ストーリーとしての競争戦略、楠木建

僕は経営学や戦略論なんていうのは、たまたまうまくいった企業の成功事例を昆虫採集のごとく見つけてきて、後付でいろいろともっともらしい説明を加えて悦に入る、詐欺みたいなものだと思っている。
文学部みたいなものが税金が投入される国立大学にあるのは大いに疑問だし、僕は民主党ははやく文学部なんて事業仕分けでつぶしてしまえばいいのにと思っているのだが、経営学部も文学部と同じぐらい、あるいはそれ以上に税金を使うことの正当性が疑わしい。
また、大きな金融機関ではたらいていると、たまに戦略コンサルティング会社を使うのだが(現場の人は誰ひとりとしてその有効性を認めていないが、どういうわけかトップ・マネジメントは気でも触れたのかたまにコンサルティング・ファームを使う)、彼らの残していくプレゼンテーション資料がひとつの例外もなくものすごくしょうもないものなのだったので、僕はますます経営学というものがくだらないものだと思うにいたった。

それにPPM(Product Portfolio Matrix)とかSWOT分析とかSP(Strategic Positioning)などの経営学者や戦略コンサルタントが作ったツールが、笑ってしまうほど軽薄で陳腐なものであるので、ビジネス・スクールなどというものに「ちょっと長めの転職フェア」以上の意味があるのかと思っていた次第だ。

ところで、金融業界は8月はみんな長期休暇をとるので、仕事が暇になる。
そこで僕は最近ちょいとばかりインプット・モードでいろいろな本を読んでいたのだが、この実務経験ゼロの経営学の大学教授が書いた本は、なかなかどうしてかなり面白かった。
僕のツイッターのTLで何回か話題になっていたし、どうも売れているようで、近所の本屋にずいぶんと長いこと山積みされていたので、あまり気乗りしなかったが買ってみることにしたのだ。

著者自身が何度も言及しているように、経営学は科学ではないので、こうやったら成功するというような再現性のある「法則」は存在しないし、経営学者が実際に経営しても多くの場合会社をつぶすことになるだろう。
しかしそれが実際のビジネスに役に立つのか立たないかは別にして、確かに経営学や戦略論は面白いし、知っておくと本当にビジネスが上手くいくかもしれないという高揚感を与えてくれるのだ。

まずこの本のいいところは過去の有名な戦略ツールが自然な流れで紹介されていて、そういったツールを紹介することはまったくもって本書の目的ではないにもかかわらず(むしろそういう流行りのツールをありがたがる風潮を著者は批判している)、有名な分析ツールの勘所が一通り理解できてしまうことだ。
またトヨタやセブンイレブンやベネッセやブックオフ、ヒューレットパッカードやAmazonやサウスウエスト航空やスターバックス等々といった、誰もが知っている企業の戦略の重要ポイントがストーリーとしてすんなりと頭に入ってくるのである。

つまりこの本は、サラリーマンが教養を高める、あるいは与太話で一目おかれるネタを仕込むという点において、非常に秀逸なのだ。
たとえば僕はAmazonの創業者がレストランで紙ナプキンの上に描いたといわれるビジネス・コンセプトをスラスラ描けるし、実際にそのコンセプトは現在のECビジネス全般を簡潔に表すストーリーになっていたりする。
またフェラーリみたいな小さい会社がいかにして高収益を続けることができるのかについてのストーリーもスラスラいえる。

経済学に明るい人と会話をしていたら「経済学の一分野に産業組織論というのがあって、そこでは独占によってある企業が市場を支配して儲けすぎるのは社会全体にとって望ましくないと考えるんだ。だから独占禁止法などの法律が作られた。しかしそれを逆手にとって企業がいかに儲けやすいポジションを作るかということを考えるのがマイケル・ポーターの戦略論なんだよ」とあたかも経営学の功績とその矛盾を10年も前から知り尽くしていたような顔をしてサラッとしゃべることも可能だ。

これ一冊でさまざまな戦略ツールの使い方がスーっと頭に入ってくるし、思わず人に話したくなる企業戦略のストーリーが満載だ。