February 13, 2008

アブサン・聖なる酒の幻/クリストフ バタイユ/辻邦生/堀内ゆかり

アブサン・聖なる酒の幻/クリストフ バタイユ/辻邦生/堀内ゆかり

1871年2月、普仏戦争末期クリューズ渓谷にあるジュー城塞。
ドイツ軍との消耗戦のさなか、ジャン・マルゼは地下倉庫でアブサンの原料である乾いたリンドウの花弁が詰まった大きな袋を見つける。餓えた兵士達は酔ったように死に絶え、からくも生き残ったジャンは無言で独り戦列を離れ生まれ故郷ロット県サン=シール=ラポピーに戻る。
しかし故郷のぶどう畑はフィロクセラによって壊滅していた。ジャンは妻子を残したままアルゼンチンのブエノアイレスでバーテンとして働く。この海のような眼差しをした男はやがて妻子を見捨てて現地の女と結婚し一子を儲けるが、アブサン製造に手を染めたジャンは再び独りフランスへと戻る。

1900年代初頭、南仏プロヴァンス地方ラ・カディエールの村。
棘のある潅木、銀色の小鹿、魔法の泉…まだ少年である私は世話係のマリーと一緒に秘密めいた幸せな散歩を楽しんでいた。その潅木林を抜けた白い石灰石の断崖の上にはアブサンを造っているジョゼの家があった。肉付きの美しいマリーは彼女の手を取り頬にキスもする大男と彼のアブサンを怖れた。
測量技師で鉄道建設に携わる父と地元育ちの美しい母、アブサン好きの陽気な男メドナンはジョゼの家に集い、彼の話に酔いながら夢のような時間を過ごしていた。

ある朝、マリーが突然いなくなり、両親とジョゼは九歳の私を慰めるためにアブサンを浸した緑色の角砂糖を舌にのせた。アブサンがもたらす神秘への愉悦は少年を慰めた。
かすかな燐光が漏れる地下実験室ではアブサンが醸造されていた。
フラスコ、蒸留器、S字管、ろ過装置の中でニガヨモギ、リンドウの花弁等を原料に色とりどりの酒精から生じる幻想が醸し出されてゆく。
ジョゼが視線を遠くに彷徨わせながら作業を行っている…。

魂を失いつつ生じるもの、それが不在(アブサン)なのだった。

1906年、議会で禁酒法案が提案されアブサンも追加されるが否決。
1908年、向精神作用のあるツジョンがベースの酒の禁止が承認されるがアブサンの早急な禁止は見送られる。
1911年、二人の憲兵がジョゼの家を訪れる。彼らはアブサンに蟲惑されながらもその危険性を調書に記した。
1914年、モロッコでアブサンが禁止される。6月のサラエボ事件を契機に世界大戦が始まる。アブサンへの締め付けが進んでいた。ジョゼはひっそりとアブサンの製造を続け、ラ・カディエールの村人もそのことを話題にしなかった。

母ルイーズはめったにアブサンを口にすることはなかったが、ジョゼの語る物語を詳細に書きとめていた。
父クロードはもともとアブサンに興味を持っていて詩篇を収集していた。夜半に低い声でそれを妻子に読み聞かせることもあった。
ジョゼの実験室で女の喘ぎ声が響いていた「アブーサン…アブーサン、アブサン…アブ……」女はその言葉を無限に繰り返した。私にはジョゼに愛撫されているのが失踪したマリーのような気した。

1915年3月17日フランス国内でのアブサン製造、流通が禁止された。ジョゼはそのころひとりの見習いを雇っていた。憲兵が彼の家を捜索に訪れたときには中はもぬけの殻で、先日まで行われていた神秘のすべては消え去っていた。

1944年夏の戦闘で破壊された廃屋の中から若くして病に斃れた父クロードと母ルイーズのノートが詰まった青い鞄を見つけた。そこにはジョゼの物語のすべてが書きつけてあったが、戦後になってそれらのノートはどこかに消え、私はすべてを思い出すことができない。


十九世紀の芸術家達を魅了した魔酒アブサンは1981年、WHOがツジョン残存許容量10ppm以下を承認し、2005年3月1日には正式に解禁。
でも、現在市販されているアブサンで夢を見ている芸術家はいなさそう。クリストフ・バタイユ自身も「飲めば幻滅するだけだろう…」と言ってるので、悲しいけどそういうものだろうと思います。
著者が香水会社研修中に書かれた作品です。向精神作用のあるものを作り出すという点で香水製造はアブサン製造に近いものがあるかと思います。

とりあえず、この本にはアブサンについていろいろ歴史的な史実が書かれてるので、至極ファンタジーな酒造過程もなんとなく本当のように錯覚しますが、本書のアブサン製造方法はまったくのでたらめ。


アブサン
ラ・カディエール
普仏戦争
第一次世界大戦

kazeki_gisyo at 14:47│Comments(0)TrackBack(0)小説 

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