2008年01月26日

第六十九話 真壁の町を撮る大撮影会

今朝の朝日新聞茨城版に、第35話で紹介した撮影会の審査結果が大きく取り上げられていました。
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“真壁の町を撮る大撮影会”は、全日写連県本部と朝日新聞水戸総局が昨年11月23日主催したものです。
今回は天候に恵まれたため参加者も多く、536点もの応募があったそうです。
新聞には推薦・特選に選ばれた6作品と入賞者の名前が掲載されていました。
第35話でも書きましたが、真壁の街並みの中で、写真撮影会が開催されるとは夢にも思いませんでした。



この撮影会は、以前はつくば市の洞峰公園で行われていましたが、平成17年からは真壁の街並みを舞台に行われるようになりました。
そして、それを実現してくれたのが、全日写連県本部県西支部の下村さんという方です。
その当時、下村さんは、「真壁の街並みで撮影会を開催することで、絵(写真)になる街としても有名になる」と、私たちに語りかけ、実現に向け頑張っていた姿を思い出します。
他市の人が、真壁のために熱心に動いてくれたのを本当にうれしく感じました。
昨年は体調が悪く、撮影会には来られなかったようですが、私たちにとってはとても大切な仲間となりました。


この撮影大会の結果は、今朝の新聞のように、毎年、紙面の半分を使い紹介されます。絵(写真)になる街として、その宣伝効果はかなり大きいと思います。本当にありがたいです。

入選した作品は、2月3日から10日まで、真壁中央公民館で展示されます。ちょうど真壁のひなまつりの期間に重なりますので、ぜひこの作品展もご覧ください。




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2008年01月25日

第六十八話 真壁語り人 白川宏さん

第六十七話で“真壁の菓子”を取り上げましたので、今宵は、その立役者白川宏さんを紹介しましょう。
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「真壁の和菓子をPRしよう」とノボリやマップづくりを提案したのが、その当時、真壁菓子商の組合長をしていた白川宏さんです。
白川さんはフットワークがよく、提案してから約1ヵ月後、各店の自慢の一品を掲載したマップを完成させました。
その後組合長は変わりましたが、お菓子目当てのお客さんが増えると、マップもパワーアップし、前話で紹介した“ご利益菓子マップ”へと進化しました。

ところで、白川菓子店の自慢の一品は“親孝行のあんドーナツ”です。



なぜ親孝行というのか、それについて語りましょう。

白川菓子店にはトミさんという看板娘(おばあちゃん)がいて、勢いのある茨城弁で「お茶飲んでけー」と、来る人来る人に声をかけていました。
私がトミさんと出会ったときは、もう80歳くらいだったと思います。とっても元気で明るい性格はみんなの人気者でした。
白川さんもトミさんを“うちの看板娘”とっ言って、とても大切にしていました。

しかし、そのトミさんが平成16年に亡くなり、いつもの元気な姿が見れなくなり、私たちも寂しく感じていました。

そのようななか、白川さんは、「長い間、お店を支えてくれたトミさんの人形を作ろう」と思いついたそうです。
そして、トミさんの愛用していた着物を着たトミさんそっくりの人形が、お店の帳場に姿を見せるようになりました。
トミさんはちょっと小さくなってしまいましたが、そのにこやかな表情は、生前の笑顔そのものです。
トミさんは亡くなったあとも、白川さんやお店を訪れる人たちを優しい眼差しで見ていてくれるようです。



いつの間にか、誰かが白川菓子店のあんドーナツを“親孝行のあんドーナツ”と呼ぶようになりました。

今や“親孝行”という言葉はあまり使われなくなりましたが、もし真壁に来てこのあんドーナツを食べたら、きっと親孝行したくなりますよ。




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2008年01月23日

第六十七話 和菓子の街

茨城新聞社から真壁の和菓子を紹介したいという連絡があったそうです。掲載されるのはテイストという日曜版です。掲載は2月3日だそうです。そういうことで今宵は真壁の和菓子語り。
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現在、真壁には、11件のお菓子屋さんがあり、真壁菓子商組合という団体をつくっています。

今から7年くらい前のことだったでしょうか、真壁の街並みを見にちらほら人が歩くようになった頃、「真壁にはお土産がない」という言葉を聞きつけた真壁菓子商組合の皆さんが、「真壁には美味しい和菓子がある」と声をあげました。
そして、あれよあれよという間に、“真壁菓子工房”というノボリとマップをつくりPRを始めました。



その当時、私たちは、普段から食べ慣れていた和菓子がお土産になるとはほとんど、いやまったく考えていませんでした。
しかし、1軒1軒を訪ねてみると、どこも手作りでとても美味しいということに改めて気づかされました。

また、真壁の和菓子は、都会の人たちには素朴で懐かしい味だったようです。いつの間にか“街並みと和菓子食べ歩きツアー”が組まれるようになりました。
真壁の和菓子を目当てに観光客が来るようになったのは、今でも信じられません。

その後、菓子工房マップは何回も再版され、今では“真壁ご利益菓子”マップとなり、各店の商品を生かした遊び心いっぱいのマップに進化しました。
親孝行のあんドーナツや出世最中、夢が叶う夢まんなど、いろいろなご利益があります。



“ないものねだり”という言うのでしょうか、私たちは何か新しいものを考えてしまいますが、実は、“あるものみがき”が大切なのです。
私たちのまわりにあるものを見つけ磨くこと、それこそが本物なのです。
真壁の和菓子はそのことを教えてくれました。

ひなまつり期間中はどの店も大繁盛で、午後になるとほとんどが品切れ状態です。もっと作ればいいのにと思うこともありますが、手作りだから限界があるそうです。
でも、そのこだわりが嬉しいです。



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2008年01月22日

第六十六話 子どもたちのつるし雛

今宵も“ひなネタ”です。
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第20話で紹介した紫尾小学校の子どもたちが作った“つるし雛”が完成しました。
このつるし雛は、4年5年6年の手芸クラブの子どもたちが、地元でパーマ屋さんを営む女性の指導のもと作り上げたものです。



人形は、全児童199人と先生の数を合わせ、230体あるそうです。
よく見ると、ひとつひとつ顔が違います。このことを教頭先生に聞いたら、出来上がった人形に児童ひとりひとりが顔を書いたそうです。
ニッコリと笑っている人形、ちょっと怒っているような人形など、色んな表情があってとてもステキなつるし雛です。

このつるし雛は、ひなまつり期間中、旧真壁郵便局に飾られることになりました。
高さが約3メートルほどあり、旧真壁郵便局に飾られる大きなお雛様にピッタリの組み合わせになると思います。

真壁小学校の児童たちばかりでなく、紫尾小学校の児童たちも参加してくれるようになったことを本当に嬉しく感じます。
ひなまつりは子どもたちのお祭りです。真壁の子どもたちがすくすくと育つことを願っています。

(写真がブレてしまいすみません)



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2008年01月21日

第六十五話 もうすぐひなまつり

今宵は午後7時から、ひなまつり開催支援会がありました。
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今日の会議は最終打合せです。いよいよひなまつりです。
商工観光課や商工会の報告を聞いているうちに、第六章はすごいことになるのではないかと感じました。



まず、2月9日に茨城新聞社が移動編集局を行ってくれることになりました。真壁のひなまつりを大きく宣伝してくれるそうです。これまたありがたい話です。

そしてそして、東京のマスコミを対象に、メディアツアーが組まれたそうです。ツアーに参加した新聞社や雑誌社は大体記事にしてくれるとのことで、一体どのくらいの宣伝効果になるのか予想も出来ません。

さらに、今年1月6日にアップした真壁のひなまつり和の風第六章のホームページには、もうすでに4万件を超えるアクセスがあるそうです。昨年は1月からひなまつり終了までに約100万件のアクセスがあり、今年はそれを上回るかもしれません。

でも、驚きと同時に不安を感じてしまいました。
真壁のひなまつりの良さは“語り”と“おもてなし”です。予想以上の人が来ると、真壁のよさを感じてもらえないかもしれません。それと、駐車場やトイレも足りなくなるかもしれません。食べるところも不足すると思います。
そしてもうひとつ、露天商など、他所から商売をする人たちも来てしまうかもしれません。

第62話で紹介したポスターにあるように、私たちは「真壁に来てくれた人が懐かしい故郷へ帰ってきたような気持ちになってほしい」と願っているのです。

本当にどのくらいの人が来るのか想像ができません。
ひなまつりには、できるかぎり平日にお越しください。それと何か食べるものも持参されることもおすすめします。

十分なおもてなしができないときはお許しください。



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2008年01月20日

第六十四話 映画のロケ

今朝、真壁の水道事務所で映画のロケがありました。
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エキストラが足りないとの連絡があり、引き受けることにしました。
「直下型の女」という映画だそうです。主演は時効警察というドラマで出ていた江口のりこさん(ひょっとしたら違うかも)。背が高くスタイルもよくてさすが女優さんです。



私たちエキストラの出番は、軽トラックの荷台に乗って、直下型の女の前を通り過ぎるというシーンです。

いつも思いますが、映画やドラマはシーンごとに撮影するのでどのような場面なのかわかりません。
まるでパズルのようですが、最後には一つの物語になり、人を笑わせたり泣かせたりしてくれます。

真壁では以前から映画やドラマのロケがたくさん行われてきました。
真壁は街並みを使うものが多く、とくに昭和の時代を撮る作品が多かったように思います。
印象に残っているのは、街並みではありませんが、「ヤンキ-母校に帰る」という学校を舞台としたドラマで、3ヶ月に渡り桃山中学校で撮影されました。

映画やドラマのロケがあると、いろんな俳優さんを見ることができるという利点があります。また、その作品のどの場面で真壁が登場するか見る楽しみもあります。
テレビで放映された翌日などは、ストーリーよりもどこで真壁が映ったか、その話題で持ちきりです。

経済効果はあまり期待できませんが、このような理由でロケが行われるのは歓迎です。
今日、撮影したシーンがどのように映っているのか楽しみです。




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2008年01月19日

第六十三話 新年の夢を語る会

今宵は毎年恒例のまちづくり真壁“新年の夢を語る会”でした。
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まちづくり真壁の飲み会は、いつも旧真壁郵便局にて1000円会費が基本です。
第15・16話のまち旅で紹介した三島市は「片手にスコップ、片手に缶ビール」でしたが、まちづくり真壁も「片手にホウキ、片手にときどき缶ビールか日本酒」といった感じです。
ちなみに、まちづくり真壁は作業(主に掃除)と会議がセットになっています。作業を行ってから会議を行うようにしています。年に数回ある飲み会もほとんどが作業のあとです。

さて、“新年の夢を語る会”はひとりひとりが今年のやりたいことを発表します。皆さん本当にいい夢を語ります。聞いているだけでも嬉しくなります。
以前にも書きましたが、会で何かをする時代はなく、自分のやりたいことをやる時代になってきました。
そういう意味では、まちづくり真壁の皆さんは新しいまちづくりのスタイルをいっているかもしれません。
真壁は今年も、みんなの手によってよきまちづくりができそうです。

また語る会では、真壁の街並みの伝建(伝統的建造物群保存地区)の指定や、公民館建替えによる多目的複合施設建設についても色々な意見がでました。

どちらもこれからの真壁にとっては大切な事業です。皆さん、早く実現してほしいと願っているようです。
確かにこの二つの事業は、真壁の未来づくりにおいては欠くことのできないものだと思います。
まず、この街並みを後世に伝えるためには、伝建の指定を受けることが一番正しい方法です。
しかし、それだけではよきまちづくりはできません。やはり歴史館等核となる施設も必要なのです。
施設をつくることは税金の無駄使いという人もいますが、未来のために税金を投資することも必要なのではないでしょうか。
ただ闇雲に施設をつくるのではなく、みんなが望んでいるものをみんなで考え、つくるという過程が大切なのです。
幸い、真壁は住民の皆さんが熱心にまちづくりに取り組んでいるため、けっして無駄な投資にならないと思います。

将来、この街並みと、皆さんひとりひとりのまちづくりと、この施設がうまく連動し、街並みの保存や交流人口の増につながり、ますます真壁が活性化してほしいと願っています。

ちょっと大きな話になってしまいましたが、これも新年の夢と思っていただければ幸いです。

ところで、二次会は“旅籠ふるかわ”にて囲炉裏談義。会話も弾み酒もますます進みます。



外はかなり冷えているのに、みんなの笑顔と囲炉裏がとっても暖かくて至極のひとときです。
五右衛門風呂にも入り、懐かしい故郷に来たような気分になりました。
湯に浸かりながら、「真壁はいいまちだなぁ」とつくづく感じる夜となりました。


(この日は湯気のため写真が撮れませんでした)




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2008年01月17日

第六十二話 和の風第六章のポスター

ひなまつりが近づくと、どうしても“ひなネタ”が多くなってきます。
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今日、やっと“真壁のひなまつりー和の風第六章ー”のポスター案が出来上がりました。

真壁のひなまつりでは、第一章からメッセージを大切にしています。今回のポスターは第31話で紹介した中村裕道さんのスケッチ画と、和の風のメッセージを組み合わせ、絵手紙風にしてみました。



<メッセージ>

出会いとおもてなしを大切に
真壁の古きよき街並みの中に
お雛様をかざります
お越しいただいた皆さまが
懐かしい故郷に
帰ってきたような気持ちに
なってもらえたら幸いです



振り返れば今から6年前、ひなまつりが始まったころはポスターはなく、パソコンで作ったものをA3判の紙にプリントしたものでした。
第三章のときに、まちづくり少年隊(真壁小学校の6年生5人)が版画でポスターを作ってくれたのが最初の本格的なポスターでした。
このポスターは「ひなまつりに協力したい」という少年隊が冬休みを返上して作ってくれたもので、その話にとても感動させられました。
どんなデザイナーも勝てない日本一のポスターです。



第六章のポスターは、このあたりでもう一度、ひなまつりの原点を大切にしようと、その思いを込めさせていただきました。
真壁のひなまつりは、たくさんの出会いと語りがあるから楽しいのです。
そして、来てくれた人が楽しんでくれるから嬉しいのです。



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2008年01月16日

第六十一話 真壁語り人 星野忠さん由枝さん

今宵は真壁語り人 ギャラリー和空間の星野さんご夫妻を紹介しましょう。
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高上町にある“ギャラリー和空間”は、2年前にオープンした町屋づくりのギャラリーです。

“ギャラリー和空間”は、もともとは江戸時代から続く老舗の乾物商「諸川屋」の店舗でしたが、忠さんの父の代で乾物商をたたんだ後は、由枝さんが和裁の仕事場として活用していました。
平成13年、店舗と住まいが国登録文化財となると、ご主人の忠さんと奥さんの由枝さんは、「この店舗を人の集まる空間にしたい」と夢を持ちはじめたそうです。

・・・そして、二人の夢は実を結びました。



暖簾のかかる格子戸を開けると、まず木組と漆喰壁の美しさがつくりだす町屋の空間が広がります。
土間は大谷石が敷き詰められ、その土間から続く帳場は数奇屋風の造りで、よく商家で見られた引き出しのある階段が目を引きます。
さらに壁の明り取りなどは、忠さんが左官教室で学んだ知識を生かし、自ら設計したそうです。



これまで、陶芸・絵画・布細工・紙細工など、さまざまな作品展を開催してきました。
私もときどき作品展におじゃましますが、作品ひとつひとつが町屋のしっとりとした雰囲気に溶け込み、まさに“和空間”という言葉がぴったりです。
そしてなにより、「お越しになった皆さんにホットしてもらいたい」 と語る忠さんと由枝さんの優しい笑顔にいつも癒されます。

これからもお二人の素敵な和空間を応援しています。



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2008年01月14日

第六十話 早くも雛飾り

今日、早くも真壁にお雛様が飾られました。
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飾られたのは、旧真壁郵便局の隣りの古橋さん宅です。
古橋さん宅のお雛様は享保雛と言われているもので、江戸時代後期のものです。



古橋さん宅は見世蔵づくりですが、以前薬屋を営んでいたため、前面はウィンドーとなっています。
今年は通りからよく見えるようにと、お雛様はウィンドー際に飾られています。
実はこのお雛様はあちこちと出張しており、テレビに出演したり、昨年は真壁を代表し首相官邸を訪れたりと、多方面でご活躍いただいております。

長い間、ずうっと蔵の中で眠っていました。きっと真壁のひなまつりが始まらなかったから、そのまま眠り続けていたことでしょう。
このようなお雛様を、もう一度光と風のあたる場所に出すことができただけでも私たちは嬉しく感じます。

今月末には何ヶ所かにお雛様が飾られることでしょう。間もなく真壁に“和の風”の吹く季節がやってきます。

それともうひとつ、真壁のひなまつりに新しいお土産品が誕生しました。
それは、2本のきれいな紐をお雛様をイメージして結んだ“縁結び”という名前のブローチです。



写真を見てもらうとわかるように、二つの円が男雛と女雛の頭の部分で、2本の紐は頭の下で結ばれています。よって縁(円)結びとなったようです。
考えたのは第23話で紹介した川島孟さんの奥さんのあや子さんです。あや子さんは「お雛様にあやかり、独身の人は良縁に恵まれるように、そして、既婚の人はいつまでも仲良く暮らせるように」と願いを込めて作っています。

私も今日初めて“縁結び”を手にしたのですが、これはなかなかおもしろいです。
出会いを大切にする真壁に相応しいお土産になるのではないでしょうか。
なお、手作りのため数量限定だそうです。



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2008年01月13日

第五十九話 まちづくりの旅 静岡県伊東市 その二

昨夜の続きです。今回のまち旅の中で大変参考になった“東海館”について語りましょう。
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“東海館”は昭和3年に庶民の温泉宿として開業しました。



当時、評判の棟梁たちが階層ごとに分担し、職人たちが腕を振るった木造3階建の旅館で、桧や杉などの高級な木材や変木とよばれる形の変わった木々をふんだんに使ったとても美しい和風建築です。
大変多くの人に親しまれた旅館でしたが、平成9年に廃館となりました。
その後は取り壊しの話も出るようになり、危機感を覚えた市民たちが保存運動を行い、これを契機に“東海館”は市に寄贈されて文化財となりました。
そして平成13年、“NPO法人 まちこん伊東”の発足とともに、市民や観光客が利用できる観光・文化施設として再び開館しました。
“まちこん伊東”は、“東海館”を市民自らの手で守り、未来に継承するため、毎月1回、「みがき隊」として雑巾がけを行ったり、観光客に建物の歴史や文化を紹介する「かたり隊」などの活動しているそうです。



建物内は大変趣きがあり、その建築を見るだけでも価値があります。また、文豪たちの作品も数多く展示され、昨夜紹介したように、文豪たちがいかに伊東温泉に足を運んでいたかがうかがえます。



“東海館”を訪れて、まちづくり真壁と旧真壁郵便局の関係に似ているような印象を持ちました。
もちろん“東海館”は2歩も3歩も前を行く施設づくりを展開していますが、月1回の定期清掃や語りの活動をしているなんて本当によく似ています。

このような施設を訪れるといつも感じることがあります。
住民自らが街の財産として誇りに思い大切にしていくこと・・・。これが当たり前のようになってきたようです。

街中を歩いていると、お土産屋のおばちゃんが親しげに話かけてくれました。大阪出身の方だそうですが、伊東がすっかり気に入っているようでした。
よき街は住んでも訪れてもよき街です。またいつか訪れてみたい温泉街でした。




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2008年01月12日

第五十八話 まちづくりの旅 静岡県伊東市 その一

新年会と旅行が続き、ブログを書く時間がとれません。
今宵はまち旅(まちづくりの旅)です。1月11日12日と伊豆の伊東温泉に行ってきました。
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伊東温泉と言えば「伊東に行くならハトヤ」でしょうか。このCMでかなり知られていると思います。
まずは歴史から。
開湯は平安時代とされています。江戸時代には徳川家光への献上湯を行い、湯治場としても栄えました。明治以降は、幸田露伴、川端康成などの多くの文人も伊東を訪れました。
湯量は豊富で、28度から68度の温泉が毎分約33,000リットル湧き出る全国有数の湯の街です。
宿泊者数は減少しているそうですが、それでも年間300万人が宿泊しています。
市内には昔ながらの共同浴場も数多く、伊東七福神にちなんだユニークな共同浴場が8ヶ所もあります。

伊東駅に着いたのは午後5時を過ぎていました。駅前には各旅館の送迎車が止まっていましたが、私たちの泊まるホテルの車はなかったので電話して待っていました。

待つ間、ちょっと驚いたことがありました。駅前の信号のない横断歩道を何気無く見ていたのですが、各旅館の送迎車は横断者がいると必ず止まって、先に渡らせてからその横断歩道を通過していました。
当たり前のことなのでしょうが、なかなかできることではありません。このことについて送迎者の人に聞いてみたら、「みんながそうするのでそのようにしています」とシンプルな答えが返ってきました。

単なる温泉街と思っていましたが、伊東市で生活する人や、観光に来た人への配慮等が自然に身についている意識の高さに感心させられました。
伊東は初めての訪問ですが、最初から好感が持てました。

ホテルに向かう途中、運転手さんが興味深い話をしてくれました。
この人は以前、熱海のホテルで働いていましたが、そのホテルに見切りをつけ、伊東のホテルに勤めるようになったそうです。
その話を簡単に紹介しますと、熱海は昭和の時代、新婚旅行や団体旅行のメッカとして栄えましたが、近年は旅行スタイル(海外旅行や個人旅行等)の変化から、宿泊者が大きく減少し、そのため、生き残りをかけ各ホテルや旅館が客の取り合いを始めてしまい、結果的には規模縮小や廃業するホテルや旅館が多くなり、温泉街としては衰退してしまったそうです。
これに対し、同じ状況下にあった伊東温泉は、みんなで温泉街をよくしようと努力し、その成果もあり、リピーターの多い温泉街になれたと、このような内容でした。

そういえばつい最近、熱海の市長が「熱海も債権団体になる」というような発言をしたことを記憶しています。

ちょっと余談が長くなった上に、いつものように旅の疲れが出てきてしまいました。
今回の旅の収穫、“東海館”については明日書きます。




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2008年01月07日

第五十七話 花と語りの宿“旅籠ふるかわ”開宿

第三十四話で紹介した花と語りの宿“旅籠ふるかわ”が1月1日に開宿しました。
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チラシも作られ、その中には下記のメッセージが添えられています。


花と語りの宿

ゆっくりと時が流れている街・真壁にて
花と語りの宿「旅籠ふるかわ」を開きました

入ってすぐの店舗部分は季節の花々が添えられ
お気軽に立ち寄れるギャラリーとなっています
ギャラリーは貸し出しもしており
皆さまの作品を展示することもできます

奥にある住まいと2階の部屋は
皆さまにゆっくりと過ごしていただきたく
一日一組限定の宿にいたしました

ギャラリーはたくさんの人たちの出会いの場として
宿はご家族やご友人との語らいの場として
皆さまにご利用いただけたら幸いです



まさにメッセージのとおり、“語りのある街”に相応しい宿です。
私もいつか泊まってみたいと思いました。
家族や友人とゆっくりと語れるようにと、1日1組限定にしたそうです。なお、宿泊はご夫婦か女性のグループのお客さんのみとなっています。
お風呂は五右衛門風呂スタイルですが、薪で沸かすのではなく給湯方式になっています。
朝夕とも食事はついていませんが、台所があり料理を作って食べることもできます。

経営者の古川さんご夫妻は「懐かしい我が家に帰ってきたようにゆっくりとくつろいでほしい」、そして「真壁を故郷のように思ってもらえたら」と願っているそうです。




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2008年01月06日

第五十六話 私のまちづく理論 その五

新年早々ではありますが、今宵はまちづく理論、“ホウキ1本まちのもと”について語りましょう。
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日本の代表的な火災防止標語に“マッチ1本火事のもと”というものがありますが、それをもじったのがこの理論です。
2001年、真壁でちょっとした街並みシンポジウムを開いたとき、参加した人が話してくれた理論で、私の考えた理論ではありませんが、とても気にいっているためよく使わせてもらっています。
始めにその内容を書きましょう。

ある街でひとりの男性がホウキ1本を手にとり、毎朝、家の前の道路の掃除を始めました。
そのうち、その姿を見ていた近所の人たちも家の前の道路を掃くようになりました。
やがて、街のあちこちでホウキを手にした人たちが増え、街はとってもきれいになり、会話も弾むようになったそうです。
たった1本のホウキが人を動かし街をよくしたというお話です。

ところで昨夜、五十三話で紹介した大山記者の送別会を兼ねた“県西ねっと”の新年会がありました。
県西ねっとは、県西の各市でさまざまな分野で活動している人たちの集まりで、昨年の11月に立ち上がった会です。
皆さんとても前向きで、ホウキを持ち、まちのもとになっている人たちです。
このような会合に出ていると、もう会で何かをしようという時代ではないということを実感します。
ひとりひとりが自分の手でいかに社会貢献できるか、そのようなまちづくりへと向かっているようです。

1本のホウキは、いつか2本3本となり、住みよいまちへとつながっていきます。
真壁では以前から、毎朝、まちづくり真壁の会長が旧真壁郵便局やその周辺の清掃を行ってきました。
やがて近所の靴屋さんや時計屋さんのご主人も自主的に加わり、みんなで道路の清掃を行うようになりました。
真壁では、誰かにお願いされたというのではなく、自らが進んで行うという流れが出来つつあります。

ホウキ1本でもまちづくりはできます。皆さんにとってのホウキはなんでしょうか。



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2008年01月04日

第五十五話 こぼれ話 私の年の始まりは・・・

新しい一年が始まりました。
12月31日と1月1日は連続した1日なのに、まるでリセットされたような気持ちになります。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さて今宵は私の年の始まりについて語りましょう。
・・・・・
私は年末年始を第二の故郷である群馬県の片品村で過ごします。
高校1年の夏、尾瀬に行ったことが片品村との長い長いつきあいの始まりです。
それまで自然の美しさなどまったく知らずにいた私は、尾瀬ヶ原に足を踏み入れた瞬間、それまでの自分の世界観を一変させられたことを今でもはっきりと覚えています。
それほどまでに尾瀬は美しく、まさに楽園という言葉がぴったりの世界でした。
やがて尾瀬にまた行きたい、いや住んでみたいという衝動にとらわれるようになり、大学生になったころは毎月のように尾瀬に通いました。
その尾瀬の麓にある村が片品村であり、私の奥様の故郷でもあります。

片品村は人口6,000人くらいの村ですが、観光客は200万人を超え、夏は尾瀬とテニス、冬はスキーが楽しめる村として人気があります。旅館や民宿もたくさんあり、観光が村の重要な産業となっています。

私は妻と結婚して以来、ほとんどの年末年始を片品村で過ごしています。
周りに7つもスキー場があるので、スキーをやる人は楽しいかもしれませんが、スキーをやらない私は温泉に入っているか家の中で酒を飲んでいるかどちらかです。
雪を見ながら温泉に入ったり酒を飲んだりすることは、実に優雅で心和むひとときなのです。


さてさて、そんな私もここ数年、1月1日は必ず近所にある小さな神社に初詣に出かけます。雪に覆われたほとんど人のいない神社はそれだけで厳かな雰囲気があります。
お参りを済ませ、心新たに雪の道を帰るわけですが、最近ではこれがとても気に入っており、私の新年の過ごし方の定番になってきました。


いつものように静かに始まった一年ではありますが、今年もどんな出会いがあるか楽しみです。
皆さまにとっても実り多き一年になりますようお祈りいたします。



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2007年12月30日

第五十四話 こぼれ話 1年を振り返ると・・・

今年も残すところあと24時間となりました。
この時期になるとテレビでは今年1年を振り返るような番組が多くなります。
今宵は今年の真壁を振り返ってみましょう。
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真壁は今年も例年通り、ひなまつりで始まりました。
1月も中旬になると各家々では雛飾りの準備に入り、早い家では20日頃お雛様を飾ります。今年は1月下旬から見に来る人もあり、年々人気が高まっているようです。
ちなみに、ひなまつりは2月4日からなのですが、来年は2月4日が月曜日のため、その前の土・日にはかなり飾られると思います。

5月にはまちづくり真壁の総会で、語りをテーマにしたまちおこしの提案があり、6月から7月にかけて、語りのベンチづくりや語りの井戸の復元が始まりました。
また、ちょうどその時期、筑波大大学院生が真壁のまちづくりを研究テーマに取り上げ、真壁の人たちと交流するようになりました。
7月になると、そのひとつのグループとまちづくり真壁が連携するようになり、“語りのある街”プロジェクトが本格的にスタートし、8月にはこのブログのプロローグで紹介したイメージパネルも出来上がりました。
また、真壁夜祭のときには“語りの行灯”も30個ほど作られ、中央公民館の隣りにある神武遥拝所に竹のあかりとともに飾られました。

10月になると、“語りのある街”ブログが始まり、真壁のまちづくりや語り人を紹介できるようになり、少しずつではありますが、語りをテーマとしたまちおこしも定着してきたようです。

振り返ると1年は本当に早いものです。今年は語りという人の持つ資源(魅力)を多少なりとも生かすことができたのではないでしょうか。
ちなみに、語りのよいところは、話せば話すほど色んな人たちと仲良くなれますし、しかもメンテナンスの必要がありません。

最後に来年の抱負を語りますと、語りのマップを作り、色んな人との出会いを大切にしていきたいと思います。

おかげさまで、今年も楽しい1年を過ごすことができました。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

=追記=
明日から第二の故郷である群馬県片品村に帰りますので、1月3日まで、語りのある街ブログはお休みします。



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第五十三話 真壁の仲間 大山茂さん

今宵は真壁を優しい眼差しで見つめてくれていた茨城新聞社の記者大山茂さんを紹介します。
・・・・・
大山さんは人の生き方を記事にするのが得意な人です。
私が最初に大山さんに出会ったのは2001年だったと思います。そのころ大山さんはちょうど下館支社にいて、よく真壁に足を運んでくれました。
そして、“筑波山陰の里から”というタイトルだったと思いますが、真壁周辺の人にスポットをあてた連載を10回にわたり書いてくれました。その当時から「真壁はいろんな人がいて面白い」と話していたことを思い出します。

その大山さんが今年いっぱいで退職することになり、いっしょに企画した昨夜の忘年会は送別会のようになってしまいました。

大山さんは2002年には本社へ異動、2年前に筑西支社へ復帰しましたが、本社勤務中も真壁にはよく遊びに来てくれて、いつの間にか私たちの飲み仲間になってしまいました。

筑西支社復帰後は、筑波周辺の歴史遺産や里山で暮らす人々を紹介する連載を手掛けるとともに、県西地区の住民が市民記者として登場するコーナーを設け、さらに今年の11月には、その市民記者の連絡ネットをつくり、県西のひとづくりにも貢献されました。

真壁にとってもまちづくりをかげで支えてくれた恩人で、退職されてしまうのはとても残念ですが、これも「やりたいことがあるから」というのでは仕方ありません。
暮れに舞い込んだ突然の話に驚きもしましたが、今後の大山さんの活躍を楽しみにしています。



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2007年12月26日

第五十二話 真壁語り人 飯泉太子宗さん

今宵は真壁語り人、古仏修復工房の飯泉太子宗さんです。
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まず、太子宗さんの名前。
ほとんどの人が読めないと思います。タイシムネではありません。トシタカと読みます。
第37話で紹介した飯泉春長さんの息子さんです。

12月21日発行のパッチワーク倶楽部1月号別冊“暮らしの絵本”で、太子宗さんの金継ぎの技や古仏修復工房が12ページにわたり紹介されました。



ちょうど1年前、まちづくり真壁のレンタルボックスづくりのときに、春長さんの代わりに来てくれたのが最初の出会いでした。
そして今年1月、太子宗さんの工房にて、壊れたまま放置されている仏像の修復についてその思いを聞き、応援したいと感じました。

もともと太子宗さんは、美術院国宝修理所や吉備文化修復所で仏像の修復の仕事をしてきましたが、「指定文化財以外の仏像は、放置されたままであり、いずれ朽ち果ててしまう」と危機感を持ち、独立してNPO古仏修復工房を立ち上げました。

今年のひなまつり期間中は、その思いと技を公開し、たくさんの人たちに「仏像を修理し保存していくことが日本の文化を後世に伝えることになる」と語っていました。



現在では仲間も増え、仏像の修復も依頼されるようにもなりました。

真壁にこのような技を持つ人がいることを嬉しく感じます。
太子宗さんも私たちの大切な仲間なのです。

古仏修復工房 http://npo.butuzou.net/



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2007年12月25日

第五十一話 ひなまつりのチラシ完成

今宵は真壁のひなまつりー和の風第六章ーについてです。
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第六章は来年のひなまつりですが、準備はすでに11月から始まっています。

今年も支援会より“ひなまつりのチラシ”の作成依頼があり、ここ何日か取り組んできましたが、やっと完成し、本日、印刷会社へ発注することができました。


デザインはまったくよくありませんが、情報量が大切です。
優れたデザインよりも実を取るといった感じです。
真壁のひなまつりでよくある問い合わせは、「駐車場はどこにあるのか」と、「電車で行く場合はどうすればいいのか」です。
そのあたりを配慮するため、このような文字ばかりのチラシになっています。

さてさて最近は、支援会、特に観光協会真壁支部の皆さんの努力で、駐車場は十二分に確保できるようになったのですが、問題は公共交通機関です。
駅は下館駅か岩瀬駅がいいのですが、残念ながらそこからのバスの本数が少なくなってしまい、公共交通機関で来るのは難しいかもしれません。

そのような中、12月20日に2回目の支援会議があり、土・日だけでも大和駅からバスを走らせようかという話になりましたが、実現するかどうかまだわかりません。
公共交通機関でしか来れない人のためになんとか実現してほしいと願うのですが・・・。

来年早々にはチラシも刷り上り、街はひなまつりモードになります。
何日できるかわかりませんが、“まちカフェinひなまつり”も行う予定です。どのような出会いがあるか今から楽しみです。



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2007年12月24日

第五十話 まちづくりの旅 秋田県仙北市角館町 その三

今宵はクリスマスイブなのですね。
でも最近、私にはあまり関係ありません。
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さあ、私が角館を好きなもうひとつの理由を書くことにいたしましょう。
実は角館は私の目指すまちづくりのお手本なのです。



まず年間200万人もの観光客が来るにもかかわらず、あまり観光地化されていません。
うまく表現できませんが、角館の人は心が広いというのか、商売気がないというのか、とっても親しく接してくれます。店によってはお茶やお菓子なども出してくれたり、いろんな話を聞かせてくれたりします。
おかげで顔見知りが増え、気軽に立ち寄れる店が何軒かできました。

角館の人たちはおもてなしの意識が自然と身についているようです。行政やまちづくり団体などの存在はまったく感じません。ひとりひとりが誇りを持ち、自然体で取り組んでいるような気がします。

いつかまちづく理論で触れようと考えていましたが、まちづくりの最終進化型は、行政や団体という組織ではなく、ひとりひとりがまちをよくしようと自分のできることを行うようになることです。
角館はそれが自然にできているまちなのです。ゆえにまちづくりの手本であり、色んなことを教えてくれるまちなのです。

それともうひとつ。角館は住民の意識が高いと同時に、歴史・文化・観光・交流が経済とうまく結びつき、地域の活性化と雇用の創出につながっています。
まちづくりにおいてはこの点も大切なのです。
ハード事業(施設整備等)やソフト事業(イベント等)だけでは長続きしないのです。
まちづくりにおいては、いかに意識を高めながら経済につなげていくかが大切なのです。
そういう点で、雇用を創出している角館はまちづくりの成功事例なのです。特に若い人がたくさん働いている姿はうらやましく感じます。

人口減の21世紀は交流の時代と言われています。
個々人が、人との出会い(交流)を大切にすること、自分たちの生活(文化・経済)を大切にすること、そして次世代につなげていくこと・・・このあたりが21世紀のまちづくりのめざすべきものではないでしょうか。

今宵はいつの間にか私のまちづく理論になってしまいました。
もし皆さんが角館に行かれるときは、色んな人とお話しすることをおすすめします。
きっと角館が好きになることでしょう。



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