新人の弁護士の方々,とくにマチベンとして活動する方々のために,心得ておくべきことを記しておこう。

これまでに,あなたが法科大学院や司法修習で学んだことは,法律家としての基本的な素養,技術であり,とても重要なことである。弁護士は,隣接法律職と比べると,法律家としてとても重要な素養を身につけており,それをあなたは誇りに思って良い。

隣接法律職にはないあなたの素養とは,法は与えられるものではなく,造られるものであり,法が生成する現場に弁護士は立ち会っている,という姿勢である。隣接法律職の人達の発想は,法とは監督官庁,規制官庁の行政通達,行政解釈そのものである。弁護士はそういう発想をしない。法は判例のかたちで絶えず生成されるものであり,生成する動因は民衆(その依頼を受けた弁護士)なのである。「生ける法」の現場に立ち会うのは弁護士だけの特権である。

しかし,あなたの素養は今のままでは,とても貧弱である。あなたが学んだことは,「法律を武器にしたケンカ闘争の技術論」にすぎず,法廷という特殊な空間では通用するけれども,世間の人々は,そのような素養,技術に,価値を認めていない。つまり,あなたは,今のままにとどまっていたのでは,社会的な有用性が乏しいのである。

まず,必要な研鑽は,税務知識である。世の中は,一人親方であれ,中小企業であれ,大企業であれ,裁判所がどう判断するか,ではなく,税務署がどう判断するか,の予測を中心に活動している。日本の社会では,多くの紛争に関しては,弁護士ではなく,税理士が本当の意味の法律家の役割を果たしている。だから,税理士とは仲良くすることが必要であるが,マチベンも,税法について,最低限の知識をもつ必要がある。勿論,税理士試験を受ける必要はなく,正確な税額計算ができる必要はない。税金を徴収する立場の発想にたって取引をみる視点,課税リスクが生じる取引場面に気付く視点が必要である。譲渡所得課税,相続税,贈与税についての知識がないのに,不動産取引の紛争や,遺産相続紛争に関与してはならない。たとえば,新人弁護士には,相続アドバイザ−3級,FP2級を受験することをすすめる。勿論,これらの試験に合格したからといって,その肩書きを名刺に書いてはならない。弁護士がそれらの試験に合格する知識をもつことは当たり前だからである。

また,マチベンは,取引上の紛争だけではなく,人の内面,感情に関わる紛争を扱う。マチベンにとって大切なことは,自分が関与したために,依頼者の紛争がさらに深刻になるようなことだけはしない,という心構えである。いわば,できるだけ黒子に徹するということである。これができない弁護士が多い。人がいかに壊れやすい存在か,自分の世間智や人間理解がいかに乏しいかを自覚するとき,マチベンは紛争の最前線にしゃしゃり出ることはしない。依頼者に対しては最善を尽くすけれども,相手方も尊重されるべき人であり,紛争に苦しむ人である。そのような立場で事件処理ができるとき,社会は,私たちを「鼻つまみ者」ではなく,本当の法律家とみなしてくれるだろう。