みなさんも経済評論家なんかが「今の日本はものすごい供給能力があってモノをたくさん作れるのに景気が悪くて需要がすくないのだから政府が財政出動しなければいけない」というような話をするのを何度も聞いたことがあるでしょう。
また「今は失業者がいっぱいいるから生産性をあげて供給側をよくしても意味がないから財政出動して需要を作り出さないといけない」とかいわれることもあります。
こういう考えをケインズ政策といいます。

しかしこれはどういうことなのでしょうか?
身近なことに落とし込んで考えてみましょう。

株のはなしでもしますか。
たとえば東証二部とかの小さい会社でぜんぜん取引されていない板のものすごくうすい株をあなたがもうすこししたら値上がりすると思って1株10万円で買ったとしましょう。
小規模の土建屋の株です。
あなたはこの会社の株は15万円の価値があると思っているのでいつも15万円のところで売りの指値注文をいれているとします。
しかし、この板がすかすかの株はぜんぜん取引されませんし、取引が成立しても9万円とか9万5千円であなたの目標の15万円にはぜんぜんとどきません。
それでも来る日も来る日も15万円で指値をいれつづけました。
でもぜんぜん売れないしむしろ株価が下がっていくようです。
さてどうしたものでしょうか?

1.こんなボロ株そんな高値で売れるかボケ、早く損切りしろ。
2.うーん、こんな素晴らしい会社がこんな株価なのは何かが間違っている。そうだきっと社会が間違っているにちがいないから、政府は責任をもって税金を使って何かこの土建屋に公共事業を発注して業績を押し上げなければいけない。
3.こんな素晴らしい会社の株価があがらないのはきっと日銀が金融を引き締めているからにちがいない。だったら日銀は非伝統的金融政策を実施してこのような株を買い上げなければいけない。

もちろん答えは1で、良識ある経済学者の見識です。
2.は政治家や官僚と癒着している業界と御用学者が大好きなケインズ政策です。
ちなみに3.が最近なぜか復活してきたリフレ派の人の答えです。

3.のリフレ派の人はそのオメデタイ考え方には困ったものですが実際の政策にはまったく影響力がないので放置プレイでいいのですが、問題は日本の政策担当者がどっぷりと2.の考え方に染まってしまっていることです。
考えてみたら当然で、国民のお金を政府の権限でばら撒くことを正当化するケインズ理論は、政治家も官僚も大好きなのです。

政府が景気対策で財政出動XX兆円などとニュースで報道されると何か政府がいいことをしてくれていると勘違いしている人もいるかもしれませんが、このような日本国政府の考えが今の日本の苦境の原因だということを肝に銘じておく必要があるでしょう。

これからの日本は税金が上がって福祉がカットされていきます。
しかしこれはとてもおかしなことではないでしょうか?
ふつうなら税金はたくさん払うけど政府からのサービスもたくさんうけられる高負担・高福祉の国か、税金は安いけど政府からのサービスは少ない低負担・低福祉の国かの選択のはずです。
しかし日本には高負担・低福祉の選択肢しか残されていないのです。
なぜこんなことになってしまったのでしょうか?
それは1000兆円にせまる勢いの国の借金の利払いと返済のためにこれからの労働者は重税に耐えなければいけないからです。

政府の財政出動による需要の創出というのは、赤字国債を発行して将来の税金を前借りして、人工的に一時的な需要を作っているだけなのです。
赤字国債は将来の税金で、税金を下げれば景気がよくなるし、税金を上げれば景気が悪くなるのだから、財政出動というのは将来の需要の先食い以外の何物でもないのです。
しかしそれでもケインズ的な財政出動が有効な可能性もまったくゼロとはいえません。
なんらかの一時的なショックで需要が落ち込んでいるのならそこで財政出動して、将来の景気が過熱気味の時に増税して借金を返せば景気の変動を和らげる効果があるからです。
つまり政府が景気の谷と山をどんぴしゃりと正確に予測して極めてタイミングよく財政出動ができれば経済の変動の安定化だけはできます。
ところが実際には政府は景気の動向を正確に予測できませんし、予測できたとしても財政出動のために国会で長々と議論してから実行されるのでタイミングを合わせることもほとんど不可能なのです。
要するに財政出動というのは理屈の上では経済を安定化させる効果があるかもしれないのですが、現実的には多くの場合より不安定にするのです。

さらに財政出動には致命的な問題点があります。
それは政府が需要を作り出してもう国民には必要のない会社まで税金で救済してしまうために、新しい高成長の分野への産業構造の変化を妨げてしまうのです。
その結果、旧態依然とした構造が政治力だけ強めてゾンビのように生き延びてしまい、日本経済の発展を妨げるのです。
すでに日本はGDPがほとんど成長しない失われた20年を過ごしましたが、この20年の間に政府は狂ったようにケインズ政策を実行して、途方もない赤字国債を発行しました。
これはとつてもない負担となってこれから日本の労働者にのしかかっていくことでしょう。
しかしこんなことを20年続けて経済がまったく成長しなかったのにまだケインズ政策にしがみついるのを見ると、これはたんに既得権益層との癒着などという世俗的なのものではなくもはや危険な思想といってもいいかもしれません。
「長期的に危険なのは既得権益ではなく思想だ」という名言を残したのがケインズだというのもいかにも皮肉ですね。

もう一度いいます。
今、モノが売れないのは、需要に対して供給がありすぎるからではありません。
ただ単に僕たちが欲しいモノやサービスを日本企業が供給できていないだけなのです。
僕たちが買いたいような心躍るようなモノがないのです。
それは供給側の失敗であり、日本企業の努力が足りないだけなのです。
そしてそんな企業を赤字国債を発行しながら延命させてきた日本国政府の問題なのです。

また需要が足りなくて供給が過剰だから失業者がいるというのも完全に間違っています。
失業者がいるのは、今世界が必要としている高付加価値のモノやサービスを生み出すためのスキルを持っていないから、会社が雇わないだけなのです。
そのようなスキルを身につけるために日々努力することを怠る堕落しきった人間が失業しているだけなのです。
そして政府の役割は赤字国債を発行して無理やり需要を作り出して失業者に職を与えるのではなく、失業者が社会が必要としている成長産業にスムースに移れるように手助けしてあげることなのです。

今こそ僕たちは創造的破壊を実行する時ではないでしょうか?
資本主義社会は不況のたびにどんどん生まれ変わって強くなっていったのです。
日本に必要なことは将来負担と引き換えの一時的な景気刺激ではなく、恒常的にイノベーションが起こる競争的な社会をつくることなのです。
総需要と総供給なんて単純化された机上の理論を振りかざして、時間の矢の中でダイナミックに変化していく社会を見ることができない無能な経済学者のいうことに耳を傾けてはいけません。



経済学者や政治哲学者の思想は、それが正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えられているより遥かに強力である。事実、世界を支配するものはそれ以外にはないのである。どのような知的影響とも無縁であると自ら信じている実際家たちも、過去のある経済学者の奴隷であるのが普通である。権力の座にあって天声を聞くと称する狂人たちも、数年前のある三文学者から彼らの気違いじみた考えを引き出しているのである。私は、既得権益の力は思想の漸次的な浸透に比べて著しく誇張されていると思う。もちろん、思想の浸透はただちにではなく、ある時間をおいた後に行なわれるものである。なぜなら、経済哲学および政治哲学の分野では、25歳ないし30歳以後になって新しい理論の影響を受ける人は多くなく、したがって官僚や政治家やさらには煽動家でさえも、現在の事態に適用する思想はおそらく最新のものではないからである。しかし、遅かれ早かれ、良かれ悪しかれ危険なものは、既得権益ではなくて思想である。

雇用・利子および貨幣の一般理論、J.M. Keynes(原著)、塩野谷祐一 (翻訳)