国会で菅副総理兼財務大臣が「乗数」についての質問にぜんぜん応えられなくてしどろもどろになってしまい、方々からものすごくdisられているようです。
この話題はネットではすでに消化されてしまい旬が過ぎてしまったようですが、今日は経済学の勉強ということでこの乗数理論(Theory of Multiplier)をじっくり学びましょう。
僕はこのケインズの乗数理論が日本をこのような苦境に追いやったのではないかと思っており、大変に危険なものだと認識しています。

さて、乗数(Multiplier)です。

政府が公共事業をしてG円使うとしましょう。
そうするとこの公共事業を受注した会社にはG円の売り上げが発生します。
この時点で当たり前ですがGDPはG円増えます。
ところが話はこれで終わりません。
このG円はこの土建屋の社長のボーナスになったり、取引先の社員の給料になったりと必ず誰かの所得になるからです。

基本的に人の消費は所得が増えるほど増加します。
300万円の給料の人が1000万円もらうようになれば、つかうお金もそれなりに増えるでしょう。
ここで限界消費性向(Marginal Propensity to Consume)というのを考えましょう。
なんかむずかしい名前がついていますけど、100万円収入が増えたらいくら消費を増やすかというただそれだけのことです。
100万円収入が増えたら70万円使うのであれば、この消費性向は0.7になります。
最初の政府支出のGは誰かの所得になって、この誰かの所得の増加はその誰かの消費を増やします。
その誰かの消費は、これまた他の誰かの所得になります。
たとえば公共事業でもうかった土建屋が、飲み屋でお金を使えばそれは飲み屋の売り上げになります。
そして飲み屋は土建屋のおかげでもうかった分で、何か買い物したりと、このプロセスが永遠に続いていくことがわかるでしょう。

消費性向をcとおくと、結局のところ最初の政府支出のGは、GDP(国内の売り上げを重複を取り除いたりして全部足したもの)を次の分だけ引き上げることがわかります。

 GDPの増加 = G + c x G + c^2 x G + c^3 x G ...

これは無限等比級数の和の公式を使えば簡単になって次のようになります。

 GDPの増加 = 1 / (1 - c) x 政府支出

この1/(1-c)の部分が乗数というやつです。
c=0.7だったら3.3ですね。
この式は政府が1000億円使えば、GDPが3300億円増えるといっているわけです。
あら、不思議。これが乗数効果(Multiplier Effect)です。
ちなみに減税にもGDPを引き上げる乗数効果があり、計算すると次のようになります。

 GDPの増加 = c / (1 - c) x 減税額

そしてこの乗数理論はどのマクロ経済学の教科書にも載っているし、公務員試験にも出るので、日本の法学部出身の政治家や官僚はこれが大好きです。
自分たちの利権を増やせるという世俗的な欲望もあるとは思いますが、何といっても無限等比級数が出てくるあたりが何となく高級そうな理論にみえて、そのあたりが彼ら法学部卒業生を駆り立てるのでしょう。
そんな東大法学部出身の彼らは、不景気になると得意げな顔してケインズの乗数理論を使って公共事業を連発します。
よーし、瀬戸内海にもう一本橋つくっちゃうぞー、とかいってるの。
もう見てらんない。
だいたい政府がお金を使えば芋づる式にどんどんGDPが増えるんだったら世界の貧困問題はとっくに解決しているんじゃないのかという疑問が、ふつうの知能を持っていればふつふつとわいてくると思うんですけど、なぜか法学部出身の政治家も官僚もそういうことがさっぱりわからないようなのです。
さらに僕が非常に不思議だと思うのは、マクロ経済学の教科書とかを読むと、乗数効果の説明ってだいたいここで止まっているのですよ。
政府が金使えばGDPがどんどん上がるなんてまるで魔法じゃないですか。

さて、これからこの乗数の話の何がインチキかというのを見ていきたいと思います。

まず、政府が無理やり投資したことによって、失われた何かが見えていないことです。
政府が投資をするために、国債を発行して市場からお金を調達します。
つまり、民間が何かに投資したり消費したかもしれないお金を、政府が勝手に使ったわけで、その分の民間の支出が減っていることがあり得ます。
つまり、民間が自発的に引き上げることができたGDPが政府支出に変わっただけかもしれないのです。
また、GDPの数字では同じでも、民間が自分でやりたいことにお金を使うのは確実に民間を幸せにしますが、政治家や官僚が勝手に自分たちの利権にお金を使えば一時的にGDPは上がるかもしれませんが必ずしも国民が幸せになるとはかぎりません。
この点でも政府支出の罪は重いと考えるべきでしょう。
このように政府の経済活動が、民間の経済活動を押し出してしまうことをクラウディング・アウトといいます。
クラウディング・アウトの効果が考慮されていないところが、乗数理論の愚かなところです。
またマンデル・フレミング・モデルをちょいと勉強すれば、変動相場制では政府の財政支出による景気浮揚効果は外国に逃げてしまうということがわかるのですが、これはまた次回に勉強しましょう。

しかし、乗数理論のもっともお馬鹿なところは、時間軸の考察と将来負担の概念がすっぽり抜け落ちていることです。
景気対策に政府が財政支出をするということは、国債を発行するということです。
国債は将来の税金の先食いなので、将来時点でいつかは増税してつじつまを合わせなければいけません。
増税すると、逆乗数効果があるので、その時は国民は大変痛いわけです。
つまり、政府の財政支出により目先の景気対策にはなりますが、それは将来のどこかで借りを返さなければいけないのです。
理屈の上では不景気の時に政府支出で景気を底上げして、好景気の時にその借りを返すということをすれば、経済の変動を安定させることができます。
しかし、それは政府が景気の谷と山をドンピシャリと予測できるということを暗に仮定しているので、その実効性は大いに疑問です。
政治家は国会で「裏金は秘書が勝手にやったことだから自分は関係ないんだ」「本当は知ってたんだろ?」「実は母が勝手にやりました」みたいなより重要な問題を議論しなければいけないので、日本経済のことを考える時間などまったくありません。
やはり、政治家が景気の谷と山を予測して、ケインズの乗数理論で経済を安定させられると考えるのは無理があるでしょう。

法学部出身の日本の為政者たちは、景気が悪くなったら赤字国債を発行して財政出動するということを過去20年間繰り返してきました。
その結果、日本はまったく経済成長せずに途方もない借金が積み上がったのです。
景気対策で財政出動し、その効果が切れたきにその痛みを打ち消すためにさらに財政出動をするという悪循環は、まるで麻薬中毒者が麻薬の禁断症状の苦しみに耐えられず次々と強い麻薬を打っていようです。

そして、今とうとう麻薬がなくなってしまおうとしています。
今まで痛みは全て麻薬でごまかしてきたので、麻薬をやめれば恐ろしい禁断症状に見舞われるでしょう。
日本経済はこれからこの禁断症状に耐えられるのでしょうか?

参考資料
Macroeconomics, N. Gregory Mankiw
クルーグマン マクロ経済学、ポール・クルーグマン(著)、ロビン・ウェルス(著)、大山道広(翻訳)、石橋孝次(翻訳)、塩澤修平(翻訳)、白井義昌(翻訳)、大東一郎(翻訳)
補正予算という麻薬、池田信夫