PA060375

20日まで入院していた父。

本日、かかりつけ医に定期受診。

かかりつけ医が高速で1時間ほどかかるので、
体調が悪い時のために、市内の総合病院へ繋いでいたのだが・・・
入院は市内の病院だった。
退院後、不満タラタラ。
担当医への不満。
食事の不満。
薬の対応の不満・・・・
何をもってしても満足しないのだろうけれど・・・

リンパ腫が再燃しているとのことで、
今後の治療をどうするのか、ということも含めての受診だった。

退院後、自宅のトイレに行くのも時間がかかっているので
今更、リフォームというのも、と思い
ポータブルトイレを設置してもらうことにした。
その処理は・・・
娘にしてもらうことは全く考えていない・・・

トイレまでの手すりを住宅改修することをケアマネと相談した。
退院してからの改修で、と父。
そんな、悠長なことを言ってられてないとの自覚はないの?

「入院したら帰ってこられるかどうかわからない」
と口にはするが、
「抗がん剤使ったら、あと半年は生きながらえらえる」
とも言う。
その半年、との言葉を聞いて、暗い気持ちを呼び起こされる私は
本当に親不孝なのだと思ってしまう。

父がどのくらい自分の病気を受け止めているのか、
それは全く計り知ることはできないけれど、
9月の入院の前の怒りは、
「こんな病気になってしまった」
「なぜ、俺が」
「こんな病気になった俺になぜ優しくできない」
そんな気持ちを全てぶつけてきていたのだろうと、思う。
入院中にも
「なんでもお前の言う通りにしなきゃ、いけんのか
と何度大きな声を出したか・・・

父の全ての気持ちを受け入れて、
受け止めることが娘としての義務だとしても、
父の命に期限があることを突きつけられたとしても、
今の私にとってはそれは受容できない。
そんな心の狭さを呪うばかりだけれど、
それでも、父の全てを受けいれることできない。

受容し、寛容であることは
限りなく不可能に近く、困難。

父の思う通りに生きることはできない。

障害や病気の受容過程があるけれど、
それは当事者だけではなく、
家族も共にその過程を過ごすのだと。PA060471