January 19, 2006

再掲;含み笑いの太宰、それを咎める三島。在るときかのひとはこう、言った。「ふたりは似ても似つかぬ顔をしているが、実は双子でね」

三島 
 学生時代、何事にも一旦凝りだすととことん探求してしまわなければ気がすまない性質を有する私がこよなく愛した作家のひとりといえば、太宰治だろう。とんと世間の耳目を引かなくなった文学の世界においていまだに読み継がれているという事実、それはつまり太宰のつむぎだす登場人物達がそれだけ読み手の言わんとする想いを代弁しているからに他ならないのだと想う。時代を超え普遍的に通用するその思想、それはそれで大変な驚異なのだけれど初作品の「晩年」(処女作なのに晩年とはいかにも太宰らしい)、「人間失格」「走れメロス」「津軽」名品は数しれどわけても私が最も好んで幾度も読みかえしている作品といえば「女生徒」である。十代の女の子の心根を終始、しかも女の子の言葉で語られたこの作品は、当時の私には衝撃的だった。dazai
見てくれは男なのに、何故、これほど女性の感覚で物語ってゆけるのか?ある時、ある作家の先生は私達にこう言った。「思い描いた主人公、若しくは登場人物達が、彼ら彼女達の想い、言葉で勝手に動き出してゆく、そういう感覚にとらわれることができるようになることこそ、才能の発露といえるものでしょう。」つまり才能無きものは去れ、ということなのだけれど、この先生の断によれば、太宰はこのカテゴリーにピタリとあてはまる作家のひとりということになる。太宰 
 往時、かの三島由紀夫の太宰嫌いは有名な話しで二人がある料亭でばったりと落ち合った時、三島は太宰に面と向かって「私は貴方が嫌いです。貴方の書く小説は文学では無い」と言い放ったらしいが、三島の嫌った太宰の側面とは、案外この一人歩きする登場人物達の勝手さにあったのではないのか、と想うのは果たして私だけだろうか。秀才で神童と呼ばれた三島の心根を、私なんぞが明瞭に知る術も無いが、太宰が人間のある暗部をえぐりだしていた事だけは事実である。mishima
後年三島は、そしてそれに先立ち太宰も、死に急ぎたがる日本の作家のご多分にもれず自殺してしまうけれど、今よりもきっともっと暗澹としていた時代のアンチヒーローとして太宰はこれからも歴史に埋もれてゆくことなく人々の心に深く根ざし続けるだろう。普遍的な人間の共通項、それを抉り出し描写することも同時代に生きる、作家の使命のひとつです。

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1. 言葉。喰らう、喰らわれる。  [ 想 ]   January 21, 2006 23:42
「太宰 vs 三島」ということすら考えたこともない私ですが、 御二人の著作は少しは読んだことがあります。 風さんの記事、そしてコメントで、少し想い起こしたことがあります。 >太宰はこの心根、ほっと出た言葉を綾織ってゆく。三島はそこからその言葉に肉付けをす....

この記事へのコメント

1. Posted by まっく   January 19, 2006 22:13
風さん、こんばんは。
大異論があることは承知で申し上げれば、三島は地上の構築物、太宰はフワリと浮遊物体というのはいかがでしょう?
学史にも疎いのですが、太宰にとって三島なぞは他と同じく実在などしていなかったのでは、と。
三島の太宰嫌いは、理解出来ない太宰という「存在」に対する悔しさゆえだったのでは?とも愚考致します。
まっく
2. Posted by 風友仁   January 20, 2006 08:36
「三島は地上の構築物、太宰はフワリと浮遊物体」
 太宰はあらぬことをさもありなんとした言葉で、世のか弱き人々を黄泉の国にいざなってしまう。三島は、そんな輩が大っ嫌いで、嘆くよりも吼えることの方が好み。文体で察すれば、太宰はこの心根、ほっと出た言葉を綾織ってゆく。三島はそこからその言葉に肉付けをする。僭越ながら、わたしの文体はこのどちらにも属しません。三島は太宰が本当に嫌い、なのでした。わたしにはこの感覚、いまだに興味が尽きません。まっく様。風友仁

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