不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について、民法405条の一方的な元本組み入れを否定した事例

判例時報2522-98 最高裁令和4.1.18三小判決

利息を1年分以上延滞した場合、405条により債権者は元本に組み入れることができ、利息には損害金も含まれるが、これは貸金債務に限定され、不法行為による損害賠償債務の遅延損害金には適用されない。

債務の存在を争いながら、遅延損害金を免れるために弁済供託することは可能か

判例時報2522-112 東京地裁令和3.8.30判決 確定

高額の金銭債務の履行請求訴訟の被告としては、訴訟係属中に遅延損害金が増えることを防ぐため、弁済供託を検討するべき事例がある。一般論としては、債務の存在を争っていても、弁済の法的性質上、弁済意思は不要であるから、供託が不可能とはいえない。本件では、供託が有効とされた。

成年に達した未成熟子を扶養する義務

家裁実務では,成年に達しても自力で生活できる能力のない者を「未成熟子」と呼び,未成熟子の監護親は,婚姻費用分担額や養育費の額を決定するにあたり,未成熟子の監護費用を請求できるとする。協議離婚にあたり,離婚時,16歳の子の親権者を母とし,養育費を父親は22歳まで支払うことを約する公正証書を作成したが,子が精神疾患の治療のため大学卒業が27歳となり,22歳以降も要扶養状態にあった場合,父親は,子が大学を卒業するまでの扶養義務を免れないとした事例。福岡高裁令和元年9月2日決定(家庭の法と裁判 2022年8月号p.54)

Since when have you fallen so much?

Yさん。

昔みた映画 A Civil Action で,環境汚染の住民側の弁護士が企業側弁護士に投げつける言葉があります。

「いつからそんなに堕落したのですか?」

私も言葉にしませんが,相手方弁護士や担当裁判官に,心の中でそのように問いかけることがあります。

「あなたは,いつからそんなに堕落したのですか。実務法律家を志した初心をいつ失ったのですか?」

法廷は真実を証拠によって明らかにする場です。弁護士も裁判官も能力をふりしぼって真実を追求しなければなりません。その姿勢を忘れた実務法律家は,おそるべき害毒を社会に流します。自分が関与する法廷で虚偽が大手を振ってまかり通ることを許す弁護士,とくに裁判官は誠に罪深いのです。

Yさん。
あなたが関与する法廷では,いかなる虚偽も容認してはなりません。「私は,堕落していないか。」といつも問いかけて下さい。




 

Q.家族が医療ミスで亡くなりました。今後,どうすれば解決できますか。

「自分(あるいは家族)が受けた治療は医療過誤ではないか。どうしたらよいか。」という相談を受けることがあります。治療の結果,自分に重い後遺障害が残った方は勿論のこと,家族を亡くした方の中には,「医師や看護師に対して自分がもっと強く症状を訴えていれば,家族は死ななくてすんだのではないか。自分にも責任があるのではないか。」と自分を責め,苦しむ人もいます。相談者は,この苦難をどうにかして乗り越えて人生を再出発しなければなりません。このような相談者に弁護士が助言できることは,以下のようなことです。

当然のことですが,ごく稀な例外を除いて,弁護士は臨床医療に関する専門的教育,研修を受けたことはなく,医療事故を取り扱う弁護士にしても,担当した医療事故の事案の断片的な知識をもっているにすぎませんから,相談内容が医療ミスといえるかどうかを単独で判定することは不可能です。依頼を受けた弁護士は,自分なりに勉強もしますが,カルテ,検査記録を中立的な医師に検討してもらって意見を求めることが不可欠であり,当該事案と類似する裁判例を検討するという手順を経て初めて「当該事案が医療過誤として裁判所が認める可能性があるか」の見通しを立てることができるに過ぎません。誰が見ても明白な医療過誤事案であれば医療機関はすすんで解決するはずです。医療機関側がミスを認めていない事案では,中立的な医師の意見を求めることなく医療過誤の事案を提訴する弁護士はいないはずです。以上の調査のためには,半年から1年程度の期間を必要とすることが多く,一定の調査費用(医師への謝礼,弁護士費用)が発生し,決して少額ではありません。調査の結果,見通しが困難との結論となり,提訴に至らないこともあります。その場合は,調査に要した費用は返ってきません。

見通しがあるということで提訴した場合でも,訴訟のための着手金,実費を必要です。また,あくまで見通しであって,確実な裁判の結果は誰にもわかりません。裁判とは,結局,裁判官の「全人格的判断」によるもので,「当たり外れ」が避けられず,たとえ担当弁護士が医療過誤の経験が豊富で有能としても,裁判の結果をコントロールできる余地は少ないのです。医療過誤訴訟の審理期間は,提訴後,一審で1年半から2年,控訴審で半年から1年,必要ですから,和解で解決できない場合は,たとえ勝訴するとしても3年程度の期間を必要とします。

以上のように考えますと,医療ミスではないかと悩む相談者は,弁護士に依頼するよりも,費用と時間を節約するため,まずは次のような行動をとることをおすすめします。

担当医療機関の院長あてに,「患者の治療の経過について主治医からご説明をいただきたい」旨を申し入れます。電話ではなく,必ず,手紙で普通郵便で送ります。内容証明郵便はいけません。文章は,礼節を保ち,決して,医療ミスだとか,謝罪,損害賠償を要求してはいけません。医師は,診療契約に基づいて治療の経過について患者に説明義務があることを自覚しているので,患者から治療経過の説明を求められれば,決して拒否しませんし,拒否できません。患者が法的責任を追及するような姿勢をみせて説明を求めますと,診療契約に基づく説明義務の要求という土俵を逸脱することになり,「医療ミスではありません。ミスとお考えなら訴訟にして下さい。」と言われ,説明を拒否する口実になります。この手紙には,いつまでに回答してほしい,という期限をつけることを忘れずに。

説明を求めたいけれども,担当医師と面談することじたいが苦痛,という人は,手紙の中で患者側が疑問と思う点を指摘し,期限を付して書面で回答を求めます。

担当医師に説明をしてもらうときは,担当医師の言い分,予想外の悪しき結果がやむをえない顛末であったことの弁明を十分に聴き取ることが必要です。医療ミスかどうかを客観的に判断するには,担当医師がどのような免責ストーリーを主張するかを知っておく必要があるからです。疑問点を指摘するのはよいが,責任追及的な態度にならないよう心掛けて下さい。説明を打ち切る口実を与えないように。許可を求めて録音するのは,建前的な説明しかしてくれなくなるので,無意味です。こっそり録音することは違法ではありませんが,医師側もきちんと理論武装して臨んでいますから,きちんとメモをすれば十分であり,録音にはそれほど意味はありません。

医師の説明で納得できる場合は,それに越したことはありません。どうしても納得できない場合は,改めて書面で,「説明には納得できないので,当該事案を医師会を通じて保険会社の審査にあげて下さい」という申入れをします。これだけで十分で,いろいろと書く必要はありません。医療機関は必ず医療過誤に備えて医師賠償責任保険に加入していますので,この申入れがありますと,ほとんどの医療機関は,医師会を通じて保険会社に事案を報告します。こうすれば,医療ミスかどうかの判定は,医師会と保険会社の顧問医による第三者の判定に委ねられます。第三者といっても十分に中立的とはいえず,医師側(できるだけ免責する立場)にスタンスを置いていますが,訴訟になれば敗訴の可能性が高いと判定されれば,有責との判断をしてくれます。その後は,保険会社の顧問弁護士から示談交渉の申入れがあります。もし,保険会社の審査の結果,医療ミスではないと判定された場合,この段階では,弁護士に正式に依頼するかどうかを考える必要があります。以上の様な手順をふむことで,弁護士に依頼しないで解決する事例があります。

落ち穂拾いの弁護士

Yさん。

随分昔のことになりますが,ある酒席で先輩弁護士から「貴方の事件は落ち穂拾いのような事件が多いね。」と言われたことがあります。親しい間柄でしたし,邪気のある人ではないので,立腹することはありませんでしたが,それにしてもひどい言いよう,と些か傷ついたものでした。

他の弁護士に断られたといって訪れる相談者の案件は,大抵の場合,勝訴の見通しが困難です。しかし,稀にではありますが,内容を仔細に検討し,聴き取りを重ねていくうちに,一見すると見通しが困難だったのに,当人が気づいていない重要な事実を発見したり,法律構成を工夫することで,法的保護に値する権利主張として組み立てることができることがあります。そのような事案を受任し,裁判官を説得することができて依頼者の期待に応えられたときは,報酬の多寡では測れない,弁護士としてのやり甲斐を感じるものです。

先輩弁護士が私に言った軽口の真意はともかく,他の弁護士が見過ごしてしまいがちな事案の隠れた真実や正義を発見できる弁護士という意味であれば,私は「落ち穂拾いの弁護士」でありたいと心掛けてきました。そのような弁護士を目標として弁護士人生を全うしたいと思います。

Yさん,あなたも私と同じ目標に向かって歩む同僚であってほしいと願っています。

「弁護士をお雇いになって下さい。」

Yさん。昨日,法廷の傍聴席で順番待ちをして,別の事件を傍聴していたのですが,裁判官の発言に軽いショックを受けました。

原告には代理人弁護士がついており,被告は60か70代の女性でした。裁判官は、訴状の請求原因に対する認否をかなり苦労しながらとった後,被告に対して「次回までに法テラスを利用して弁護士をお雇いになって下さい。」と数回,念を押すように発言されました。

その裁判官は,法科大学院世代の裁判官と思われましたが、法科大学院世代の裁判官にとっては,弁護士は「依頼する」ものではなく,「雇う」存在と認識している人がいるということです。旧司法試験世代の裁判官は,同じ状況において、そのような言い方はしないでしょう。一般社会でも,そのような言い方をする人が増えているようです。もしかすると,法科大学院世代の弁護士は,自分が依頼者に「雇われている」と言われても違和感をもたない人が多いのかもしれません。

Yさん。弁護士にとって依頼者は、その主張する権利や真実を全力を挙げて擁護するべき対象であると同時に、その主張する権利や真実を常に猜疑し続けて検証するべき対象です。そうでなければ社会的に公正な解決を追求することはできません。弁護士という職業につく者は、自分が関与する法廷において、相手方の訴訟活動だけでなく、自分の訴訟活動を同じレベルで批判の対象とし、虚偽が横行して真実が隠されるようなことを絶対に容認しない者でなければなりません。法科大学院の授業においても、修習生の指導においても、私はそのことを繰り返して話してきました。

Yさん。自分が依頼者に雇われる存在であるとみなして違和感をもたない弁護士は、訴訟活動のどこかぎりぎりの場面で真実義務を犠牲にする危険があります。あなたは、どうか、依頼者からそのように言われることを許さない弁護士であり続けますように。


依頼者との関係、準備書面の作成など

Yさん。私が心掛けている点をお話ししましょう。


1) 依頼者と弁護士との関係は、委任契約を締結するときが大切です。事件そのものの見通しについて、できる限り客観的な予測をたてることは勿論ですが、依頼者の性格や依頼者が弁護士、裁判官、裁判制度に何を期待しているかをみきわめる必要があります。 依頼者は、往々にして弁護士に対して一体的関与、サポートを期待し、また、裁判官の能力や裁判制度の公正さに対して過剰な期待をもっています。
 多くの依頼者を経験しますと、最後まで信頼関係を維持できるかどうか不安を感じる依頼者は、受任時にわかるものです。不安があるなら依頼を受けなければいいのですが、事件そのものは勝訴の見通しがあり、道義的な正当性もあるという場合、信頼関係の継続に不安があるという理由で依頼を断ることは困難です。そんなとき、私は委任契約の際に、次のような説明をします。

「私は、平均的弁護士が提供する質と量を超えた訴訟活動はできません。裁判官の能力は近時、ばらつきが大きくなっているため、訴訟はギャンブルの要素が大きくなっています。一応の見通しはありますが、事件の結果についてはいかなるお約束もできません。相手方やその代理人を非難する訴訟活動はしません。受任後、私が適切と考える訴訟活動の進め方や解決方針について、あなたが同意されない場合は辞任させていただくことがあります。その場合、着手金は全額お返しします。それでよろしければ依頼をお受けします。」
  以上の説明で依頼を断った依頼者はいません。しかし、そのように説明しても、受任後、訴訟活動の方針について意見が一致せず、着手金を全額返して辞任した例はいくつかあります。着手金を全額返す義務はありませんが、その依頼者とはいかなる問題も残したくないからです。

2) 依頼者が弁護士に話すことを,そのまま準備書面にしてはいけません。準備書面は,弁護士がその見識に基づいて作成する文書です。準備書面に記載することは,依頼者の陳述以外に何らかの裏付けを伴う主張に限る,という姿勢をもって準備書面を作成するべきです。 勿論,「裏付け」のある主張というのは,証拠資料の裏付けだけではなく,客観的事実や争いのない事実から合理的に推認できる場合の主張も含まれます。しかし,何の証拠資料もなく,かつ,諸般の事情から合理的に推認できる事実でもない事実を主張してはいけません。そのような主張で万が一にも事実認定能力やバランス感覚に乏しい裁判官を説得できるかもしれない、と期待して主張することは(ときに説得される裁判官がいるのは嘆かわしいことですが)、弁護士として恥ずべきことです。

弁護士の陥穽

 ゴーン氏の逃亡事件は一般の弁護士にとって重要な教訓である。弁護士は法律と法廷戦術の専門家である。法律解釈や法廷戦術の巧拙、事件処理の熱意には弁護士によって大きな差異がある。依頼者はその弁護士の力量や熱意に期待、信頼して依頼し、少なからぬ報酬を支払う。 もっとも、裁判官は、弁護士の個人的能力よって事件の判断に影響されないよう自戒しているので、弁護士の力量や熱意によって事件の結果が左右されることは少ない。これは刑事事件でも民事事件でも同じである。

 それはともかく、くれぐれも自戒すべき弁護士の陥穽がある。自分を選んで受任を求めてきた以上、依頼者は自分に心服し、コントロールできるはずであり、それが信頼関係である、という錯覚である。しかし、依頼者は、その弁護士の法律と法廷戦術を商品価値とみて利用するだけにすぎない。依頼者から「先生」と呼ばれることに慣れた弁護士は誰しも、自惚れから自由になることは難しい。依頼者から一歩、距離を置いた視点で事件処理するべき必要がここにある。弁護士は狡猾な依頼者に利用される存在になってはならない。くれぐれも自戒するべきことである。


法律相談で法テラスを紹介する場合

法律相談において,相談者の問題解決のために法テラスを利用して弁護士に依頼することが必要と認められる場合がある。そのような場合,私は,法テラスと契約していないので,相談者には,法テラスの無料法律相談を予約して弁護士に依頼するよう助言しているが,果たして予約日の弁護士が親切で有能か,不安がないではない。当たり外れが多いことは事実だからである。

法テラスのホームページをみると,法テラスと契約している弁護士で,事務所に直接,赴いて相談し,依頼できる弁護士の一覧表を公表している。そこで,最近では,上記のような相談者が訪れた場合,その一覧表のうちで,私が,この人なら大丈夫だろうという弁護士を数名,チェックして,この弁護士うちの誰かに電話して相談に行くよう助言している。相談者からは大変,感謝される。結果的に,弁護士を紹介するだけだから,相談料をもらうことはできない。

不貞行為の慰謝料 最判平成31年2月19日

不貞行為の相手方に対して慰謝料を請求する事件は,本来,裁判制度がとりあげるに値する紛争なのか,という疑問がある。最判平成31年2月19日は,この種の訴訟事件について,最高裁の裁判官がどのように考えているかが垣間見えるようで,興味深い。

同判決はいう。離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。従って,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うことがあるのはともかく,直ちに離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはない。

この判示が法律論として論じているのは,不貞行為に及んだ第三者は相手方の配偶者のいかなる権利ないし法的利益を侵害するのか,という問題である。夫婦は相互に貞操を守る義務を負うから,不貞行為に関与した第三者は,相手方の配偶者の貞操請求権の侵害に加担したことは間違いない。その限りで不法行為であり,慰謝料請求権が成立する。ただし,不貞行為があり,そのことが原因で夫婦関係が破綻したとしても(因果関係が存在する場合でも),直ちに,離婚させたことによる責任は負わないというのである。

最高裁の裁判官は,夫婦の一方に不貞行為があり,それが発覚したからといって,直ちに夫婦関係というものは破綻するものではなく,また,夫婦として軽々に破綻させてよいものでもなく,婚姻関係の継続の努力をするべきものと言いたいのであろう。相手方の配偶者が「一度だけでも不貞行為は決して許さない」として夫婦関係の破綻を主張し,実際,夫婦関係が破綻して離婚慰謝料を主張したとしても,そのような精神的苦痛は法的保護に値しないと言いたいのであろう。

この最判により,不貞行為によって認容するべき慰謝料の額について,従来の裁判実務が見直され,低額化をもたらす可能性がある。不貞行為に関与した責任とは,「不貞行為の相手方が貞操を守ることを求める相手方の配偶者の信頼を裏切ったことによる慰謝料」にすぎず,「平穏な婚姻生活が破壊されたことによる慰謝料」ではない。貞操を守ることを求める権利ないし信頼というものは,法的保護と道義的保護の境界にあるもので,法的強制になじまず,高額な慰謝料が成立することはありえない。この最判が,不貞行為を理由とする慰謝料請求訴訟が消滅する転換点となるなら結構なことである。

訴訟提起を依頼されたとき

依頼者から訴訟提起を依頼されたとき、弁護士は、権利義務関係を根拠づける証拠資料の説明を聞くことは当然だが、それだけでなく、依頼者と相手方との交渉経過を質問し、相手方の言い分、反論はどのようなものかを確認する必要がある。依頼者はどうしても自分に都合よく事実経過や証拠資料を解釈しているので、相手方の反論を確認しなければ、訴訟の見通しを立てることはできないはずである。
「あなたの言い分に対して相手方はどういう反論をしているのですか。」と依頼者に質問しても、要領を得ないとき、これは注意信号である。依頼者の言い分は一応、筋道はたっているが、相手方の反論に関して何の情報もないとき、このまま訴訟提起の依頼を受けてはならない。依頼者は、弁護士に重要な情報を隠している可能性がある。このようなときは、「まずは、私から相手方に書面を送って言い分を確認してみましょう。依頼を受けるかどうかはそれからにします。」と対応するべきである。

以上が原則であるが、依頼内容が保全処分を申請する場合は、悩ましいことがある。相手方の言い分を確認したために保全処分のタイミングを失うリスクがあるからである。しかし、相手方の言い分が全くわからないのに保全処分を申請すると、相手方から不当な保全処分として損害賠償を請求されるリスクもある。この場合は、代理人として相手方に直接、連絡することはできない。それでも、相手方がどういう反論をもっているのか、という点について、何の説明もできない依頼者は、やはり要注意であることに変わりはない。



以て瞑すべし

Yさん。

自分の依頼者が訴える真実や道理がなぜ裁判所で通らないのか,と悩んでいるのですね。
弁護士が依頼を受ける事件の多くは、依頼者の人生に切実に関わります。あなたも多くの弁護士と同様、いつも受任事件のことが頭を去らず、「もっと適切な法律構成はないか。依頼者の真実を明らかにするにはどうしたらよいか。」と考えていることでしょう。判決で期待した結果が得られなかったとき,別の弁護士が代理人になっていれば別の結果があったのではないか,と自問するとすれば,それは大変,辛いことです。あなたの弁護士人生の先は長いのですが,次のような姿勢を貫いてください。困難ですが,弁護士にはそれが要求されるのです。

ひとりの依頼者のために費やすことができる労力や時間には限りがあります。しかし,「この依頼事件のために,自分は,量的にも質的にも,自分が知る限りのまっとうな弁護士の平均的水準を上回る弁護活動を提供した。」という確信をもって口頭弁論の終結を迎えるようにして下さい。そうすれば,判決の結果は「以て瞑すべし」なのです。そのような姿勢で弁護士をしていれば,生涯に数件ではありますが,「私でなければ,おそらく,この依頼者の権利を守ることはできず,真実を明らかにすることはできなかったろう。」と一人だけで祝杯を挙げることができる事件があるものです。弁護士はそれだけで「以て瞑すべし」なのです。

特別受益の持ち戻し免除と預貯金債権

依頼者から,特定の不動産についてだけを遺言又は贈与で処分したい,ということで案文の作成を求められた場合,注意するべきことがある。依頼者は,預貯金をもっているだろうが,将来の遺産分割において遺産又は贈与された不動産が特別受益となり,持ち戻しの免除が問題となる。預貯金債権は当然分割という取扱だった当時は,持ち戻し免除を明記する必要性を意識することはなかったが,判例変更により,預貯金債権は当然分割されないこととなったので,預貯金債権が遺産中に残ることが想定される事例では,持ち戻し免除の意思表示をきちんと遺言書,贈与契約書に明記しておかないと,将来の遺産分割において持ち戻しの対象となり,預貯金債権の分割内容が依頼者の真意に沿わない結果となるおそれがある。公正証書遺言でも,これまでは公証人が遺言者に持ち戻し免除の意思を確認することはなかったと思われる。今後は持ち戻し免除の意思をきちんと確認しないと,公証人であれ,弁護士であれ,過誤の問題を生じると思われる。

訴訟上の和解

訴訟上の和解では、いろいろな経験がある。

一昔前(といっても20年くらい前まで)は、和解勧告を受けて、裁判官から事件の筋、証拠の評価などの心証を開示されると、いくら自信を持っていた事件でも、「これはどうにも仕方がない、この裁判官が勧める和解案なら何とか依頼者を説得しなければ」、と思わせられる裁判官がいた。人格、識見はもちろん、裁判官が真剣に、理屈も情理もふまえて考え抜いた末の和解案であることが伝わるからである。過去に出会った尊敬するべき裁判官の顔がいくつか浮かぶのであるが、その中のある人は学者に転進し、ある人は高裁の裁判長にもなれず退官し、ある人は自死された。法律家とは、「悩む人」の別称であり、悩むことが法律家としての誠実の証なのである。

訴訟上の和解で悩ましいのは、請求金額から相当、減額して和解に応じる場合、万一、履行されなかった場合には依頼者は立つ瀬がないということである。その場合、和解を無効にして訴訟を継続できればいいのだが、そのような和解条項を決して裁判所はつくらない。和解が成立すれば後は関知しない、というのが裁判所の姿勢である。だから、代理人の弁護士が考えるほかない。たとえば、請求金額から相当に減額す場合は、一括払いとし、和解の日に現金を受領することが考えられる。あるいは、訴訟外で現実に履行する日程を調整し、履行された場合は訴訟を取り下げるが、履行されなければ期日を続行する、という裁判外の合意も考えられる。いずれにしても、弁護士の能力は、法理論だけではなく、いかにして賢明にして確実な和解で解決できるか、にかかっている。









依頼者との関係(3)

Yさん。あなたは、自分のことを、他人から無理に頼まれると断れない性分だと評していましたね。それが本当なら、弁護士にとっては危険な弱点であることを自覚して下さい。

見通しの困難な事件なのに、相談者が受任してほしい、と引き下がらない場合があります。とくに、その事案が、法律的には見通し困難だが、人情としては何とか救済してあげたい、という場合、弱い性格の弁護士は、つい、きっぱりと断ることができず、受任したのかどうかがあいまいに保留してしまい、相談者は受任してもらったと誤解することがあります。その結果、後日、事務処理を遅滞させたと苦情を受けるおそれがあります。弁護士が依頼者のため、好意的に、無償で対応してあげたことが、事務処理を引き受けた証拠だとして、逆手にとられることもあります。

弁護士が依頼者に報酬を請求するためには委任契約書の作成が不可欠ですが、依頼者が弁護士に責任をを追及するためには、委任契約書の作成や着手金の支払いが不可欠というわけではありません。継続的に事務処理をしてくれるとの信頼、期待を与えてしまうと、委任契約上の責任を問われる可能性があります。不公平なようですが、それが専門家責任の厳しさです。

弁護士にとって、「優柔な優しさ」は、自分にも依頼者にも害を与える悪徳であることを自戒して下さい。きっぱりと断ることは、結局、相談者にとっても良いことなのです。もちろん、断る場合の方法は、依頼者の心情に十分な配慮が必要です。

依頼者との関係(2)

Yさん。受任にあたっては、依頼者があなたという弁護士を主体的に、自由な意思決定で選んだ、というプロセスを確保してあげなければいけません。そうしないと、不本意な結果に終わった場合、あなたの事務処理に落ち度がなくても、依頼者はその結果をやむをえないものと受け止めることができません。

法律相談を終えた時点で、相談者から、事件の解決を依頼したい、とあなたに申し出があった場合、待ってましたとばかりに、その場で委任状や委任契約書に署名、押印してもらってはいけません。あなたが助言した法的見解、裁判官が採用する証拠の評価、訴訟の予測は、もしかすると、平均的な弁護士からすると、「ずれ」ているかもしれません。あなたが法科大学院の授業で、判例や学説の理解や適用において、とても優秀な学生であったことは、よく知っていますし、司法試験も平均以上の成績であったとのことですが、真面目で優秀だが非常識な弁護士は少なくありません。裁判官も同様です。そのことは、Yさんがこれから、多くの同僚、先輩弁護士や裁判官に接するうち、経験するでしょう。私やYさんにしても、非常識な法律家達の仲間ではない、という保障はどこにもありません。

私の場合、微妙な法律判断、証拠評価を含む事件の解決を依頼したいという相談者に対しては、私が提供した法的見解、証拠評価、訴訟の予測などは、私としては常識的な法律家の見解と一致すると思っているけれども、もしかすると、「ずれ」ている可能性があること、着手金、報酬にしてもより適切な金額を提示する弁護士がいるかもしれないことを説明し、家族や知人と再度、協議し、他の弁護士のセカンドオピニオンを求めるなりしたうえで、依頼するかどうかを決定するよう、求めることにしています。実際、私が常識と信じた法的見解、証拠評価、訴訟の予測などが、裁判官によって見事に裏切られることがときにはありますし、最近では、それが増えているようです。その原因が私の老化なのか、裁判官の劣化なのか、その両方なのか、よくわかりません。

以上のプロセスをふまえて、それでも依頼を求める依頼者とは、最後まで良好な信頼関係を保つことができます。

準備書面などの作成(1)

Yさん。いうまでもなく,裁判所に提出する書面は弁護士にとって重要なものです。準備書面をみれば,弁護士の力量,品格を判断できます。弁護士の中には,準備書面の中で,相手方の人格非難,説教,当てこすり,皮肉,揚げ足とり等を交えた文章を作成する人がいます。これは弁護士の経験年数に関係がないようで,その人の性格によるのでしょう。このような書面は,依頼者には喜ばれるのかもしれませんが,裁判官には説得力をもちません。

相手方の準備書面に感情的な記載があるとき,反論の準備書面を作成するうちに筆が滑って,こちらも感情的な文章になることがあります。とくに,当事者に激しい感情的対立がある場合,相手方の訴訟活動がいかにも不誠実とみえる場合,相手方の書面の中に,依頼者だけでなく受任弁護士に対する非難も含まれている場合などはそうです。しかし,怒りを感じて準備書面を作成した場合は,プリントアウトした書面をすぐにファックスで直送してはいけません。いったん,送ってしまうと,取り返しがつきません。一晩,寝かしておいて,翌日,もう一度,読み返し,品位ある法律文書といえるか,そのまま送って後悔しないか,確認して下さい。きっと,訂正するべき個所があるはずです。

依頼者の怒りの感情に同調し,感情的,攻撃的な訴訟活動をする弁護士は多いようで,それを売りにする人もいます。Yさんの周囲にもきっといるでしょう。しかし,そのような弁護士は,長年の間に,相手方には恨まれ,心ある人の顰蹙を買い,同僚弁護士からは敬遠され,次第に孤立していきます。攻撃的な訴訟活動にあけくれているうちに,その人の人格も荒んでいきます。その人が困ったときに,手を差し伸べる同僚弁護士はいなくなります。そのような先輩,同僚弁護士を何人も見ています。

攻撃的な訴訟活動が依頼者の不利益になることもあります。私の経験ですが、相手方代理人の準備書面で、当方の依頼者の陳述書が虚偽であると繰り返し、断定的に攻撃するので、当方の依頼者が怒ってしまいました。和解案で当方の全面的勝訴の和解案だったのですが、請求元本だけでなく、遅延損害金の半分(数百万円になります)を支払ってもらうことで依頼者も納得し、和解が成立しました。和解ですから、遅延損害金まで支払わせることは通常はありません。攻撃的な訴訟活動が依頼者を不利益に作用する例でしょう。

弁護士は,文章表現の職人でなければなりません。依頼者が抱く怒り,悲しみの感情を無視せよというのではありません。それを理解し,裁判所に伝えることは大切なことです。重要なのは,依頼者の感情をそのまま表現するのではなく,それを裁判官が無視できないかたちの事実,経験則,法論理に置きかえて構成する能力なのです。

依頼者との関係(1)

Yさん。独立開業された由、大変と思いますが、頑張ってください。2年間の勤務弁護士の経験で、弁護士業が心労の多いものであることを痛感されたのはないでしょうか。生真面目で融通が利かない貴方のことですから、余計にそうでしょう。遠隔地どうしですが、困ったことがあったら、遠慮なく相談してください。私の経験から、貴方の参考になりそうなこと、トラブルをかかえこまない方法など、思いつくままに記して送ることにしましょう。

まずは、依頼者との関係についてお話しましょう。依頼者と円満な信頼関係を形成し、トラブルを生じさせないことは重要なことです。これに失敗すると、紛議、綱紀、懲戒などの問題を抱えこむことになります。たとえ、依頼者の苦情には正当な理由がないとしても、苦情を受けることじたいを回避しなければなりません。

依頼者との円満信頼関係は、訴訟や調停を受任するとき、つまり、委任契約書を作成し、着手金の支払いを受けるときに、どのような説明をするか、によって半ば以上、達成されます。この段階を適当にやってしまうと、トラブルを招くおそれが高まります。委任契約書は、説明内容を明確にしておくために必要です。

たとえば、勝訴判決を得ても回収のみこみがほとんどないと思われるのに、訴訟を依頼したいという人がいます。不法行為による損害賠償請求の事案ではよくあることです。依頼者は、金銭の問題ではない、とにかく相手が許せない、黒白をきちんとつけたい、などと言います。もちろん、そのような気持ちもあるのですが、内心では債権を回収したいという希望も当然にあります。そういう事案では、私は、委任契約書の特記事項に次のように記載して依頼者の了解を求めることにしています。

「依頼者は、本件について勝訴判決を得た場合でも回収のみこみが乏しいことを理解したうえで本件を依頼するものである」

依頼者が、この特記事項を読んで依頼を躊躇するのであれば、それは受任してはいけない事件であり、本人訴訟をすすめます。

また、委任契約書では、委任事務の範囲を明確に記載する必要があります。
依頼者は、紛争全体を単位として委任契約を考える傾向があります。事案によっては紛争の相手方は複数で、請求(訴訟物)もいくつかあり、委任事務の範囲も多岐にわたることがあります。従って、委任契約書では、依頼者と誰との間の訴訟を受任するのか、どの請求(訴訟物)についての訴訟なのか、示談交渉、調停、訴訟、仮処分、執行などのうち、どのステージの事務処理の依頼を受けるのか、を明記します。それぞれのステージによって着手金、報酬はことなるはずですから、次のステージに以降するとき、着手金、報酬がどの程度、増加するのかを委任契約書では明記する必要があります。

たとえば、不貞をはたらいた配偶者に対する離婚請求と不貞の相手方に対する損害賠償請求の事案では、委任契約書において上記の点の配慮が不可欠です。


マチベンの素養

新人の弁護士の方々,とくにマチベンとして活動する方々のために,心得ておくべきことを記しておこう。

これまでに,あなたが法科大学院や司法修習で学んだことは,法律家としての基本的な素養,技術であり,とても重要なことである。弁護士は,隣接法律職と比べると,法律家としてとても重要な素養を身につけており,それをあなたは誇りに思って良い。

隣接法律職にはないあなたの素養とは,法は与えられるものではなく,造られるものであり,法が生成する現場に弁護士は立ち会っている,という姿勢である。隣接法律職の人達の発想は,法とは監督官庁,規制官庁の行政通達,行政解釈そのものである。弁護士はそういう発想をしない。法は判例のかたちで絶えず生成されるものであり,生成する動因は民衆(その依頼を受けた弁護士)なのである。「生ける法」の現場に立ち会うのは弁護士だけの特権である。

しかし,あなたの素養は今のままでは,とても貧弱である。あなたが学んだことは,「法律を武器にしたケンカ闘争の技術論」にすぎず,法廷という特殊な空間では通用するけれども,世間の人々は,そのような素養,技術に,価値を認めていない。つまり,あなたは,今のままにとどまっていたのでは,社会的な有用性が乏しいのである。

まず,必要な研鑽は,税務知識である。世の中は,一人親方であれ,中小企業であれ,大企業であれ,裁判所がどう判断するか,ではなく,税務署がどう判断するか,の予測を中心に活動している。日本の社会では,多くの紛争に関しては,弁護士ではなく,税理士が本当の意味の法律家の役割を果たしている。だから,税理士とは仲良くすることが必要であるが,マチベンも,税法について,最低限の知識をもつ必要がある。勿論,税理士試験を受ける必要はなく,正確な税額計算ができる必要はない。税金を徴収する立場の発想にたって取引をみる視点,課税リスクが生じる取引場面に気付く視点が必要である。譲渡所得課税,相続税,贈与税についての知識がないのに,不動産取引の紛争や,遺産相続紛争に関与してはならない。たとえば,新人弁護士には,相続アドバイザ−3級,FP2級を受験することをすすめる。勿論,これらの試験に合格したからといって,その肩書きを名刺に書いてはならない。弁護士がそれらの試験に合格する知識をもつことは当たり前だからである。

また,マチベンは,取引上の紛争だけではなく,人の内面,感情に関わる紛争を扱う。マチベンにとって大切なことは,自分が関与したために,依頼者の紛争がさらに深刻になるようなことだけはしない,という心構えである。いわば,できるだけ黒子に徹するということである。これができない弁護士が多い。人がいかに壊れやすい存在か,自分の世間智や人間理解がいかに乏しいかを自覚するとき,マチベンは紛争の最前線にしゃしゃり出ることはしない。依頼者に対しては最善を尽くすけれども,相手方も尊重されるべき人であり,紛争に苦しむ人である。そのような立場で事件処理ができるとき,社会は,私たちを「鼻つまみ者」ではなく,本当の法律家とみなしてくれるだろう。







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