ヴェニスの商人はずいぶん昔―僕がまだ金融のことなんてまるで興味がなかった頃―に原作(の日本語訳)で読んだのだが、当時はユダヤ人の高利貸しが、借金返済の期限を破ったペナルティとして債務者の肉1ポンドを要求する場面がとても印象的だったことを覚えている。
しかしこれといって感銘を受ける文学作品ではなかった。
そしていつのまにかそんな本を読んだことすら忘れていた。

しかしつい最近、まんがで読破シリーズを大人買いしたときに、ヴェニスの商人もいっしょに買ったのだが、これがなかなか面白かった。
そしてまた原作も読み返してしまった。
おそらくは文学的に「正しい読み方」で僕は読まなかったのだけれど、悪役であるはずの強欲なユダヤ人の高利貸しシャイロックの台詞が、非常に正論でものすごく説得力があった。

シャイロックは、ユダヤ人ということで差別され屈辱的な扱いをキリスト教徒から受けていた。
しかしひょんなことから自分を侮蔑していた貴族で貿易商人アントーニオに大金を貸すことになる。
この時、キリスト教徒は友人に金を貸すときは利子をとらないという教えに習い、シャイロックも利子を取らないことにする。
だたし期限までに返済できない場合は、アントーニオの肉1ポンドをいただくという条件で。

結局、アントーニオは期限を守れず、シャイロックに人肉裁判にかけられることになる。
中世の貿易都市として栄えていたヴェニスでは法律は絶対的なものだ。
そこでは宗教や人種によらず、法律の下では全てが平等にあつかわれなければいけない。
シャイロックはこのような法の精神こそが、世界一の貿易都市としてのヴェニスの地位を担保しているのであり、もし法の運用が恣意的に曲げられるようなことがあれば、ヴェニスの繁栄も、そしてそこを治める君主たちの権威も地に落ちるだろうと堂々と主張する。
そして人肉裁判も終始シャイロックの思い通りに進んでいく。

僕は500年も昔に、ヨーロッパではこんなにグローバル経済の本質に迫っていたこと知り、本当に驚愕した。
今の日本と比べてみても。

結局、シャイロックは、アントーニオの取り巻き連中の詭弁によって最後は窮地に追い詰められてしまう。
アントーニオの味方の法学者が「肉1ポンドの契約は正統なものだが、そこには血は含まれていない。よって血を一滴もこぼさずに肉を切り取らなければいけない。それができなければ逆にシャイロックは殺人罪で罰せられるはずだ」と主張し、裁判官を説得してしまう。
シャイロック無念。

やはり最後は被差別民であったユダヤ人に不利になるように、法律が曲がってしまったのだ。
司法制度が、キリスト教徒で貴族で裕福な貿易商人であったアントーニオの味方をした。
これもいかにも現代でもありそうな話ではないか。

そしてシャイロックの悲しい最後を読みながら、こうやって迫害されてきたユダヤ人が現在の国際金融を作り出してきたという歴史に想いを馳せると、なかなか感慨深いものがある。

また現在の金融業では、法的な解釈で自らが不利にならないように、あらゆる金融取引や契約に優秀な弁護士を雇い、細心の注意を払う。
おかげで投資信託を売るときは誰も読まない分厚い目論見書が必ずつくし、簡単なデリバティブ商品をトレードするのに何十ページも言葉や計算式の詳細な定義が記載されるし、アナリストが会社の決算がよかったか悪かったかひとことレポートを書くだけのために、その何倍の量のディスクレイマーが後ろに付いてくることになったのだけれど。
これも500年前のシャイロックの怨念なのかと思うと、妙に納得してしまう。

最近、アル・パチーノがシャイロックを演じる映画も見たのだが、評判通りのすばらしい演技で、こちらもとてもよかった。

ヴェニスの商人は、金融業界で働く人は是非一度は読んだほうがいいと思う。