February 11, 2006

February 09, 2006

新サイト、まもなく開設のお知らせ

 ここのところ、煩瑣な日常に辟易し、またまた厭世観夥しく、書くもの書くもの、陳腐に想え、ぐったり寝込んでおりました、私、です。・・・・・・けれど、喰うには起き上がらねばならず、働かねばならず、ほんにこの世はまた気ぜわしい。ちょっとしっかと胸を上げ、前へ進まねば・・・・・という想いと共に、まもなく新サイトを立ちあげようかなあ、と想わずにはおれません?

 やっぱり書かないと、私じゃないような、そんな私とて人を衒うかのようなことはしたいとも想いませぬし、ましてそんな器用な私でもないとなれば、当ブログとあんまり寸部、「変わんねえじゃん」みたいなサイトになるやしれませぬが、まあ、一身上の都合ゆえ、その辺りはご勘弁くださいますよう。(間違っても、批判なさっちゃ、いけません。これでも心臓、かなり弱いのですから。)予定では私の書くものの執筆記みたいなものにしようかなと思考致しておりますけれど???

 当ブログサイトに真摯にコメントをお寄せくださる皆々様には、勿論、今後もどうぞ宜しく、との万感、想いを込めて新サイトでもLINKさせていただきたいと想います。今後ともどうぞ宜しくお願い申しあげます。尚、新サイト立ち上げの折には、新ハンドル名で登場の予定、ではあります。

February 06, 2006

シリーズ『TV 脚本家・渾身のこの一筆』これまでを、全文掲載。

*TV 脚本家・渾身のこの一筆/野島伸司編  
 野島伸司先生と申せば、私の上の世代、今現在も様々、大変にエネルギッシュ、非常に勉強熱心な方、です。脚本家・野島伸司で連想なされない方々でも、その作品群を辿れば、「ああ、あのドラマの・・・」と想われる方も多数、いらっしゃると想います。続きを読む

February 04, 2006

太宰と井伏の異常な!?関係

太宰
 「みんな、卑しい欲張りばかり。井伏さんは悪人です」
井伏 
 かの太宰がその遺書に書いていたとされる、一文。ひところ、この一文を巡って、ああだ、こうだと推察する動きがあった。と、いいましてもひとにぎりのフリークに拠る詮索趣味の域を超えてはいなかったようですが。太宰のファンの方々には井伏との関係はつと知られた間柄で、自殺未遂を繰り返す太宰を側面から支え、ふたり間の往来も激しかった。太宰の葬儀委員長も、井伏が任じ、愛惜の一文も編んでいる。
 猪瀬直樹氏の『ピカレスク 太宰治伝』に拠れば、このふたりの濃密な関係はより詳しく記述なされておられ、いくつかの井伏の書にも言及され、興味深い。先達て、とある雑誌を読んでおりましたら、またまたこのふたりのただならぬ関係について記述があり、深々と読み繋いではみました。太宰にとって井伏は、いわば文学界における心の師。川端や三島、その心、落ちつかね御仁も多い中にあってほっと息つけるひとときを持ちえたであろう井伏との時であったろう筈なのに、だのに太宰は遺書に、「井伏さんは悪人」だと書いた、とされる。
 僕自身は、常日頃、太宰に関しては「装飾文の天才」だと想っておりますので、この遺書、その一文もなにか太宰特有の諧謔性が感じられ、もし本当にそう、書いてあったのだとしても額面通りには受け取れません。太宰はその死ぬ直までをも太宰治を演じた。そんな気が、この一文からも匂うのですが、いかがなものでしょうね?

***ああ、それにしても僕の書くものは陳腐、です。・・・・・・・・


January 29, 2006

『山の音』と堀辰雄をこよなく愛した、さる女性-これまでを全文掲載

山の音
 この物語は後日、我が小説サイト『風、早暁記。』に全文掲載する予定です。その際は想うところあって、改題、改章のち掲載しようと想っております。今回は、これまでの物語を一挙掲載とさせていただきます。
堀辰雄 
   1   
 川端康成の名品に、『山の音』というのが、あるのです。先達て、僕はそれこそ山の音を聞いた。と言っても、心根に聞こえてきた、だとか、この心に響いてきたいにしえの音、だとかの所謂、思索的なことではなく、それこそ正真正銘、山の音を聞いたのです。

 僕の大学時代、ふたつ上の先輩に東京は山の手育ちの壮麗な女性が居た。彼女はさる先輩が主宰していた文芸誌の投稿常連者で、堀辰雄の作をこよなく愛していると公言して憚らない、それこそかなりの容姿の女性だった。当時、地方から思想的には誰にも負けへんぞ、などと下あご持ち上げて、息巻きながら上京した僕の頑是無い初投稿作をどうしたものか、いたく気に入ってくれたらしく、何かというと、僕に目をかけてくれるようになった。講義内容をクリアーすべく関連書物が必要だ、と説けば、それならば神保町のなになにという書店に行けば、事足りるだろうとか、この俳優の作は、どこどこの映画館に行けばオールナイトで上映しているわよ、だとか、とにかくなにかと僕にはかなり優しく接してくれる女性、だった。普段はかなりの高飛車で(御免なさい)そういった振る舞いもしばし目撃していた僕にとっても、どういうわけか僕だけには朗らかで、時としてけなげなことを言ってくる、どうもそれは僕の書くものに対する評価以上のものが感じられて、けだし、けげんであった。けっしてどこからどう見ても、今風に言えばイケメンではない僕に対して、この態度はどうであろう、地方出の田舎者である僕は、ちょっと彼女とふたりっきりになるとドキマギさせられた。世の中にはあばたもえくぼという言葉もあってひょっとすればひょっとするかもしれないけれど、だからと言って、僕を一様にけげんにさせる振る舞いでもなかろう、と僕にはどこか恒に想わせる風であった。そんなある日、それこそそんな彼女の接する振る舞いに対する、答えは解けた。いやもう、いちどき、に。
 酒の席、彼女とふたりきり。彼女は、静かに柔らかに、こう言った。「おととしの夏、病気で死んでしまった兄さんに、あなたはどこか似てるのよ」
 なんだ、やはり僕の書いたものに対する純真な心根からの親しみではなかったのか?、僕は少し口惜しかった(彼女は、だからと言ってあなたの書いたものにはなんら関係の無いこと、と弁明はしてくれたけれど)。
 男と女の間柄。だけれども、やはり壮麗な女性とふたり連れ立って歩くことは、こちらの心持ちをどこか優雅で心地よい気分にさせる。僕と彼女は、その後もよく飲み歩いた。渋谷は道玄坂のちょっと洒落た酒屋。神楽坂の歴史を感じさせる、居酒屋さん。レトロな佇まいを醸し出す作りの、下北沢の珈琲館。大抵、彼女が財布の紐を緩める。僕はそそくさとついていくばかりだ。朝方まで飲んで、酔いつぶれた彼女を一人暮らしのマンションに担いで帰したことも、あった。
 そんな彼女に僕は、先達て十何年ぶりに出逢ったのです。

辰雄幻影
   2
 僕は生まれつきの、胃腸障害に悩まされ続けていた。10代の時分から、けれどどこか大言壮語したり、唾吐き、激したことを言ったりするものだから、そういう感じにはとても想われがたかったけれど、痛みがひどくて何度かそれなりの日数、休むだとか、疼くまって一日中寝ているだとか、けっして身体の丈夫な方ではなかった。あの頃、僕は十二指腸潰瘍が穿孔し腹膜炎を併発、救急車で運ばれて緊急手術を施すほどの、入院騒ぎを演じてしまった。実際、心細い限りで、気持ち的には、ひじょうに後ろ向きなことばかり考えられてしまって、ほんとうにやるせない感情が先に立つ。当時、大阪に就職していた妹が、両親の命を受け、駆けつけた際、この時のことを後年、述懐し「お兄ちゃんの顔を人目見たら、まるで他人かと見まがうほどの痩せようで」妹は病室で、それこそ人目を憚らず泣き出すほどの自身の衰弱ぶりであったようだ。四人部屋とはいえ、同室の方々も病人なのだから、けっしてけらけら、皆、笑いに講じたりしているわけではない。窓辺に見える東京大学の講堂が恨めしかった。
 とそこへ、以外というか、かの彼女がお見舞いに来てくれた。何故、以外かと言えば、お恥ずかしい話しだけれど、僕はこの病気をする以前、彼女に想いの丈を言い募り、やんわりと否定されていたから。その後いろいろと反転すべき事情もあって、実は1年振りの再会だったのです。僕は素直に嬉しかった。ベッドに横たわる僕に優しく語り掛ける彼女は、以前より一層神々しく、壮麗な異性に想えた。僕はこのとき余程、この再会が嬉しかったのでしょう、今度いつ逢えるか判らない、彼女との別れが惜しかったのか、点滴台を押してまで、待合室を経ての語らい、そして病院入り口ロビーまで、彼女を見送りました。
 彼女は別れ際、はっきりと僕にこう、言いました。「あなたはきっと元気になるわよ。だってあなたには黄泉の国から、川端康成という偉大な文豪が見守っていてくださるのだから」僕はそんな大袈裟な言い回しにちょっと苦笑せざるをえなかったけれど、微笑を湛えて、そう言った彼女の目」は真剣そのものだった。僕は彼女をいつまでもじっと見つめていたかった、だのに彼女は病院のロビーから程なくして僕の視界から消えてしまった。まだおもがゆい感情が僕の心根に残っている頃の出来事、だった。

 堀辰雄
   3
 それから何年の歳月が流れたことだろう。三十を過ぎ、下り坂、嗚呼、と溜息をつくまでもなく僕は気づけば、あの太宰が死んだ年になっていた。古里に居る。病いで倒れた父の介護の為に僕は東京での、言わば手づかずの仕事も放り投げて五年前に田舎に帰ってきた。古里は何も変わらない。幼き頃、駆け回った野や道もいまだにその地平には横たわっていた。変わったのは僕で、それはフゥーと吹きかければ直ぐに移ろいゆくであろう柔な心根だろうけれど、自然や風景は微塵も揺るがない。「夢破れて山河在り」何故だ。何故、僕は古里に帰ってきてから矢先、そう想ってしまったのだろうか?。
 毎日の日々は、頑是無い。往復の、父の病院先。立ち寄る新刊屋。古書店。幾ばくかの食料補給。TVは見ない。パソコン執筆。酒はほとんど飲まなくなって昔を知る友達からは、断酒かとからかわれるほど、だ。
 温泉町。至るところに泉は湧き、僕はちょっと日常の空気が澱んだな、と想うと車をぶらりと走らせてこの胸いっぱいまで湯に浸かる。心地良い。
 そんな或る日のこと、だった。僕はあまりにも思いがけないひとに出遭った。馴染みの古書店。小さな店で、見上げるほどだが並べれば数えて六つしかない書棚のひとつから、僕はいつものように一冊の古本を取り出して眺めていた。その時だ。後ろ背に僕はひとの視線を感じて、何気なく振り返った。「○○さん?・・・よね?」怪訝そうに伺うようにひとりの背の高い女性が、僕を従えている。確かに見覚えの在るその声は、すぐさま僕の記憶を呼び覚ました。驚いた。あまりにも驚いた。「ああ・・・」僕は声にならぬ声をあげた、はずだ。「・・・えっ?・・・どうして、ここに?」僕にとってあまりにも意外な異性が、そこに居る。僕の古里、に。彼女の郷里は確かこんな地方ではなく、東京、関東近県だったはずだ。なのに、どうして僕の古里に彼女は居るのだろう。めまぐるしく僕の脳細胞は流転、した。ちょっと面食らって混乱をきたす一歩手前、だったかもしれない。それほど僕は、この意外な十何年振りの再会に驚いたのだ。そう、その彼女とは、かつて僕が心から愛した半同棲生活みたいな事もしたことのある、あのふたつ年上の、堀辰雄を好んで読んでいた女性であった。
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January 28, 2006

小林秀雄×三島由紀夫

小林秀雄 
 『小林秀雄対話集』講談社刊拠り。ひとつの試みとしての抽出。
 三島由紀夫『金閣寺』に就いての小林、一考察。
「僕は、あれを読んでね、素直に言うけれどね、君の中で恐るべきものがあるとするならば、君の才能だね。(中略)つまり、「あのひとは才能だけ」っていう、(中略)何かほかのものがないっていう、そういう才能ね、そういう才能が、君のように並はずれてあると、ありすぎると何かヘンな力が現れて来るんだよ。魔的なもんかな。君の才能は非常に過剰でね、一種魔的なものになっているんだよ。僕にはそれが魅力だった。あのコンコンとして出てくるイメージの発明さ。他に、君はいらないでしょ、何んにも。(中略)つまり、リアリズムってものを避けてね、実体をどうしようというような事は止めてね。何んでもかんでも、君の頭から発明しようとしたもんでしょ。(中略)あのなかに出てくる人間だって、(中略)あの小説で何んにも書けてもいないし、実在感というものがちっともない」

kazekaoru at 22:03|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!文学 

作り手の思惑とは明らかに違う解答が、大正解という摩訶不思議なお話し。

 今冬、大学入試に関するミスが相次いでいる。ミスの大小に関わらず、もしやその後の人生を大きく左右されかねない事態に至るやしれぬ問題、背景を孕んでいるのだから、関係者らは猛省、すべきだと私はこれらニュースを見聞きし、感じた。

*Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <教科書訂正>センター試験に出題 救済措置なし
*Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - センター試験 リスニング不具合プレーヤーの傾向と対策

 実際、受験勉強なるものは孤独なものだ。私も烈日な過去が想い出され、こういった記事を見聞きすると、気持ちの良いものではない。かつて随分、過去の話しで恐縮なのですけれど、中学時分だったでしょうか、国語の試験で、設問に、ある小説の一節が抽出され、この小説における主人公の心持ちに最も沿う文を択一式の中から選びなさい、みたような問題が出された。この時、出題の小説は私の畏敬の作家の先生の作であった為、自信を持って解答したところ、不可、であった。のち、担当の教師に抗議、みたいなことを言ったところ、そういう解答、いわゆる模範解答がそうなのだから、しかたあるまい、と抗弁され、全く合点がいかなかった。分けても想い出すのは、私が大学生時分、国営の教養講座にて、さる作家の先生の特集が組まれ、勘考が動き、見ていたところ、くだんの先生、大学の入試問題に事後承諾で自身の作が出題された過去の話しを持ち出され、まさしく興味本位でその問題を解いてみたところ、全く、「自分が思考したところの感覚、或いは言わんとしたこととは別の解答になっており、驚いた」と仰られておられた。そうして「世の中と私にはすなわち、そのくらいズレがある」とやんわり笑い話しに転化されておられたけれど・・・。

 これらは一事例にしか過ぎぬもので、まだまだずさんな試験体制に対する例は枚挙にいとまがない。関係各位様は果たしてきちんと問題に出す事柄の予習・研鑽をなさってらっしゃるのかしら?検定って一体、何を検定なさってらっしゃるのかしら?

 降雪の最中、想い想いの自身の将来を、この日に託して試験会場へと赴く若者達。統計学における棒グラフの誤りさえ気づけぬ浅学さ。いざ本番で聞き取れないプレーヤーってなんなのさ!!

 それにしても作者自らが、こうだろう、と選んだ解答が間違いとは、一体・・・?、もしや、設問の答えの中に、こうだと想うものすら無かったとしたら・・・?、そんな回答を導き出す教科書など、なんの値打ちも無い、と想わずにはいられない。勿論、物語は読み手によって、その色合いが万化するものだと察してはいても、作者自らが問いても正解を得られない答えって・・・・・。ものを書く身として、誠に哂えない話しではあります。



January 26, 2006

『金閣焼亡』小林秀雄の文献から。

小林秀雄
***小林秀雄「金閣焼亡」について
 古い文献をまさぐっていたところ、かの世に「考えるヒント」「無常といふ事」で名高き、小林秀雄の評論集が出てきました。しばし、黙読。すると、興味深い評論作が。三島が「金閣寺」を上梓する以前、書かれた「金閣焼亡」という論文。そこには、すでに今から60年以上も前に、現代の狂気とも言うべき有りようを、示唆した文章がしたためてありました。以下は、その文章の抜粋とともに、私なりに想う感慨です。
 金閣寺焼失事件は、実際に若き寺僧が起こした事件です。犯行の「動機は、美に対する反感にあった」「悲しい哉、現代は狂人に満ちている」犯人は「意思を病んでおり」「人間を、まず信じないことを欲している」犯人の性格を鑑み、そこから(当時の)現代において、常識とされている事柄に疑問を投げかけ、「金閣放火事件は、現代における、まことに象徴的な事件」ですと結んでいる。
 私が着目した文章は、その小林氏が自ら、その春、訪れた金閣寺での境内風景。「境内は、何ひとつ変わっていなかったが、見物の方には、新風俗が見られた。青ゴケを踏みにじり、女を追う紳士。赤松によじ登り、下のカメラにポーズする女性。石を拾い、池に向かって、ピッチングの練習の如きものをする学生。鹿苑寺の番人達は、声を嗄らして怒号するが、衆寡敵せぬ有様で、誠に見るに忍びなく」
 金閣という建造物を前にしての、境内。氏が、新風俗と評した一群は、まさに、この現代の社会の縮図。そこから、また古い建造物を燃やす輩が現れてもおかしくないし、ましてや人殺しの殺戮を起こす者が現れてもおかしくはない。いつの時代でも、そういう輩は居るものだ、と言ってしまえば元も子もないけれど、人が育っていく環境にあって、いにしえの物や、荘厳なるものに対する、尊ぶべき精神は、境内の彼らからは微塵も感じられない。ましてだいの大人であろうのに。 
 現代は狂気と「狂人に満ちている」。この一文は、きっとそんな境内の一群を指して、発せられたものであろうと想う。
 時代を経て、平成の世になり、今では毎日のように、顔を背けたくなるようなニュースが後を絶たない。氏が、もし存命ならば、今の日本に対し、どんな文章を編まれるだろう。「境内」という単語がもしや「日本」という固有名詞に変更されていたら・・・・。いや、それだけは勘弁願いたき、我が一存ではあるけれど・・・・。






January 25, 2006

矢沢永吉的生き様

矢沢永吉
 僕の長らくの友人の一人に熱狂的な矢沢永吉ファンが居る。信者、と置き換えても良いほどのファンで地方公演がある度に仕事をさぼって見に行っている、そうだ。「歳を重ねるごとに渋みが増してきて、何より俺のカリスマさ」と彼は真顔で言う。「この歌がいい」とか「この詩が良い」とかそう、いった次元を超えていて「ただたんにそこで歌っている矢沢を人目見れれば、それが矢沢そのもので良いのさ」となかなか一元的ではない、その言いように僕はひとりごちさせられた。・・・・ただたんに歌っているだけで良い、のか?、言葉とはかくも象徴的、なり。有る事件に巻き込まれ、騙され莫大な借財を背負い、一昨年、それらを完財し終わり「人生のなんたるかを知った」とどこかのインタビューで語っていた矢沢。確かにそこにはハードロッカーとしての生き様が見え隠れしているような気がした。

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January 23, 2006

この、怖れの真ん中に在るもの−「サトウハチロー・カミュ・三島由紀夫」

   夕立に
   雨戸をしめた
   あだすがた
    ・・・ひとりかね 気になるね
 
   風が出て
   なほなほはげしい
   雨しぶき
    ・・・ひとりかね 気になるね

   ゆられつゝ
   ぐつしより濡れた
   つりしのぶ
    ・・・ひとりかね 気になるね

   夕立が
   やんだよ 雨戸を
   あけないね
    ・・・ひとりかね 気になるね

       サトウハチロー『ひとりかね 気になるね』


カミュ 
 本日は三島に関する論考を読んだり、アルベール・カミュの論集を紐解いたり、そうかと想えば在京の妹が両親の墓参りに帰って来た為、空港のロビーで待つ間、このサトウハチローの詩集を拡げたりと、ほんにその世界観、広範なる地平を行ったり来たりしておりました。
 わたしはいつも、こう、なのです。ひとつところに留まっていられない。読み終えたならひとまず感慨ごちて先へ行く。ぼんやりしている時が、少ない。この所作は、自分がまだまだ確立していないと、暗にわたし自身が想っている証拠みたいなものなのか、どうか?・・・・・・。空虚であることに怖れを感じてしまうのです。        

思惟的なもの、そこに滲む概念−「井上陽水」

陽水
 アーティストは恒に詩というものに、思惟的な想いを滲ませる。たとえば井上陽水。彼はその旺盛に楽曲を編み出していた頃、一見、平易に想える詩の中に、ひとつの確かな陽水流とも言うべき世論に対する感覚を示していたし、それは明らかに当時の若者に一種の衝撃を与え、浸透させうるだけの価値観をも有していた。

 ***
  夜中にデイトした 近くの公園で
  たしかめあっていた おまえと俺の愛
  ・・・・・・
  なんだか 俺達がとっても悪い事
  している様に見た つめたい顔で見た
  どうして悪いのだ 愛している事が
  いつでもそばに居て 愛している事が
           『断絶』より

 ***
  街は静かに眠りを続けて
  口ぐせの様な夢を見ている
  結んだ手と手のぬくもりだけが
  とてもたしかに見えたのに
  もう夢は急がされている
  帰れない二人を残して
   陽水・清志郎作詞『帰れない二人』 

 ***
  真っ白な陶磁器をながめては飽きもせず
  かといって触れもせず そんなふうに君のまわりで
  僕の一日が過ぎてゆく
      小椋佳作詞『白い一日』

 ***
  父の湯飲み茶碗は欠けている
  それにお茶を入れて飲んでいる
  湯飲みに映る
  自分の顔をじっと見ている
  人生が二度あれば この人生が二度あれば
           『人生が二度あれば』

 挙げれば切りがないのですが、詩作者は詩一篇その只中に、いわば自身の宇宙、思想なるものを織り込むわけで、この宇宙なるものを丹念に紐解いてみようとする、こちら側の思惑はこちら側の接し方によっていかようにも万化するはずなので、これら思惟的詩文は読んでみても、ひじょうに感銘深く心地良い。

 ***
  誰か指切りしようよ 僕と指切りしようよ
  軽い嘘でもいいから
  今日は一日はりつめた気持ちでいたい

  小指が僕にからんで動きがとれなくなれば
  みんな笑ってくれるし
  僕もそんなに悪い気はしないはずだよ
           『氷の世界』

 ***
  テレビでは我が国の将来の問題を
  誰かが深刻な顔をして しゃべってる
  だけども問題は今日の雨 傘がない
  行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
  君の家に行かなくちゃ 雨にぬれ
           『傘がない』
 
 僕もあやふやながら中高時分、コードを読み楽譜を睨み、アコースティックギターを傍らにこれら詩を歌っていたものだけれど、それら時分はいまでは遠い闇の中に沈んでしまったかのように記憶としてだけ存している。
 だが、これら思惟的詩は、いまだ僕のある片隅にひっそり閑としながらも留まっている。いい詩はやはり時代を超えてもいい詩、ですね。

 

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January 20, 2006

『山の音』と堀辰雄をこよなく愛した、さる女性・その7

堀辰雄 
 僕は一時、酒に溺れた。在る先生から「酒はいけません。思考能力を減退させます。」と言われ「判ってますよ。」と管を巻き、それが元で疎遠にまでなったことも有り、「ああ、もういけない」としばし想うのだけれど、またつい喉が酒を欲、する。頑是無いことの繰り返し。内臓は手ひどくただれて生涯何度目かの長期入院生活を余儀なくされる羽目となってしまった、のでした。
 病院のベッドにひがな一日横たえていると、空虚な気配が漂ってきて、僕自身を苛立たせる。薄紅色のカーテンがさらさらと音も無く揺らいでも、それを見やる弱者が邪念に覆い尽くされていては、美しき創造物は訪れない、だろう。「・・・・・・このままもう俺も終い、かな?」ふと、起こる想念。まだまだ世情に興しておきたい文章は五万とあった。あったが、それもこのまま終いなら、「己もこれ」までさ、と諦めるしかあるまい。ほんにそれでは我が生涯は頑是無いままで終わることになるだろうけれど。
 看護師に、睡眠剤を嗜好する。強請る。無碍に断られる。「駄目ですよ。癖になります。いえ、先生は既に慢性的な常習者じゃないですか?」と嗤われる。「そこを曲げて」とおねだりすると看護師は、「もう、本当に困ったかたです」ねえ、などと想われるかのような顔を繕いながらも、「それでは半分、にして」さしあげますから、とふたつに折れたもう一方の塊をオブラートに包んで持って来てくれた。
 じいっと、この一塊のパピナールであろうか、錠剤を手の平に乗せて見やる。立派に深い常習者ではあろう。長い付き合いで十代の頃から口に含んではいる。或る時、辺りが暗く、漆黒の最中に至った時刻、傍らの睡眠剤の入った小瓶を眺め、ひとり思案に暮れたことが在る。この錠剤をそれこそ一息に小瓶丸ごと飲み干せばなるほど安楽ではあろうなと想う、こと自体が畏怖。凄まじき葛藤。かの文学者は、この場面からその想いを実践してのち、息絶えた。こういったものが市井の者にさえさも簡単に手に入るこの国こそが異常かもしれん、などと下らぬ感覚が忍び寄ってきたせいで事なきを得たが、それにしても物書きなんぞ、なんと、か弱き小動物であろう、ことか。
 余りにも同室の病人が口煩いので、部屋を個室に変えてもらった。ところが、どうだろう?、個室に移行してのち、看護師や担当の医師らが、僕を見舞ったのち、いやにひそひそ話しが増えたように感じられてひとりごち、した。そのうち、僕が尿意を催しトイレに立ったり、屋上へと階段の手摺に手をかけたりする度に「どこへ行かれます?」などと聞かれ始める。どうやら看護師らはどこぞの訳知り顔の誰かさんに言い含められて、僕の挙動を監視している、らしい。物書きが皆、そうとは限るまい。だが世間の人々はそうは想わない、らしのです。「ああ、ここでも」と僕は想いたって、その看護師らの目を抜ってひとり、街へ出た。向かったのは古書店。ガタガタと立て付けの悪い門扉を潜って訪れた古書店に入るなり、僕は漸く喉につかえた小骨の先を掴みかけた子供のような、安堵した気分に支配されたのでした。
 本の匂いは良いもの、です。恋愛ごとの蜜事よりも古書の只中にある方が、僕にはやはり安穏と心安い気分に浸れます。僕を幼い頃から、幾度と無く黄泉の国にいざなおうとする文学世界、なのですが、その綾織る世界の只中にこの身を留まらせていると不思議に落ち着いた心持になる、ことも事実なのです。
 僕は、生涯何度目かの長期入院生活を余儀なくされる羽目となってしまった。だがやはり、かれら多くの書物達は自身をきっと鼓舞してくれたのでした。彼らに「わたしはきっとご恩返しせねばならない。」病院に帰室後、看護師にこっぴどく怒られながらも、僕の心はしばし安穏の時を慰撫するかのように、晴れておりました。





『山の音』と堀辰雄をこよなく愛した、さる女性・その6異文

キリスト
 僕は、恒にどこか先細りしてしまいそうな窮屈で真っ暗な洞窟を当ても無く彷徨うているかのような、そんな閉塞感に脅かされて生きてきた。生み出す言語は恒に陳腐に想えたし、これじゃあ駄目だ、と声を荒げ自身を鼓舞しても、また澱みない空気はどこからか忍んできて、それはまた屈託のない澱みだったから、僕は定めしそんなメランコリックな自分が厭になり、なんどこの世にバイ、しようとした、ことか。
 真っ直ぐには歩んで来れなかった。ただ逸脱の地平の只中でじっと塞ぎ込んで、例えばこの頭を両手で抱え込んでいるかのような状態だけに固執、する気もなかった。中途半端、なのさ、と僕が僕を憂う。だけれども自分らしくとひとは殊更に言うけれど、その自分らしくなるものの実態が掴めぬものは、一体どうしたらいいのかな?。
 僕は恒に揺れて生きてきた。そんな路の在る最中、僕はいろいろなひとに恋をしたけれど、揺れている僕に終いには辟易して、みんなこの胸中から去っていった。
 僕は恒にがむしゃらでいたかった。このがむしゃらこそ、明日の己を興たすと本気で想っていた。灰色の観念こそ、欺瞞である。中庸の思想こそ、僕が忌み嫌う観念、だ。僕はどちらかの人間でいたかった。逃げもせず畏れも知れずはっきりと自身の心根を表明、する。僕はそんな人間でありたかった。
 嘘、偽りのない聖地へ。だがもう一方ではそんな聖地などこの世に無いことくらい知っていようわたしを僕は重々了解、している。「甘いんだよ、君の書くものは」ほらそら、また聞こえてきた。訳知り顔の批評家さん。
 僕らは自身に惑わずに生きていける人間、なんてこの世に存するはずがないと想って生きている。だがどう、だろう?、ただ欲望の渦の中に存する人間は果たしてこのカテゴリーが当て嵌まるだろう、か?、「そのときだけの事象に過ぎない」そう、言うだけなら事は簡単、でしょうけれどね。

  あくる日も
  あくる日も
  夜は明けない
  あっさりと
  A positive rises again
  陽はまた昇るなんて
  言語
  使わないでおくれ

January 19, 2006

再掲;含み笑いの太宰、それを咎める三島。在るときかのひとはこう、言った。「ふたりは似ても似つかぬ顔をしているが、実は双子でね」

三島 
 学生時代、何事にも一旦凝りだすととことん探求してしまわなければ気がすまない性質を有する私がこよなく愛した作家のひとりといえば、太宰治だろう。とんと世間の耳目を引かなくなった文学の世界においていまだに読み継がれているという事実、それはつまり太宰のつむぎだす登場人物達がそれだけ読み手の言わんとする想いを代弁しているからに他ならないのだと想う。時代を超え普遍的に通用するその思想、それはそれで大変な驚異なのだけれど初作品の「晩年」(処女作なのに晩年とはいかにも太宰らしい)、「人間失格」「走れメロス」「津軽」名品は数しれどわけても私が最も好んで幾度も読みかえしている作品といえば「女生徒」である。十代の女の子の心根を終始、しかも女の子の言葉で語られたこの作品は、当時の私には衝撃的だった。dazai
見てくれは男なのに、何故、これほど女性の感覚で物語ってゆけるのか?ある時、ある作家の先生は私達にこう言った。「思い描いた主人公、若しくは登場人物達が、彼ら彼女達の想い、言葉で勝手に動き出してゆく、そういう感覚にとらわれることができるようになることこそ、才能の発露といえるものでしょう。」つまり才能無きものは去れ、ということなのだけれど、この先生の断によれば、太宰はこのカテゴリーにピタリとあてはまる作家のひとりということになる。太宰 
 往時、かの三島由紀夫の太宰嫌いは有名な話しで二人がある料亭でばったりと落ち合った時、三島は太宰に面と向かって「私は貴方が嫌いです。貴方の書く小説は文学では無い」と言い放ったらしいが、三島の嫌った太宰の側面とは、案外この一人歩きする登場人物達の勝手さにあったのではないのか、と想うのは果たして私だけだろうか。秀才で神童と呼ばれた三島の心根を、私なんぞが明瞭に知る術も無いが、太宰が人間のある暗部をえぐりだしていた事だけは事実である。mishima
後年三島は、そしてそれに先立ち太宰も、死に急ぎたがる日本の作家のご多分にもれず自殺してしまうけれど、今よりもきっともっと暗澹としていた時代のアンチヒーローとして太宰はこれからも歴史に埋もれてゆくことなく人々の心に深く根ざし続けるだろう。普遍的な人間の共通項、それを抉り出し描写することも同時代に生きる、作家の使命のひとつです。

January 18, 2006

「・・・だけど、独りっきりは厭よ」と彼女は言った。

5b4517a0.jpg   この世には一体、楽園などという聖地があるのだろうか?、この心根がその境地に到達すればよいのだ、と看破した風のくちを聞く論者もいるが、そうそう、そういった境地に到達できようとは想えない。久方ぶりに、YE/MONの『楽園』を聞いて、ひとりごちしてしまった。そのどこかせつなげな曲調とボーカリスト・吉井和哉の声が好きで以前はよく聞いていた。さしずめ彼は、私と全くの同年齢で、生き様は無論違って当然なのだろうけれど、生きてきた時代が同じというのは、どこか同じ目線に立てるという、共有感はある。吉井和哉の描いた楽園とは、果たして私がかつて考えていた楽園と否なるものか?、私のあまつさえ、楽園への旅はまだまだ続く。
 
  君が望むのならば淫らな夢もいいだろう
  掃いて捨てるほど愛の歌はある
  過去は消えないだろう未来もうたがうだろう
  それじゃ悲しいだろやるせないだろう
  いつも僕らは汚されて目覚めてゆく
  MAKE YOU FREE 永久に碧く
     YELLOW MONKEY『楽園』より

吉井
 「楽園、なんて無いさ。楽園なんてものが在るなんて考えている輩の気が知れねえ」「けど、ひとってそういうものに憧れるものじゃないの?」「よせよ。夢にだって見たかねえよ。楽園、なんてものに憧れる奴なんて、大抵、自分の器量に自身がねえ奴が、謳う戯言、なんだよ」「相変わらず、夢が持てないひとよね、あんたって」「おう?、そう来るか?、じゃあ何か?、お前は楽園なんてものがあったら行く気になるのか?」「そうね・・・・・・在ったらね、在ったら、私はゆくわ」「ふうーん、お前、独りでか?(にやり)」「ご冗談!!、独りじゃ行かないわ、独りじゃ絶対、寂しいもの」「じゃあ、誰とゆく?」「決まってるじゃん」

 今が盛りの恋人同士にとってはそのふたりだけの空間が、言わば「楽園」だろうけれど、悲しいかな、私にはそんな感覚を有せる時が縁遠いものになってしまった。形が違えども、今も私の「楽園」への疾走は続く。迷う、ことは無い。悲しむ、ことは無い。今の私にも私なりの「楽園」は、きっと在しているのだから。

kazekaoru at 08:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!楽曲