中学受験ネタからはじまった学歴エントリーはその後様々なブログで引用され、大いにその是非が議論された。
たった数日の間に合わせて600近くのコメントがついたのは、多くの日本人の心に受験勉強の思い出がいかに深く刻み込まれているかの証左であろう。

しかし、その後、議論は思わぬ方向に進展した。
日本では、このような受験を勝ち抜く秀才の多くが、医師や弁護士という国家資格に向かい、必ずしもグローバル経済の中でますます熾烈さを増す技術開発やビジネスの国際競争に、その才能が活かされていないという問題提起である。

医師の仕事の多くが厚生省の官僚と製薬会社によって定型化されており、必ずしも理数系の才能が必要とされるわけではない。
また、外科手術のような分野は、受験勉強の才能より、手先の器用さといった素養がより重要であることはいうまでもなかろう。
弁護士の仕事にしたって、ほとんどの業務は犬も食わないような内輪げんかの仲裁であり、人情に訴えうまいこと和解させるという人間力こそ必要だが、必ずしも難解な法理論が役に立つわけではない。

そこで本エントリーでは、なぜ受験秀才が医学部に進学するのかということに絞って考察することにする。
ある程度以上の理系の大学を受験した者なら誰でも知っていることなのだが、偏差値の高い理系の受験生はみんな医学部に行く。
実際に最難関大学といわれる東京大学の工学部や理学部(以下理1)よりも、ど田舎の国公立医学部の方が入学難易度は高い。
首都圏の国公立医学部にいたっては東大理1よりもはるかに難しいのが実情である。
端的にいって、日本では、一部の例外を除き、理系の高校生は学力の順番で上が全部医学部に行き、残った学生が東大理1やその他難関理工系大学に進学するのである。
しかも、これは一時的な現象ではない。
筆者の知る限り、過去数十年変わらぬ傾向であり、金融危機以降の不況でこの傾向はますます強まってさえいる。

もちろん、受験勉強の才能と技術開発競争やビジネスの才能は同じものではないということはいうまでもないが、ある程度は正の相関があることも確かで、やはり日本の理数系の才能が、必ずしもそういった素養が役立つわけではない医師という仕事に独占されているというのは大きな社会的損失という他ない。

なぜそれほど秀才は医学部に進学するのだろうか?
受験勉強に熱心に取り組んでいる間に、受験勉強自体が自己目的化してしまい、少しでも偏差値の高い学部に入学することにより自己顕示欲を満たそうとする圧力が働き、その結果、偏差値の高い医学部が、偏差値の高さゆえに偏差値の高い学生を集めてしまうという、偏差値の自己増幅作用が働く可能性がある。
これは自分がいかに激烈な競争を勝ち残ったかを証明しようとするシグナリングの一種だが、筆者はそういったファクターは非常に小さいと考えている。

結論からいうと、偏差値の高い高校生が医学部に進学しようとするのは、一にも二にも高い報酬のためである。
要するに金である。
下の図は、金融日記総合キャリア研究所に依頼して、東大理1卒業生と国公立医学部の卒業生の年収をサンプリング調査したものである。

東大理1卒業生と医学部卒業生の年収比較分析

理・工学系で日本の最高峰といわれる東大理1の学位取得10年後の平均年収は約880万円であり、医学部卒業生の平均年収はなんと1,600万円以上にもなるのである。
しかも、理1卒業生は会社経営者などの非常に少数の成功者が平均値を釣り上げているが、大多数は500万円〜700万円しか稼げないのである。
また、約5%が東大に行ってまでワーキングプアに身を落とすことになる。
その点、医学部卒業生は平均年収の高さもさることながら、そのバラツキの少なさは注目に値する。
悪くても1000万円ぐらいは稼げるのである。
つまり、医学部の方がリスクも少ないのである。
ファイナンスの標準理論に従えば、リスクが小さくリターンも大きいなら、それを選ばない人はいないことになる。
このようの考えれば「なぜ田舎の国公立医学部は東大より難しいのか?」という問いは馬鹿げているように思える。
むしろ「なぜ東大理1程度が、田舎の国公立医学部と同じぐらい難しいのか?」と問うことの方がより自然だ。
おそらくその答えは、18歳から24歳という人生の青春時代をど田舎ですごさなければいけないというディスカウントがかなり効いているということであろう。
もし他の条件が同じなら、田舎の国公立医学部の偏差値は東大よりはるかに高くなるはずだが、この青春ディスカウントの分だけ割り引かれ、結果としてそれほど差がつかずにいるのである。
その証拠として、東京医科歯科大学などの首都圏の医学部は、東大理1よりもはるかに難しい。

以上のように、将来年収の期待値を考えれば、日本の異常な医学部人気も、標準的なファイナンス理論の枠内で全て説明できる。
偏差値の高い高校生が医学部に進学し、親もそれを勧めるのは、要するに金なのである。

また、結婚市場においても、医師の強さは突出してる。
いわゆるイケメン/ブサメンによる二分類で、ブサメン側にカテゴライズされる医師でも、かなりの美人と結婚するケースが多数観測されている。
その点、同じ側に分類される東大理1卒業生で年収500万円のエンジニアがかなりの美人と結婚する可能性はほぼ絶望的といっていい。
美人という限られたリソースの分配もやはり医師に集中しているのである。
これでは偏差値の高い理系高校生が、理学部や工学部に進学することこそ異常な行動であろう。

ところで、美人と結婚したブサメン医師の子供が、お母さんの容姿とお父さんの頭脳を受け継ぎ、将来の日本の競争力を大いに高めてくれるというなら、筆者もそのことを大いに応援したいと思う。
しかし、実際にはその逆が驚くほど多い。
つまり、お父さんの容姿とお母さんの頭脳を受け継いだ子供が生まれるのである。
そんな子供が適齢期になると背中にNの字がついたリュックを誇らしげに背負い、中学受験にはげむというわけである。
むろん、お母さんの頭脳を引き継いでいるので全く出来が悪い。
いきおい医学部入学のために何年も浪人することになる。
これでは貴重な教育資源の浪費ではなかろうか。

また、エンジニアの給料は自分で稼いだお金だが、医師の給料の多くは税金から払われていることも忘れてはならない。
日本の財政赤字は途方もない規模に達し、今後は医療費が加速度的に増加していく。
増税は避けれらないだろう。

以上のような様々な問題を考えると、筆者は医師の給料を下げるのがベストの解に思えてくるのだがどうだろうか?
誰でも給料を下げられるのは嫌だろう。
医師は人の命を救うという尊い仕事をしていることも重々承知している。

しかし、筆者のように無私の心で、世界の貧困問題を解決するため、日夜、金融市場で流動性を提供するという社会的に掛け替えのない職務を遂行してきた人間でさえ、世界的なポピュリズムに迎合する無知な政治家の犠牲者となり、いわれのない懲罰的課税を科され大幅なボーナスの減額を余儀なくされたのである。
そのことを思えば、お医者さんの給料が半分になることぐらいそんなに大したことじゃないのではないだろうか?