2012年02月09日
アゴラに寄稿しました: 放射線安全基準をめぐる原子力ムラと反原発団体の奇妙な共生関係
2012年02月06日
自分のアタマで考えよう、ちきりん
自分のアタマで考えよう、ちきりん
この本は人気ブロガーちきりんの読みやすい「ロジカル・シンキング入門書」である。マッキンゼーやBCGなど、有名ファームのコンサルタントたちが同様の趣旨の書籍をすでに多数出版しているが、その中でも、ちきりん女史の本はわかりやすく書かれており、その点だけを取っても本書は安心して推薦できる。しかし、今日僕が書くことは、自分のアタマで考えることの『危険』について、である。現代社会、いや太古の昔から、自分のアタマで考えるということは、群れのヒエラルキーの中で生活する人にとって極めて大きなリスクを内包しているのである。
近年の進化生物学、考古学の研究によると、太古の人類は血縁を中心にしたグループで生活しており、食料がなくなれば、あるいは食料があっとときも、他のグループを襲い、若い女以外は皆殺しにして、残された若い女をレイプしていたようである。遺跡などで発見される人骨をくわしく調べると、成人男性の約25%は他の人間に殺されている
、ということである。そして人類は、このような環境の中で、何十万年と営々と生き延びてきたのだ。すなわち、人間の本能は、こういった環境に適応するように設計されている。あるいは、そういう本能、つまり心を獲得した人間だけが生き残ってきた。
こういった人類の過去はそれほど驚くことではない。チンパンジーなど、比較的好戦的な猿の研究によると、チンパンジーの群れは今でもこういった生活をしているのである。はぐれたオスのチンパンジーが、たまたま他のチンパンジーの群れに遭遇すると、高い確率で集団リンチされ殺害されてしまう
。アマゾンの奥地などで生活する原住民の中には、そのような好戦的なグループも確認されている。現代社会でも、暴走族同士の抗争事件や、レイプ事件が、人類のチンパンジーとの類似性を雄弁に物語っている。そして、実は成人男子の多くの死因が他殺というのは、先進国でも、ほんの60年ちょっと前の第二次世界大戦の終結まで続いていたのだ。
このような環境に適応するには、群れの内部でのヒエラルキーが非常に重要なのだ。獲得した食料や、若いメスの分配―すなわち回す順番―は、厳格なヒエラルキーに基づいて行われる。こういったヒエラルキーを守らないオスは、より上位のオスにより懲罰を受け、時に死に至る。
現代の先進国は、法治国家、資本主義などという上品な衣を羽織ってはいるが、一皮むけば、人間社会の内側は未だにむき出しの欲望が渦巻くサル山同士の武力闘争、あるいはサル山内部の権力闘争そのものなのである。つまり、企業同士の競争はサル山同士の武力闘争であり、企業内部の出世競争はサル山内部の権力闘争なのだ。そのような現実を前にすれば、企業内の一介のサラリーマンが自分のアタマで考える、そしてそれを高らかに表明することがどれほど危険な行為か分かろう。
以上は、オスの行動原理を中心に解説したが、メス同士も、どのグループに回されるか、また、グループ内のどのオスに犯られるか、をめぐって熾烈な競争をしていたのである。そして、それは現代でもある意味では変わらない。
幸運なことに我々が住む先進国では、国家間の戦争は究極的な暴力である核兵器の相互確証破壊により抑えられ、国内では絶対的な暴力装置である警察や軍隊とそれを管理するための仕組みである法治国家、シビリアンコントロールという幻想により、平和に生きていくことができる。そして、高度に発達した現代の資本主義社会の恩恵で、人間が生きていくための衣食住を担う産業が、全人口のわずかな割合の労働力でまかなえるようになった。結果的に、豊かな先進国ではほとんどの経済活動が、女同士の見栄の張り合い競争、男同士のどちらが上かを確認し合う行為、そして男と女の虚飾に満ち溢れた恋愛、あるいは性愛のために存在することになった。近年の経済のグローバリゼーションとは、女の見栄、男の権力欲、男女の限りない性欲が、国境なきボーダレス・ワールドの中で世界規模で展開されていくことに他ならない。
企業経営者やマネージャーは、確かに社員や部下に「自分のアタマで考えろ」と声高に叫ぶ。しかし、それは()付きであることを理解しておかないと、本来サル山と変わらない現代のコーポレーションの本質を見誤ることになる。すなわち簡単に組織の中でルーザーとなってしまうのだ。人類の歴史を無視した、浅薄な授業を繰り返す欧米のMBAプログラムで教えられたことを真に受けて、企業価値の最大化だの、コーポレート・ガバナンスだのと訳のわからないことを口走る、若いオスは、外資系投資銀行というサル山の中では真っ先に嘲笑され、見世物にされ、時にはリンチの対象になる。そして、彼らにはMost Baka Associateのレッテルが張られ、昇給も昇進も永久になくなる。上の人間が下の人間に言う「自分のアタマで考えろ」というのは、あくまで上の人間が命令した業務内容の中で、ちょっとした改善を効率よくやれ、ということであり、そもそもこの仕事ってどういう意味があるのか、などということは決して考えてはいけないのである。
現代の世界の企業において、従業員のリソースの約7割ほどが、誰が誰の上司であり、部署と部署の間の暗黙の上下関係、どのプロジェクトが誰の面子で遂行されているのか、などの確認作業に費やされている。そのために膨大な数のミーティングや、ニューヨーク―ロンドン―東京間の頻繁なカンファレンス・コールが実施されるのだ。残りの2割のリソースはコンプライアンス、すなわち監督当局の人間に対して、われわれ民間人は、あなたたち政府の選ばれた官僚よりも下位の身分ですよ、ということを絶え間なくアピールする行為に費消されるのである。残った、約1割のリソースで、ようやくモノやサービスを生産しているのだ。そして、これは一流のグローバル企業の話で、多くの企業では、わずか5%以下のリソースしか、モノやサービスの生産には割り当てられない。
以上のような人間社会の構造は、そのバックボーンの社会システムが資本主義か、あるいは共産主義かによらない。共産主義社会において、自分のアタマで考えた人間が、次々と絞首台に送られた現実を思い出せば、人間組織というものが、いかに自分のアタマで考える人間を嫌悪してきたのか、自明であろう。
自分のアタマで考えるとはそれほどの覚悟がいる所業である、ということはぜひ自覚しておいてもらいたい。
この本は人気ブロガーちきりんの読みやすい「ロジカル・シンキング入門書」である。マッキンゼーやBCGなど、有名ファームのコンサルタントたちが同様の趣旨の書籍をすでに多数出版しているが、その中でも、ちきりん女史の本はわかりやすく書かれており、その点だけを取っても本書は安心して推薦できる。しかし、今日僕が書くことは、自分のアタマで考えることの『危険』について、である。現代社会、いや太古の昔から、自分のアタマで考えるということは、群れのヒエラルキーの中で生活する人にとって極めて大きなリスクを内包しているのである。
近年の進化生物学、考古学の研究によると、太古の人類は血縁を中心にしたグループで生活しており、食料がなくなれば、あるいは食料があっとときも、他のグループを襲い、若い女以外は皆殺しにして、残された若い女をレイプしていたようである。遺跡などで発見される人骨をくわしく調べると、成人男性の約25%は他の人間に殺されている
こういった人類の過去はそれほど驚くことではない。チンパンジーなど、比較的好戦的な猿の研究によると、チンパンジーの群れは今でもこういった生活をしているのである。はぐれたオスのチンパンジーが、たまたま他のチンパンジーの群れに遭遇すると、高い確率で集団リンチされ殺害されてしまう
このような環境に適応するには、群れの内部でのヒエラルキーが非常に重要なのだ。獲得した食料や、若いメスの分配―すなわち回す順番―は、厳格なヒエラルキーに基づいて行われる。こういったヒエラルキーを守らないオスは、より上位のオスにより懲罰を受け、時に死に至る。
現代の先進国は、法治国家、資本主義などという上品な衣を羽織ってはいるが、一皮むけば、人間社会の内側は未だにむき出しの欲望が渦巻くサル山同士の武力闘争、あるいはサル山内部の権力闘争そのものなのである。つまり、企業同士の競争はサル山同士の武力闘争であり、企業内部の出世競争はサル山内部の権力闘争なのだ。そのような現実を前にすれば、企業内の一介のサラリーマンが自分のアタマで考える、そしてそれを高らかに表明することがどれほど危険な行為か分かろう。
以上は、オスの行動原理を中心に解説したが、メス同士も、どのグループに回されるか、また、グループ内のどのオスに犯られるか、をめぐって熾烈な競争をしていたのである。そして、それは現代でもある意味では変わらない。
幸運なことに我々が住む先進国では、国家間の戦争は究極的な暴力である核兵器の相互確証破壊により抑えられ、国内では絶対的な暴力装置である警察や軍隊とそれを管理するための仕組みである法治国家、シビリアンコントロールという幻想により、平和に生きていくことができる。そして、高度に発達した現代の資本主義社会の恩恵で、人間が生きていくための衣食住を担う産業が、全人口のわずかな割合の労働力でまかなえるようになった。結果的に、豊かな先進国ではほとんどの経済活動が、女同士の見栄の張り合い競争、男同士のどちらが上かを確認し合う行為、そして男と女の虚飾に満ち溢れた恋愛、あるいは性愛のために存在することになった。近年の経済のグローバリゼーションとは、女の見栄、男の権力欲、男女の限りない性欲が、国境なきボーダレス・ワールドの中で世界規模で展開されていくことに他ならない。
企業経営者やマネージャーは、確かに社員や部下に「自分のアタマで考えろ」と声高に叫ぶ。しかし、それは()付きであることを理解しておかないと、本来サル山と変わらない現代のコーポレーションの本質を見誤ることになる。すなわち簡単に組織の中でルーザーとなってしまうのだ。人類の歴史を無視した、浅薄な授業を繰り返す欧米のMBAプログラムで教えられたことを真に受けて、企業価値の最大化だの、コーポレート・ガバナンスだのと訳のわからないことを口走る、若いオスは、外資系投資銀行というサル山の中では真っ先に嘲笑され、見世物にされ、時にはリンチの対象になる。そして、彼らにはMost Baka Associateのレッテルが張られ、昇給も昇進も永久になくなる。上の人間が下の人間に言う「自分のアタマで考えろ」というのは、あくまで上の人間が命令した業務内容の中で、ちょっとした改善を効率よくやれ、ということであり、そもそもこの仕事ってどういう意味があるのか、などということは決して考えてはいけないのである。
現代の世界の企業において、従業員のリソースの約7割ほどが、誰が誰の上司であり、部署と部署の間の暗黙の上下関係、どのプロジェクトが誰の面子で遂行されているのか、などの確認作業に費やされている。そのために膨大な数のミーティングや、ニューヨーク―ロンドン―東京間の頻繁なカンファレンス・コールが実施されるのだ。残りの2割のリソースはコンプライアンス、すなわち監督当局の人間に対して、われわれ民間人は、あなたたち政府の選ばれた官僚よりも下位の身分ですよ、ということを絶え間なくアピールする行為に費消されるのである。残った、約1割のリソースで、ようやくモノやサービスを生産しているのだ。そして、これは一流のグローバル企業の話で、多くの企業では、わずか5%以下のリソースしか、モノやサービスの生産には割り当てられない。
以上のような人間社会の構造は、そのバックボーンの社会システムが資本主義か、あるいは共産主義かによらない。共産主義社会において、自分のアタマで考えた人間が、次々と絞首台に送られた現実を思い出せば、人間組織というものが、いかに自分のアタマで考える人間を嫌悪してきたのか、自明であろう。
自分のアタマで考えるとはそれほどの覚悟がいる所業である、ということはぜひ自覚しておいてもらいたい。
2012年02月02日
アゴラに寄稿しました: 原子力ムラの既得権益と放射線安全基準
2012年01月26日
経済・ビジネス分野で圧倒的にスゴイ本23冊+2 for 紀伊國屋書店新宿本店
現在、紀伊国屋書店新宿本店で、金融日記の推薦する本とちきりん
推薦本のフェアーをやっております。やっぱり本は大型書店でちょこっと立ち読みしてから買うのがいいですね。

書棚はこんな感じになっています。

今回はなんと僕のサイン本まで用意しましたw 欲しい人は新宿の紀伊國屋書店へ急げ!
地方に住んでて、どうしても行けない人のためにこっそりと推薦した本をリストしておきます。
資本主義と自由 、ミルトン・フリードマン (著)、村井 章子 (翻訳)
ノーベル賞学者による自由主義のバイブル的な本。はじめて出版されたのは50年も前だが今でもおどろくほど新しい。自由な市場経済こそ人類を豊かにできるのであり、政府による裁量的な介入はなるべく排さなければいけない。本棚に一冊置いておきたい最高の古典。
セイヴィング キャピタリズム、ラグラム・ラジャン (著)、ルイジ・ジンガレス (著)、堀内昭義 (翻訳)、有岡 律子 (翻訳)、アブレウ 聖子 (翻訳), 関村 正悟 (翻訳)
原著のタイトルは"Saving Capitalism From The Capitalists." 資本主義は資本家に脅かされているのだ。フェアでオープンな市場は我々の世界を驚くほど豊かにする力を秘めているが、そこでは現在進行形で優秀な者のみが高く評価される。既得権益者は新規参入者に怯え続けなければいけない。だからこそ資本主義社会で成功した資本家は、さまざまな規制を作りだし市場をねじ曲げていく。本書では、市場経済がいかに繊細で、政府による適切な管理が必要かを説く。
フォールト・ラインズ、ラグラム・ラジャン (著)、伏見威蕃 (翻訳)、月沢李歌子 (翻訳)
世界同時金融危機の発生を、そのメカニズムまで含めて正確に予測していたラグラム・ラジャン教授の世界的なベストセラー。金融危機は自由市場の暴走というよりも、政府と市場の狭間の断層線で起こっていることをするどく指摘する。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき、クレイトン・クリステンセン (著)、玉田俊平太 (監修)、伊豆原弓 (翻訳)
最近、写真用フィルムの世界最王手の米コダック社が破産した。デジタルカメラとの競争に敗れたのである。しかし世界で最初にデジタルカメラを開発したのがコダック社だったのだ。「破壊的イノベーション」によって既存の優良企業はそれまでの成功体験が足かせとなって追いつめられていくのだ。これがイノベーションのジレンマである。世界的なベストセラーとなった経営学の最高の古典。
大停滞、タイラー・コーエン (著)、池村千秋 (翻訳)
科学技術のイノベーションは我々を驚くほど豊かにした。これは経済学的にはGDPの上昇として表現される。しかし、自動車、飛行機、洗濯機、テレビなどといったものは何十年も前からあり、こういったものは過去にすでに発明されつくされてしまっているのかもしれない。この20年ぐらいの間に本質的な技術革新はほとんどない。インターネットを除いては。我々は容易に収穫できる果実をすでに食べつくしてしまったので、これからは経済は非常にゆっくりとしか成長しないだろうという悲観論。確かにある種の説得力はある。
過剰と破壊の経済学「ムーアの法則」で何が変わるのか? 池田信夫
「半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる」インテルの創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱したこの法則は、急速な変化を続けるコンピュータの世界にあっていまだ生き続けている。そして大量に普及したコンピュータが、世界中のすべての人をネットワークにつなげようとしている。ITの爆発的なイノベーションは、既存の産業構造や経済システムそのものを破壊し、全く新しい世界を創造するほどの威力を持っているのだ。コーエンの『大停滞』とは、全く違うイノベーションの見方。
世紀の空売り、マイケル・ルイス (著)、東江一紀 (翻訳)
アメリカの不動産バブルが崩壊し、リーマン・ブラザーズが破綻した世界同時金融危機の中で、数千億円という破格の利益を出したいくつかの無名のヘッジファンドがあった。この本はそうしたヘッジファンドの投資戦略を小説タッチで詳細に追っている。思わず手に汗にぎる、サブプライム問題と世界同時金融危機に関する最高のノン・フィクション。
ユーロ・リスク、白井さゆり
今、世界経済を占う上でもっとも重要な問題がユーロ危機である。2012年もこの問題を中心に世界の金融市場は動いていくだろう。ユーロ危機の概要を知っておくにはちょうどよいコンパクトな新書。
天才数学者 株にハマる、ジョン・アレン・パウロス (著)、望月衛 (翻訳)、林康史 (翻訳)
著者はアメリカの数学者で有名なエッセイストだが、肩の力を抜いて読める投資の本である。彼はワールドコムという会計スキャンダルで名を馳せた会社に投資して大損をこくのだが、その時の心情の描写が面白い。ファンダメンタル分析やテクニカル分析といった伝統的な投資法に加え、行動ファイナンス等の最先端の分野を広くカバーしている。ちなみにこの本を読むのに数学の知識は必要ない。
会社の値段、森生明
会社の値段、すなわち株価とは、理論的には将来の利益の総和を適切なディスカウント・レートで割り引いたものとなる。DCFモデルという、理屈の上では正しい考え方である。この本では、こういう実務的な企業価値評価の手法をわかりやすく解説するとともに、資本主義経済のあり方を議論する。
そもそも株式会社とは、岩田規久男
オリンパス事件などで、日本の企業統治や、アングロ・サクソン流の企業統治のあり方などがさかんに議論されている。日本、英米、大陸欧州など、世界の企業統治の歴史を踏まえ、コア正社員が主権を握る日本式の企業統治のあり方に関して考察している良書。
M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か? 岩崎日出俊
ブルドックソースの株主に多大な犠牲を払わせた買収防衛、アデランスをめぐるスティールパートナーズとユニゾンの攻防、裁判沙汰になった牛角のMBO、1兆6000億円も大損したNTTドコモの海外M&A戦略などなど、最近の国内の主要なM&Aがらみの事案に関して非常に的を射た分析と正論が展開される。外資系投資銀行で辣腕をふるってきたM&Aアドバイザーの岩崎氏が、わかりやすく日本のあるべき姿を説く。
借金を返すと儲かるのか? 岩谷誠治
ファイナンスを勉強するには多少なりとも会計の知識が必要になる。損益計算書(P/L)や賃借対照表(B/S)の意味がわからないと、バリュエーションやコーポレートガバナンスといった重要なトピックを理解できない。この本は初心者が手っ取り早く会計の初歩を学ぶのにいい本である。
現代の金融入門、池尾和人
一国の金融システム全体をアカデミックに俯瞰したいのならばこの本がいい。中央銀行による金融政策、企業の資金調達、株式や債券の市場などを、さまざまな角度から論じている。金融論入門をコンパクトにまとめた良書。
弱い日本の強い円、佐々木融
大震災など、日本にネガティブなニュースがあるとよく円高になるが、それはなぜか。世界の景気がよくなると円安で、逆に現在のように世界の景気が悪くなると、なぜ円高になるのか。ドルはなぜ下がり続けているのか。こういった疑問にひとつひとつ具体的に答えている。金融商品の価格は全て需給で決まるのであり、要するに世界の為替取引の背後にいる投資家がどのように行動するのかを考えていくことが全てなのだ。この本では、実際のプレイヤーの動きから為替相場のダイナミクスをわかりやすく説明している。
ハゲタカ(上)、真山仁
ハゲタカ(下)、真山仁
ハゲタカ2(上)、真山仁
ハゲタカ2(下)、真山仁
言わずと知れたベストセラー小説。主人公のゴールデン・イーグルこと鷲津政彦が、腐りかけの日本企業を次々と買収して巨万の富を生み出していく。買収される企業経営者と買収するファンドマネジャーの間の人間ドラマを通して、全ての日本人に資本主義とは何かを問う。
フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか、ダニエル・ピンク (著)、池村千秋 (翻訳)
フリーになりどこの組織にも属さない個人の働き方を様々な角度から論じている。大企業に勤める「サラリーマン」は20世紀の働き方なのだ。インターネット関連技術などのITの発達により、個人がグローバル・マーケットに直接つながる時代が来つつある。
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか、ダニエル・ピンク (著)、大前研一 (翻訳)
モチベーション1.0というのは動物と同じで、生存と繁殖のための本能的な部分である。そして、モチベーション2.0というのは、資本主義社会のふたつのドライビング・フォース、報酬と罰のことである。現代の企業はこのアメとムチで社員を管理している。ボーナスと首の恐怖だ。しかし、現代社会はこのモチベーション1.0と2.0では説明できない領域がどんどん増えていると著者はいう。最新の心理学の研究成果を使い、人間のモチベーションの秘密に迫る。
起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと、磯崎哲也
上場やバイアウトを目指すような本格的な起業に関する本。実際にどうやって会社を作って、ベンチャー・キャピタルのような投資家とはどういうふうに付き合って、どういうふうに資本政策を決めて、スタート・アップ企業が優秀な人材を集めるために不可欠なストック・オプションはどうやって発行したらいいのか、などの技術的な話が、非常にわかりやすく解説されている。
フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。きたみ りゅうじ
はじめて確定申告する人にとって、多くの税金の本はあまりにも網羅的すぎたりして、読んでもまったく面白くない。しかし、この本は税理士との対談形式で大変面白い。経費はどこまで認められるのか、などの役に立つ内容をわかりやすく解説している。サラリーマンの副業や個人事業主の税務の全体像がつかめる良書。

書棚はこんな感じになっています。

今回はなんと僕のサイン本まで用意しましたw 欲しい人は新宿の紀伊國屋書店へ急げ!
地方に住んでて、どうしても行けない人のためにこっそりと推薦した本をリストしておきます。
資本主義と自由 、ミルトン・フリードマン (著)、村井 章子 (翻訳)
ノーベル賞学者による自由主義のバイブル的な本。はじめて出版されたのは50年も前だが今でもおどろくほど新しい。自由な市場経済こそ人類を豊かにできるのであり、政府による裁量的な介入はなるべく排さなければいけない。本棚に一冊置いておきたい最高の古典。
セイヴィング キャピタリズム、ラグラム・ラジャン (著)、ルイジ・ジンガレス (著)、堀内昭義 (翻訳)、有岡 律子 (翻訳)、アブレウ 聖子 (翻訳), 関村 正悟 (翻訳)
原著のタイトルは"Saving Capitalism From The Capitalists." 資本主義は資本家に脅かされているのだ。フェアでオープンな市場は我々の世界を驚くほど豊かにする力を秘めているが、そこでは現在進行形で優秀な者のみが高く評価される。既得権益者は新規参入者に怯え続けなければいけない。だからこそ資本主義社会で成功した資本家は、さまざまな規制を作りだし市場をねじ曲げていく。本書では、市場経済がいかに繊細で、政府による適切な管理が必要かを説く。
フォールト・ラインズ、ラグラム・ラジャン (著)、伏見威蕃 (翻訳)、月沢李歌子 (翻訳)
世界同時金融危機の発生を、そのメカニズムまで含めて正確に予測していたラグラム・ラジャン教授の世界的なベストセラー。金融危機は自由市場の暴走というよりも、政府と市場の狭間の断層線で起こっていることをするどく指摘する。
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき、クレイトン・クリステンセン (著)、玉田俊平太 (監修)、伊豆原弓 (翻訳)
最近、写真用フィルムの世界最王手の米コダック社が破産した。デジタルカメラとの競争に敗れたのである。しかし世界で最初にデジタルカメラを開発したのがコダック社だったのだ。「破壊的イノベーション」によって既存の優良企業はそれまでの成功体験が足かせとなって追いつめられていくのだ。これがイノベーションのジレンマである。世界的なベストセラーとなった経営学の最高の古典。
大停滞、タイラー・コーエン (著)、池村千秋 (翻訳)
科学技術のイノベーションは我々を驚くほど豊かにした。これは経済学的にはGDPの上昇として表現される。しかし、自動車、飛行機、洗濯機、テレビなどといったものは何十年も前からあり、こういったものは過去にすでに発明されつくされてしまっているのかもしれない。この20年ぐらいの間に本質的な技術革新はほとんどない。インターネットを除いては。我々は容易に収穫できる果実をすでに食べつくしてしまったので、これからは経済は非常にゆっくりとしか成長しないだろうという悲観論。確かにある種の説得力はある。
過剰と破壊の経済学「ムーアの法則」で何が変わるのか? 池田信夫
「半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる」インテルの創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱したこの法則は、急速な変化を続けるコンピュータの世界にあっていまだ生き続けている。そして大量に普及したコンピュータが、世界中のすべての人をネットワークにつなげようとしている。ITの爆発的なイノベーションは、既存の産業構造や経済システムそのものを破壊し、全く新しい世界を創造するほどの威力を持っているのだ。コーエンの『大停滞』とは、全く違うイノベーションの見方。
世紀の空売り、マイケル・ルイス (著)、東江一紀 (翻訳)
アメリカの不動産バブルが崩壊し、リーマン・ブラザーズが破綻した世界同時金融危機の中で、数千億円という破格の利益を出したいくつかの無名のヘッジファンドがあった。この本はそうしたヘッジファンドの投資戦略を小説タッチで詳細に追っている。思わず手に汗にぎる、サブプライム問題と世界同時金融危機に関する最高のノン・フィクション。
ユーロ・リスク、白井さゆり
今、世界経済を占う上でもっとも重要な問題がユーロ危機である。2012年もこの問題を中心に世界の金融市場は動いていくだろう。ユーロ危機の概要を知っておくにはちょうどよいコンパクトな新書。
天才数学者 株にハマる、ジョン・アレン・パウロス (著)、望月衛 (翻訳)、林康史 (翻訳)
著者はアメリカの数学者で有名なエッセイストだが、肩の力を抜いて読める投資の本である。彼はワールドコムという会計スキャンダルで名を馳せた会社に投資して大損をこくのだが、その時の心情の描写が面白い。ファンダメンタル分析やテクニカル分析といった伝統的な投資法に加え、行動ファイナンス等の最先端の分野を広くカバーしている。ちなみにこの本を読むのに数学の知識は必要ない。
会社の値段、森生明
会社の値段、すなわち株価とは、理論的には将来の利益の総和を適切なディスカウント・レートで割り引いたものとなる。DCFモデルという、理屈の上では正しい考え方である。この本では、こういう実務的な企業価値評価の手法をわかりやすく解説するとともに、資本主義経済のあり方を議論する。
そもそも株式会社とは、岩田規久男
オリンパス事件などで、日本の企業統治や、アングロ・サクソン流の企業統治のあり方などがさかんに議論されている。日本、英米、大陸欧州など、世界の企業統治の歴史を踏まえ、コア正社員が主権を握る日本式の企業統治のあり方に関して考察している良書。
M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か? 岩崎日出俊
ブルドックソースの株主に多大な犠牲を払わせた買収防衛、アデランスをめぐるスティールパートナーズとユニゾンの攻防、裁判沙汰になった牛角のMBO、1兆6000億円も大損したNTTドコモの海外M&A戦略などなど、最近の国内の主要なM&Aがらみの事案に関して非常に的を射た分析と正論が展開される。外資系投資銀行で辣腕をふるってきたM&Aアドバイザーの岩崎氏が、わかりやすく日本のあるべき姿を説く。
借金を返すと儲かるのか? 岩谷誠治
ファイナンスを勉強するには多少なりとも会計の知識が必要になる。損益計算書(P/L)や賃借対照表(B/S)の意味がわからないと、バリュエーションやコーポレートガバナンスといった重要なトピックを理解できない。この本は初心者が手っ取り早く会計の初歩を学ぶのにいい本である。
現代の金融入門、池尾和人
一国の金融システム全体をアカデミックに俯瞰したいのならばこの本がいい。中央銀行による金融政策、企業の資金調達、株式や債券の市場などを、さまざまな角度から論じている。金融論入門をコンパクトにまとめた良書。
弱い日本の強い円、佐々木融
大震災など、日本にネガティブなニュースがあるとよく円高になるが、それはなぜか。世界の景気がよくなると円安で、逆に現在のように世界の景気が悪くなると、なぜ円高になるのか。ドルはなぜ下がり続けているのか。こういった疑問にひとつひとつ具体的に答えている。金融商品の価格は全て需給で決まるのであり、要するに世界の為替取引の背後にいる投資家がどのように行動するのかを考えていくことが全てなのだ。この本では、実際のプレイヤーの動きから為替相場のダイナミクスをわかりやすく説明している。
ハゲタカ(上)、真山仁
ハゲタカ(下)、真山仁
ハゲタカ2(上)、真山仁
ハゲタカ2(下)、真山仁
言わずと知れたベストセラー小説。主人公のゴールデン・イーグルこと鷲津政彦が、腐りかけの日本企業を次々と買収して巨万の富を生み出していく。買収される企業経営者と買収するファンドマネジャーの間の人間ドラマを通して、全ての日本人に資本主義とは何かを問う。
フリーエージェント社会の到来―「雇われない生き方」は何を変えるか、ダニエル・ピンク (著)、池村千秋 (翻訳)
フリーになりどこの組織にも属さない個人の働き方を様々な角度から論じている。大企業に勤める「サラリーマン」は20世紀の働き方なのだ。インターネット関連技術などのITの発達により、個人がグローバル・マーケットに直接つながる時代が来つつある。
モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか、ダニエル・ピンク (著)、大前研一 (翻訳)
モチベーション1.0というのは動物と同じで、生存と繁殖のための本能的な部分である。そして、モチベーション2.0というのは、資本主義社会のふたつのドライビング・フォース、報酬と罰のことである。現代の企業はこのアメとムチで社員を管理している。ボーナスと首の恐怖だ。しかし、現代社会はこのモチベーション1.0と2.0では説明できない領域がどんどん増えていると著者はいう。最新の心理学の研究成果を使い、人間のモチベーションの秘密に迫る。
起業のファイナンス ベンチャーにとって一番大切なこと、磯崎哲也
上場やバイアウトを目指すような本格的な起業に関する本。実際にどうやって会社を作って、ベンチャー・キャピタルのような投資家とはどういうふうに付き合って、どういうふうに資本政策を決めて、スタート・アップ企業が優秀な人材を集めるために不可欠なストック・オプションはどうやって発行したらいいのか、などの技術的な話が、非常にわかりやすく解説されている。
フリーランスを代表して 申告と節税について教わってきました。きたみ りゅうじ
はじめて確定申告する人にとって、多くの税金の本はあまりにも網羅的すぎたりして、読んでもまったく面白くない。しかし、この本は税理士との対談形式で大変面白い。経費はどこまで認められるのか、などの役に立つ内容をわかりやすく解説している。サラリーマンの副業や個人事業主の税務の全体像がつかめる良書。
アゴラに寄稿しました: 携帯ゲームと証券会社のアナリストと行動ファイナンス
2012年01月23日
欧州の二級国家のそれぞれの不幸・・・、マイケル・ルイス「ブーメラン」解説
明日発売される、マイケル・ルイスの新作『ブーメラン』の解説を書いたので紹介します。
ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる、マイケル・ルイス (著)、東江一紀 (翻訳)、藤沢数希 (解説)
(Boomerang: Travels in the New Third World, Michael Lewis
)
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」
ロシアの文豪トルストイのアンナ・カレーニナ
の一節である。マイケル・ルイスによるユーロ危機の真相を追った本書『ブーメラン』を読み終えて、僕はトルストイのこの言葉を思い出さずにはいられなかった。
『ブーメラン』は、ルイス氏が2010年に出版した世界的なベストセラーである『世紀の空売り』の続編ともいうべき作品である。前作は、サブプライム住宅ローン市場の崩壊(要するにローンで家を買った多くのアメリカ人が次々と借金を踏み倒した)に端を発する世界同時金融危機の中で、住宅ローン仕組み債を空売りして巨万の富を得たヘッジファンドを追った、傑出したノンフィクションである。世界同時金融危機に関しては、ジャーナリストや経済学者による書籍が多数出版されたが、そのどれもが僕には腹に落ちない部分があった。ジャーナリストが書いた本の多くはひどく複雑な話を簡単にまとめすぎていて論理が破綻していたし、経済学者はマクロ経済学的な意味付けや金融システムの観点から金融危機を論じていた。僕自身も外資系投資銀行に勤務しているのだが、住宅ローン仕組み債とは幸か不幸か全く縁がなかった。しかし投資銀行で働く人間として、そういうマクロ経済学の話はどこか遠い世界の出来事のように思えた。現場で高尚な金融システムのことを考えている人間なんてどこにもいないからだ。
自分が関わっている金融商品を使っていかに合法的にたくさん稼ぐか。そして会社のために稼いだ金をどれだけ自分のポケットに取り戻すか。良くも悪くも投資銀行の人間はそれだけを考えているし、またそれが義務であるともいえる。そして会社は自社の社員にカモられないために社員をひどく神経質に監視し、また管理しようとしている。そんな状況で、なぜ何兆円もの損失を被るリスクを数々の金融機関は許容していたのか。また、住宅バブルの崩壊により住宅ローン仕組み債が暴落することに賭けたヘッジファンドや投資銀行の一部のトレーダーが一夜にして数千億円という天文学的な利益をたたき出すのだが、いったいどういう方法でそんなことが可能だったのか、ほとんどの本には具体的な記述がなかった。そして、無名のヘッジファンドの投資戦略を詳細に記述することにより、これらの秘密を鮮やかに暴きだしたのが、ルイス氏の『世紀の空売り』だったのである。
住宅ローンとは庶民が住宅を担保に入れて金融機関から金を借りることである。金を貸している債権者には毎月の返済と金利が入ってくる。このキャッシュフローを大量に束ねて様々な住宅ローン仕組み債を作ることができる。ゴミくずのような住宅ローンをごっそりまとめた金融商品に、ムーディーズやS&Pという権威ある格付け会社が、それを売る投資銀行に頼まれてアメリカ国債並みの格付けを付けていったのである。それぞれの住宅ローンは焦げ付く可能性があっても、ローン同士の相関は弱いので、全体としてはリスクが分散するというナイーブな仮定をそのまま信じ込んだ、あるいは信じこまされたからだ。トリプルAの格付けがついたこれらの複雑な金融商品を、年金基金などの世界中の機関投資家が買った。
それではこのような金融商品をどうやって空売りするのか? それにはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)というデリバティブ商品を使う。CDSは債券のデフォルトをヘッジするための金融商品である。たとえばトヨタ自動車の社債を保有している人がいるとしよう。トヨタ自動車が倒産したら、この社債のかなり部分が吹き飛んでしまう。たとえば100円の社債がデフォルトして30円しか返ってこなかったとする。ここでこの社債のCDSを買っておけば、それを売った人から損失分の70円を貰える。そのかわりCDSを買った人は、最初に決められた金額をこの保険料、たとえば年間1%をCDSの売り手に払い続けなければいけない。この場合、トヨタ自動車の社債を100億円持っている人は、毎年1億円ずつ払えばトヨタ自動車が倒産しても損しないようにできる。
トヨタ自動車の社債を持っていない人がCDSを買ったらどうなるのだろうか? この場合、毎年1億円払えば、トヨタ自動車が倒産したら最大で100億円儲かることがわかる。つまりCDSとはルーレットで数字に賭けるような非対称のギャンブルともなるのだ。ルーレットではピッタリの数字が当たる確率は38分の1だが、そのオッズも38倍からカジノの取り分を少々引いたもので、当たると大きい。つまりCDSを買えば、たった年間1億円を賭けるだけで、もし予想通りに会社が潰れれば、100億円儲かるチャンスに張ることができる。他人の家に火災保険を掛けて、他人の家が燃えるのを祈るような賭けだと思って頂ければ理解できるだろう。債券に投資するには、あたり前だがその債券が実際に発行され流通していないといけないのだが、CDSなら債券に投資したり、デフォルトに賭けたりすることが、その債券がなくてもこのデリバティブ商品の売り手と買い手さえいればどれだけでもできる。つまり実物資産がわずかしかなくても、無限大の大きさの市場を作り出せるのである。
このように住宅ローン仕組み債は、さまざまな金融機関に保有され、そしてCDSのようなデリバティブ商品の契約が、世界中の金融機関同士で締結されていた。それがアメリカの住宅バブルの崩壊が、瞬く間に世界中に伝播した理由だ。とりわけ住宅ローン仕組み債を大量に抱えていたのは、欧州の銀行であり、それがユーロ危機を引き起こしてゆく。アメリカで庶民が住宅ローンを踏み倒したことが、グローバル化し複雑に絡み合った金融市場を通して、欧州の金融システムを崩壊の寸前まで追い詰めたのだ。そして、欧州の危機が、グローバル経済を通してアメリカにブーメランのように戻ってきて、アメリカの様々な自治体の財政を破綻させつつある。本書の『ブーメラン』という題名には、このような意味が込められているのだ。
本書は、住宅ローン仕組み債の空売りで大儲けしたヘッジファンドが、今度は日本とフランスの国債のCDSを買っている(つまり国債のデフォルトに賭けている)ところから幕を開ける。次は、いよいよ国家の破綻に賭けるというわけだ。実際に、欧州の小国は次々と事実上の国家破綻を経験している。国ごと丸々ヘッジファンドになり、住宅ローン仕組み債など、世界中のボロ資産を買いあさり、世界同時金融危機で海の藻屑のようにはじけ飛んでしまった漁師の国、アイスランド。公務員が民間企業の3倍の給料を貰い、ユーロ加盟の条件を満たすために、外資系投資銀行に多額の手数料を払い込み、なんと国の財務諸表を「粉飾」していたギリシャ。外国から膨大な資金を借り入れ、不動産融資に狂った伝統ある銀行と共に、国ごと破綻したアイルランド…。そして、こういった破綻した欧州の国々を支えるのは、勤勉で、財政規律を守っていたドイツの納税者だ。なぜなら、これらの破綻国家の国債をたんまり抱え込んでいるのはドイツの銀行であり、救済しなければドイツの納税者はドイツの金融システムの崩壊により、莫大な損失を被るからである。いわばドイツの納税者は喉に刃を突きつけられている状況で、そういった問題国家を救済しないという選択肢は、事実上ないのである。
ところで一部のヘッジファンドや投資銀行のトレーダーに途方もない利益をもたらした、住宅ローン仕組み債のCDSの売り手、つまりデフォルトのリスクを引き受けていたのは誰なのだろうか? 本書を読めば、それはドイツの地方銀行だとわかる。つまり、あのひとりで1兆円を稼いだヘッジファンド
の利益は、ドイツの地方銀行の損失だったのだ。このように一部の金融業界に莫大な利益をもたらし、ユーロ危機を瀬戸際で食い止め、欧州発のグローバル経済の大破局を回避するのに必死で貢献しているドイツの勤勉な納税者に、我々はもっと感謝するべきなのかもしれない。少なくとも、経済が好調なときは多額のボーナスを受け取り、国家の生命維持装置なしで生きられなくてなっても依然として高い給料を受け取っている大銀行の経営者は、ドイツの納税者に多少なりとも感謝したほうがいいだろう。
本書では、ルイス氏が、ギリシャ、アイスランド、アイルランドなどの破綻した国々を訪れ、そこで首相、財務官僚、金融関係者、そして多くの市民にインタビューをし、財政破綻の真相を探求していく。日本で暮らし世界のニュースを見ていると、欧州の問題国家として一括りに扱われていた国々が、実はそれぞれに全く違う事情があり、全く違う思惑で金融バブルにのめり込んでいったことがわかる。そして、バブルに浮かれた人々の様子や、破綻した後の人々の暮らしぶりも、各国の文化的背景の違いから、異なるものになっている。ルイス氏のあの辛辣は皮肉を織りまぜながら、欧州の二級国家へと転がり落ちたこれらの国の国民の暮らしぶりが、生々しく描かれていく。財政破綻した国は、いずれもそれぞれに不幸なのだ。本書は、ブーメランのように返ってきた金融危機の余波で破綻しつつあるアメリカの自治体の話で幕を閉じる。
さて、ルイス氏の『ブーメラン』の続編は、対GDP比で200%にも達する政府債務を抱え、なおも債務が膨張し続けている日本の話になるのだろうか?
ブーメラン 欧州から恐慌が返ってくる、マイケル・ルイス (著)、東江一紀 (翻訳)、藤沢数希 (解説)
(Boomerang: Travels in the New Third World, Michael Lewis
「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである」
ロシアの文豪トルストイのアンナ・カレーニナ
『ブーメラン』は、ルイス氏が2010年に出版した世界的なベストセラーである『世紀の空売り』の続編ともいうべき作品である。前作は、サブプライム住宅ローン市場の崩壊(要するにローンで家を買った多くのアメリカ人が次々と借金を踏み倒した)に端を発する世界同時金融危機の中で、住宅ローン仕組み債を空売りして巨万の富を得たヘッジファンドを追った、傑出したノンフィクションである。世界同時金融危機に関しては、ジャーナリストや経済学者による書籍が多数出版されたが、そのどれもが僕には腹に落ちない部分があった。ジャーナリストが書いた本の多くはひどく複雑な話を簡単にまとめすぎていて論理が破綻していたし、経済学者はマクロ経済学的な意味付けや金融システムの観点から金融危機を論じていた。僕自身も外資系投資銀行に勤務しているのだが、住宅ローン仕組み債とは幸か不幸か全く縁がなかった。しかし投資銀行で働く人間として、そういうマクロ経済学の話はどこか遠い世界の出来事のように思えた。現場で高尚な金融システムのことを考えている人間なんてどこにもいないからだ。
自分が関わっている金融商品を使っていかに合法的にたくさん稼ぐか。そして会社のために稼いだ金をどれだけ自分のポケットに取り戻すか。良くも悪くも投資銀行の人間はそれだけを考えているし、またそれが義務であるともいえる。そして会社は自社の社員にカモられないために社員をひどく神経質に監視し、また管理しようとしている。そんな状況で、なぜ何兆円もの損失を被るリスクを数々の金融機関は許容していたのか。また、住宅バブルの崩壊により住宅ローン仕組み債が暴落することに賭けたヘッジファンドや投資銀行の一部のトレーダーが一夜にして数千億円という天文学的な利益をたたき出すのだが、いったいどういう方法でそんなことが可能だったのか、ほとんどの本には具体的な記述がなかった。そして、無名のヘッジファンドの投資戦略を詳細に記述することにより、これらの秘密を鮮やかに暴きだしたのが、ルイス氏の『世紀の空売り』だったのである。
住宅ローンとは庶民が住宅を担保に入れて金融機関から金を借りることである。金を貸している債権者には毎月の返済と金利が入ってくる。このキャッシュフローを大量に束ねて様々な住宅ローン仕組み債を作ることができる。ゴミくずのような住宅ローンをごっそりまとめた金融商品に、ムーディーズやS&Pという権威ある格付け会社が、それを売る投資銀行に頼まれてアメリカ国債並みの格付けを付けていったのである。それぞれの住宅ローンは焦げ付く可能性があっても、ローン同士の相関は弱いので、全体としてはリスクが分散するというナイーブな仮定をそのまま信じ込んだ、あるいは信じこまされたからだ。トリプルAの格付けがついたこれらの複雑な金融商品を、年金基金などの世界中の機関投資家が買った。
それではこのような金融商品をどうやって空売りするのか? それにはCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)というデリバティブ商品を使う。CDSは債券のデフォルトをヘッジするための金融商品である。たとえばトヨタ自動車の社債を保有している人がいるとしよう。トヨタ自動車が倒産したら、この社債のかなり部分が吹き飛んでしまう。たとえば100円の社債がデフォルトして30円しか返ってこなかったとする。ここでこの社債のCDSを買っておけば、それを売った人から損失分の70円を貰える。そのかわりCDSを買った人は、最初に決められた金額をこの保険料、たとえば年間1%をCDSの売り手に払い続けなければいけない。この場合、トヨタ自動車の社債を100億円持っている人は、毎年1億円ずつ払えばトヨタ自動車が倒産しても損しないようにできる。
トヨタ自動車の社債を持っていない人がCDSを買ったらどうなるのだろうか? この場合、毎年1億円払えば、トヨタ自動車が倒産したら最大で100億円儲かることがわかる。つまりCDSとはルーレットで数字に賭けるような非対称のギャンブルともなるのだ。ルーレットではピッタリの数字が当たる確率は38分の1だが、そのオッズも38倍からカジノの取り分を少々引いたもので、当たると大きい。つまりCDSを買えば、たった年間1億円を賭けるだけで、もし予想通りに会社が潰れれば、100億円儲かるチャンスに張ることができる。他人の家に火災保険を掛けて、他人の家が燃えるのを祈るような賭けだと思って頂ければ理解できるだろう。債券に投資するには、あたり前だがその債券が実際に発行され流通していないといけないのだが、CDSなら債券に投資したり、デフォルトに賭けたりすることが、その債券がなくてもこのデリバティブ商品の売り手と買い手さえいればどれだけでもできる。つまり実物資産がわずかしかなくても、無限大の大きさの市場を作り出せるのである。
このように住宅ローン仕組み債は、さまざまな金融機関に保有され、そしてCDSのようなデリバティブ商品の契約が、世界中の金融機関同士で締結されていた。それがアメリカの住宅バブルの崩壊が、瞬く間に世界中に伝播した理由だ。とりわけ住宅ローン仕組み債を大量に抱えていたのは、欧州の銀行であり、それがユーロ危機を引き起こしてゆく。アメリカで庶民が住宅ローンを踏み倒したことが、グローバル化し複雑に絡み合った金融市場を通して、欧州の金融システムを崩壊の寸前まで追い詰めたのだ。そして、欧州の危機が、グローバル経済を通してアメリカにブーメランのように戻ってきて、アメリカの様々な自治体の財政を破綻させつつある。本書の『ブーメラン』という題名には、このような意味が込められているのだ。
本書は、住宅ローン仕組み債の空売りで大儲けしたヘッジファンドが、今度は日本とフランスの国債のCDSを買っている(つまり国債のデフォルトに賭けている)ところから幕を開ける。次は、いよいよ国家の破綻に賭けるというわけだ。実際に、欧州の小国は次々と事実上の国家破綻を経験している。国ごと丸々ヘッジファンドになり、住宅ローン仕組み債など、世界中のボロ資産を買いあさり、世界同時金融危機で海の藻屑のようにはじけ飛んでしまった漁師の国、アイスランド。公務員が民間企業の3倍の給料を貰い、ユーロ加盟の条件を満たすために、外資系投資銀行に多額の手数料を払い込み、なんと国の財務諸表を「粉飾」していたギリシャ。外国から膨大な資金を借り入れ、不動産融資に狂った伝統ある銀行と共に、国ごと破綻したアイルランド…。そして、こういった破綻した欧州の国々を支えるのは、勤勉で、財政規律を守っていたドイツの納税者だ。なぜなら、これらの破綻国家の国債をたんまり抱え込んでいるのはドイツの銀行であり、救済しなければドイツの納税者はドイツの金融システムの崩壊により、莫大な損失を被るからである。いわばドイツの納税者は喉に刃を突きつけられている状況で、そういった問題国家を救済しないという選択肢は、事実上ないのである。
ところで一部のヘッジファンドや投資銀行のトレーダーに途方もない利益をもたらした、住宅ローン仕組み債のCDSの売り手、つまりデフォルトのリスクを引き受けていたのは誰なのだろうか? 本書を読めば、それはドイツの地方銀行だとわかる。つまり、あのひとりで1兆円を稼いだヘッジファンド
本書では、ルイス氏が、ギリシャ、アイスランド、アイルランドなどの破綻した国々を訪れ、そこで首相、財務官僚、金融関係者、そして多くの市民にインタビューをし、財政破綻の真相を探求していく。日本で暮らし世界のニュースを見ていると、欧州の問題国家として一括りに扱われていた国々が、実はそれぞれに全く違う事情があり、全く違う思惑で金融バブルにのめり込んでいったことがわかる。そして、バブルに浮かれた人々の様子や、破綻した後の人々の暮らしぶりも、各国の文化的背景の違いから、異なるものになっている。ルイス氏のあの辛辣は皮肉を織りまぜながら、欧州の二級国家へと転がり落ちたこれらの国の国民の暮らしぶりが、生々しく描かれていく。財政破綻した国は、いずれもそれぞれに不幸なのだ。本書は、ブーメランのように返ってきた金融危機の余波で破綻しつつあるアメリカの自治体の話で幕を閉じる。
さて、ルイス氏の『ブーメラン』の続編は、対GDP比で200%にも達する政府債務を抱え、なおも債務が膨張し続けている日本の話になるのだろうか?
2012年01月21日
放射線医が語る被ばくと発がんの真実、中川恵一
放射線医が語る被ばくと発がんの真実、中川恵一
東京大学医学部の放射線医療チームを率いる中川恵一氏の新刊である。中川氏はすでにシーベルトやベクレル、そして被曝の人体への影響をやさしく解説した「放射線のひみつ」を出版しているが、この本はより踏み込んだ内容となっている。すでにネットなどの議論を知っている人にとってはそれほど目新しさはないが、いくつかの話は原発事故を考える際に、大変示唆的であった。特に大変興味深いのは、広島・長崎の原爆に関する記述である。
広島・長崎では大量の放射性物質が撒き散らされた。しかも、当時は放射線に対する知識が全くなかったので、原爆が投下されてすぐに多数の人が広島に戻ってきてしまったのである。その結果どうなったか。実は、広島市民は日本で一番長寿になったのだ。広島市の女性は日本の全政令指定都市の中で一番長生きする。日本の女性は世界一の平均寿命なので、広島市の女性は世界で一番長寿だということになる。なぜか。それは広島の市民には被曝手帳が配られ、医療が無料化されたからである。そのため、広島で被曝した人たちは世界で一番の長寿となったのだ。
一方でチェルノブイリの原発事故では、広島・長崎の原爆により、放射線の健康被害がよく知られていた。旧ソビエト政府は、当初は原発事故を隠そうとしたのだが、西側諸国に発覚し、国際的な非難にさらされると、急に極めて厳しい基準で住民を強制退去させた。チェルノブイリの健康被害を調査している国連科学委員会やロシア政府の包括的な調査によると、現在までに放射能汚染の犠牲者は事故の収束に当たった作業員と汚染ミルクを飲んだ住民とで合わせて50人程度である。そして疫学的には、小児甲状腺癌以外に、いかなる放射線による健康被害も見つかっていない。しかし、避難措置が取られた地域では、平均寿命がかなり短くなってしまったのだ。広島とは反対である。原因は、鬱病による自殺とアルコール中毒の大幅な増加だ。
強制移住によってコミュニティーが崩壊し、新たな生活に適応できない人々の間で、精神的なストレスによる疾患が急増したのだ。そして、主にヨーロッパのメディアから流される科学的根拠の乏しい、放射能による恐怖を煽る報道により、住民の多くが不安に苛まわれ、うつ病などを発症していった。皮肉なことに、放射線の知識が全くなく、放射能汚染された地域に住み続けた広島市民は世界一の長寿になり、そのような広島の知識に基づき、メディアが過剰な反応をした旧ソビエトの人々は精神疾患で大きく平均寿命を縮めたのだ。
無知、あるいは危険を煽ることで生計を立てているジャーナリストや一部の研究者らの無責任な言葉の数々が、チェルノブイリの住民を殺したのである。我々は福島で同じ過ちを繰り返してはいけない。
東京大学医学部の放射線医療チームを率いる中川恵一氏の新刊である。中川氏はすでにシーベルトやベクレル、そして被曝の人体への影響をやさしく解説した「放射線のひみつ」を出版しているが、この本はより踏み込んだ内容となっている。すでにネットなどの議論を知っている人にとってはそれほど目新しさはないが、いくつかの話は原発事故を考える際に、大変示唆的であった。特に大変興味深いのは、広島・長崎の原爆に関する記述である。
広島・長崎では大量の放射性物質が撒き散らされた。しかも、当時は放射線に対する知識が全くなかったので、原爆が投下されてすぐに多数の人が広島に戻ってきてしまったのである。その結果どうなったか。実は、広島市民は日本で一番長寿になったのだ。広島市の女性は日本の全政令指定都市の中で一番長生きする。日本の女性は世界一の平均寿命なので、広島市の女性は世界で一番長寿だということになる。なぜか。それは広島の市民には被曝手帳が配られ、医療が無料化されたからである。そのため、広島で被曝した人たちは世界で一番の長寿となったのだ。
一方でチェルノブイリの原発事故では、広島・長崎の原爆により、放射線の健康被害がよく知られていた。旧ソビエト政府は、当初は原発事故を隠そうとしたのだが、西側諸国に発覚し、国際的な非難にさらされると、急に極めて厳しい基準で住民を強制退去させた。チェルノブイリの健康被害を調査している国連科学委員会やロシア政府の包括的な調査によると、現在までに放射能汚染の犠牲者は事故の収束に当たった作業員と汚染ミルクを飲んだ住民とで合わせて50人程度である。そして疫学的には、小児甲状腺癌以外に、いかなる放射線による健康被害も見つかっていない。しかし、避難措置が取られた地域では、平均寿命がかなり短くなってしまったのだ。広島とは反対である。原因は、鬱病による自殺とアルコール中毒の大幅な増加だ。
強制移住によってコミュニティーが崩壊し、新たな生活に適応できない人々の間で、精神的なストレスによる疾患が急増したのだ。そして、主にヨーロッパのメディアから流される科学的根拠の乏しい、放射能による恐怖を煽る報道により、住民の多くが不安に苛まわれ、うつ病などを発症していった。皮肉なことに、放射線の知識が全くなく、放射能汚染された地域に住み続けた広島市民は世界一の長寿になり、そのような広島の知識に基づき、メディアが過剰な反応をした旧ソビエトの人々は精神疾患で大きく平均寿命を縮めたのだ。
無知、あるいは危険を煽ることで生計を立てているジャーナリストや一部の研究者らの無責任な言葉の数々が、チェルノブイリの住民を殺したのである。我々は福島で同じ過ちを繰り返してはいけない。
2012年01月20日
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき、クレイトン・クリステンセン (著)、玉田俊平太 (監修)、伊豆原弓 (翻訳)
イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき、クレイトン・クリステンセン (著)、玉田俊平太 (監修)、伊豆原弓 (翻訳)
(The Innovator's Dilemma, Clayton M. Christensen
)
19日、130年の歴史を持つフィルム・カメラの代名詞ともなっていた、名門の米コダック社が破産申請をした(ロイター)。言うまでもく、デジタル・カメラの普及によって、主力事業のフィルムの収益が大幅に悪化し続けたからだ。そしてこれも有名な話だが、デジタル・カメラを最初に開発したのは他でもないコダックだったのだ。コダックは現在でもデジタル・カメラに関連した多くの特許を保有している。
カメラ事業は大変儲かるビジネスだった。カメラを買った後にも、人々はフィルムを買い続けなければいけない。フィルムでも儲かり、そして写真を現像するときにも儲かる。しかし、デジタル・カメラではフィルムでも現像でも儲からない。デジタル化は、コダックのような大企業にとっては魅力のないものに写ったし、何より、自社の強みを打ち消すような技術である。それゆえにコダックはデジタル・カメラの参入に遅れてしまい、CanonやNikonなどの日本勢に負けてしまう。また、同じようなフィルムメーカーであった富士フィルムは、フィルム製造に関連した多数の技術を、化粧品などの基礎素材に応用し、上手くフィルム事業の衰退を新しい分野に置き換えっていった。
このように最優秀な人材を集めるエクセレント・カンパニーが、新しい安価な技術にあっさりと駆逐されてしまうことは珍しいことではない。あの有名な「イノベーションのジレンマ
」である。
1997年にはじめて出版された本であるが、世界的なベストセラーとなり、経営学の古典として必ず読んでおかなければいけない一冊となった。ひとつの技術の発明により、それまで多くの賞賛を集めていた大企業のビジネス・モデルが瞬く間に破壊されていくことがあるのだ。そこではかつての成功体験がマイナスの価値になってしまう。
経営学に関する書籍は少し時間が経つと読むに耐えないものが多い。というのも、現在の大企業の寿命は驚くほど短く、数年前に絶賛されていた企業が、今では失敗の象徴のようになってしまうことがよくあるからだ。経営学の本だから実際の企業を扱うわけだが、5年も経つと、その本の中で取り上げられている企業とその分析はお笑いのタネぐらいにしかならない。少し前に日本の企業でいえば任天堂などがやはりエクセレント・カンパニーとして絶賛されていたが、今ではiPhoneなどで提供される安価なゲームとの競争で先が見えなくなっている。破綻したリーマン・ブラザーズなどは、金融イノベーションの旗手だった。ソニーやIBMなど、このような例は枚挙に暇がない。
しかし、この本は出版から10年以上経っても、まだ価値が衰えないどころか、ますます重要になっているようだ。それはインターネットを利用する数々のサービスがこの数年の間に爆発的に進化したために、大企業をひっくり返すような破壊的なイノベーションが次々と起こっているからだろう。
個人的には新しい技術によって、古い大企業が破滅に追い込まれるのは大変素晴らしいことだと思う。それこそ資本主義社会が進化していくための成長痛に他ならないからだ。会社というのは法的な無機質の器に過ぎず、大切なのは常に個人なのだから。
(The Innovator's Dilemma, Clayton M. Christensen
19日、130年の歴史を持つフィルム・カメラの代名詞ともなっていた、名門の米コダック社が破産申請をした(ロイター)。言うまでもく、デジタル・カメラの普及によって、主力事業のフィルムの収益が大幅に悪化し続けたからだ。そしてこれも有名な話だが、デジタル・カメラを最初に開発したのは他でもないコダックだったのだ。コダックは現在でもデジタル・カメラに関連した多くの特許を保有している。
カメラ事業は大変儲かるビジネスだった。カメラを買った後にも、人々はフィルムを買い続けなければいけない。フィルムでも儲かり、そして写真を現像するときにも儲かる。しかし、デジタル・カメラではフィルムでも現像でも儲からない。デジタル化は、コダックのような大企業にとっては魅力のないものに写ったし、何より、自社の強みを打ち消すような技術である。それゆえにコダックはデジタル・カメラの参入に遅れてしまい、CanonやNikonなどの日本勢に負けてしまう。また、同じようなフィルムメーカーであった富士フィルムは、フィルム製造に関連した多数の技術を、化粧品などの基礎素材に応用し、上手くフィルム事業の衰退を新しい分野に置き換えっていった。
このように最優秀な人材を集めるエクセレント・カンパニーが、新しい安価な技術にあっさりと駆逐されてしまうことは珍しいことではない。あの有名な「イノベーションのジレンマ
1997年にはじめて出版された本であるが、世界的なベストセラーとなり、経営学の古典として必ず読んでおかなければいけない一冊となった。ひとつの技術の発明により、それまで多くの賞賛を集めていた大企業のビジネス・モデルが瞬く間に破壊されていくことがあるのだ。そこではかつての成功体験がマイナスの価値になってしまう。
経営学に関する書籍は少し時間が経つと読むに耐えないものが多い。というのも、現在の大企業の寿命は驚くほど短く、数年前に絶賛されていた企業が、今では失敗の象徴のようになってしまうことがよくあるからだ。経営学の本だから実際の企業を扱うわけだが、5年も経つと、その本の中で取り上げられている企業とその分析はお笑いのタネぐらいにしかならない。少し前に日本の企業でいえば任天堂などがやはりエクセレント・カンパニーとして絶賛されていたが、今ではiPhoneなどで提供される安価なゲームとの競争で先が見えなくなっている。破綻したリーマン・ブラザーズなどは、金融イノベーションの旗手だった。ソニーやIBMなど、このような例は枚挙に暇がない。
しかし、この本は出版から10年以上経っても、まだ価値が衰えないどころか、ますます重要になっているようだ。それはインターネットを利用する数々のサービスがこの数年の間に爆発的に進化したために、大企業をひっくり返すような破壊的なイノベーションが次々と起こっているからだろう。
個人的には新しい技術によって、古い大企業が破滅に追い込まれるのは大変素晴らしいことだと思う。それこそ資本主義社会が進化していくための成長痛に他ならないからだ。会社というのは法的な無機質の器に過ぎず、大切なのは常に個人なのだから。
2012年01月19日
アゴラに寄稿しました: 日本化した外資系投資銀行
2012年01月15日
過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか? 池田信夫
過剰と破壊の経済学 「ムーアの法則」で何が変わるのか? 池田信夫
この前紹介した、コーエンの「大停滞」は、20世紀半ばまでに大きなイノベーションは出尽くしていて、今後は先進国は経済成長を続けていくのはむずかしいだろうというテーマであった。なるほど、テレビも冷蔵庫も洗濯機も自動車も、確かに50年前からあった。そして最近のコンピュータの進歩は中間管理職の職を奪い、次々と生み出されるインターネット・サービスは雇用も所得も生み出していない、という。コーエンの議論はある種の説得力がある。
しかし、1900年12月31日、19世紀最後の日、アメリカ合衆国特許庁長官は演説の中でコーエンと同じようなことを言っていたのである。
「科学技術はこの100年に飛躍的に進歩し、すべての発見は終わった。自然現象の原理原則は明らかになり、明日から始まる20世紀は、19世紀に発見されたこれらを応用する世紀になるだろう」
その後、ライト兄弟は飛行機ではじめて空を飛び、もうすでに完成されたはずの物理学の世界では量子力学が飛躍的に発展し、原子爆弾やコンピュータなどの全く新しい原理に基づく技術が出現した。
機械が人間の仕事を奪っているという話もコインの片側を見ているに過ぎない。嫌な単純作業を機械がやってくれるようになったので、人間はよりクリエイティブな仕事に専念できるのだ。
そこで今日紹介する本は、経済学者の池田氏の「過剰と破壊の経済学
」である。この本を読めば、現在進行しているイノベーションの深い意味を理解できる。そして、コーエンの本は、時流に乗った軽薄な内容であったという他なくなる。
コーエンがイノベーションの枯渇と言っているこの20年ほどの期間こそが、実は進化論でいうカンブリア大爆発というほどのイノベーションを引き起こしている時なのだ。その背後にあるのがひとつの経験的に導かれたムーアの法則とよばれる経済法則である。「半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる」インテルの創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱したこの法則は、急速な変化を続けるコンピュータの世界にあっていまだ生き続けている。そして大量に普及したコンピュータが、世界中のすべての人をネットワークにつなげようとしている。ITの爆発的なイノベーションは、既存の産業構造や経済システムそのものを破壊し、全く新しい世界を創造するほどの威力を持っているのだ。
しかしこのイノベーションは全ての人を幸せにするわけではない。情報産業の主役を大企業から一人ひとりのユーザーに移したこの破壊的イノベーションは、ITで武装した個人が直接グローバルにつながる世界を実現した。この極めて民主的な世界は平等なユートピアとは程遠く、既存の権威や肩書きが意味を失い、すべての個人が対等に競争を強いられ、情報処理能力の優劣で所得格差が拡大していく孤独な世界なのだ。
君は、生き延びることができるか?
この前紹介した、コーエンの「大停滞」は、20世紀半ばまでに大きなイノベーションは出尽くしていて、今後は先進国は経済成長を続けていくのはむずかしいだろうというテーマであった。なるほど、テレビも冷蔵庫も洗濯機も自動車も、確かに50年前からあった。そして最近のコンピュータの進歩は中間管理職の職を奪い、次々と生み出されるインターネット・サービスは雇用も所得も生み出していない、という。コーエンの議論はある種の説得力がある。
しかし、1900年12月31日、19世紀最後の日、アメリカ合衆国特許庁長官は演説の中でコーエンと同じようなことを言っていたのである。
「科学技術はこの100年に飛躍的に進歩し、すべての発見は終わった。自然現象の原理原則は明らかになり、明日から始まる20世紀は、19世紀に発見されたこれらを応用する世紀になるだろう」
その後、ライト兄弟は飛行機ではじめて空を飛び、もうすでに完成されたはずの物理学の世界では量子力学が飛躍的に発展し、原子爆弾やコンピュータなどの全く新しい原理に基づく技術が出現した。
機械が人間の仕事を奪っているという話もコインの片側を見ているに過ぎない。嫌な単純作業を機械がやってくれるようになったので、人間はよりクリエイティブな仕事に専念できるのだ。
そこで今日紹介する本は、経済学者の池田氏の「過剰と破壊の経済学
コーエンがイノベーションの枯渇と言っているこの20年ほどの期間こそが、実は進化論でいうカンブリア大爆発というほどのイノベーションを引き起こしている時なのだ。その背後にあるのがひとつの経験的に導かれたムーアの法則とよばれる経済法則である。「半導体の集積度は18ヶ月で2倍になる」インテルの創業者ゴードン・ムーアが1965年に提唱したこの法則は、急速な変化を続けるコンピュータの世界にあっていまだ生き続けている。そして大量に普及したコンピュータが、世界中のすべての人をネットワークにつなげようとしている。ITの爆発的なイノベーションは、既存の産業構造や経済システムそのものを破壊し、全く新しい世界を創造するほどの威力を持っているのだ。
しかしこのイノベーションは全ての人を幸せにするわけではない。情報産業の主役を大企業から一人ひとりのユーザーに移したこの破壊的イノベーションは、ITで武装した個人が直接グローバルにつながる世界を実現した。この極めて民主的な世界は平等なユートピアとは程遠く、既存の権威や肩書きが意味を失い、すべての個人が対等に競争を強いられ、情報処理能力の優劣で所得格差が拡大していく孤独な世界なのだ。
君は、生き延びることができるか?
2012年01月14日
iPhoneと一眼レフデジカメで快適写真ライフ
僕はサラリーマンのかたわら、趣味と実益を兼ねて個人ジャーナリストみたいなこともやっているのですが、実は必要なモノってスマートフォンとデジカメとノートPCで、全部で20万円かかりません。そこで今日は、これらのガジェットを紹介しましょう。
まず、iPhone4Sのカメラですけど、これは全自動で自分ではほとんど何も設定できませんが、だからこそ素人でも、何でもきれいに撮れてしまいます。なかなかの実力です。

水平線。どこの海でしょうか? iPhoneでもこれぐらいは楽勝。(筆者撮影、iPhone4S)

チキンカレーです。iPhoneは料理の写真がとても得意。HDRをオンにしましょう。(筆者撮影、iPhone4S)

カフェで原稿を書いているとついつい甘いものに手が… (筆者撮影、iPhone4S)
以上のように、iPhoneでも日常生活のシーンはだいたいOKです。というのも、iPhoneのカメラはソフトウェアの方でいろいろ勝手に補正されるので、ポートレイトとか料理なんかは勝手に最適化してくれるからです。HDRという、瞬間的に複数回写真を撮り、それらを再合成することによりノイズなどをキャンセルする機能があるのですが、室内撮影の場合はこれをオンにしておくときれいに撮れることが多いようです。
しかし、iPhoneといえども、やはり一眼レフデジカメにはかないません。僕が使っているのはCanonのKiss X5
です。
一眼レフデジカメは通常ボディとレンズを別々に買うのですが、入門機的な位置づけのKiss X5
では、オールマイティなレンズがひとつ入ったキットと、さらに望遠レンズまで入ったダブルズームキットが販売されています。

ライブドアから頂いたトロフィー。光の屈折がきれいです。(筆者撮影、Kiss X5)

福島アクアマリンのカニさんです。カニぐらいならいいのですが、動く被写体を追うには、やっぱり光学ファインダーがついてる一眼がいいのです。(筆者撮影、Kiss X5)

やっぱり餃子もiPhoneよりは臨場感がありますね。福島県の喜多方で食べた餃子です。(筆者撮影、Kiss X5)

松島の風景です。(筆者撮影、Kiss X5)
ところでデジカメなので、そもそも視認するための光学ファインダーは理屈の上では不要で、フィルムの一眼レフのようにハーフミラーを使った光学機構は必要ないということで、最近注目が集まっているのがミラーレス一眼です。これは従来の一眼レフデジカメと違い、フィルムカメラと同じハーフミラーを使う光学ファインダーを取ってしまい、その分値段が安くなっています。この場合、電子的なファインダー、要するに液晶モニターで被写体を追うことになります。写真のスペックは、光学ファインダーとは関係ないので、これはなかなかいい仕組みに思えます。ただ、やはりまだまだ電子的なファインダーでは応答速度等の問題があり、動く被写体を捉えにくいです。止まっているものしか撮らない場合は、ミラーレス一眼はなかなかいいかもしれません。Nikon
やPanasonic
、Sony
なんかが面白いモデルを販売しています。デジカメの王者Canonは、まだミレーレスには参入していないようです。この辺のメーカーの戦略はなかなか興味深いですね。
デジカメは日本のメーカーが世界を席巻している数少ない分野です。今後も目が離せません。
まず、iPhone4Sのカメラですけど、これは全自動で自分ではほとんど何も設定できませんが、だからこそ素人でも、何でもきれいに撮れてしまいます。なかなかの実力です。

水平線。どこの海でしょうか? iPhoneでもこれぐらいは楽勝。(筆者撮影、iPhone4S)

チキンカレーです。iPhoneは料理の写真がとても得意。HDRをオンにしましょう。(筆者撮影、iPhone4S)

カフェで原稿を書いているとついつい甘いものに手が… (筆者撮影、iPhone4S)
以上のように、iPhoneでも日常生活のシーンはだいたいOKです。というのも、iPhoneのカメラはソフトウェアの方でいろいろ勝手に補正されるので、ポートレイトとか料理なんかは勝手に最適化してくれるからです。HDRという、瞬間的に複数回写真を撮り、それらを再合成することによりノイズなどをキャンセルする機能があるのですが、室内撮影の場合はこれをオンにしておくときれいに撮れることが多いようです。
しかし、iPhoneといえども、やはり一眼レフデジカメにはかないません。僕が使っているのはCanonのKiss X5
一眼レフデジカメは通常ボディとレンズを別々に買うのですが、入門機的な位置づけのKiss X5

ライブドアから頂いたトロフィー。光の屈折がきれいです。(筆者撮影、Kiss X5)

福島アクアマリンのカニさんです。カニぐらいならいいのですが、動く被写体を追うには、やっぱり光学ファインダーがついてる一眼がいいのです。(筆者撮影、Kiss X5)

やっぱり餃子もiPhoneよりは臨場感がありますね。福島県の喜多方で食べた餃子です。(筆者撮影、Kiss X5)

松島の風景です。(筆者撮影、Kiss X5)
ところでデジカメなので、そもそも視認するための光学ファインダーは理屈の上では不要で、フィルムの一眼レフのようにハーフミラーを使った光学機構は必要ないということで、最近注目が集まっているのがミラーレス一眼です。これは従来の一眼レフデジカメと違い、フィルムカメラと同じハーフミラーを使う光学ファインダーを取ってしまい、その分値段が安くなっています。この場合、電子的なファインダー、要するに液晶モニターで被写体を追うことになります。写真のスペックは、光学ファインダーとは関係ないので、これはなかなかいい仕組みに思えます。ただ、やはりまだまだ電子的なファインダーでは応答速度等の問題があり、動く被写体を捉えにくいです。止まっているものしか撮らない場合は、ミラーレス一眼はなかなかいいかもしれません。Nikon
デジカメは日本のメーカーが世界を席巻している数少ない分野です。今後も目が離せません。
2012年01月12日
アゴラに寄稿しました: 社会主義化する国際金融の世界
2012年01月08日
日本のソブリンリスク―国債デフォルトリスクと投資戦略、土屋剛俊、森田長太郎
日本のソブリンリスク―国債デフォルトリスクと投資戦略、土屋剛俊、森田長太郎
この前紹介した『弱い日本の強い円』と同様、これも外資系証券会社のベテランのクレジット・アナリストとストラトジストが書いた本である。このように第一線―といっても、アナリストやストラトジストは自分ではトレードせずにクライアントにいい加減な分析や予測をプレゼンしたりする芸者だけど―のプロが一般書を出版するようになったのは、いうまでもなく金融業界の将来のボーナスの期待値が大幅に低下したためである。そろそろ本でも書いて引退するとか、あわよくば印税で一儲けと目論んでいるわけである。
日本の財政が破綻するという話はもう15年以上されているが、日本国債の金利が1%前後にへばりつく中、日本国政府は楽々と金融市場から資金を調達し続けてきた。日本国債が暴落するなどという兆候は全く見られない。日本国債を売り崩そうとしたヘッジファンドはことごとく失敗してきた。この間、経済評論家やファイナンシャル・プランナーは日本破綻論を展開し、外国株や外国債券はては金貨などへの投資を呼びかけてきた。こういうアドバイスに耳を傾けたファイナンシャル・リテラシーの高い個人投資家は、リーマンショック以降の円高と世界株安の中、資産の半分を吹き飛ばした。その一方で、黙って郵便貯金をしていた日本のお年寄りの方々は圧倒的な投資パフォーマンスを達成したのである。
しかし僕はこのままいけばやはりいつかは破綻するだろうと思っている。国債で調達した金をばらまき続けても何も起こらないのなら、無税国家の誕生である。いつかは必ず調整されるのだ。しかし、いつ、どういうことがきっかけで、どのように調整されるのか、よくわからない。世間に溢れるのは、日銀引き受けによるハイパーインフレのような破綻論や、国内債だから大丈夫だという極端な楽観論ばかりで、冷静な分析があまりないように思われる。そしてこの本では、そういった極端な悲観論と楽観論の間を埋める様々な議論がなされている。
一言で財政破綻といっても、国の破綻は会社の破綻とはぜんぜん違う。会社の場合は借りていた金を期日に返せなくなって、信用を無くして運転資金を借りられなくなったところで破綻だが、国にはいろいろな方法がある。返済期日を延ばしたり、金利を免じてもらったり、丸々踏み倒すのが狭義のデフォルトだとしたら、新たな国債を日銀に引き受けさせたり、極端な重税を課すといったことは広義のデフォルトといえるだろう。この本では、それぞれのシナリオを考え、その確率を「エイヤー」と計算している。著者らのメインシナリオは、このままズルズルと10年程度は財政状況を悪化させ続けるが、国債は問題なく消化され続けるだろうというものだ。日本の銀行、そしてその背後にいる日本国民が、突然、狂ったように外貨建ての資産を購入し始めるなど、まるで想像できない。そもそもリーマンという一証券会社やギリシャという小国が破綻しただけでこれだけの大騒ぎなのに、日本の破綻など、間違いなく"Too big to fail"であり、アメリカやヨーロッパ、それに中国が許してくれるはずはなく、いよいよ危なくなってきたら、国際社会から強烈な財政再建のプレッシャーを受けるだろう。日本国債が暴落というのは、やはり起こる確率は非常に低いのではないか。
世の中のファイナンス理論は国債の金利をリスクフリーレートとして、その上に全ての理論が築かれている。ギリシャなどの小国は別にして、日本のような大きな先進国の国債のソブリンリスクをどうやって考えればいいのか、僕にはよくわからない。この本を買ってよかったことは、国債やクレジット商品を分析しているプロもぜんぜんよくわかっていないことが、赤裸々に綴られていたことだ。僕は、国債のトレーディングには全く関わっていないので、こういう話が聞けるのはありがたい。
この本の著者は、大量の日本国債を売買している日本の銀行や保険会社のファンドマネジャーにもサービスしているのだが、僕は日本の銀行の国債トレーダーはもっといろいろ考えているのかと思っていたが、実は何にも考えていないことが判明した。そもそも国債とは、ファイナンスの教科書ではリスクフリーなもので、多くの金融商品はその前提で取り引きされている。言ってみれば、飛んでいる飛行機の中でいろいろな業務をしているのが、金融業界の人たちで、飛行機そのものが落ちたらどうするのか、などということは考えてもしょうがないのである。日本の金融機関にしてみれば、日本が財政破綻したら、サラリーマンとしての地位も出世もヘッタクレもないので、日本国債がデフォルトするなどということは考慮する必要がないのだ。
実際問題、日本の銀行は日本国債以外に運用先がない。まとまった金額を外貨建て資産に振り分ければ、ほんの数%逆に行くだけで、債務超過におちいってしまう。これだけの莫大な日本国債のポジションをCDSなどでヘッジするのは、コストからいって全く問題外なのである。要するに、日本国債が暴落するなんてことは現場のトレーダーは何も考えなくてもいいのだ。
まぁ、なるようになるでしょう。
ケ・セラ・セラ♬
この前紹介した『弱い日本の強い円』と同様、これも外資系証券会社のベテランのクレジット・アナリストとストラトジストが書いた本である。このように第一線―といっても、アナリストやストラトジストは自分ではトレードせずにクライアントにいい加減な分析や予測をプレゼンしたりする芸者だけど―のプロが一般書を出版するようになったのは、いうまでもなく金融業界の将来のボーナスの期待値が大幅に低下したためである。そろそろ本でも書いて引退するとか、あわよくば印税で一儲けと目論んでいるわけである。
日本の財政が破綻するという話はもう15年以上されているが、日本国債の金利が1%前後にへばりつく中、日本国政府は楽々と金融市場から資金を調達し続けてきた。日本国債が暴落するなどという兆候は全く見られない。日本国債を売り崩そうとしたヘッジファンドはことごとく失敗してきた。この間、経済評論家やファイナンシャル・プランナーは日本破綻論を展開し、外国株や外国債券はては金貨などへの投資を呼びかけてきた。こういうアドバイスに耳を傾けたファイナンシャル・リテラシーの高い個人投資家は、リーマンショック以降の円高と世界株安の中、資産の半分を吹き飛ばした。その一方で、黙って郵便貯金をしていた日本のお年寄りの方々は圧倒的な投資パフォーマンスを達成したのである。
しかし僕はこのままいけばやはりいつかは破綻するだろうと思っている。国債で調達した金をばらまき続けても何も起こらないのなら、無税国家の誕生である。いつかは必ず調整されるのだ。しかし、いつ、どういうことがきっかけで、どのように調整されるのか、よくわからない。世間に溢れるのは、日銀引き受けによるハイパーインフレのような破綻論や、国内債だから大丈夫だという極端な楽観論ばかりで、冷静な分析があまりないように思われる。そしてこの本では、そういった極端な悲観論と楽観論の間を埋める様々な議論がなされている。
一言で財政破綻といっても、国の破綻は会社の破綻とはぜんぜん違う。会社の場合は借りていた金を期日に返せなくなって、信用を無くして運転資金を借りられなくなったところで破綻だが、国にはいろいろな方法がある。返済期日を延ばしたり、金利を免じてもらったり、丸々踏み倒すのが狭義のデフォルトだとしたら、新たな国債を日銀に引き受けさせたり、極端な重税を課すといったことは広義のデフォルトといえるだろう。この本では、それぞれのシナリオを考え、その確率を「エイヤー」と計算している。著者らのメインシナリオは、このままズルズルと10年程度は財政状況を悪化させ続けるが、国債は問題なく消化され続けるだろうというものだ。日本の銀行、そしてその背後にいる日本国民が、突然、狂ったように外貨建ての資産を購入し始めるなど、まるで想像できない。そもそもリーマンという一証券会社やギリシャという小国が破綻しただけでこれだけの大騒ぎなのに、日本の破綻など、間違いなく"Too big to fail"であり、アメリカやヨーロッパ、それに中国が許してくれるはずはなく、いよいよ危なくなってきたら、国際社会から強烈な財政再建のプレッシャーを受けるだろう。日本国債が暴落というのは、やはり起こる確率は非常に低いのではないか。
世の中のファイナンス理論は国債の金利をリスクフリーレートとして、その上に全ての理論が築かれている。ギリシャなどの小国は別にして、日本のような大きな先進国の国債のソブリンリスクをどうやって考えればいいのか、僕にはよくわからない。この本を買ってよかったことは、国債やクレジット商品を分析しているプロもぜんぜんよくわかっていないことが、赤裸々に綴られていたことだ。僕は、国債のトレーディングには全く関わっていないので、こういう話が聞けるのはありがたい。
この本の著者は、大量の日本国債を売買している日本の銀行や保険会社のファンドマネジャーにもサービスしているのだが、僕は日本の銀行の国債トレーダーはもっといろいろ考えているのかと思っていたが、実は何にも考えていないことが判明した。そもそも国債とは、ファイナンスの教科書ではリスクフリーなもので、多くの金融商品はその前提で取り引きされている。言ってみれば、飛んでいる飛行機の中でいろいろな業務をしているのが、金融業界の人たちで、飛行機そのものが落ちたらどうするのか、などということは考えてもしょうがないのである。日本の金融機関にしてみれば、日本が財政破綻したら、サラリーマンとしての地位も出世もヘッタクレもないので、日本国債がデフォルトするなどということは考慮する必要がないのだ。
実際問題、日本の銀行は日本国債以外に運用先がない。まとまった金額を外貨建て資産に振り分ければ、ほんの数%逆に行くだけで、債務超過におちいってしまう。これだけの莫大な日本国債のポジションをCDSなどでヘッジするのは、コストからいって全く問題外なのである。要するに、日本国債が暴落するなんてことは現場のトレーダーは何も考えなくてもいいのだ。
まぁ、なるようになるでしょう。
ケ・セラ・セラ♬
2012年01月07日
大停滞、タイラー・コーエン (著)、池村千秋 (翻訳)
大停滞、タイラー・コーエン (著)、池村千秋 (翻訳)
(The Great Stagnation: How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will(Eventually) Feel Better, Tyler Cowen
)
アメリカで昨年とても話題になった本である。著者はアメリカのまっとうな経済学者で有名ブロガーである。とはいえ、この本は従来の経済学のフレームワークに疑問を投げかけるものだ。この本の主張を簡単にいうと次のような感じだ。
庶民感覚的には実に当たり前のことを言っている。むしろこういう当たり前で重要なことが、伝統的な経済学のフレームワークの中に(明示的には)取り入れられていないし、著名な経済学者たちのマクロ経済政策の論争で無視されてしまっていることの方が驚きである。
この本に書いてあることはとても腹に落ちた。そして日本が停滞し続けたこの20年の間に、一見華々しい経済成長を遂げたように思われる欧米は、本質的には何も進歩していないのじゃないかと思わせる。例えばアメリカでは医療分野はGDPを押し上げ続けた成長セクターだった。アメリカ人の一人当たりの医療支出は年間6900ドルにもなり、これは日本の年間2600ドルの2.7倍だ。しかしアメリカ人の平均寿命は日本よりも5年も短く、乳幼児死亡率は日本の2.6倍である。アメリカ人の平均寿命は、アメリカよりはるかに少ない医療費でやりくりしているギリシャやキプロスなどより短い。確かにアメリカの医療分野は多くの新しいサービスを生み出し、アメリカのGDPを押し上げてきたが、その結果、アメリカ人は不健康になったのだ。
この20年間ほど、アメリカの経済成長を最も牽引した産業は何かというと金融である。ウォール街の巨大な金融機関は、確かに数々の金融商品を生み出し、莫大な金額を右に左に動かし、多くの手数料を稼いだ。これらは新たに生み出された金融サービスとして、アメリカのGDPを押し上げ続けてきた。新しい金融サービスはGDPを確かに押し上げたが、人々の生活を本当に豊かにしたのだろうか? 楽観的に見ても、必ずしもそうとばかりは言えないだろう。
教育分野にも多くの投資がなされ、それらは主に政府支出としてGDPを押し上げた。教育分野も重要な成長セクターであり、多くの新しいサービスが生み出された。その結果、本書によれば各種の知能テストが示すように残念ながらアメリカ人の多くの知能レベルは劣化したか、贔屓目に見ても30年前と変わらない水準だ。
以上のように、GDPでは豊かさを測れなくなっている例があちこちに見られるのだ。多くの医療機器が開発され、新しい検査が導入され、医師の献身的なケアーを受けた結果、国のGDPは上がったが、人々はむしろ昔より不健康になっているとしたら、経済成長っていったい何なのだろうか。GDPは明らかに多くの産業の価値を過大評価しているのだ。
その一方で、GDPのおいては過小評価されているものがある。インターネットだ。インターネットは実際に我々の生活を変えた。この20年ぐらいでいえば、インターネットがほぼ唯一の重要なイノベーションだったのかもしれない。それ以外のイノベーションははるか昔、50年も前からあるものばかりだ。我々はツイッターで呟いたり、ブログを書いたり、多くのブログを読むことができる。驚くことにこれらは全て無料だ。つまりGDPに全く貢献しない。欲しいものがあればクリック
するだけでたいていのものは次の日に送られてくる。インターネットで提供される数々のサービスは確かに我々の生活を豊かにしたようだ。
こういったインターネットの革新的技術を生み出す企業群はほとんど雇用を創出しない。むしろ従来型の中間業者を駆逐し、雇用を減らす可能性さえある。金融やITはほんの一握りの才能があればいいので、企業はそういう人材を雇うために驚くほど多くの報酬を支払ってきた一方で、多くの人々の雇用にはほとんど何の貢献もしなかった。今後、アメリカで企業業績が回復して、見た目の経済が持ち直してきても、それはジョブレス・リカバリーになる可能性が高いのである。
本書はアメリカの話として書かれているが、内容は日本を含む多くの先進国に当てはまるだろう。成長してしまった先進国の憂鬱は続くのだ。
(The Great Stagnation: How America Ate All the Low-Hanging Fruit of Modern History, Got Sick, and Will(Eventually) Feel Better, Tyler Cowen
アメリカで昨年とても話題になった本である。著者はアメリカのまっとうな経済学者で有名ブロガーである。とはいえ、この本は従来の経済学のフレームワークに疑問を投げかけるものだ。この本の主張を簡単にいうと次のような感じだ。
科学技術の進歩、あるいはイノベーションは、我々を驚くほど豊かにした。これは経済学的にはGDPの上昇として表現される。しかし、そろそろこういうイノベーションはもうお終いじゃないか。自動車、飛行機、洗濯機、テレビ、コンピューターなどといったものは何十年も前からあり、こういったものは過去にすでに発明されつくされてしまっている。実際にこの20年ぐらいの間に本質的な技術革新は何もない。インターネットを除いては。我々は容易に収穫できる果実はすでに食べつくしてしまったので、これからは経済は非常にゆっくりとしか成長しないだろう。
庶民感覚的には実に当たり前のことを言っている。むしろこういう当たり前で重要なことが、伝統的な経済学のフレームワークの中に(明示的には)取り入れられていないし、著名な経済学者たちのマクロ経済政策の論争で無視されてしまっていることの方が驚きである。
この本に書いてあることはとても腹に落ちた。そして日本が停滞し続けたこの20年の間に、一見華々しい経済成長を遂げたように思われる欧米は、本質的には何も進歩していないのじゃないかと思わせる。例えばアメリカでは医療分野はGDPを押し上げ続けた成長セクターだった。アメリカ人の一人当たりの医療支出は年間6900ドルにもなり、これは日本の年間2600ドルの2.7倍だ。しかしアメリカ人の平均寿命は日本よりも5年も短く、乳幼児死亡率は日本の2.6倍である。アメリカ人の平均寿命は、アメリカよりはるかに少ない医療費でやりくりしているギリシャやキプロスなどより短い。確かにアメリカの医療分野は多くの新しいサービスを生み出し、アメリカのGDPを押し上げてきたが、その結果、アメリカ人は不健康になったのだ。
この20年間ほど、アメリカの経済成長を最も牽引した産業は何かというと金融である。ウォール街の巨大な金融機関は、確かに数々の金融商品を生み出し、莫大な金額を右に左に動かし、多くの手数料を稼いだ。これらは新たに生み出された金融サービスとして、アメリカのGDPを押し上げ続けてきた。新しい金融サービスはGDPを確かに押し上げたが、人々の生活を本当に豊かにしたのだろうか? 楽観的に見ても、必ずしもそうとばかりは言えないだろう。
教育分野にも多くの投資がなされ、それらは主に政府支出としてGDPを押し上げた。教育分野も重要な成長セクターであり、多くの新しいサービスが生み出された。その結果、本書によれば各種の知能テストが示すように残念ながらアメリカ人の多くの知能レベルは劣化したか、贔屓目に見ても30年前と変わらない水準だ。
以上のように、GDPでは豊かさを測れなくなっている例があちこちに見られるのだ。多くの医療機器が開発され、新しい検査が導入され、医師の献身的なケアーを受けた結果、国のGDPは上がったが、人々はむしろ昔より不健康になっているとしたら、経済成長っていったい何なのだろうか。GDPは明らかに多くの産業の価値を過大評価しているのだ。
その一方で、GDPのおいては過小評価されているものがある。インターネットだ。インターネットは実際に我々の生活を変えた。この20年ぐらいでいえば、インターネットがほぼ唯一の重要なイノベーションだったのかもしれない。それ以外のイノベーションははるか昔、50年も前からあるものばかりだ。我々はツイッターで呟いたり、ブログを書いたり、多くのブログを読むことができる。驚くことにこれらは全て無料だ。つまりGDPに全く貢献しない。欲しいものがあればクリック
こういったインターネットの革新的技術を生み出す企業群はほとんど雇用を創出しない。むしろ従来型の中間業者を駆逐し、雇用を減らす可能性さえある。金融やITはほんの一握りの才能があればいいので、企業はそういう人材を雇うために驚くほど多くの報酬を支払ってきた一方で、多くの人々の雇用にはほとんど何の貢献もしなかった。今後、アメリカで企業業績が回復して、見た目の経済が持ち直してきても、それはジョブレス・リカバリーになる可能性が高いのである。
本書はアメリカの話として書かれているが、内容は日本を含む多くの先進国に当てはまるだろう。成長してしまった先進国の憂鬱は続くのだ。

