念にとらわれない発想力、
個性というものを支える演奏技術、
音楽の可能性に対する献身をともなった、
ゆるぎない存在としての高い精神性や、
明晰な智といったものが必要だろう。

即興演奏を自己評価するひとつのモノサシは、
どれだけ新しいことができたかなのだけれど、
それは「新しい自分」へと、
演奏の場でどれだけ脱皮できたかということでもある。

自分の内側から新しい自分が次々と現れ出てくるとき、
演奏している自分を、なになにそれ面白いと、
もう一人の自分が面白がって聴いている。
「自分は何者か」という問いもまた、そこでは消滅している。
自分自身につけたレッテルや、積み上げたキャリアや、
自分がそう思っていた自分自身からも離れて、
演奏が自由に展開し、予期しない音楽が立ち現れてくる。

即興というのは、高速で駆け巡る意識と、
整然と狂った感覚が奇妙に同居しながら、
新しい世界への扉を押し開き、
自分が生まれ変わっていく、ある種の身体感覚でもあるのだろう。

それは、歴史や理論で構築された音楽や、
スタイルの中で固定化した音楽では味わうことのできない、
このシステマティックに構成された現代社会の裏側にある、
ワンダーランド(不思議の国)
もう一つの世界というものの存在を、予感させるものである。





kazamakitakashi at 22:57|Permalink即興ノオト | 即興論

2011年07月11日

即興と芸術 <即興ノオト 11>

即興演奏が一つの芸術であるとしても、
即興には芸術というものの指標では計りきれないものがある。

芸術は、それ自体西洋近代の人間主義の流れをくんでいて、
そこでは、今までにない新しい美や、
歴史を転換させる新しい価値を創造することを最も大切にしている。

コンセプチュアルな音楽が、
ある種の苦痛を聴くものに与えて平気でいられるのも、
新しい価値を創造することだけを求めて、
音楽が本来持っている
共感する力といったものをないがしろにしているからだろう。

即興が求めているのは、
芸術としての創造性よりむしろ、
まだ見ぬ音楽を現前化しようという演奏家としての欲求だ。

音楽を自分の意のままに作るという意識ではなく、
演奏のエンディングにたどり着くまでのプロセスを
スリリングに楽しみながら、音楽に献身していくという態度。

芸術において反復は惰性でしかないのだろうが、
即興は自分の中にある演奏のエレメントをさまざまに変化、
あるいは、深化させながら音楽を形作っていくものだ。

即興における新しさとは、
芸術のように歴史の新しいページを開くことではなく、
演奏家が個人的に、
それまでの自分の音楽の境界を超えて
新しい所へ入っていくことでしかない。

それは、
演奏家には天啓のように思えることもあるけれど、
聴く者にとっては
「面白い展開」とか
「息のあったアンサンブル」としかわからないものだ。

究極の即興演奏というものがあるとしたら、
それは即興であることを全く感じさせないものだろう。

それは音楽を解体するものでも、
即興を解体するものでもなく、
その演奏家が長年あたためてきた「歌」として立ち現れてくる。

もちろんそこには言葉はないけれど、
そこにはきっとその人にしか出せない声といったものがあるはずだ。

即興は、芸術のように説明可能なものではなく、
音楽が本来持っていた「外の世界」と交感する力を持っている。
即興は理解したり分析する対象というよりは、
ただひたすら、体験するためにあるのだろう。


kazamakitakashi at 12:49|Permalink即興ノオト | 即興論