昨日の夜、僕はほどよく冷えた淡麗なシャルドネを飲みながら、テレビの選挙速報を見ていた。すっかり僕の体になじんできたiPadのTwitterの画面には、僕がフォローする人たちの選挙結果に対する歓喜や、あるいは憤りの<つぶやき>が次々と渓流を流れ落ちる落ち葉のように過ぎ去っていく。まるで自分が買った馬券の馬が一等でゴールするのを願うように、人々は140文字以内でつぶやきあっていた。

僕はと言えば、どこの政党を応援するでもなく、どの政治家を応援するでもなく、クールにTwitterのタイムラインを流し読みながら、たまにひとつかふたつの他愛もない中立なTweetを送っていた。寂しそうにiPodを抱え込んだBOSEのスピーカーからはThe Corrsの"What Can I Do?"が聴こえてきた。夜中の12時を回り、日付が一日だけ進もうとしていた時、民主党の惨敗がほぼ確定した。国民新党や社民党の議席を全部あわせても、過半数には遠く及ばない。みんなの党が10議席を新たに増やし躍進した。そして僕は今度は物理的に声をだして自分の口でつぶやいた。

  「やれやれ」

僕は民主党を支持してきたわけではない。むしろ積極的にその危険な社会主義思想を非難してきた。でも民主党がボロ負けしたことによって衆参のねじれは確定してしまった。しかも民主党は国民新党を入れても衆院で3分の2の議席を持っていないから、参院で否決されて衆院に法案が戻ってきても何もできない。完璧なるねじれが実現してしまった。これで日本の政治は前にも後ろにも進めない。その間、世界は変わらずすごいスピードで進んでいくというのに。もうお手上げ。にっちもさっきもいかない。200%デッドロック。

日本の政治が止まるということは、日本の状況が何も変化しないということをおそらくは意味しない。ちょうど高速道路の真ん中に人が立っているみたいに、世界が絶え間なく進んでいく中で日本だけが止まっていたら、何か大きな変化を強いられるかもしれない。人が車にはねられるように。僕には日本の政治のデッドロックが何かそういった、とてつもない、そしてきっと人々には望まれない暴力的な変化の前触れのような気がした。悪い予感といってもいい。そして僕の悪い予感は、なぜだかいい予感よりもずっと起こる確率が高い。

僕たちは議会制民主主義の国に住んでいる。選挙で議員、つまり僕たちの代表を選んで、選ばれた議員が僕たちの代わりに国の法律を変更したり、新たに作ったりする。この一見とても単純なシステムは、実は極めてケオティックな側面を持っている。第一政党が過半数を取れないと、必然的になんらかの連立与党を作るしかなくなる。そのときに政権に加担する少数政党が極めて大きな力を持ってしまうのである。国民新党が郵政再国有化法案をゴリ押しできたのも、社民党がつまらない自らのイデオロギーのために日本の安全保障を危険に晒すことができたのもこのためだ。いってみれば国民の支持を得たはずの最大政党が、十分な支持を得られなかった少数政党に支配されることになる。重要なことを決定するのに、少数政党のご機嫌をうかがい、少数政党の同意が必要になるからだ。これでは少数政党が上司で、最大政党が部下。あるいはご主人様とたくさんの奴隷。ご主人様が少数派で奴隷がデモクラティックな多数派。やれやれ、僕たちは選挙によって何かを選んだつもりになっているようだけど、多分何も選んでいないんだ。

こうしている間にも日本の財政状況はどんどんと悪化している。毎年収入の2倍のお金を借金して使っていたら、いつかはどうにかなってしまうことぐらい小学生だってわかるだろう。これからは増税と社会福祉のカットを同時にやっていかなければいけない。これは民主党が悪いのではなくて、自民党と官僚が間違った経済政策とずっと続けてきたから。もちろんその影でおいしい思いをしきてた少なからぬ国民がいるのだけれど。とにかく今を生きる僕たちや、これから生まれてくる子供たちはこのツケをたっぷりと支払わされるわけ。このまま行けば増税かインフレ、あるいはその両方しか結論はありえない。だから実を言うと今の日本の状況で誰が経済運営をしようとうまくいかない。だって増税して福祉をカットする政党なんて絶対嫌われるから。だから、頭のとてもいい人たちは―ここで誰とは言わないけれど―こっそりと政治の責任ある立場からはなれて安全な場所から評論活動をしていたりする。

この過去のツケがどういう形で終末を迎えるのかは今のところは誰もわからない。それが激しく暴力的なものにしろ、とても長くゆっくりとした生ぬるい地獄のようなものにしろ。ただひとつ言えることはその何らかの破壊、あるいはゆっくりとした破滅の後に、おそらく日本はまた成長をはじめるだろうということ。そして、このように民主党がボロ負けしたことによって、増税はむずかしくなり、おそらくゆっくりとした破滅よりも、暴力的な破壊の方の可能性がずっと高まってしまった。あと数年もたたないうちにマーケットが怒り出すだろう。その時にねじれてしまった国会で民主党政権がその怒り狂ったマーケットを鎮めるためには、いくつかの少数政党の承認が必要になる。いってみればその少数政党が審判を下すことになるのだ。それはみんなの党かもしれないし、公明党かもしれないし、あるいは自民党かもしれない。

戦後の日本が驚異的な経済成長を遂げたように、その暴力的な破壊の後には―仮に本当に起こったとしたらだが―誰が経済運営してもうまくいくという時代が何年も続くことになるだろう。日本経済をがんじがらめに縛っていた様々なしがらみがリセットされるからだ。しかしいったんは強烈な劇薬を日本経済は飲み込まないといけない。その時の為政者は激しい民衆の怒りを買い、糾弾されるだろう。ついこの間に北朝鮮でデノミを実施した財務官僚が、実際に大きな広場で民衆の前で銃殺されたように。

言ってみれば民主党の幹部連中の真ん中に世界経済まで危機に陥いれることができる時限装置のついた核爆弾があり、それの停止装置は野党の側の誰かが持っているという状況になってしまった。停止装置を作動させなければ、政治的に完璧に中立で客観的な市場という第三の力を使って、そして直接的にはその市場の審判により財産や年金を奪われ怒り狂う民衆の手によって、民主党幹部が処刑される。その後に自分たちの王国が今にもはじまろうとしていると、確信したとき、キャスティング・ボートを握っている少数政党はその危険な誘惑に抗うことができるのだろうか。まったく自らの手を汚さずに、第一政党を取り除き、まっさらになった日本経済の上に君臨する権力を手にすることができる、という未来が扉の向こう側に待っているという状況が、近い将来に一度や二度は訪れると、僕は思う。今回の参院選でこのような危険な破滅願望みたいなものが、こっそりと日本経済にビルトインされてしまった。

今日、仕事が終わったあと、僕は東京タワーのよく見える自宅のリビングで、よく冷えたコロナ・ビールを冷蔵庫から取り出し、ライムをちょっと多めに絞った。そして、いろいろな参院選の解説をiPadで読んでいたけど、この秘密の破滅願望に気づいているものはひとつもなかった。たぶんそんなことに気がついたのは金融日記の読者ぐらいだろう。未来を予測するという行為は、結局のところ今の時点で経験したことのない未来の世界の記憶をたどるということに他ならない。暗黒卿が僕の知らない遠い世界でヒソヒソと笑っている。

参考資料
いろいろ考えたけどやっぱり増税には断固反対します - 藤沢数希
いろいろ考えたけどやっぱりリフレを支持します- 池田信夫
みんなの党「10議席獲得」で「ねじれ国会」はマーケットの好材料になる - 高橋洋一