2007年08月29日

Screaming Headless Torsos

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・Screaming Headless Torsos / Screaming Headless Torsos

え〜ちょっと更新が滞ってますがちと私的な事情で忙しくなってきてしまいまして、そこら辺ぬるく見守っていただけるとこれ幸いかと。んで記事の方はブラッキーな音繋がりでまだまだ行ってみたいなということでね、出て来て頂くのがScreaming Headless Torsosの1st『Screaming Headless Torsos』で御座います。自他共に認めるニッチミュージックフリークな私で御座いますが、ことブラックミュージックなんてものもモロそういう傾向の対象でありましてエモーショナルな音楽に対してはそれ相応の敬意を払いますが基本的に黒人音楽は敬意を払うべきではあるが、実際問題“愛情を注ぐ対称”ではないんですね、僕にとっては。だから結局戻ってくるのはロック的だったりとかポップ的な所だったりね。要はあんまり深い所には興味が行かないんですがそれなりに良い所とか好きな所はあったりするので、そことのバランスの取れている物を日夜探しているんですけど、これが中々難しい。基本的にロックやパンクなどと違って肉体依存の傾向が強いし、競技人口の規模が大分異なっているのでバリエーションに乏しい上に元々チャート的にも分かれているジャンルなので中々探りにくい。ましてや近年の黒人音楽の傾向は単に歴史を繰り返しているだけのだったり、人生の安売りの道具になっていたりとまぁロック化が激しかったりするんです。リィシューに関しちゃ「ただレアなだけ」の物がわんさと大挙し財布を狙ってくる。そんな状況に対して価値のある作品やリィシュー物を探し出すのは結構一苦労だったりする訳です。そこでこの作品のリィシューというのは非常に意味があったんではないかと(レア度合いとしては輸入盤が普通に流通しているので高いとは言いがたいんだけど2007年最新リマスタなので)。Screaming Headless Torsosというのは昔風に言えばクロスオーバー系ギタリストであるDavid Fiuczynski率いるファンクバンドでありまして、この95年の1stは名盤中の名盤であります。思えば95年といえば前年ベックが「ルーザー」で衝撃のデビューを飾った年でもありまして、何かこう80年代のアメリカンアンダーグランドとグローバリゼーションのポジティブな影響が交差し爆発した年でもあると思うんですけど、こういった流れでも語れる作品としてもこの作品は重要で、グルーヴと刺激という言葉に忠実に選び抜かれた音楽的要素はレゲエやラテン、ファンク、それを取り込んでいったミクスチャー勢のメタリックな意匠は勿論、捻じ曲がったジャズ系のギタリストであるフュージンスキーならではのサイケデリック感覚、フュージョンらしいめまぐるしくスリリングな曲の運び等々まさしくこの時代の良い所が余すことなく出ている。フュージンスキーのプレイを取ってもアランホールズワースの様なピロピロ系(笑)じゃなく適度にロック的快感を塗した親しみやすいものでグルーヴ満点のリズム隊とのバランスが良い。あとカヴァー曲のベタなセンスもこの時代ならではのなにか壁が崩れ去った瞬間気分を切り取っていて面白い。つまりニューウェーブやポストパンクの使いまわしも一段落して再びどん詰まり感のある昨今のポピュラーミュージックシーン(特に洋楽)に親しんでいる我々にとっては実りと潤いのあるものなのではないかと思います。ちなみにリマスタリングについては24bitリマスタリングでリズム隊の芯の強さみたいなものは分かりやすくなっていて割りと初心者向けの親切な方向性で纏まっていると思いますのでこの機会にまだの人は是非に。

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2007年08月23日

Game, Dames & Guitar Thangs

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・Eddie Hazel / Game, Dames & Guitar Thangs

ブラッキーな音繋がりっつことで今日は雨のおかげもありましてちょっと涼しかったかななんて思う訳でありますが依然として連日灼熱地獄、コンクリートジャングルに居を構える身と致しましてはこういうどす黒くてぶっといグルーヴにでも身を任せてないとやってられんぞってな訳で出て来て頂くのがEddie Hazelの1stソロ『Game, Dames & Guitar Thangs』であります。なんだか結構廃盤の時期が長くて2004年に11曲入りだかで限定再発してようやく去年パーマネントな形でのリィシューが達成されたという代物なんでございます。まずEddie Hazelというお方は言わずと知れたジョージ・クリントン率いるファンカデリックのリードギタリストで、アルバム『Maggot Brain』のタイトル曲における彼のプレイは「ロック史上最高の〜」なんてお決まりではありますが最大級の賛辞が送られる類の物である、なんつーのはちょっと探せばネット上いくらでも出て来る様な文言でもはや常識の範囲内でありますな。思うにはファンカデリックってのは割りと市場的にも音楽性的にも「黒人による黒人のための黒人音楽」というタームを打ち破ろうとする連中の中では最初の方に存在したプロジェクトでJBやカーティスとかの黒人啓蒙系のアーティストと違って完全にジミヘン寄り。ウッドストックだのサイケデリックだのという狂騒ともいえるムーブメントに素直に「ええやん。俺らこっちのステージで注目浴びたいわ」と思っちゃった類の人達の音楽。だからリズム隊は当然としてもギターは最も重要なファクターとなる訳です。そういう要求に見事答え、それ以上の成果と評価を残したのが彼、Eddie Hazelだったわけであります。そんな彼の77年発表の1stソロアルバムなんですが、ちょうどファンカデリックがウエストバウンドからワーナーへ移行する時期の境目でありまして暇だからいっちょ作ってみたな感覚濃厚な一作であります。だからと言ってあのブルーズでもR&Bでもメタルでも無いギターは健在。いきなりスライから頂戴したベースラインに乗って始まる冒頭のディープファンクはワーナー以降のパーラメントとの境目が曖昧になっていったファンカデリックでは聴けない物。参加メンバー自体はいつものP-FUNKの面子なのでどの曲もジャムセッションを切り取ったような感覚が濃厚。それが最も出てるのはビートルズのカヴァーで、重い原曲の雰囲気を重心の低いグルーヴと女性コーラスで打ち消しながら弾きまくるヘイゼルは滅茶苦茶格好良い。これは僕が聴いたビートルズカヴァーの中でも相当好きな一曲です。ハードロックでもないし、緩い黒人音楽なだけでもない。独特のテンションの高さで爽快な気分になる。真夏の熱帯夜のお供に是非ビッタシな一枚ではないでしょうか。

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2007年08月17日

Streetsoul

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・Guru's Jazzmatazz / Streetsoul

あっちーですわね・・・なんだか観測史上最高の暑さが記録されたとかね、もう聞くだけでやる気が減退しますわな(笑)つーことで聴きたくなるのはブラッキーな音、というわけでありましてね。出て来て頂くのが我心のヒップホップユニットであるギャングスタのMCである所のGuruさんのソロ企画「Jazzmatazz」シリーズ第三弾の『Streetsoul』で御座います。この「Jazzmatazz」シリーズその名に違わず80年代末にヒップホップを活性化させる新たな材料として再発見されたJazzをヒップホップ側から、そしてもっと歩み寄った形で取り組むシリーズで御座います。でこれが第三弾ということではその前に2つあったわけですけどもこれが二つともアコースティックジャズ寄りの作品でありまして名盤とされているんですけども私自体がアコースティックジャズには「マジ興味ねぇ」人なんで「ま、まぁこんなもんよね」ぐらいの感想しか抱かなかったんですけどもこの第三弾はかなりエレクトリックジャズ寄りでファンク度高しっつんで買ってみたんですけどこりはえがったですね。基本的に企画ものなんでゲストメンバーは超豪華。NERDのファレル、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、アンジー・ストーン、ジェイ・ディー、そして御大ハービー・ハンコック。ブラックロック系からクラブミュージックの巨星、同じ東海岸勢の後輩、ネオソウルの旗手、ヒップホップの鬼、そしてエレクトリックジャズレジェンズを取り揃えたこのメンバーが揃って悪い訳が無い!ってなるんだったら世の中簡単なんです(笑)この如何にも金かかってまっせーというラインナップですがこれが上手く言ってるときとそうでない時が激しい。これは何故か。もうぶっちゃけちゃうと「Jazzmatazz」という企画が邪魔しちゃってる。こんだけ好き放題メンバー集めてきたのならJazzなんてコンセプトは邪魔でしかないんですよね。だからメンバーのネームバリュー通りの出来を期待してしまうとある意味殆どが想像以下の産物でしかないんです。だけど、だけどね!そういう邪な視点を排除すればなんだか緩くてリスニング向けなゆるひっぷほっぷあるばむへだいへんしん(変換面倒くさくなるぐらい緩い)。冷房をガンガンにかけながら放心状態で流すと大変心地よし。しかし、なんて贅沢な無駄遣いなんだろなこれ(笑)

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2007年08月12日

ROYAL STRAIGHT FLUSH

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・沢田研二 / ROYAL STRAIGHT FLUSH

え〜今日は阿久悠追悼企画と致しまして沢田研二の第一弾ベスト盤である『ROYAL STRAIGHT FLUSH』でございます。私のような昭和に生まれながらもあまりの幼さからリアルタイムで昭和の歌謡/ポップシーンについてはサブカルチャー的視点を介さないと触れることさえ不可能だった世代にとって阿久悠の存在というのは伝説的存在な訳であります。こうしたGSから流れる歌謡ポップス(ちなみに処女作はスパイダースのシングル曲)からアイドルポップス、演歌、果てはアニメソングまであらゆる“売ることが可能なジャンル”にはほとんど顔を出していた彼の作詞を心行くまで堪能するにはアーティストでは沢田研二、アルバムならこの完璧とも言えるベストアルバムであろう、という訳です。いささかベタな選盤ではあると思うんですけどジュリーのオリジナルアルバムを私が全て揃えていないのと、意外とブレイクして以降のオリジナルアルバムは編曲家至上主義的な香りが漂うのでやはり阿久悠のロマンティシズムと屈折したダンディズムを堪能するにはこのベストがやはり最高。ピカピカの気障、唇に火の酒、少しはカッコつけさせてくれ、堕ちてゆくのもしあわせだよと、年上の女美しすぎるetcetc・・・。ぱっと歌詞カードを眺めただけでもこれだけ拾えてしまう名フレーズ。流れでの素晴らしさも加味したらそれはもう大変なことになっています。こうした名フレーズがジュリーのセックスアピール満点の喉から発せられれば群がる女共は腰砕け間違い無し。作曲・アレンジの方もGS流れで井上堯之バンド中核であった大野克夫、そして私が最近編曲家買いをしている当時新進だった船山基紀さんが中心になってGSならではのポップなロックンロールやフォークやジャズを消化した完成度の高い曲を次々披露(兇砲覆襪帆セ蛙Г凄く強くなる)。そしてなんといってもソウルの香りがしないのにエモーショナルな歌唱で空間を支配するジュリーの歌唱。素晴らしい。阿久悠の歌詞で素晴らしい歌手・演奏・楽曲を求めるならもうこれしかないでしょう。それにしても今時だったら女の人だけじゃなく、男共がもっと憧れるべき対象としてのジュリー、再評価を促したいですな。

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2007年08月08日

Afterglow

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・Crowded House / Afterglow

はい、ということで今回は心機一転仕切り直しといたしまして久々ポップロック方面でもっつーことでCrowded Houseの『Afterglow』(99年)でございます。Crowded Houseは最近出た新譜が非常によろしくて気に入ったのでまた聴き返してるんです。Crowded Houseってニューウェーヴ期からMTVポップに移り変わっていく時期に出て来た80年代ニュージーランドのバンドでビートルズ的なソングライティングが〜なんてフレーズが飛び交うタイプのバンドでありました。基本的に僕はビートルズフォロワー的な言われ方するバンドでそこまで好きじゃなかったりするんですけど(大概分析しがいのあるポールの解釈が行き過ぎてクドくなってるから)このバンドはあっさりしてて結構例外的?といえる感じで好きなんです。で、この作品が僕のCrowded Houseのディスコグラフィで最も気に入っている作品なんです。この記事を書くにあたって調べてみるまでずっとこの作品を4枚目か5枚目のアルバムだと勘違いしていたんですけど、アウトテイク集だったんですね(汗)輸入盤で買って聴くだけで放置してたので全然気付きませんでした。で、これがなんでいいのかというとよくよく考えてみればの話ですが最高傑作である3枚目あたりのアウトテイクが主に纏められた編集盤(85〜94年頃の音源をコンパイル)だったから、ということなんです。Crowded House事態はプロデュース感・戦略性バリバリのニューウェーヴ人気に媚まくりのちょっとファンクとレゲエがポップソングの中に入ってますよ〜みたいなアルバムでデビューして売れたバンドだったんです。けど、彼らが消えていったバンド達と違ったのが2枚目のアルバムで既に流行の音楽性よりソングライティング重視の方向へ舵を取ったこと。それがそれ以降の作品の充実にも繋がっていますよね。で、僕がこれを一番好きだなぁと感じる理由としてはシンプリティ、と言ってしまえばいいんですかね。当時の正規に出された音源はやはり当時のミックス・アレンジがちょっと虚飾とまで行かなくても装飾過多な感じがするんです。そういった点でこれはアウトテイクだからこその生っぽさといいますかシンプルな曲と少しフラットな歌声がインディーやオルタナという文脈が好きな僕にはジャストフィットなんです。ニューウェーヴ的な音の位相が紡ぎ出す美しいギターポップが聴きたい方には最高の一枚なんではないでしょうか。新譜のほうも90年代初頭のっぽい音質で良い曲ばかりなのでこちらも是非。こりゃあ去年出たスプリット・エンズのリマスターリィシューも買わなきゃだなぁ・・・金が!金が!

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2007年08月05日

Local 518

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・David Pastorius& Local 518 / Local 518

さぁさぁジャコパス数珠繋がりもこれで一区切り、驚きのデビューであるジャコパスの甥・David Pastoriusの『Local 518』で御座います。いくら親戚だってねぇ・・・という疑念と言うか誰々の息子、みたいなのがどれほど当てにならないなんて世の中に溢れ返ってる素敵なサンプル達のおかげでまさに信用に値するポイントではないのが利権に関っている方以外は了承済み。そんな薄ら寒い気分で試聴したのが逆に良かったのかも知れませんが、これが随分よろしかったのです。まずジャコパスの親戚と言うことでやってる楽器はベースなんですが、さすがに音楽的な豊かさみたいな所までは至ってないんですけど本人が思惑通り自由に弾きまくれるレベルにあって、ベースだけでエクストリームな空間を醸し出すことは出来る模様。とりあえず編成としてはドラム以外はパーマネントなメンバーらしい(ということでちょっとドラムが弱い感じがする)。出る音からすれば分かるんですけどこの人はほぼ完全にロック志向で、どっちかと言えばミクスチャーロックっぽい。でも所謂ラップが入ってうひゃうひゃーってんじゃなくてちょっと前の記事でサイドプロジェクトをいじったプライマスとか、ジェーンズアディクションとかの方向のファンクの消化度が高いロックバンドのミクスチャー感覚に似ている。そんなことを思いながら国内盤解説を読んでみると本人の好きな音楽はマイクパットン絡みとかフランク・ザッパ(とそのバカテク系一派)とかだって(笑)モロそっち系の便宜上変態系と呼ばれる音楽が好みだそう。ただ、そういう音楽が好きなわりにはテクニック志向と言うところがそこまで感じられずまだ探り探りな感じが見受けられる。ディストーションでギャーンとやってしまうあたりスラッシュメタルなんかへの未練が感じられるし、一応日本のジャズ/フュージョン好きのおじ様方向けのジャコカヴァーなんかも綺麗過ぎてどこか面白くない。かといってジャムバンド的なファンクなノリですよーとかジャズ的なインプロですよーといった分かりやすい構成にしようという意思すら感じない。それでもなんか挟まってるファミコン曲のフレーズのサンプリング(許可取ってるのかあれ(笑))とかにヒップホップを通過したザッパ的ユーモアを感じます。で、結論としてはかなりニッチなアルバムだと思います。要は「アチキ決まりきったフュージョンにもミクスチャーロックにもジャムバンドにも面白味は感じられませんのよオホホ」と言った方には凄くお勧めできます。新しい方向性を作るほどのパワーがある作品かどうかは疑問ですが意外とこういう路線は好きなので是非、良いドラマーを迎えての続きが聴いてみたいなぁ。

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2007年08月03日

Twins 1 & 2 - Live In Japan 1982

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・Jaco Pastorius / Twins 1 & 2 - Live In Japan 1982

一個前の記事がジャコパス絡みだったので今回もジャコパス絡みという事で行きたいなと。夏なのでライブ盤が聴きたい、しかもジャコの中では比較的ラテンやファンクといった野外的要素の強いライブ盤、ということで出てきて頂くのがこの『Twins 1 & 2 - Live In Japan 1982』です。1982年は私の生まれた年で御座いますがそんな時代にジャコは来日していたんですねぇ・・・。このライブ盤はジャコの中では最も聴きやすいライブ盤として有名で僕みたいなジャズに全く詳しくない人でも全然買うぐらいの作品であります。で、今回タイムリーなことにこの作品が価格低下&リマスターリィシューということでまた買ってみたんです。リマスター方式は僕の嫌いなDSDマスタリングじゃなくて24bit。なぜか知らないですが24bitと言う方式が私の耳には一番ぴたっと来るリマスタリング方式なのでもう是が非でも買わないと、という感じだったのですがこれまたよろすぃですなぁ・・・。この時期のジャコはもう既にプレイヤーとしてのピークは終えておりコンポーザーとしての自分を追求していく体制ががっちり固まってきた頃でこのアルバムでは20人編成のビッグバンドでファンクやラテン、地中海の要素満載の音楽を実にアグレッシヴに演奏していく模様が聴ける。やはり全体的な音要素としてはワールドミュージックブーム前後な香りがしてときたま「ああ、ちと古臭ぇかも・・・」となりそうになるんですけど、そうなり掛けると怒涛のインタープレイで飽きさせない。まぁ勿論そういう僕のような邪道な魅力の求め方をする向き以外の需要にもキチンと答えているのがこのアルバムの良い所で。ビッグバンドといえばなんといってもブラスでございますなぁ。私は一部の例外を除いてブラスと呼べるレベルの編成じゃないとそこまで好きになれない管楽器を私が十分に楽しめるレベルのベタさと賑やかさで盛り上げてくれる。つまり音色が古いなと思ってもビッグバンドの持つベタな魅力、白熱のインタープレイ、そしてジャズやファンクのグルーヴで飽きさせない。基本的にこの人は所謂ジャズロックの人とかでもないし、マイルスみたいにロックに憧れてた人でもないのでジャムバンド的な分かりやすさに欠けるとは思いますが、これで分からなかったらそれはこういう音楽が合わないという事なので、リトマス試験紙的に聴いてみても面白いんじゃないでしょうか。や、改めて分かったけどこれ夏に良いね、ホント。

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2007年07月29日

Trio Of Doom

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・John McLaughlin/Jaco Pastorius/Tony Williams / Trio Of Doom

なんだか最近リィシュー付いてるこのブログでありますが、まぁそれだけ近年のリィシューが充実しているということでありまして、そういう情報ばかりに敏感な私のアンテナが作動しまくりなのですが、これもその一例でございますね。Trio Of Doomの発掘音源であります。Trio Of Doomの概要といたしましては1979年に「Havana Jam」というイベント用に組まれた企画トリオであります。どういう経緯でこの3人なのかは分からないんですが、とにかくこのジョン・マクラフリン、ジャコ・パストリアス、トニー・ウィリアムスの3人といえばロック好きが聴くジャズ系ミュージシャンの筆頭株であります。私はあまりジャズとか好きじゃないんですけど殆どインストロックだったトニー・ウィリアムスとマクラフリンのいたライフタイム(つかライフタイム殆ど好き)も好きだし、ジャコはエレクトロニカっつかスクエアプッシャー経由で大分前からの愛聴していたのでこの作品はなんとしても買わねば!って感じで買ったんですけどこれはもうすんごく良かったですねぇ・・・。この3人の特徴ってのはとにかく音数・手数が多くて速くスリリングってことなんですけど、この作品はその特性が存分に出てます。1曲目のトニーのドラムソロ(笑)からもうなんか全開な感じ。作曲はとりあえずライブパート5曲それぞれ3人が担当してるんですけど、トニーが当時のライフタイムの方向性を表すかのようにファンクっぽく、ジャコがフュージョン的な香り漂う美しいAOR、マクラフリンが偏差値激低な(笑)超絶手数のロック的感触の強いインプロナンバー。たった5曲ではありますがこの時期の良い音の録音(この辺の録音の感じが一番好きかも知れない)とこれだけの面子で繰り広げられるお祭りならではの派手にやれるだけやっとけ感がたまらない。この自分の作品だったらもうちょっと複雑だったり抑制を効かせたりする部分が全くないのがこの作品の良い所で、ここだけしか味わえない感覚だと思います。ジャズ好きの方にはどうかわかりませんが、マスロックとか聴いてる10代の方にもお勧め出来る聴き易いロック的なジャズ/フュージョンの代表的な1枚となりそうです。

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2007年07月27日

R&B from the Marquee

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・Alexis Korner / R&B from the Marquee

はい、っつことでね、今回の更新は前回のThe Whoの1stにちなんでエゲレス(イギリス)のブルースやR&Bを基礎としたロックシーンが形成されるようになった礎ともいえる大変重要なアルバムをご紹介。Alexis Kornerの『R&B from the Marquee』(62年)でございますねぇ。所謂イギリスのロックシーンは基本的にこっから、2007年のアークティックモンキーズの2ndまでほぼ同じことの繰り返し、というのはいささか暴論がかっているとしてもあながち嘘じゃない。言い換えればこのフランス生まれの1ミュージシャンが偉大なるオリジナル・ブリティッシュ・ブルースの原点、逆に言えば半世紀以上繰り返されるループの元となる諸悪の根源。つまり彼のこのアルバムはイギリスのパブやクラブ演奏用にアメリカのブルースやR&Bを自分好みに勝手に改良(改悪)する、ということがとても商業的に有効であることに皆に気付かせてしまった作品なのです。ファンダメンタリズム満載のブルース・ピューリタン風にいえば「神聖なる黒人音楽をレイプするための免罪符」。ここまで仰々しく書いてきましたけどまぁこれが黒人文化搾取のもっとも有用なサンプルの一つとされるロックミュージックを愛好する我々にとってはこの罪悪感・スティグマ感は常々付きまとうもので、もう一々気にしてたら即精神を病むでしょう。ですがやっぱり0.000001ミリでもいいと思うから忘れてはならない感覚だというのも私感としてはあります。で、実際このミック・ジャガーもキース・リチャーズもブライアン・ジョーンズもジミー・ペイジもジョン・メイオールもヴァン・モリソンもエリック・バートンも夢中になったであろうこの作品の音でございますが、今でも実にご機嫌な音楽として聴ける優れものであります。あまりにも重苦しい教科書として、ルーツとして聴く類の音楽ではないです、という結論に辿り着かざるを得ないのが驚異的。軽快、洒脱、という言葉がぴったり来る。ブルースの重苦しくてむさい所を全部取っ払って、R&B真似し難い粘りを抑えてリズム的な軽快さを強調するやり方は本当に今まで幾つのグループが模倣し、反面教師にしたのでしょう。勿論時期が時期、演奏を想定される場所が場所だけにロックロールを殆ど通過していないので音としてのワイルドさに欠ける面も多々ありますがそれが逆に今で言えばクラブミュージックっぽい。このアメリカのブルースミュージシャンとはまた違った乾いた感じ。ジャズを通過しカジュアルさを身に着けたジョージィ・フェイムやらグレアム・ボンド・オーガニゼーションらには無い、実に男らしい格好良さでありますな。年齢問わず“永遠のロック少年”達がちょっと大人びたい夜、度数きつめの酒をちびちびやりながら流すのに最適な一枚なんではないでしょうか。

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2007年07月24日

My Generation

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・The Who / My Generation

ついに、よもやリリースされることはないんじゃないかと思われていたThe Whoの1st、モノラル・リマスター盤が出ました。これがどれ位嬉しいかなんてここを読んでる人のどれ位の割合の人に伝わるかは微妙なんですけども(笑)、あのですねぇこのアルバムは私に「ロックはやかましくても良い音楽なんだ」っていうことを改めて認識させてくれた作品なんですよ。つまりそれまではビートルズとかのポップな感じかフォークロックのちょっとまだ牧歌的な所が残ってる音楽以外はなんとなく敬遠してたと言いますか、そういう時期があった訳なんですけどもこの作品のタイトル曲にヤラれてしまいまして。それまではここまで徹頭徹尾ドラムがドタドタ、ベースがベンベン、ギターがギャンギャン、ボーカルはつんのめってる滅茶苦茶というかラフで暴力的な音楽は僕の中に無かったし、この曲でそれはブレイクスルーが起こった。そこからパンクロックやオルタナティヴロックへの道が開けた訳なんです。勿論タイトル曲だけじゃなくてその他の曲のクオリティの高さ、演奏の迫力にも随分と衝撃を受けたもんです。ですがその音楽的な衝撃を受けて聴き出した所謂それまでよりはラウドな音楽と比べてみるとどうしても音質的に見劣りするなぁと感じていたものです。そう、僕が最初に手にしたこのアルバムは悪名高きアメリカ輸入盤『The Who Sings My Generation』だったんですよね。この輸入盤が出たのは80年代後半、つまりリマスターなんて概念以前の物になる訳で当時の他のリマスター済みだったWhoのカタログと比べても音質の劣悪さは火を見るより明らか。勿論これはそれまで語られていた“契約問題での1stの扱いの酷さ”でありましてそれはもうロックを好きで聴いてる人たちの間では常識のようなもんだったんですね。で、00年代に入ってようやくこの作品のプロデューサーであるシェル・タルミーとの契約問題が解決して出たのが『My Generation Deluxe Edition』でございました。でもこれは実は曲者でありまして、なんとオリジナル音源の部分が全てステレオ・ミックス音源だったんですよね。これは頂けないと誰もが思ったんではないでしょうか。つまりモノラルにはモノラルの良さがある訳で、それは各人の体験の再現にも必要不可欠な要素な訳です。なにせモノラルは当時60年代のバンドの演奏や機材の稚拙さが要因で発生するスカスカ具合を補ってくれてたはずなんです。初期のビートルズなんて恐らくステレオマスターがもしあったとしてもつまらなくて聴けたもんじゃないでしょうし、クリームの1stはモノラルだったら今よりはかなり高く再評価されるのでは、と思います。そういう意味合いで今回のモノラル・リマスター・リィシューというのはある意味で“事件”な訳です。で、その物を手に入れたんですけど帯クレジットには「US所有のマスターより24bitリマスタリング」との表記がっ。「やっぱアメリカにあったのか!」という思いと「あっれぇ?タルミーがマスター持ってるんじゃないの(´・ω・`)?(譲り渡したのかもしれないけど)」などと思いましたがまぁこうして目出度く発売してんならいいやっていうかね(笑)某ポップ・グループなんか中止ですから、ホント死ねって感じですよね。閑話休題。で、今回のモノラルリマスター盤はリアルタイム当時日本で出ていた「疑似ステレオ」のレアジャケットモノらしくレコードマニアな世界にとんと疎い私には何のことやら判らないのですがプレミアの付いた仕様のものを復刻した、ということらしいのです。で、肝心の音なんですがやっぱ違います!全っ然違う!これは凄ひ!日本盤の仕様を模して曲順まで滅茶苦茶なんですが一曲目に配置されたタイトル曲と「The Kids Are Alright」はシングル曲なので既にモノラルで各種コンピにも収録されているので違いは微小ですが、それ以外がもう感涙モノですよ、これですよこれ。イッツノットゥル〜♪(歌うのか)って感じですよホント。ただこれはもう僕の個人的な体験を良い音で追体験出来たというレベルの話なんで他の人に分かって貰えるかはかなり微妙かなという気もしますが、やはりこの時期の音楽、特にバンドの演奏が幅を利かせているロックはモノラルじゃないと雰囲気でない事は確信しましたのでそういう意味での買い直しなんてのも良いんではないでしょうか。

kazemati822 at 20:52|PermalinkComments(0) 音楽