「福祉を充実させる」と言う耳触りのいい言葉にはほとんどの人が反対しません。
福祉のためのお金はどこかの誰かが稼いだお金なのですが、そう言ったことに想像力はなかなか回らないようです。
結局、福祉と言うのは国家権力が金持からお金を奪い取って、それを貧乏人や一部の政治団体にばらまくことに他なりません。

しかし、人は誰しもが病気やけがで働けなくなってしまうことがあります。
それに、あまりにも貧富の差が広がりすぎると治安が悪化して、それこそ富を独占している金持ちも安心して生活ができなくなってしまいます。
ある程度の富の再分配、つまり金持から金を奪って貧乏人に配ることは、社会に必要なのかもしれません。

さて、今日はそんな福祉の一般論を語るのではなく、福祉国家と移民政策の関係を考えてみたいと思います。

結論から言うと、福祉国家と移民政策を両立させることは非常に難しいです。

福祉国家の大きな問題点は、フリーライダーがたくさんでてきてしまうことです。
働かなくてもそれなりの生活ができてしまうなら、そのまま社会に寄生していこうと考える人がたくさんいてもおかしくないでしょう。
社会に寄生する人々がどんどん増えていくと、当然のように経済の発展が停滞していきます。
そして、高い税金で富を奪われる優秀な個人や企業は、どんどんそう言った国から出て行ってしまいます。
寄生する人々だけになれば国家は破たんするほかありません。

さて、移民政策ですが、これは大きく分けて2種類あります。

ひとつ目は高度な専門技能をもった労働者や、大きな財産をすでに持っている人を移民として受け入れることです。
こちらの移民に関しては、移民政策にアレルギーを持つ日本でさえコンセンサスができていてある程度積極的に受け入れています。
なぜなら日本全体にとって大きな利益になることが明白だからです。
とは言ってもこう言った人達は世界中で取り合いになるので、好き好んで日本に移住したいと言う人はそれほど多くなないでしょう。
また、数でいえば、こう言うエリート移民は人口全体からみれば微々たるものです。

問題はふたつ目の方です。
途上国から、単純労働者を受け入れるかです。
こちらは日本では全くコンセンサスができていません。
しかし、少子高齢化で人口減が予想され、介護等では深刻な労働力不足が予想されることから、積極的に受け入れるべきだと考える人も多くいます。

こう言う移民の人たちは、先進国では人気がなくて常に人手不足の産業で働くのが普通です。
なぜそこまでして先進国で働きたいのかと言うと、そう言った労働でも、給料等の面から見て、自国で働くよりはるかにめぐまれているからです。

こう言う人たちは、先進国の恵まれた社会保障等の恩恵を、自国に残してきた家族や友人にも受けさせてあげたいと思うでしょう。
そして、先に移住した労働者を通して、かなりの人数が後からやってくることになります。
こう言った移民の何割かは、税金を納めることなく福祉にただ乗りするフリーライダーになってしまうのです。
富の再分配と言っても、生活保護のような直接給付されうものばかりではありません。
電気や水道、道路などのインフラ、病院などの医療サービス、こう言ったありがたいものは、全て誰かが払った税金で作られているのです。
税金を払わない人でも、こう言った社会インフラを利用できます。
これも立派なフリーライダーでしょう。

どの先進国も福祉にさける富の大きさは限られているので、そう言ったリソースはもともと住んでいた寄生虫の人たちと取り合いになります。
社会に寄生してい生きている人達は、福祉のパイは有限だと言うことを本能的に知っているのでしょう。
だからこそ、時に人種差別発言を繰り返し、移民が入ってこないようにするのかもしれません。

フランスやドイツ、イタリアのように移民が社会問題になっている国と言うのはどれも福祉国家なのです。
しかも地続きで気候も温暖なので、不法移民が大量に入ってきます。
そこでもともと福祉システムに寄生していた先住民の貧乏な白人と移民が対立するのです。
ネオナチのような外国人排他のおかしな集団も出てきます。

その点、アメリカは移民がそのような形で問題になることはありません。
なぜならアメリカは世界に冠たる低福祉国家だからです。
アメリカで生まれたアメリカ人でも、貧乏人は医療を満足に受けることができません。
ある病気にかかると、金持ちは生き延びるけど、貧乏人は死ぬと言うことが起こります。
貧乏人は世界で一番豊かな国で生まれてちゃんと国籍を持っていても、やはり何の助けも得られないのです。
だから、単純労働者のような移民を途上国からどんどん受け入れることができるのです。

会社で言えば、基本給がなくて完全に歩合給だけのブラック会社みたいなものです。
売上に応じてしか給料がもらえない。
だから、誰でも入社させることができます。
「来たいなら来てもいいよ。でも稼げなかったらのたれ死ぬだけだよ」と言う分けです。

福祉国家で移民を大量に受け入れると、社会のフリーライダーになることを目指して労働力にならない人々もたくさんやって来てしまいます。
そして、こう言った移民と、もともと住んでいた社会の寄生虫が時に激しく対立してしまうのです。
だから、福祉国家と移民の大量受け入れはななかなか両立できないのです。

北欧諸国は世界に冠たる福祉国家で移民もかなり受け入れていますが、イタリアやフランスやドイツのように社会問題にはなっていないようです。
しかし、これは単に、これらの国は冬が非常に寒いので、正式な手続きを踏んだ移民しか生き残れないから、政府がうまくコントロールできるだけしょう。
北海道にゴキブリがいないのといっしょです。

日本は福祉国家に大きく舵を切っていますが、福祉国家と移民政策は非常に相性が悪いことを覚えておいた方がいいでしょう。

福祉国家と言うのはとても耳触りがいいのですが、僕は個人的には、福祉国家と言うものに、共産主義のような得体のしれない気持ち悪さを感じます。

福祉のない豊かな国にあこがれます。

厳しいようですが、弱い個体が子孫を残すことができずに死んで行くことは、我々が住む自然界の鉄則ではないでしょうか。
自然界のルールに逆流していくと、どんな恐ろしい副作用が生まれるのだろう・・・