2007年10月12日

第九話 真壁のまちづくり その四(ひなまつり)

人が動くとものごとが動きます。

平成15年2月に、数名の有志の思いから真壁町を一変させるような出来事が起きるとは、誰も想像し得なかったことでしょう。その出来事というのが「蔵の街真壁のひなまつり」です。

平成14年の暮れ、「寒い中、真壁に来てくれる人をもてなせないか」という一言から、「街中にお雛様を飾ろう」という発想になりました。
そして、有志たちは「お雛様を通して、和の文化・和む心・人の和が広がってほしい」と、その思いに「和の風」と名前を付けることにしました。
何の計画もなく、来てくれた人に喜んでもらおう・・・これが真壁のひなまつりの原点です。
翌15年1月下旬、有志たちがお雛様を飾っていると、それを見ていた人たちも自主的にお雛様を飾りはじめ、いつの間にか約40軒にお雛様が飾られました。2年目以降も、お雛様を飾る家や店は次々と増え、5年目となる今年(平成19年)は約160軒に飾られるようになりました。
まるで風が吹いたかのようにひとりでに広がっていくことに物語を感じた有志たちは、2回目を第二章、3回目を第三章と呼ぶことにしました。

さてさて、このようにして始まったひなまつりではありますが、自慢したいことがいくつかあります。
さあ、それはなんでしょうか。

まず1点目は“3つのない”です。3つのないは“会を作らない”“補助金を貰わない”“人に頼らない”という“ない”です。
従来の、実行委員会を作り、補助金を貰い、誰かにお願いするというやり方とはまったく逆の発想です。ちなみに、1年・2年目のひなまつりの経費(主にマップ紙代)は、心ある住民や役所職員たちのポケットマネーで賄いました。
余談になりますが、この“3つのない”が功を奏し、誰もが自由に参加できる雰囲気を醸し出しました。もちろん、「主体がはっきりしない、責任の所在がわからない」という批判もありましたが、後に観光協会や商工会が中心となり、ひなまつり開催支援会が作られ、裏方を支えるようになりました。
開催支援会としたのは、言うまでもなく、“ひなまつりの主役(主体)はお雛様を飾った皆さん”というスタイルを大切にしているからでした。

二つ目は・・・と書きたいところですが、今宵はこれまで。次回へ続く。




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2007年10月10日

第八話 真壁語り人 柳田隆さん

今宵の語り人は・・・

柳田隆さんは江戸初という呉服屋さんの若旦那。

村井醸造さんの石蔵を借りオープンした染織サロン蔵布都のご主人でもあります。私には蔵布都の柳田さんというほうがピッタリします。

真壁のまちづくり-その3-にも書きましたが、蔵布都は真壁にあるとは思えないほど、ステキな店です。いちおう店と言い方をさせていただきますが、美味しいお茶やコーヒーを飲ませてもらえる憩いの蔵です。

なぜ、柳田さんが蔵布都をはじめたのか。
「真壁に来た人に真壁を案内したり、いろいろな話をしたりできる場所があってもいいのでは・・・」と思い立ち、はじめたそうです。
まさに蔵布都は「語りのある街」の原点なのかもしれません。

また、奥さんの初江さんは着物の似合うステキな人です。
センスがよく、蔵布都の展示レイアウトには初江さんのアイディアもたくさん生かされています。とっても気さくな方で、私たちのよきお姉さんといった感じです。

最近は忙しくてあまり蔵を開けられないと柳田さん。
もし皆さんが真壁に来て、そして蔵布都が開いていたら、ざひ立ち寄ってみてください。
柳田さんの優しい語りに出会えることでしょう。



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2007年10月09日

第七話 真壁のまちづくり その3

今宵は真壁のまちづくりの続きを語りましょう。
・・・・・
その当時は珍しかったのでしょうか。
真壁町の登録文化財は多くの新聞や雑誌、テレビ等で紹介されるようになりました。紹介されることはとても嬉しいことなのですが、それ以上に嬉しかったことは、その新聞やテレビを見てたくさんの人たちが来てくれたことでした。

人が来始めると、それまで街並みの保存に否定的な人たちにも変化の兆しが見えはじめました。
平成13年には、街並み見学に訪れた人たちを案内しようと、案内ボランティアが誕生。案内ボランティアの皆さんは「心のお土産」を合言葉に年間3000人以上を案内するほどに至りました。

また、人が来るというのは意外な効果ももたらしました。「この町にはお土産になるものがない」という声に立ち上がったのが真壁のお菓子屋さんでした。
よくよく真壁という町を眺めてみると、和菓子屋が多いのに気づきます。お菓子屋さんたちは真壁菓子商という組合を作っており、この話しを聞きつけたお菓子屋さんたちは「組合で和菓子の町真壁をPRしよう」と各店自慢の一品を紹介するマップを作りました。

しかし世の中は不思議なことが起こります。
このマップを見た旅行会社の人が「真壁の街並みと和菓子食べ歩きツアー」を企画。おかげで真壁にはたくさんの観光バスがくるようになりました。
ただ、観光バスツアーの客というのは、ありがたいようでありがたくありません。観光客の中にはツアーに組み込まれていたので来たという人も多く、そういう人たちには古い街並みはゴーストタウンにしか映らなかったようです。
真壁のよさを感じてもらえずちょっと残念な気持ちにもなりました。

さらにこの時期、呉服屋の若旦那が造り酒屋の石蔵を借り、染織サロン蔵布都(くらふと)をオープンさせたのは画期的な出来事でした。
この若旦那は名を柳田隆さんといい、理解ある奥様の協力を得て、今までの真壁からでは想像もできないほど、ハイセンスな店を開きました。蔵布都は物を売るというよりも着物や布を見せるというスタイルで、熱心に説明してくれる柳田さんの姿にはいつも感心させられました。
蔵布都は出会いの蔵でもあり、多くの仲間が集い、さまざまなアイディアがこの蔵から生まれたといっても過言ではありません。

今宵はちょっと長くなりました。
続きは次回へ。



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2007年10月07日

第六話 まちカフェ「風の中」 その1

まちカフェ「風の中」は土曜日か日曜日にオープンするコーヒー屋です。
これまでは、真壁のひなまつり開催中の土・日みのオープンでしたが、気候のいい秋(10月・11月)もオープンすることにしました。そういうわけで本日から、旧真壁郵便局にて、まちカフェ「風の中」オープンです。
・・・・・
さっそく、いろんな人たちが来てくれました。
最初にコーヒーを入れたのは、新潟県南魚沼市から来た方です。
南魚沼市の塩沢も街並み景観によるまちづくりを行っているそうで、その参考事例として真壁を訪問してくれました。
「塩沢は修景事業はかなり進んでいるが、人を呼ぶための取り組みを模索中」と話してくれました。

人を呼ぶというは本当に大変なことです。建物をきれいにしたからといって人は来てくれません。そこに行きたくなる理由がなければ行きません。
美味しいものが食べたい・・・ きれいな風景がみたい・・・ お祭りを楽しみたい・・・ 温泉に入ってゆっくりしたい・・・

でもちょっと見方を変えてみましょう。
たくさんの人を集めようとするから大変なのです。
そうではなく、まず来てくれた人を大切にしてみませんか。
皆さんも旅先で優しくされたことがあると思います。不思議なもので優しくされるとその街がステキに思えてきて、また行きたいと感じるのではないでしょうか。

まちカフェのコーヒーは美味しくないかもしれません。でも来てくれた方がこの街を好きになってくれたら、それがなによりの喜びです。

今日は、ひたちなか市や取手市、千葉県や埼玉県の方も来てくれました。まちカフェの初日は僕にとっても楽しい時間でした。
次回のまちカフェは10月13日を予定しています。



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2007年10月06日

第五話 真壁語り人 川島利弘さん

人を通して街を知る・・・今宵から徐々に“語りのある街”の語り人を紹介していきます。

川島利弘さんはまちづくり真壁の会長さん。
毎朝5時過ぎには、旧真壁郵便局を開けています。トイレ掃除もほとんど毎日しています。

利弘さんを「厳しい」という人がいますが、それは違います。本当はとっても優しい人で、この街の将来を真剣に考えている人なのです。だからいい加減に考えている人には厳しく見えてしまうのです。

どうすればいいまちをつくれるのでしょうか。
利弘さんは「焦らず自分のできることをすればいい」と答えが返ってきます。そして「自分たちの子どもや孫に誇れるまちづくりをしたい」と言葉が続きます。
さすがまちづくり真壁の会長。まちづくり真壁の理念をさらっと語ります。

また、奥さんの美穂子さんもとってもいい人で、利弘さんのまちづくりをしっかりと支えてくれています。陰で支えてくれる人がいるから、私たちは安心して色んなことができるのですね。本当にありがたいです。

利弘さんは道路の掃除も毎日行っています。その姿を見ていた近所の人たちも、いつの間にか、道路の掃除をするようになりました。
きっとこれがまちづくりなのでしょうね。
・・・誰かに言われたからやるのでなく、自主的に自分のできることをする・・・

昔「マッチ1本火事のもと、ホウキ1本まちのもと」と言っていた人がいましたが、まさに利弘さんはまちのもとなのです。そして、それを支える美穂子さんもまちのもとなのです。




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2007年10月05日

第四話 まちづくり真壁

今宵は旧真壁郵便局とまちづくり真壁について語りましょう
・・・・・
平成15年5月、旧真壁郵便局のオープンとともに誕生したのがまちづくり真壁です。
真壁のまちづくり-その2-でも書きましたが、商工会がまとめた「商い文化への道」の中で、旧真壁郵便局を開けることが真壁再興の切り札として盛り込まれました。
そして5名が発起人となり、住民や商店主等に呼びかけた結果、35名が賛同し旧真壁郵便局は長い眠りから目を覚ましました。

とはいえ、まだ人が集まっただけであり、そのため、まずは会の名前をつくることから始まりました。いろいろな候補があげられましたが、最終的には、しばらくは「まちづくり真壁」にしようということに決まりました。
また、予想以上の人数が集まったため、会員を4つのグループに分け、グループごとに土・日の案内を行うことにしました。しかし、土・日の案内といっても大して人が来るわけでなく、1年後には案内はなくなりました。

時は流れ1年半が過ぎ、本格的な運営を考える時期となりました。会の理念や会務について、数回にわたり検討が重ねられ、平成16年10月、設立総会を行い、正式にまちづくり真壁として旧真壁郵便局の運営に携わることになりました。

ちなみに会の理念は「人の和を大切にすること・ひとりひとりの夢を大切にすること・交流による地域活性化をめざすこと」であり、「自分たちの手でできることで、子孫たちに誇れるまちづくりを実現しよう」とゴールを掲げることができました。
その後は、旧真壁郵便局の定期清掃、会議や個展への貸し出し、レンタルボックスの設置など、あまり焦らず旧真壁郵便局の活用を中心にまちづくりを進めてきました。

さらにその間、さまざまなまちづくりの勉強や研修も重ね、5年目の今年、筑波大大学院生の協力を得て、新しい観光のスタイル「語りのある街」を掲げるようになりました。

前からブログを書きたいと思っていましたが、やっとテーマを「語りのある街」と決め、ブログを始めることができました。
真壁に住んでいる人との語り、真壁に来た人との語り、自然や街並みとの語り、そして自分への語りなど、真壁での色んな語りを通して、真壁を紹介していきたいと思っています。



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2007年10月04日

第三話 真壁のまちづくり その二

今宵も真壁のまちづくりを語りましょう。
・・・・

住民が自ら街をよくすることに取り組みはじめると、風はいい方向から吹いて来るものです。平成8年、国が「日本に残る古きよき建造物を保存しよう」と有形文化財登録制度を創設すると、この制度をいち早く知ったディスカバーまかべより行政に提案があり、平成11年、真壁町に初めての国登録文化財(潮田家住宅)が誕生しました。
以後、行政の積極的な取り組みにより、毎年20棟前後が国登録文化財となり、平成17年には104棟を数え登録件数は全国で第3位となりました。
また、地元商工会もこの動きに連動するかのように、“商い文化への道”(商工会広域振興対策事業報告書)をまとめ、この報告書の中で、旧真壁郵便局の活用が真壁再興の切り札としてあげられました。
そして・・・平成15年5月、旧真壁郵便局はまちづくり真壁(まちづくり団体)の誕生とともに長い眠りから目を覚まし、まちづくりの場として第2の人生(館生)をスタートさせました。

今日はここまでといたしましょう。
その三につづく



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2007年10月03日

第二話 真壁のまちづくり その一

今日は真壁のまちづくりについて語りましょう
・・・・・

昭和62年3月、関東鉄道筑波線が廃線となり、真壁町は国道、鉄道のない町となりました。もともと国道はなかったのですが、鉄道の廃線は真壁町の衰退の始まりでした。 
平成になると、バブル景気の崩壊とともに、この地域の活力源である石材業も、安価な外国産の石に押され衰退し、真壁町は活力を失い始めました。住民たちは「何もない町」と誇りまでを失い、真壁町は発展に終止符を打たれたようなものでした。
このような閉塞感のある時代の中で、真壁の持つよさに気づいた人たちがいました。真壁町の市街地は江戸初期につくられた町割りがそのまま残り、さらに、江戸後期から大正期にかけて建てられた蔵や門などもあちこちに姿を残していました。
平成5年になると、「真壁に残る蔵や門を保存し後世に伝えたい」と、数名の住民たちがディスカバーまかべという会を立ち上げました。その当時は「蔵や門を保存して何になる」という見方が大半でしたが、彼らは、街並みフォトコンテストや蔵のコンサート、瓦版の発行を行いながら、少しずつ賛同者を増やしていきました。
また、ほぼ同じ時期に、「商店街に人を戻したい」と仲町商店会が花いっぱい運動を進める一方、仲町の有志たちが空蔵を活用した仲町休憩所をオープンさせました。
「何もない町」と感じていた住民が大半を占める中、地元に残る蔵や門の保存や活用、花いっぱい運動は、自分たちの手でできることから町をよくしていこうとする住民たちの思いの現れであり、これが真壁再興の第一歩となりました。

今宵はここまでといたしましょう。  
その二へつづく




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2007年10月02日

第一話 語りのある街

真壁は懐かしい街並みがあります
そして この街の中でたくさんの人が暮らしています

真壁に住む人との語り
真壁に来てくれた人との語り
自然や街並みとの語り
そして 自分への語り

色んな語りを通して
語りのある街を紹介していきます

これからどんな語りをお伝えできるか楽しみです



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2007年10月01日

プロローグ 語りのある街 

もう一度行きたくなる街は
どんな街ですか


・・・またあの景色が見たい
・・・またあの料理が食べたい
またそこに居る人に
        会いたいから


真壁のよさ
それは人のあたたかさ
ゆっくり歩いて人にふれ
真壁のよさを感じとってほしい

人を通して街を知る

新しい観光スタイルの提案
それが「語りのある街」


語りのある街のメッセージはまちづくり真壁のメンバーと筑波大大学院生がいっしょに考えたものです




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