恋愛や仕事で成功するために、もっとも必要ないものは何かと聞かれたら私は「嫉妬心」と答えるでしょう。

いい女も、いいビジネスの話も、たいていはモテる男、デキる男の周りに集まっているものです。
また、いい男もいい女の周りに集まっています。
よって、こう言った自分より秀でている人物を見つけたら、友達になってもらって、少しでも幸せをお裾分けして貰おうと行動した方がいいことは火を見るより明らかなのですが、実際には多くの人が自分よりも輝いている人を見るとねたんで足を引っ張ろうとします。
素敵な異性もお金も全てを手に入れたような有名人が離婚したり、事業に失敗したりしたときの、あのワイドショーや女性週刊誌の報道、そしてそれを見る大衆の狂喜乱舞振りを見ると人間の嫉妬心のすさまじさがよく理解できます。

さて、自分よりモテている、成功している人に友達になってもらえればそれが一番いいのですが、成功者と言うのは交友する人を非常に厳しく選んでいたりするのが普通なので友達になってもらうことはむずかしいかもしれません。
それでも少なくともどうして、彼ら、彼女たちが自分よりも成功しているのかを観察して、そこから謙虚に学ぶべきです。
嫉妬心から陰口を叩いたり足を引っ張ったりするのは、損か得かと言えば完全に「損」なのです。
現代社会では、嫉妬心は百害あって一利なしです。

しかし、人間のこのような嫉妬心は科学的に考えてみれば実に不思議なものです。
このように全く自分の利益のためにならない嫉妬心と言う感情を、人間はどうして進化の過程で獲得してしまったのでしょうか?

ここでもやはりこのまえ紹介した男10人、女10人の村のモデルがとても役に起ちます。
あぶれてしまった人、または不本意にも下位の異性を掴まされてしまった人が、あぶれないようにするには、または相手の順位を上げるにはどうすればよいでしょうか?
答えは「上位の同性のライバルを叩き落とす」です。
どうやって叩き落すかですが、変な噂を広めたりとかのソフトなものから文字通り殺してしまうようなハードなものもあります。
何万年も前の人間社会はこのモデルのような小さなコミュニティーで人間は生活しており、そこでは嫉妬が渦巻き、モテない下位の人たちは、モテる上位の人たちを叩き落して自分がその座を奪い取ろうと虎視眈々と策略をめぐらせていたのです。
こう言う小さなコミュニティーでは嫉妬心から自分より秀でている人間を叩き落すことにより自分も大いに利することができるのです。
小さなコミュニティーでは自分より上の人間をひとり蹴落とすだけで、自分の順位が大きく上昇するからです。
だからこそ、進化の過程でこのようなどす黒い嫉妬心が人間の感情の中に宿ってしまったのでしょう。
実際にチンパンジーのコミュニティーの研究では、下位のモテないオスが複数でモテる上位のオスをリンチして怪我をさせたり時には殺してしまうことが観察されるようです。
(モテる上位のオスは運動神経や体力に秀でており、下位のオスが一対一で喧嘩するとほぼ確実に返り討ちに会うため、下位のオスは複数で上位のオスを叩き落します)

しかし、現代社会では自分より上位のライバルを叩き落す戦略は全く役に立たなくなってしまいました。
現代では村の大きさが何百万人、何千万人と言う桁違いなものになってしまいましたし、アパートの隣に誰が住んでるかも分からない匿名性の高い社会になってしまったからです。
東京のような大都市では恋愛対象になりえる人がそれこそ何百万人とおり、自分よりモテるライバルをひとり叩き落したところで、それは何百万人と言うライバルが何百万人−1のライバルになると言うだけであり、嫉妬心をむき出しにしてライバルを叩き落すのに莫大なコストを支払わなければいけないのに、そこから得られる利益がなきに等しいからです。

つまり、人間がチンパンジーのコミュニティーのような小さな集団で生活していた原始時代ではそれなりに活躍した嫉妬心も、現代では全く役立たずになってしまったのです。
役立たずと言うよりもむしろ完全に自らを滅ぼす感情になってしまいました。

もし、現代社会で恋愛で、そして仕事で成功したかったら、嫉妬心と言うものをとにかく捨てましょう。
自分より幸せそうな人をみたら、その人をもっと幸せにしてあげようとすることです。
自分よりモテている友達がいたら、その人がもっとモテるように応援してあげましょう。
自分よりお金を稼いでいる友達がいたら、その人がもっとお金を稼げるように応援してあげてください。
他人を幸せにすることにより、自分にもどんどん幸せになるチャンスが巡ってくるのです。

たとえ最愛の恋人があなたを捨てて、他の人のところに行こうとしていたとしても「それであなたが幸せになるなら私は応援するわ」、「それで君が幸せになるなら僕はそれを応援するよ」と言えるぐらいの心意気を持ちましょう。
逆説的ですが、そう言う人からは誰も離れて行こうとしないのですけどね。


ねたみ深い人は、他人に災いを与えたいと思い、罰を受けずにそうできるときには必ずそうするだけでなく、ねたみによって、われとわが身も不幸にしている。
自分の持っているものから喜びを引き出すかわりに、他人が持っているものから苦しみを引き出している。
(バートランド・ラッセル、幸福論)